第13話 静かな怒り


 リディさんと別れて僕は家へ戻ってきた。マリーさんはまだ帰ってきていない。

 マリーさんは誤解をしている。何とかしてその誤解を解かなければならない。ただ、昨日の彼女の様子を考えると、そう簡単にはいかないことはさすがの僕にでも分かっていた。

 どうすればちゃんと説明できるだろうか、なんてことを考えながら夕食の準備を始める。

 いきなりさっきの話をしたところでそもそも信じてくれるわけもない、ましてややっぱり名前を知っていたことについて相当怒られてしまうかもしれない。

 ふと、もし自分だったらどうするか考えてみる。

 お父さんとお母さんが死んでしまったのはリディさんのせい、だけど本当はリディさんが僕を守る為にしたことだとしたら。

「んー……」

 やはり僕では想像力が欠如してしまっているせいか、いまいちピンと来なかった。

「というか、よくよく考えたらマリーさん、今日一日の僕の行動を見ていたらどうなるんだろう……」

 思わず背筋がぞっとする。可能性としてはゼロではない。本人の意識ある時しかのぞき見出来ないらしいのだが、今日一日、彼女がどこで何をしているのかわからない。

 どっちにしても怒られそうだな、と僕は諦めのため息をついた。


 夕食の準備が整った頃にマリーさんは疲れた顔をして帰ってきた。

「お、おかえりなさい」

 いつものフリをして挨拶をする。

「あー、今日は忙しくてな」

 そういって、彼女はコートをかけて椅子に座った。

「もう夕食は出来ているので、これから盛り付けますね」

「うむ」

 なんとなくいつも通りのマリーさんでほっと一息つく。それに今日は忙しかったらしいので、おそらく覗き見はされていなさそうである。

 配膳が済み、夕食を始めようとした。

「あれ?」

 スプーンがピクリとも動かない。いや、少しは動くがとても重たい。なん十キロとありそうだ。

「??」

 フォークを持とうとするも全く同じで持ち上がらない。

「……ま、マリーさん?」

「…………」

 マリーさんはもくもくと一人で夕食を始めている。

「…………」

 しばらく無言が続いた。

「……コーギィ、お前、今日一日何をしていた?」

 その言葉に空腹感が一気に消え去った。体中から血の気が引いていくのがわかった。

「え、あ、いえ……」

「何をしていた?」

「……僕は、自分の家に行ってきました」

「ほう?」

「今日は本当に良い天気だったので、少しくらい悪い事を思い出しても大丈夫かと思ったんです」

「…………」

 マリーさんは少し申し訳なさそうに瞳を瞑る。

「……あの女とはそこで待ち合わせていたのか」

 あの女、間違いなくリディさんのことだ。やはりマリーさんは今日の僕の行動を知っている。でも一つ誤解があった。

「ま、待ち合わせなんかじゃ、僕はたまたま!」

「会ったんだな!」

 僕ははっとした。僕の答えは正しくなかったのだ。なんのことですか、ととぼければよかったのだ。一気に呼吸が荒くなるのが自分でもわかる。

「なぜ隠した! 昨日話しただろう、あの女は私の母親を殺した張本人なんだぞ!」

 マリーさんが声を荒げる。

「あ、あの、マリーさん。それは実は……」

 言葉が上手く続かない。目の前にダイナマイトがあって、短い導線にすぐに火がついてしまいそうな状態だ。

「なんだ!」

「か、勘違いかもしれないって……」

 そのダイナマイトは見事に爆発した。彼女はその手で僕の頬をパシンと叩いた。叩かれたことに気付くのが少し遅れ、じんわりと頬が熱くなった頃に僕は叩かれたことを認識できた。

「もういい、出ていけ。お前なら……、お前ならわかってくれると思っていたのに」

 彼女の頬を伝う涙を見て、僕は出ていくしか選択肢がないと理解した。

「……ごめん、なさい」

 最後に一言、何に対してか自分でもわからないまま謝り、僕はマリーさんの家を飛び出した。

「…………」

 遅れて僕の涙も瞳からこぼれる。それでも僕は彼女にどうやって説明すればいいのか、それが全くわからなかった。


 ただ、彼女の瞳は僕を問い詰めているときも、叩いたときも蒼かったことだけは印象強く残っていた。

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