第15話 刻まれた呪い


「……」

「……」

 しばらく気まずい無言が続く。

「コーギィ、お前は本気なのか……」

 少し冷静を取り戻したのか、マリーさんは僕にそう話かけた。

「本気ですよ、マリーさん」

「……なぜ、なぜあいつの肩を持つ?」

「肩なんてもってないです、ただ、僕は二人に……」

 マリーさんの瞳が今までにないスピードで黄色く変わる。

「……マリー」

 振り返ると、扉を開けたリディさんがそこに立っていた。

「気易く、私の名前を呼ばないでもらいたいのだが」

 マリーさんは鋭い目つきで彼女を睨む。

「……そうね、ごめんなさい」

「コーギィに感謝しろ、こいつがいなかったら今頃は五体全て切断していたところだ……」

「……マリーさん」

 僕は彼女の手を握る。彼女はそれを払おうとするが、僕はしっかりとその手を握った。

「それで、話とはなんだ?」

 ぶっきらぼうにマリーさんは声を荒げる。

「……ごめんなさいね、マリー」

「私の名を呼ぶな!」

 マリーさんの握る力で僕の手がつぶれそうになる。

「お前は、父さんを失って途方に暮れている母さんを殺した、そうだろう?」

「違う……、私は……」

「私の目の前で、……私の目の前で最も残酷な人の殺し方で、母さんを奪った。そうだろう?」

「違う!」

 リディさんが今までにない声で僕とマリーさんを圧倒した。

「違うの……、本当に……」

「……それなら、話してもらおうか。母さんが死んだ本当の理由を!」

「ええ……、そうね。これはあなたに話しておかなければいけなかった、それがこんなに遅れてしまったことは本当にごめんなさい。マリー、私は何よりもあなたのお母さん、ミシェルを助けたかった。愛する人の為に禁忌を犯し、自分の娘さえ贄にすることをいとわなかったあの人を、助けたかったの……」

 彼女はそう言って、袖をまくり右腕を見せた。そこには痛々しく、醜い疵痕が残っていた。

「これはミシェルに対して禁術を使った私への罰……、そして彼女が最後にかけた私への死ぬまで解けることのない重い恨みの呪い」

「…………」

「あの時の、あなたのお母さんはもう誰でもなかったのです……」

「……母さんを、母さんのことを悪く言うな!」

 マリーさんの口元に赤く、血が線を描く。

「私は、誰よりもミシェルのことを知っていたはずだった。でも、私は……」

「お前は……、母さんを殺した、それ以上でもそれ以下でもなかった。なのになんでそんな……」

「そう、私はどうなってもよかった。ただマリーが、あなたがいる。あなたは生きている。だから母親を失ったあなたを見守ることが私のミシェルへの罪の償い。いえ、それでもきっとこの罪は償いきれない」

「……」

 リディさんは言葉を続ける。

「それでもあなたは私が何をしたのかを知っている。もちろん恨まれていることも……」

「目の前で母親を、その命を抜かれる瞬間を目の前で見せつけておいて……」

「私はまだ取り戻すことを諦められなかった」

 そういうと、リディさんは見覚えのある男女ペアの小さなぬいぐるみを取り出した。

「それは……」

「そう、このぬいぐるみには、あなたの母親と父親の魂をそれぞれに留めておいているの」

「…………ッ!」

 そのぬいぐるみはマリーさんが人の魂が入っていると言っていたものだ。

「ミシェルの旦那様の魂を見つけるまでずいぶんと時間がかかってしまいました。魂を封じたときに衝撃でぬいぐるみが飛ばされてしまいましたが……」

「……あれが、あの時読み取ったものは、父さんだった……?」

 マリーさんの握っていた手の力が少しずつ緩み始める。

「ぬいぐるみを見失って途方に暮れていたところに、あなたが現れたのですよ、コーギィ」

「じゃ、じゃあ、あの時探していたのは……」

「そう、とても大切なもの。あなたのおかげでまた二人が出会うことが出来た。一緒にいた頃の二人は本当に幸せそうだった。そして子供が生まれ、本当に見ているこちらまでも幸せになるほどに……」

「……そこに母さんが?」

「そうよ、マリー」

 マリーさんが一歩、リディさんへと近づき、そのぬいぐるみを受け取った。

「これをあなたに渡せるなんて、まるで夢のよう……。コーギィ、こうなれたのもあなたのお陰ね。本当にありがとう」

「……」

 マリーさんは少しばかり静まってしまう。

「決して許してもらおうとも思っていません。ここで殺されようとも私は拒否する権利なんてない……。でもあなたに本当のことを伝えることができて、本当によかった」

「私は……」

 マリーさんがぬいぐるみから何かを読み取ったのか、黄色く光っていた目がまた蒼く輝く色に戻り、そこから涙があふれだした。

「マリー……」

そう、驚いたように呟いたリディさんの顔色がみるみる白くなっていた。

「……え?」

 突然リディさんがその場にひざをつき、僕はマリーさんの手から離れ、彼女の体を支えた。

「ど、どうしたんですか!」

 僕の問いかけにリディさんはまるでうわの空だった。

「……わ、私はなにもしていないぞ」

 僕もマリーさんも顔を見合わせて、お互いに困惑している。

「ごめんなさい。どこまでも自分勝手で……」

「リディさん、ど、どういうこと……?」

「あなたの家系の人間の恨みが晴れた時に、私の役目……、私の命の灯が消える。この腕にはそういう呪いがかかっていたの」

「そんな……!」

「え、ど、どういうことですか?」

 僕は何かに気付いたマリーさんの腕をつかんだ。

「私が……、彼女の罪を許してしまった時、その右腕にかけられている呪いの力で彼女の命が奪われてしまう」

「な、なんでそんなこと。リディさん、やめてよ!」

「ごめんなさいね、コーギィ。でもね、私はずっとあのまま自分の寿命を待つだけの人生だった。まともにマリーと会話できるなんて本当に夢にも思っていなかったから……」

「やだよ!」

「それに今までの私の人生でこんなに幸せな瞬間に逝けるなんて、私はとても幸せ者だと思わない? 私にとってこんなに優しい呪いだったなんて、今まで気が付くことさえできなかった」

 リディさんの声の力もだんだんと弱くなっていく。

「そんなわけない、僕は約束したじゃないか! ちゃんと二人を仲直りさせるって。僕はこんなことをちっとも望んでいないよ! マリーさん、なんとか、なんとかしてよ!」

 マリーさんは何も言わずに俯いていて、涙で滲んだ瞳で、リディさんの姿を見る。

「……コーギィ、人をこの世に縛り付けようとするのはミシェルと同じ道を辿るだけ。あなたたちは逝く者たちを見送るのが仕事なのだから」

「リディさん……」

「ありがとう……。あなたがこの世界に生まれてきてくれて本当に良かった……」

 マリーさんが僕の肩を抱いて、小さな声でリディさんに話しかける。

「……リディ……、さん」

「どうしたの、マリー……?」

「……ごめんなさい」

「いいのですよ……。全ての原因は私なのだから……」

「…………、ありがとう」


 最後のマリーさんの言葉を聞き取れたかは定かではなかったが、優しい微笑みを浮かべたまま、リディさん、メリディア・ホイローアン・ペリアスは、親友であり、マリーさんの母親でもあったミシェル・アディル・クレインにかけられた呪いにより、この世を去っていった。

 彼女の死と共に右腕に刻まれた傷痕はまるで何もなかったように消えていった。

 身近な人をまた失ってしまい深いショックを受けた僕を、マリーさんはいつまでも優しく抱きしめてくれていた。

 リディさんの葬儀は僕とマリーさんだけで静かに行い、彼女のお墓にたくさんの花を並べた。


「まだ気持ちの整理がつかないんだ……」

 お墓を前にして、誰にいうわけでもなくマリーさんが呟いた。

「そんなにすぐ結論なんて出さなくてもいいと思いますよ」

「……ずいぶんと生意気なことをいうようになったな、コーギィ」

「ご、ごめんなさい」

 そして改めて二人でお墓を見る。

 マリーさんの名付け親の話、たぶん他にもマリーさんが知らないことを僕は知ってしまっている。

 でもそれは今彼女に話してもただ混乱を招いてしまうだけなので、もう少し時間がたってから必ず話しそうと、僕はリディさんに対して約束をした。

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