第7話 ファルザ公国

 ハルトは緊張のせいなのか、朝6時に目を覚ましていた。

 ファルザ公国に入って、アラガル家の家族を亡命させる。

 その決行日なのだから、当然のことだった。


 僕は備え付け冷蔵庫から果実ジュースを取り出す。

 この街の宿には、ファルザ公国独自の発明品の数々が備え付けられている。


 そう、家電です。

 初代勇者が伝えたそうです。

 電気で機械を動かすという事は規模的にも無理があったから実現しなかったようですが。

 それはそうですよね。発電施設に電線やコンセントの設置、暖めるから冷やす為の機械の構造など、言葉で説明しても伝わりにくいし、実際に作れる人では無かったようです。

 で、その発想と魔法付与技術を組み合わせた家電を『魔動機』と呼んでいます。

 冷気をゆっくりと出す石(アクセサリーに使われているのと同じ合金の塊)を使った冷蔵庫に、光を持続的に出す石を使った照明器具など。

 1日に1度から数度の魔力注入がいるので魔術師が必要なのと、『魔動機』自体がまだ高価な為、世界に広まるまでにはなっていないとのことです。


 僕はそれなりに冷えているジュースを飲む。

 ライエさんの作ってくれた冷たいお茶が恋しい…

 おもむろに、バスローブ姿のライゼさんが浮かぶ。

 いや! それは違うから!


「おはよう、ハルトさん。」

 リビングに居た僕に、マイジュさんが声をかける。


「おはようございます。いよいよですね。」

 僕は、ビンに入ったジュースを飲み干した。


 入国は朝の9時からだけど8時くらいから並ぶため、僕達はすぐに朝食を取り、冒険者組合で資金を下ろす。

 そして、ファルザ公国に入るには武器の所持は禁止されているので、組合に武器を預けていく。


 時刻は8時半。

 人の行列とは別の、荷馬車などが並ぶ列に馬車で並ぶ。

 そして、僕達の入国の番になる。


「客車で来るなんて珍しいな。」

 貴族などが従者を連れて来る事はあるので、光景的には普通なのだけど、傭兵二名というのが引き止める理由だった。

 当然、僕達も判っていた。

 マイジュさんは対応する言葉を返す。

「アクセサリーを買いにきたのですが、魔動機を買ってきてほしいと依頼も受けたので、依頼者から荷物置きとしてこの客車を借りました。」

「なるほどな。いい買い物できるといいな。」

 疑いも無く、僕達は門番に頭を下げて入国を無事にクリアした。


「マイジュさん、第一関門突破ですね。」

 僕は馬車から降りて、マイジュさんに笑みを送る。

「それじゃあ、僕は先に行っています。」

 手を振って少し駆け足で僕は目的のアクセサリー店に向かった。


 ファルザ公国の商業地は『魔動機』の普及のおかげなのだろうか、リビエート王国のような中世ヨーロッパの景色から、近代ヨーロッパのような町並みになっている。

 目的の店は商業地の西端、大通り面しているけど、住宅地のすぐ近くにある。

 僕は店の扉を開けて店内に入る。


「いらっしゃいませ。」

 店の店主の事も聞いていたので僕は、目の前の白髪の男性に用件を伝える。

「この店の店主アルデアさんですか?」

「はい。私がアルデアでございます。どなたかのご紹介でしょうか?」

「えっと、マルトさんの代理で来ました。」

 マルトさんは密書の受け渡しをしていた人物です。

 少し驚きを見せたアルデアさんが奥の部屋に続く扉を開ける。

「こちらにどうぞ。」

 部屋に入った僕は、リビエート国王からの密書を渡す。


「そうでしたか。申し訳ございません。マルトさんの行方を私には判らないのです。いつも通りに、私共の手紙を受け取って出て行かれましたので。」


 僕は今からアラガル邸に行って国外避難させる事を告げる。


「判りました。気をつけて下さい。」

 明らかに不安な顔を僕に見せている。


 そりゃそうですよね。僕みたいな子供に元公爵家の家族の運命を預ける事なのだから。

 傭兵カードとリビエート王国の紋章が入った指輪を見せたから信用はされたけど、それはまた別の話なのだから。


「その前に、ここの店にあるSランクのアクセサリーを見せてくれませんか? 良いのがあれば何か買っていこうかと思ってますので。」

 突然の僕の注文に、アルデアさんの顔は困惑顔に変わっていた。


 このタイミングで言えばそうなることは判っていたけど、アイザとの約束なので仕方がないです。

 この後、アクセサリーを買う時間があるとは保障出来ないからね。


「あっはい。 品数は少ないですが宜しいですか?」

 僕は「はい、構いません。」と答えて、店に戻った。


「あれ? 貴方はマイジュ様のお連れの方? 」

 店に戻ると、宿のロビーで出会った女性と執事とメイドさんがいた。

 僕は頭を下げる。

「はい。ハルトと言います。マイジュさんと同じ傭兵です。」


「私はマイジュさんの従兄妹のミリティーラです。あなたも買い物ですか? 」

「はい、友人の女性になにか良い物を贈ろうと思いまして。」

「偶然ですね。私も贈り物としてこの店に来たのです。」


 ミリティーラさんの接客にはアルデアさんの奥さんが付いていたので、僕は足を止める事なくアルデアさんの後を追いかける。

「ハルト様、ここで少しお待ちください。」


 商談用のソファーに座った僕の前に15個のアクセサリーが並ぶ。

「こちらが私共が扱っているSランク品になります。」

 戦闘用がこちらの11点。あと、こちらは生活用になります。


 生活用? そんなのもあるのか。

 僕は気になった生活用の効果から聞いた。


 『オール・クリエイター』 指輪 アクティブ発動

  適正の無い属性魔法を使う事が出来る。ただし初期魔法のみ。


 『インベントリ』 腕輪 バッシブ発動。

  亜空間に物を収納出来る。 総重量1トンまで、種類制限は無し。

  だけど、生き物は入れられない。


 『テレパシー』 ピアス バッシブ発動。

  片方を一人づつが付ける事で、付けた相手と会話ができる。指を当てた状態のみ通話可能。

  その間、心の中での発言も相手に聞こえる。


 『ナイトアイ』 眼鏡 バッシブ発動。

  暗闇でも昼と同じように見ることが出来る。


 全部欲しいと思いました。

 特に『インベントリ』は今すぐにでも欲しいです。

 もうちょっと貯金下ろしてくればよかったと、後悔。

 そして、この中なら『テレパシー』をアイザに贈りたいと思いました。

 でも、耳に穴あけないとなんだよね。痛そうだなぁ…アイザの耳も傷つける事になるし、僕一人では決めれないです。

 『オールクリエイター』で氷造ったり、水出したり、風起こしたり、火はあるか。アイザには必要ないのかな…あれば便利程度かな。


 僕は戦闘系のアクセサリーの説明を聞くことにした。

 ほとんどの効果は、特定の攻撃魔法を使えたり、魔法の効果を高めたり、身を守る魔法など、Aランク品との差はその性能だけの所謂、上位版です。

 アイザが付けている『エイラの盾』の上位版もあった。


 その戦闘系の中で、Sランクしか存在しない効果で気になったのが、無音詠唱。

 これはアイザにピッタリの効果かもしれない。

 アイザの神の名を必要とする魔法は、声を届かせる為に大声になるから不意打ちのように使えないと聞いていたので、これなら、その不意打ちが出来るかもしれない。


 『サイレントリア』  ペンダント バッシブ発動。

 魔法詠唱を心の中で唱えても発動させる事が出来る。


「これにします。」

 僕は、金色の台座に、深い紫の宝石で宇宙の星雲を閉じ込めたようなペンダントを選んだ。

 金貨180枚を渡して、僕は落とさないようにブレザーの内ポケットに入れる。


 僕の買い物が終わるまで待っていたみたいで、振り向くとミリティーラさんが僕の後ろに立っていた。

「ハルトさんもお目当ての物が買えたみたいですね。」

「はい。友人に合いそうな良い物が買えました。ミリティーラさんも買えたみたいですね。」

 彼女の顔も僕と同じで嬉しさで溢れていた。

「ええ、思っていたのと少し効果が違いましたけど、これはこれで喜ばれると確信してます。」

「そうですか、僕も喜んで貰えるといいな。」

「女性は男性が真剣に選んだ贈り物というだけで、嬉しいものですよ。」

 ミリティーラさんの言葉に、僕は「ありがとうございます。」と、照れた笑顔を返していた。

 

「僕はこれから別の用事に向かいますので、お先に失礼します。」

 少し恥ずかしくなってしまった僕はその場から逃げるように店を出る。


 よし。ここからが本番なんだから、しっかりしないと。


 頭に入っているアラガル邸に向かって、僕は大通りを進んで行く。

 商業区と住宅区とは国境の壁と同じ高い壁で区切られていてる。

 なので、同じように大通りにある通行門を通るしかない。

 もちろん、傭兵カードでは入る事が出来ないから、リビエート国王が用意してくれた、身分証明書を使います。


 僕は読めないけど、職業『執事見習い』って書いてある。 


 第二関門もすんなり突破!


 そこからは、目立たないように道を歩き、目的の家の前まで来ました。

 家を確認すると、教えられていた通り、アラガル邸の周りには警備兵が巡回しています。


 僕は自然さを表す為に、研修先を地図で確かめるような素振りをしながら、アラガル邸の正面入り口に常駐している警備兵に『執事見習い』のカードを見せる。

 少し警戒されましたが、程なく許可が下りたので、頭を下げて僕はアラガル邸の門を通った。


 第三関門も無事に通過です。


 屋敷の玄関だと思う場所に着いたので、呼び鈴らしき物を鳴らしてみる。

 扉の向こうから微かに鐘の音みたいなのが聞こえた。


 良かった、合ってたみたいだ。


 扉を開けたのは執事服を着た40代くらいの凛々しい男性だった。

「どちら様でしょうか?」

「えっと、この封書をアムドさんに渡して貰えますか? 急ぎの手紙なのです。」

 リビエート王国の刻印で封された手紙を渡す。


「これは! はい、只今届けさせて頂ます。」

 

数分後、戻ってきた執事さんに僕は応接室に案内される。


 部屋に入ると50代くらいの誠実そうな顔立ちの男性が僕を待っていた。

 輝く銀髪と青い瞳は、この国の民の、純潔の特徴だと聞いている。

「私はここの主で、アムド・アラガルという者だ。君の名前は?」

 僕は立ち上がり答えた。

「ハルトです。」

 僕を見たアラガルさんが少し笑みを溢している。

「手紙の内容通りの人物だな。」


 え? 一体なんて書いてあるのだろう…

 それを聞く勇気は僕にはありません。


「君が来たという事は、今から亡命をするという事で間違いないか?」

「はい。今までの連絡係をしていたマルトさんの所在が確認出来なくなりましたので、早急に行動する事になりました。宜しいでしょうか?」

「私達に拒否を述べる事などない。今すぐに準備にかかるから、よろしく頼む。」

 僕は頭を下げて「はい。」と返事をした。


 国外避難するのは、エーシャル婦人と子供3人。

 長女17歳のアルーシャさん。長男15歳のオルイズ君。 次男8歳のサイラ君。

 皆さんも、この国の特徴の綺麗で透き通るような銀髪と青い瞳だった。

 そして、顔付きも年齢以上に大人びていて美男美女という言葉が当てはまる。


 幸いに、誰も出かけていなかったので、国外避難の段取りを話し合いながら、持ち物などを準備してもらっていた。

 亡命自体の話は既に子供達に伝えていたらしく、慌てる事も驚く事もなかった。


 僕はアムドさんと応接室に二人だけになっていた。

「アムドさんも一緒じゃなくて大丈夫なのですか?」


 ずっと疑問に思っていた事だった。

 家族が国外避難したと知られたら、アムドさんは罰を受けるのではないかと…

 最悪殺される可能性もあるのではないのかと。


「私は、私を信じてくれている国民と一緒に、この国を正しい道に導かなければならないと思っている。だから、私はここに残らなければならない。」


 重い言葉だった。

 国外避難後の立場を一番理解しているのは明白だった。

 僕が聞く事じゃなかった。

 そんな事はリビエート国王も、ここの家族も判って決めた事だった。


「すみません。そうですよね。」

 僕は頭を下げて、謝ることしか出来なかった。

「いや、君の気持ちを私は嬉しく受け止めている。謝まらなくていい。」

 頭を上げて僕は気遣ってくれたアムドさんに笑みで応えた。


「えっと、別の質問をしてもいいでしょうか?」

 僕は失脚させられた経緯。これからどう復帰するのか聞きたかった。

「ああ、気になる事があるなら聞いてくれ。」



 アムドさんから聞けた話。

 公爵だったアムドさんの、補佐をしていたオリテシア伯爵が隣国のバラージュ国と密約をしていた。

 内容は魔物を強制的に支配し兵器化するアクセサリーを共同開発し、成功すればそれを安い値段で取引することだった。

 『精神支配』という禁止魔法を使うアクセサリーなんてものは国際問題になる。

 しかも、魔物を兵器に変えるとならば尚更だった。

 当然、それに気付いたアムドさん達が取り押さえようと準備をしていたが、それを逆手に取って、アムドさんが魔法付与の製造方法を横流した首謀者に仕立て上げられた。

 今はオリテシア公爵になったマカラドが公国の公然事業として魔物の兵器化の研究を進めている。

 『魔王討伐の新たな戦力として!』を掲げて各国の王達の言葉を押さえ込んでいた。


「今の公爵から国を取り返すために何をすれば…」

 他の国が何も言えなくなっている状態で、できるのか?

 僕にはまったく判らなかった。


「公にしているのは、魔物を支配するアクセサリーだが、秘密裏に人間を洗脳するアクセサリーを作っている。なのでそれを抑えれば取り押さえる事が出来る。」


 『精神支配』系の能力が禁止魔法の理由はやっぱりそれだよね。

 

「それって、どこなのか調べはついているですか?」

「ああ偽装はしているが、それらしい工房を見つけている。常に警備兵がいるのと、マカラドの側近が数度入っていくのを確認している。たぶんそこだろう。魔物の兵器化している工房は別のところにあるからな。」


 僕は少し覗いてみたいと思った。

 もしかしたら、マルトさんが連れ去られているかもしれないし、なにか証拠を手に入れられるかもしれない。


「僕が今日、ちょっとだけ潜入してきてもいいですか?」

「なにを言っている。そんな事をすれば、工房を別の場所に移すかもしれないだろう。そうなれば、また最初からだ。」

「すみません、軽率でした。」


 また、やってしまった。深く考えないと駄目なのに、自分の気持ちだけを優先している。

 それに、僕はアイザが一番なのだから、危険な行動は駄目に決まっている。

 ああ、ほんと…駄目駄目だ。


 頭を下げた僕にアムドさんが言葉をかけてくれた。

「まあ、そう落ち込むな。若さってやつだ。自分には出来る事でも、その行動が回りをどう巻き込んでいくなんて事は、大人にならないと判らないものだ。君は行動して良いかを大人に聞いた。今はそれでいい。」


 先生のような人だなって思った。

 アムドさんを信頼している人達が沢山いるのも納得しました。


「はい、ありがとうございます。」



 着替えを済ませた家族が応接室に戻ってきた。


 カバン一つもない姿に僕は「ああ、国外避難ってそういうものなんだよね。思い出の品とか大切な物を置いていかないとだめなんだよね。」と心の中で想い、寂しくなった。

 

「やっぱり、荷物は邪魔になりますよね…」

「いえ、ここにまとめて収納していますよ。」

 そう言ったアムドさんの奥さんが腕輪を見せていた。

「ああ!『インベントリ』 それ便利ですよね。僕はさっき、その存在を知ったのですが、凄く欲しくなりました。今度お金用意して買いに来ようかと思っていたんですよ。」


「はっはっは! 良い笑顔だ。ハルト君、あまり背負うなよ。そして、妻と子供達を頼んだぞ。」

 僕は少し恥ずかしくなったけど、アムドさんの「頼んだ」の言葉に笑顔で「はい。」と答えた。


 家族4人と僕を乗せた馬車は、商業区のアクセサリー店の前に止まり店に入る。

 アルデアさんが待ち詫びていたようで、すぐに奥の部屋に案内された。

 部屋にはマイジュさんが待っていた。


「マイジュさん、お待たせしました。」

 僕はアラガル家の人達にマイジュさんを紹介する。


 それぞれに挨拶を済ませると、急かすように裏庭に待機してあった、馬車に向かう。


「少し遅れます。直ぐに追いかけますから、馬車で待っていてください。」

 そう言ったのはエーシャル婦人だった。

「はい。判りました。」

 僕とマイジュさんは、子供達を先に連れて裏庭に出る。


 僕とマイジュさんで床板と座席の椅子を外していると、エーシャル婦人とアルデアさんが戻ってきた。

「お待たせしました。」

「いえ、こっちも今準備が出来たところですので。」


 床下に空いた空間にアラガル家の人達に入って貰った。

 全員が入り終わると、身動きの取れない狭さ、しかもほとんど隙間がなかったので、まさに寿司詰め状態だった。


「息苦しいと思いますが、すぐに出国しますので、少しだけ我慢していてください。」

 不安を一杯に表している末っ子のサイラ君に僕は笑みを見せる。

「大丈夫ですよ。お母さんにぎゅっと抱きついていればいいからね。何があってもこの国の門は越えられるますので、何も心配しなくていいですよ。」

「うん、頑張る。」と、母親にしがみ付いたサイラ君を抱き寄せたエーシャル婦人に頭を下げて、僕は床板と座席を元に戻した。


「マイジュさんお願いします。」

 車内の小窓から、騎手のマイジュさんに出発の合図を出し、馬車は少し駆ける程度の速度で、リビエートに繋がる出国ゲートに向かった。


 高さ10メートルほどの城壁のような国の境界壁に2つ並んでいる門が見えてきた。 

 その並んでいる門が入国ゲートと出国ゲートになっている。


 出国ゲート側の列は、まだ昼を少し過ぎた時間なので混雑もほとんど無く、10分ほどで抜けれそうな感じだった。

 僕は少し座席を持ち上げる。

「今から、出国ゲートに並びます。10分くらいで抜けれそうです。頑張ってくださいね。」

 そう言って座席を戻すと、出国待ちの馬車2台の後ろに停止した。


 馬車一台が抜け少し進んだ時、人のざわめき声が大きく聞こえてきた。

 僕は窓から顔を出して外を見る。

 

 入国ゲートを抜けたすぐの大広場。

 来客者を迎えるその場所に、荷車と鎖に繋がれた魔獣、それを引き連れてきたと思われる騎馬隊が、民衆の視線を集めていた。


「やあ! 国民達と、この国に訪れた来客者達よ。今この場に居合わせた事を喜ぶが良い!」

 拡声器のような物を使っているのだろう、馬に騎乗した男の声が僕の所まで聞こえくる。

「私はモーリスト・オリテシア。オリテシア公爵家の者だ。我が国が研究している、魔獣を操る奇跡を今から、見せてやろう!」


 なんでこのタイミングで!

 僕は当然の苛立ちを浮かべる。


 前の馬車が進み、僕達の番になる。

 僕とマイジュさんは傭兵カードを見せて、車内を見せる。


「馬車で来る必要あったのか?」

 検閲兵が疑問を口にする。

「魔動機を買う依頼で馬車で来たのですが、売り切れでした。」

「ああ、魔動機は高価だから数が少ないからな。ほとんどが受注生産だろう。」

「はい。前金を払って頼んで来ました。」

 僕は打ち合わせしていた台詞を言った。

「残念だったな。」

「まあ、依頼は半分済ませた感じですし、自分の買い物は出来ましたから。」

 そう言って、僕は胸ポケットから包装された箱を見せる。

「それは良かったな。じゃ、またのお越しをってやつだな。」

「はい。」と笑顔で答えて、僕は扉を閉めた。


「よし! 行っていいぞ。」

 検閲兵の掛け声で、マイジュさんが馬に鞭を入れた。


 検閲の場所から境界壁まで100メートル。左右を2メートルの壁に挟まれた直線道。

 僕達の馬車は進み出す。


 前方の馬車が抜けてた時、広場から怒鳴り声が届く。

「おい! なに出国させている。俺が見せると言ってるのに、帰すやつがあるか!」


 100メートル先の門番が魔法の盾を出しているのが見えた。


 ああ! もう!


「マイジュさん、止まらずに進んで下さい。」

 小窓からマイジュさんに声をかけた。

「だけど、魔法の盾がありますよ。」

「あれって、後ろにいる魔法士が発動しているのですよね。」

「そうです。」

「なら、無力化しますので、少しスピードを上げて馬を走らせて下さい。」

「わかりました。」


 僕は扉を開けて、マイジュさんの隣の席に飛び移る。


「おい! 止まれ!」

 門から駆け寄る4名の兵士達を『ミラージュ・ハンド』で転ばせる。

 周りから見れば、慌てて転倒したように見える。


 その横をすり抜けると、後は魔法の盾を出している魔法士のみ。

 僕は馬車の横に飛び降り、前方の魔法の盾に向かって一気に加速した。

「すみません。僕達は急ぎの用がありますので、下らない余興に付き合えないです。今すぐにどいて貰えますか。」

「王子の命令だ。引くことは出来ない。」

 

 まあ、仕事だしね。王子が見ている前で、職務放棄できないですよね。


「仕方が無いですね。」

 僕は魔法の盾を少し手加減して殴る。

「うっ! あぁあああ!」

 魔法士が後ろに吹き飛びました。


 少年の殴り攻撃が、魔法の盾をすり抜けて、魔法士に当たった。

 と、見ていた人は思ったでしょうが、実際には、『ミラージュ・ハンド』で魔法士を殴ったのでした。


 魔法の盾が消えたのを確認した僕は、地面で悶えている魔法士を壁に向けて投げる。

 そして後方から駆けて来た馬車に掴まり、門を越える。


 (ミッション! コンプリートォー!)

 僕は心の中で叫び、腕を掲げた。

 

 出国ゲートを駆け抜けた馬車に『イズリ』の警備兵が駆け寄る。

「おい、何があった。」


 僕は馬車から降りて答えた。

「公爵の息子の余興に付き合いたく無かったので、逃げてきました。」

「逃げて来たって、お前…」

 境界壁の向こう側の騒動音に気付いた警備兵達が、二つのゲート門から覗き込むように見ている。


「まあ、今の公爵家のやつらとは係わりたくないのは判るが、面倒事だけは避けたいからな、って言ってるそばから、起きてるじゃないか。」


 馬に騎乗した男が魔獣を引き連れて『イズリ』に入って来た。

「マイジュさん、先に宿に向かってください。皆さんを早く出して上げてください。」

「そうですね。ハルトさんも気を付けて下さいね。」

「はい。適当に付き合って逃げますから、大丈夫です。」


 まさか、こっちの国まで追い駆けてくるなんて、そんなに余興見せたいのか?


「おい! そこの下民。俺の命令を無視しやがって、覚悟は出来ているのだろうな。」


 テンプレ台詞がきましたよ。

 無視して逃げたいけど、マイジュさん達にちょっかい掛けられないようにしないだから。


「覚悟も何も、僕は急ぎの用で余興に付き合う時間なんてないのです。」

 僕は、ゆっくりと歩みより、意識を僕だけに向けさせる。


「それがうちの魔法士を吹き飛ばした理由になるのか?」

 僕は少し小バカにした口調で答える。

「なります。検閲を済ませたのに止められる理由は無いですよね。それに、下らなさそうな余興に興味はまったくないですから。」

「なんだと! この俺を侮辱するのも大概にしろよ。下らない余興かどうか、お前の身で確認してみろ!」

 僕は、長い溜息を見せる。

「自国じゃない場所で、兵器を使っても良いのですか? 王子様。」

「ここは同盟国で、今も友好国だ。別に戦争をしにきたのではないからな。お前が言う、ただの余興だ!」



「そこまでにしなさい!」

 声を挙げたのは、銀髪のツインテールに可愛いフリフリの衣装、仮面舞踏会で見る仮面を付けた女性がなんかポーズを決めて立っていた。


「………」

「………」

 僕と王子が顔を見合わせている。


「えっと、あれって余興の流れ的なやつですか?」

「ふざけるな。あんなのは知らん。」

「じゃあ、なんですかあれ? どこの魔法少女です?」

「だから、知らんと言ってるだろ。なに? 魔法少女? どう見ても大人だろあれ。」

「ですよね。どうします? 聞こえなかった振りします?」

「名案だな。俺もそれに賛成したいが、あっちは構って欲しいみたいだぞ。」


「ちょっと! なにコソコソ話してるのよ! あなた達は敵同士なのでしょ!」


 ツカツカと歩いて来る女性に僕と王子が観念する。

「その予定だったが、気が抜けた。」

「まあ、敵だとはおもいますが、僕も今はそんな気分じゃなくなりました。」


「え! ちょっと、どういうことよ! 私が勇気を出して来たっていうのに。」

 目の前まで来た魔法少女? に僕は頭を下げる。

「まあ、結果的に騒動が治まったことですし、その勇気は無駄じゃないとおもいますよ。」

「そうだな。その勇気に免じて、俺も大人しくしてやる。」


「いや、そういうのじゃなくて、その魔獣に襲われそうになる君を助けて、魔獣をやっつける。って予定だったんだけど…」

 モジモジしだす魔法少女?


「ああ~。だったら、もう少し遅く声を掛けるか、戦闘が始まった時に僕を庇うとかの方が良かったですね。」

「そうだな。俺もそのタイミングだと思うぞ。」

 僕と王子が頷く。


「ん? お前はこの魔獣を倒すつもりだったのか? Aランクの傭兵パーティーが苦労して捕獲した魔獣だぞ?」

 王子が、2頭引きの馬車ほどの大きさを誇示するように身構えている魔獣を指差す。

 見た目はトラやライオン系の姿にサイのような角がある魔獣だった。


「もちろんよ。だって私は勇者の娘『キュアエイル』なのだから。」


 僕は言葉を発言することが出来ず、開いた口が塞がらない状態になっていた。


「勇者の娘だと? きゅあえいる? なんだそれは?」


 王子が聞き直すのは判ります。

 知らなければ、その反応で合っています。

 だけど、僕はその名前と彼女の姿、そして勇者の娘と言った全てを繋ぎ合わせた事実に叫びたくなった。


 誰だぁあああ! そんな文化を伝えたのわぁあああ!


「えっとですね。それは異世界の娯楽映像というか…子供向けの…なんて説明したらいいのか…まあ、魔法の力で悪をぶん殴る少女達の事です。」


「はぁ? 異世界だと? なんでお前がそれを知っている。」

「どうして、貴方がそれを?」

 二人の視線が僕に向けられた。


「今年の勇者召喚で呼ばれた異世界人なので。あっ、だけど勇者じゃないですよ。手違いで2名呼んでしまった為にハズレた方が僕なので、普通の異世界人です。」


「普通の異世界人ってなんだそれ。」

「え! それじゃあ、お父様の世界の事を知っているのよね! 私に教えてくれない。」

 グイグイくる魔法少女。

「いや、僕は今、傭兵として依頼を受けているので、今は無理です。」


「おい、勝手に話を進めるな! おい女、お前に魔獣と戦わせる事にした。勝てるのだろ?」

 王子の無茶振りが僕から魔法少女に移る。

 

 まあ、僕なら倒せそうな気はしてるから無茶振りじゃないけどね。

 プリキュア系を名乗るってことは、やっぱり打撃系で戦うってことなのかな?

 

「ええ。もちろんよ。」

 俄然やる気を見せる魔法少女『キュアエイル』。


「キュアエイルさんがもし危なくなったら、僕が加勢に入っても良いですか?」

「ああ、構わん。なんなら二人がかりでも良いぞ。」

「それには及ばないわ。私の実力を見せてあげるから!」


 これ完全にフラグだよなぁ…


 そして、僕達はファルザ公国の商業区の広場に戻ることになった。

 さすがに『イズリ』の街中だと後々面倒になると王子も反省したので、出国ゲートを逆走して戻ったのでした。

 広場には、待ち惚けを食らっていた民衆達が『???』という表情を見せながら、王子の帰還を眺めている。


「えっと、待たせたな。(咳払い一回)…我が国が開発した魔獣を使役する魔動機。その試作品が出来た。でだ、その余興として、そこの女性が戦うことになった。隣の男はその補佐的な事をする。…それでは見ていってくれ。」


 もうね、グダグダです。王子も余興だと断言してしまうほどのグダグダです。

 どうも王子は、最初ここでデモンストレーション的な魔獣操作を見せるだけだったみたいでしたが、さっきの騒動でちょっと頭に血が昇った行動だったようです。


 そして民衆も、どうリアクションとっていいのか困惑してます。

 さて、ここは民衆は無視してさっさと終わらせます。

 ん?

 魔法少女さんがなにかポーズを決めています…


「全てを救済する慈悲深き女神! キュアァ」

「ちょっ!待ってぇえ!」

 僕は彼女の両肩を掴み、行動を阻止した。


 まさか、登場シーンからするなんて…ほんと勘弁してください。


「ちょっと、なんで止めるのよ。」

「それ、しなくていいから。それは人助けで悪に立ち向かう時だけだから!」

 僕は、それらしい言い訳で彼女を納得させる。

「そうでしたね。…判りました。」


 なにやってるんだろ俺…


「おい! そろそろ始めたいんだが。こっちから始めてもいいよな。」

 王子がイライライしています。 


 魔法少女さんが普通に身構えました。

「いいですよ。来て下さい。」


「そいつを攻撃しろ。バルドラ!」

 王子の命令を受けた魔獣が威嚇の咆哮を上げ、魔法少女に突進する。

 そして、魔法少女は魔獣に向かって跳びかかっていった。


 あ、やっぱり『プリキュア系』だ。


 キュアエイルの攻撃を受けた魔獣が怯む。

 そのまま連撃を繰り出し、明らかな優勢を見せ、魔獣を翻弄していた。

 僕は、その強さを凄いと思いながら気分良く見ていたけど、民衆はそうでもなさそうだった。


 試作とはいえ、国家一押しの魔獣兵器が、女の子にボコボコにされているんだからね。

 そりゃ、王子の立場もあるし、歓声とか上げれないですよね。


「なぜだ! 動きが鈍い。もっと早くて強いはずなのに、なぜ動かない!」

 王子の不満を僕が聞いた時、魔獣から湯気のようなものが溢れているのが見えた。


 異変に気付いたキュアエイルが少し距離を取った。

「なによこれ? ちょっと変じゃない? 」

 そう言った瞬間、魔獣から魔力の波みたいなのが圧となって広場に伝わった。


 だめだ。これはやばい!

 僕は身構え、『ミラージュ・ハンド』を両手に合わせる。

 『ミラージュ・ハンド』は僕の手より一回り大きいので、丁度グローブを付けている感じになる。

 そして、この状態だと打撃力や手の力が2倍になるのです。


 完全に興奮状態になっているようで、王子の停止命令を聞いていない。

 そしてキュアエイルを無視して、暴れだしていた。

「くそ! 魔動機が効かなくなっている。誰でもいいバルドラを止めろ。」

 王子の言葉で、一緒に来ていた騎士が魔法の盾で取り囲み、魔法士が攻撃を始める。

 キュアエイルも魔法攻撃に切り替えていた。


 魔法の盾に体当たりを繰り返す魔獣が身構え、跳躍する。

 魔法の砲弾を物ともせず囲いを突破した魔獣が、キュアエイルに向かって牙を向ける。

 キュアエイルの防御魔法なのだろうか、光の玉みたいなものが全身を包んで魔獣の攻撃を受け止めようとしていた。

 だけど、魔獣の攻撃は彼女には届かなかった。


 魔獣が跳躍し、キュアエイルと対峙した時に、僕が跳び出していたのです。

 僕は、全力の踏み込みから、魔獣の脇腹辺りに渾身の力で殴りました。

 

 衝撃で、魔獣が十数メートル吹っ飛び、地面に倒れこむ。

 僕は、追撃するためにもう一度強く踏み込み、跳躍する。

 今度は角の上の額辺りを、握った両手をハンマーのようにして思いっきり振り下ろす。

 大きな衝撃音を響かせ顎を地面に強打した魔獣が動かなくなる。


 そして、静かになった魔獣の代わりに、人々からの歓喜の声が広場に広がっていた。

 

「お前の強さはなんだ? 異世界人ってのはそれが普通なのか?」

 王子が魔獣の前で立っている僕のところに来る。


「そうみたいですよ。勇者の力は無いですが、異世界人はこっちの世界に召喚されると、身体能力が上がると言っていました。異世界では、周りにいる一般人と大差ない力なんですけどね。」


「あなたって凄いのね。」

 キュアエイルさんも来ました。


「お前も、相当強かったぞ。勇者の娘ってのは、本当かもしれないな。」

「当然です。では、私はこれで。モーリストさん、国民を不安にさせる事をこれからはしないでください。」


 そう言ったキュアエイルさんが、跳躍し街の中に消えていきました。

 そうです、魔法少女が市民を救った後の行動そのままでした。

 徹底しているなぁ…


 王子が呼んだのだろうか、回収する人達が集まって魔獣を鎖で拘束し、荷台に乗せて始める。

「完全に失敗作だったな。制御中は、行動が鈍足になるし、怒りで暴走するし、虎や熊とは違うって事なんだろうな。」


 強い生き物を洗脳すると、負荷がかかって動きが鈍くなる。

 感情が激しくなると、洗脳が解ける。

 ってことなのかな…

 なんにしても、実用段階にはなっていないみたいだ。


「魔獣を使役するのは、いい案だと思いますけどまだまだ現実的では無いですね。」

「ああ、そうだな。だけど戦力増強としては、やめるわけにはいかない。」

「だったら、魔法が使えない兵士や傭兵達を強化する魔動機を開発してみたらどうですか?」

「なに? それはどういうことだ?」


 僕は魔動機の魔力を補充して効果を維持している冷蔵庫などを見て思っていたことだった。

 疑問に思って、マイジュさんに聞いてみたけど、そういう物は知らないと言っていた。


「魔法付与できる合金で武器や防具を作ってみてはどうですか? そのままだと唯の金属ですが、

魔法の盾のような効果で強度を上げれば、武器ももっと鋭利な刃にできると思いますし、属性も付けれそうかな。鎧は単純に強度が上がりますし、なんなら、魔法耐性の盾とかも作れるのでは?

全部を合金で作らなくても、埋め込み式でいけるならそれの方が安く作れそうかな。」


 王子の目から鱗が落ちていました。


「そうか! 戦闘前に魔力注入すれば、魔力のない傭兵も戦力になるな。我等の魔法騎士達ならさらに強くなる可能性もあるわけだな。」

 王子の目が輝いています。


「実際に出来るかどうかは、僕には判らないですが、そんなのがあったら、傭兵以外にも、各国の兵士用に買い手が押し寄せて来ると思いますよ。で、発案者の貴方の功績にもなりますし。」


「おお! そうだな。って良いのか? 発案したのはお前だろ。いや、名前を教えろ。俺はモーリストだ。」

「僕はハルトです。助言しただけなので、発案者はモーリストさんで良いです。」

「よしハルト、ならこうしよう。魔法付与の武器や防具が完成したら、望む付与品をタダで作ってやる。」

「本当ですか?! それは凄く嬉しい提案です。是非それでお願いします。」

「ああ、約束する。完成したら傭兵組合にも情報が流れるだろう。そしたら、俺に会いにくればいい。」

「ありがとうございます。じゃ、僕は依頼の途中なので、戻ります。」

「そうだな。俺も色々と後始末をしないとだからな。じゃあ、またな。」


 僕は王子さんと別れの挨拶を済ませた後、出国ゲートの検閲を優先免除してもらって抜けようとした時に、女性が走ってきて僕の隣に並ぶ。

「私を置いていくなんて、ダメでしょ。」


 旅行カバンを持った、清楚なお姉さんって感じの、長い銀髪をなびかせている女性に僕は心当たりがあった。

 キュアエイルさんだよね…

 良いところのお嬢さんっぽい姿だけど、声も同じように聞こえたし、背丈も同じだった。


「えっと、キュアエイルさん?」

 僕の小声に「そうです。」と答えた彼女は、検閲兵に身分証明書を見せていた。


「エーイル・ラミナスさん。出国の理由は何ですか?」

「魔王討伐隊に参加する為です。」

「そうですか、まだ募集時期には早いですが?」

「彼とパーティーを組むことになりましたので。」

「そうですか。ではお二人ともご武運を。」


「はい。」と言った彼女に腕をまわされて、僕はなすすべもなく連れられて『イズリ』の街に戻った。


 まずどこから聞けばいいのだろう…

 エーイルさんだっけ、異世界の話を聞きたいからこの状況になったんだろうけど…

 僕は、マイジュさんやアラガル家の人達のところに戻らないとダメなのに…

 はあぁ…心配してるだろうなぁ…彼女を連れては戻れないし。


 僕は、腕を組んだまま、街を歩いている彼女に、やっと声をかける。

「すみません。僕は依頼途中なので、戻らないとなんです。異世界の話はその後でも良いですか?」

「判っています。ですから、その約束だけでも決めに来たのです。」

「僕は宿に人を待たせているので、今晩なんてどうですか? 夜なら時間取れるので。」

「それじゃあ、私もその宿に泊まる事にします。」


 しまったぁあ!

 もっと別の言い訳考えるべきだったぁああ!

 いまさらもう遅いです。


「そうですね。では、宿まで一緒に行きましょう。そうだ、そのカバン持ちましょうか?」

「ありがと。」

 僕は彼女からカバンを受け取り、組んでいた腕を外そうとしたけど外す事が出来なかった。

 僕は彼女と視線を合わす。

「離れないようにしてるのよ。」

 そういった彼女の笑みは、どこか怖さも混じっているように見えていた。


 カバンを思いっきり投げて、ダッシュで逃げる。

 なぁ~んて事でもすると思っているのだろうか?

 うん。ちょっとは考えましたけどね。でも、そんな卑劣な事はしません。

 自分の価値を下げるような事はしたくはないからね。

 まあ逃げたところで、傭兵組合とかで待ち伏せとかされそうだしな。


「逃げませんって。そうだ、これ僕の傭兵カードです。」

 彼女に身分をちゃんと見せる。これで少しは信用してくれるだろう。


 だけど、結局彼女は宿のロビーまでずっと腕を放さなかったのでした。


「なにがどうしたら、そうなるのですか?」

 ロビーで待っていたマイジュさんが、魚の死んだような目で僕を見ていました…


 僕にも判りません。


 マイジュさんが僕のパーティーメンバー的な人だと知った彼女はやっと手を離して、宿の受付に向かった。


「アラガルさん達は部屋ですか?」

「はい。4人部屋に家族で泊まってもらいました。身分は偽造したものを使ってましたから、家族旅行って事になっています。」

「そうですか。今から部屋に行けるかな? 彼女の事もそうですが、王子との出来事をアラガルさん達にも話した方が良いと思うので。」

「もちろん。ずっと気にしてましたしロビーで待ちたいと言っていましたが、アラガルさんの顔を知っている人がいるかもしれないので、部屋で待ってもらってます。」


 僕は受付を済ませた彼女に夜の食事を約束して、アラガル家の泊まっている部屋にマイジュさんと向かった。

 部屋のリビングで明日の日程を話合ったあと、僕は王子とのやりとりを一から順に説明した。

 もちろん、魔法少女は外しての修正版です。


「魔法付与の防具と武器は、いい方向に行くかもしれませんね。」

 エーシャル婦人も、僕の提案が実現出来ると思ってくれました。

「はい。魔獣兵器は、実用レベルには程遠いって感じでしたし、モーリストさんも乗り気でしたから。」


「魔法付与の防具と武器ですよね。是非造って欲しいですね。」

 マイジュさんも期待の目をしていた。


「で…エーイルさんって人なのですが、皆さんで知っている人はいますか?」

 僕は最後に『異世界に興味がある女性が付いて来た』と説明した彼女の事を聞いた。

 さすがに、勇者の娘とか魔法少女とかは秘密だろうと思ったので、伏せました。


 エーシャル婦人と長女のアルーシャさんが、僕の問いに答えてくれた。


 初代勇者のパーティーに参加した、イリーシャさんの娘で、魔法学院を今年卒業した有名人。

 母親のイリーシャさんはエーシャル婦人と同級生だった事まで教えてくれました。


  その人で確定です。

 だけど、勇者の娘という事は知らないみたいだし、モーリストさんも初耳だったみたいだし、やっぱり隠してたのは間違いなさそうです。


「そうですか、だから異世界に興味があるのかも知れないですね。」


 あとで、話を合わして貰って…はぁ…また隠し事が増えそうです…

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