勇者を譲った僕の異世界生活。

紅花翁草

第1話 勇者を譲りました。

 どこからどう見ても、ここはファンタジーゲームでよく見る景色。

 王と謁見する場所。

 そして、威厳を誇示するように座る男と、隣には美人秘書のような女性が立っている。

「で、どっちだ?」

 椅子に座る男が問うと、後ろから女性の声が聞こえた。

「あっはい。えっと…」

 振り向くと、僕と同じくらいに見える女性神官らしい人がいた。

「んだよ!なんだここは!」

 隣に見知らぬ男がすべてを睨み付けるような視線で立っている。

 王だと思う男が、持っていた杖を男に向ける。

「静かにしろ!今から説明してやる。」

 そして、隣の秘書らしい女性がこの状況を説明してくれた。


 この世界の魔王を倒す為に異世界から勇者の資質を持つ者を召喚したら、一人巻き込まれてしまった。異世界人しか飲めない薬を飲む事で勇者としての力を得るが、1個しかない。

 で、資質があるのはどっちか?

 ってことです。


 僕たちを召喚した女性神官が、不安な表情で立っているのが気になっていた。

 金髪だ。めっちゃ可愛い金髪だ。

 この後、あの子、怒られるのかな…大丈夫かな。


「そんなの、俺に決まっているだろ。見れば判るだろ。」

 長身で細身ではあるが、いかにも土建関係の現場で働いていそうなお兄さん。

 対する僕は、身長165cmぐらい、無駄な脂肪は付いていないので細いが、普通の体系。

 まあ僕的にも、そっちでいいと思っている。

「あっ」

 僕達を召喚した女性が何かを言いかけた時、

「だろうな。隣のやつは貧弱過ぎる。そんなやつに資質が在るわけがない。」

 彼女は萎縮して言葉を止めている。

 王の言葉は絶対。そういうルールなんだろうと理解するには十分だった。


 ってことは、もしかして勇者候補は僕の方なのか?

 それは、全力で遠慮願う。僕にはちゃんと人生プランがあるのだから。

 卒業したらするつもりだった小さな野望を試したいんだ。

 高校卒業まで、あと5ヶ月なんです。

 戻って平穏に過ごさせてください。


 隣の彼はテンションが上がって意気揚々としている。

 もう勇者になるつもりの彼を尊重します。

 頑張って下さい。


 僕に見向きもしない状況だったので丁度動き易く、僕は彼女にそっと近づく。

「えっと、もしも、資質が無い人が薬を飲んだらどうなりますか?」

 小声で僕は聞くと、

「異世界人なら、誰でも効果はあるのですが、資質が薄いと効果も薄くなるのです。」

 僕は、最悪死ぬ可能性が無くなったので、安心する。

「じゃあ、勇者は王様が決めた彼って事で、僕を元に戻してくれますか?」

「えっと…あの…」

 僕はもう一つの最悪の可能性が頭に浮かぶ。

「もしかして、戻せないのですか?」

 黙って頷く、彼女。

「直ぐに戻せないとか、そういうのじゃなくて?」

 もう一度、頷く彼女。

「まじかぁ…」

 僕は自分の人生プランが崩れた事に嘆いてしまった。


「おい、そこの少年。お前は何をしている。」

 王様が僕に気付く。

「勇者はそちらの方に決まったので、僕達を呼び出した彼女に、元に戻して貰おうかと、相談していたところですが、戻れないって今聞きました。」

「ああ、そうだな。もうお前には用が無くなったが、このまま、外に出すのは俺としても気が引ける。」

 王様は少し無言になり、なにかを考えているようだった。

「そうだな。金貨200枚渡そうか。それだけあれば平民なら一生暮らせる以上の額だ。文句はないだろう。」

 僕に選ぶ権利なんてなく、破格の好条件なのもだいたい理解した。

 ここは機嫌を損ねないように、丁寧に感謝するところ。

 僕は中世アニメでよく見る、片膝をついて頭を下げる動作をしながら、

「ありがとうございます。過大な慈悲に感謝します。」

「ああ、少し待っていろ。今、用意させる。」

 隣の秘書らしい女性が部屋を出ると、間の空いた空気が漂う。

 そして僕は、姿勢をどのタイミングで戻せばいいのか、悩んでいた。


「それで、王様。勇者の薬って、いつ貰えるんだ?」

 部屋の空気を動かしたのは、勇者に選ばれたお兄さんだった。

 よし、ナイスアシスト。

 僕は王様の視線が彼に移ったのを確認すると、その場から下がるように立ち上がる。

 うん、これなら自然だ。ありがとう、お兄さん。

 僕が立ち上がり、一歩さがって神官の彼女の隣に立つのと同時に、王様が懐から小瓶を出していた。

「これだ。」

 王様は、椅子から立ち上がり、お兄さんに受け取るように小瓶を差し出す。

「飲めば、常人を超えた力が出るはずだ。」

 お兄さんは、躊躇せずに小瓶の蓋を開けて一気に飲んだ。

「うっ…なんだ、あっつい! うっ”んだこれはぁあああ!!」

 もうね、これもアニメでよく見るやつ。

 能力覚醒系のシーンでよく見るやつ。

 息苦しそうにしてからの、仁王立ちでオーラ出すやつ。

 うん。誰でも判る。

 勇者の能力授かってます。

 僕は、「おおー。」っとちょっと歓心して眺めていた。

 彼にも勇者資質があって良かった、良かった。

 ここで、なんの反応が無かったらって、ちょっと不安だったんだよね。

「勇者資質、結構あるんじゃないですか?」

 僕は小声で神官の彼女に聞く。

「はい。今まで以上の器だと思われます。」

 「今まで」と言う単語に引っかかるが、それはスルーして、今はお兄さんの今後の活躍を応援しよう。

 他人事。ぶっちゃけ、お兄さんの今後の事なんて、芸能人のニュースネタと同じ、どうでもいい事です。

 僕は、今後の人生プランを再構築する為の情報収集をどうやって進めるか。それを考え始めていた。

 そしてタイミング良く、秘書らしい女性が部屋に戻ってきた。


 僕は、王様から金貨の入った袋を受け取る。

 両手で受けとって、なんとか収まるほどの布袋は予想以上の重さで、落としそうになる。

 それを通学カバンにしているリュックに入れた。

「ありがとうございます。」

「まあ、なんだ。こっちの世界で頑張れ。」

「はい。頑張ってみます。」

 僕は一礼をして、出口らしい扉に目を向けてから、ふと思う。

「城から出るには…」

 僕は振り向いて、それはまさに『迷子の子供の顔』で王様を見ていた。

 王様は小さく溜息をつき、

「ラニューラ・インテアラ。その者を城の外まで案内してやれ。」

 そう告げられて返事をしたのは、僕を召喚した彼女だった。

 彼女に連れられて部屋から出ると、僕は大きく深呼吸をして、大きく息を吐く。

「はぁああああ~…」

 彼女は黙って立って僕を待っていてくれた。

「ちょっと、ごめん。もう、緊張の糸とか、もろもろ砕けた。」

 彼女は申し訳なさそうな顔で僕を見ていたので、

「もう、過ぎたことだし、どうしようもないから、今後の事を考えたいんだけど、ちょっと色々聞いてもいいですか? こっちの世界の事。」

 大きく頭を下げる彼女。

「本当にすみませんでした。はい、私が教えれる事なら全部、お答えします。」


 ここで、「じゃあ、君の歳と、スリーサイズ。彼氏とかいるの?」なんていう、ボケを出す勇気は僕にはありません。ふと頭に過ぎるけど、そんな軽薄な人間を演じる事なんて、僕自身が許しません。

 真面目にいきます。

「えっと、さっき貰った金貨なんだけど、価値ってどれくらいなのかな?」

「価値ですか?」

 聞いてから、その質問が間違いだと僕は気付いた。

 そもそも、お金の単位すら判らないし、物価も判らないのに、聞き方が悪い。

「あっ、ごめん。質問変えますね。」

 僕は、最適な問いを考える。

 一ヶ月の収入・・・そもそも一ヶ月って単位あるのか?

 年収…1年って何日なんだ?年収っていう概念すらないのかも…

「っと、平民だっけ、この世界の一般的な人達? その人達の1日の収入ってどれくらいなんですか?」

「そうですね。だいたいですが、1日、銀板4枚です。」

 銀板って何だぁああ!

 

「銀板って?銀貨と違って?」

 正直、銀貨って単語が出るのかと思っていた…

「えっと、銀板10枚で銀貨1枚です。」

 銀貨キタァー!

「じゃあ、金貨一枚で銀貨何枚になるのですか?」

「銀貨10枚で金貨1枚です。」

 よし、整理しよう。

「えっと、1日の収入が銀板4枚で銀貨1枚が10枚いるってことは、2日で…3日…4…しご、2じゅう…ってことは、5日で銀貨2枚…かな?」

 彼女も頭の中で計算していたらしく、

「そうですね。普段は10日毎に給与の支払いがあって、大体銀貨4枚から5枚だと聞いていますので、合っています。」

「ってことは銀貨10枚だと、25日分か…金貨1枚だから…あれ? 5000日分?」

 僕の世界だと、13年ちょいぐらいじゃないか…一生分? あれ?

 首を傾げた僕に彼女は気付いたようで、

「あっ、貴方が貰ったのは、金貨じゃなくて、褒章金貨の方なので、その10倍の価値があります。」

「ほうしょう金貨?」

 僕は聞きなれない言葉を聞き返す。

「少し、お時間頂けますか? 私の部屋でご説明させてもらえれば。」

「え! いいの? 僕は全然大丈夫です。時間なんて今の僕には、どうでもいいので。」

「では、宿舎に向かいますね。」

 僕は、ちょっとドキドキしながら付いていく。

「こちらです。」

 彼女が入った部屋を見渡すと…質素だった。

 真っ白で清楚な壁紙とカーテン。

 木のシングルベットに木の机と椅子。

 女の子の部屋っていう雰囲気が、まったくなかった。

 ちょっと残念な気持ちなる。

 いや、本来の目的と立場はそうじゃないだろ!って自分にツッコミをいれつつ、

「おじゃまします。」と言って彼女の部屋に入った。


 彼女は机の引き出しからゴソゴソと袋を取り出して、机の上に中身を数個取り出して並べる。

「これ、見てくれますか。」 

 僕は彼女の横に立ち、並べられた物を見る。

「これが、銅貨です。そしてこれが銀板、銀貨に金貨です。」

 現物の銀板を見て納得。

 銀貨より一回り小さく、薄い四角い銀の板だった。

「貴方が貰った金貨を見せてくれますか?」

「はい。少し待ってください。」

 僕はリュックから袋を取り出して、中から一枚の金貨を取り出す。

「でか! なっなんですかこれ。」

 机にある金貨の、倍以上の大きさと厚みがあった。

「それが国王様が褒美で与える『褒章金貨』、この一般的な金貨の10倍の価値があります。」

 ってことは…130年分の所得ってことじゃないか!

 僕は、平静を保つ努力を維持しながら、

「なるほど。そういうことですか。ありがとうございます。」

 お金についてはこれでクリアだけど…

「この、褒章金貨って普通のお店で使えるの?」

「一応使えますが、お釣りが無くて断られるかも…」

「ですよね。」

 お金持ちあるある、なのかこれ? ワザとなのか?

「これって、換金したり、預けたりする施設とかあります?」

 ここで僕は、深刻な問題に気付く。

 それは、目の前にある机に置かれている本。

「すみません。その本って見てもいいですか?」

 彼女は話題が変わって一瞬戸惑った様子だったけど、本を僕に渡してくれた。

「魔術書ですが、何か気になりました?」

「この文字って、この世界の文字ですか? 僕には読むことが出来ないですが。」

「はい。公用語です。」

 やっぱりかぁああ。よめませんぅ~

 これじゃあ、銀行とかあっても、書類とか読めないし書けないし、あぁ~どうすればいいんだぁ~

 彼女も気付いたようで、

「そうですよね。読めないんですよね。勇者様には付き人が居ますし、生活するための必要な事も、考えなくていいんでした。」

 僕は深く考えるため、下を向いたり、上を向いたり、腕を組みなおしたり…

「んっぅ。買い物は出来るとしても、住む家を借りたりとか、僕にとっては難題な事になるのかぁああ。」


 前途多難。

 それはそうだ、異世界での生活基盤を作るんだから。

 遊んで暮らせるお金と、会話が通じるから、なんとかなるだろうけど、安定した生活を1日でも早く手に入れたい僕は悩んでいた。


「えっと、さっきの換金の話とかですが…」

 悩む僕を心配そうに見つめる彼女。

 彼女…

 やっとここで僕は、また過ちに気付いた。違和感はあっただろ、自分の事ばかりで甘えすぎていた。最低限の礼儀を忘れていた。

「ごめん。ここまでしてくれている人に僕は、大切な事を忘れていました。」

 僕は大きく頭を下げる。

「僕の名前は、河曲原 春人(かわのはら はると)。はるとって呼んでください。名を伝えていないなんて、失礼でしたよね。本当にすみませんでした。」

 ほんと、なさけない自分に腹が立つ。

「あっはい。私はラニューラ・インテアラです。ラニューラと呼んでください。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 彼女も深々と頭を下げたので、二人してお辞儀をしている状態になる。

 その状況に、僕は気持ちの焦りをリセットすることが出来た。

「ありがとう。今やっと、気持ちが落ち着きました。」

 僕は頭を上げ、ラニューラさんに心からの笑みを見せていた。


「さっきの話ですが、はるとさん、傭兵組合に登録してみては、どうですか?」

「えっ! 傭兵ですか?」

 もしかして、僕の力の事を、ラニューラさんは知っているのか?

 僕は少し焦る。

 僕が異能力持ちな事を見抜いているのか…

 召喚した彼女なら、バレていても、おかしくないかもしれない。

 僕は遠回しに聞いてみた。

「僕に傭兵なんてできるのですか? っというか、なんで傭兵?」

「えっとですね。傭兵組合に登録すると、組合のある町ならどこでも、お金の出し入れが出来るのです。それに、登録手続きも簡単ですし、身分証も出来ますし、依頼は好きな物だけ受ければいいので、極端な話、受けなくても良いのです。」

 僕はラニューラさんの言った言葉を整理した。

「あぁ~。銀行代わりに使えるし、生活基盤の必需品の身分証明も手に入る! 仕事はしなくても問題ない! それいいですね。」

 なるほど、傭兵の能力なんて要らないって事か。僕は異能力がバレての話じゃないと判って、ホッとした。


「あっでも、はるとさんは異世界からの転移者なので、身体能力は、元の世界の数倍は上がっていますので、傭兵業も、それなりに出来ますよ。」

 マジですか? それマジですか? それちょっと凄いんですけど!

 僕的には、2倍の効果なんですが!

「本当ですか?」

 僕は前のめりで聞き返す。

「はい、ここじゃ試せないですが、外で木とか殴ってみるといいですよ。」

 なんか物騒な言葉でた!

 笑顔の女の子から、物騒な言葉でた!

「殴るの?」

「はい。間違っても、人とか殴らないでくださいね。殺人罪になりますから。」

 ちょ! 笑顔でそれは怖い!

「わかりました。あとで試してみます。」

 ラニューラさんが僕に嘘を付く理由などないし、僕も笑顔で返事をした。


 僕は気持ちを戻して、

「傭兵組合か…まずは登録をクリアしないとか。場所は、人に聞けばいいかな。当面の生活基盤はそこから広げていけばいいか…よし!なんとかなるかも。」

 僕はラニューラさんに頭を下げる。

「ありがとうございました。ラニューラさんがやさしい方で、助かりました。」

「あっはい。いえいえ、元はと言えば、私が…本当にごめんなさい。」

 また二人で頭を下げ合っている。

「もう、それは過ぎた事だし、受け入れましたから。大丈夫です。」

 僕はまた頭を上げ、笑顔で答えた。

「それじゃ、行きますか。城の外までの道案内お願いします。」


 少し表情の硬いラニューラさんに連れられて、僕は城の正門の前に着いた。

 部屋から出た彼女の表情が気になっていたけど、訊ねる勇気がなく、ぎこちない空気のままここまで来た。

「あっ…あの!」

 ラニューラさんの真剣な顔が僕を見つめる。

 え? なに? もしかして一目惚れ的なあれ? 告白系イベントなのか!

「やっぱり、私も付いて行っていいですか?」

 おぉおおおお! なんだこれ!

 アニメでよく見る、『なんでそんなすぐに、好意もつんだ? おかしいだろ!』ってやつなのか!

「え? 僕にですか?」

「はい。傭兵組合での登録の手伝いを私にさせてください。」

 あああぁぁぁぁ・・・ですよね~。当然ですよねぇ~。

 責任感じてるからねぇ~。ほんと優しいなぁ~。

 ごめん…僕が好きになりました。


「是非、お願いします。今からですか?」

「外出許可を頂いてきますので、少し外で待ってもらってもいいですか?」

「もちろん、待ちます。それじゃあ、また後で。」

 

 僕は、ご機嫌な歩みで城の門を出る。

 城の外は、下る坂の先に城下町が見え、門の周囲は大きな木々が立ち並んでいる。

 山を切り崩した場所に建てた城だと判る。

 城門の外には、両端に2名づつの守衛兵。城壁の上にも監視用の兵士がいるようだった。

 僕は少し離れたところにある座りやすい岩を見つけたので、そこで座って待つ事にした。

 ブレザーの内ポケットからスマホを取り出す。

 もちろん、圏外だった。

 この中には、友達の写真や好きな音楽が沢山入ってる。

 ギャラリーを開けそうになるのを、僕は思い止まった。

「もう、向こうの思い出は封印しないと。…先に進めなくなる。」

 僕はスマホの電源を切り、ポケットに戻した。


 静かな森は、風で擦れる木々や草の音しかなく、待ち時間を持て余すのが勿体無く思い、なにかすることは無いかと考える。

 立派に聳え立つ、太い木々を見て、僕はさっきの話を実行してみることにした。

 ただ、守衛達の視線が気になってしまい、行動に移せない。

 そうだ、こっちも確かめないとな。

 僕が元々持っている能力。

 超能力だと最初は思ったこれは、能力の制限的にどちらかと言えば異能力だと、僕は認識した能力。

 突然、出来るようになったので、突然出来なくなる可能性もあるわけで、楽観的に喜んだり、使ったりはしていない。

 異能力頼りの人生プランなんて、もってのほかだ。


 その能力に気付いたのは16歳の春だった。

 届かないテレビのリモコンを取りたいと、手を出したら、リモコンを掴んだ感覚と浮いたリモコンが手の前にあった。

 僕は驚き、確かめる為に部屋中の物を意識の手で掴んでみた。

 超能力キタァアア!ウォオオオ!

 16歳の少年にこれは衝撃的なのは必然。

 舞い上がる僕だったけど、瞬時に冷静になった僕も褒めてあげたい。

 いつ消えるとも判らない能力だと割り切り、使えたらラッキーぐらいの気持ちで使う事をすぐに決めて、そこからは、この能力の検証に努めた。

 この2年で判った事は、

 自分から12メートル以内の物しか動かせない。

 ただ念じれば動かせるという能力ではない。

 重たい物は持てない。

 物を壊したりも出来るが、硬い物は壊せない。

 掴む感覚はあるが、温度や痛みも無く、感触も無い。

 発動中は、同じ動きを自分もするか、静止していないと出来ない。

 と、色々検証した結果、ひとつの仮説に辿りついた。


 自分と同じ身体能力の透明な霊体が僕の意思で動いている。

 某あれです。スタンド的なやつです。

 この仮説通りに、自分が実際に出来る事しか出来ず、手の感覚だけ常にあるので、実際には人型ではなく、手の甲だけの霊体なのかもしれない。

 だから、超能力ではなく、異能力と僕は位置付けている。


 さて、ここで大事な事は、『自分に出来ることしか出来ない』

 そうです、ラニューラさんは言っていた。

 身体能力が数倍に上がっていると。


 ならば、12メートル先の林の中の木を殴ることで、両方の効果を確認出来るのです。

 早速やってみよう。

 僕は念じる。

 (ミラージュ・ハンド!)

 あ、はい。中二病じゃないですよ。発動しやすく名前を付けただけです。

 名前はあれですが…けっして中二病ではないです。妄想じゃないですから。


 目標の木を決めた僕は、全力の力で木を殴った。

「ダォオン!」

 重機で家をぶち壊したような激しい音が聞こえて、メキメキと木が割れる音と揺れて擦れる葉の音が林の中から聞えてきた。

 やばい、これはやばい!

 僕は冷汗を背中に感じる。

 城の守衛達がざわめき、殺気立っているのが、すぐに分かった。

 ここで動いたら、僕が怪しまれるのは確実。

 正解の行動を僕は、考える。

 よし! 普通に驚くのが正解だ。


「なっ…なんですか…」

 少し怯える動作に、ゆっくりと後ずさりする動作。

 そして、守衛に助けを求める視線。

 完璧だ。


「何があった!」

 2名の守衛が駆けつける。

「さあ、僕にも…突然、あの奥から音がしました。」

 殴った木の揺れは収まり、元の姿に戻っていたので痕跡も無く、静かな森に戻っている。

 林の中を確認する守衛達が戻ってきた。

「魔獣がこんなところに現るはずはないし、熊が足でも滑らせて木にぶつかったとかじゃないのか?」

「そうかもしれんな。数日前の雨で地面はまだ濡れていたしな。」

「で? お前はいつまでここにいるつもりなんだ? 街にいかないのか?」


 守衛達の会話は僕に向けられた。

 門を出るときに、異世界から間違って呼ばれてた人間だと、ラニューラさんから説明を受けていたので、大体の事情は判ってもらっている。


「はい。傭兵組合にラニューラさんが案内してくれるので、待っているところです。」

 守衛の二人は納得したようで、

「おお、そうだな。生きていくには働かないとだし、頑張れよ。」

「こっちの世界に慣れるまでは大変かもしれないが、一歩づつ進めよ、少年。」

 30代から40代くらいに見える二人の守衛さんからエールを貰った僕は、

「はい。」と一礼を返す。

 何も無いことを、城壁の上から覗いていた兵士達にジェスチャーで伝えた守衛さんは、僕に手を振って、職場の門の前に戻っていく。


 よかったぁああ。良い人達で、よかったあぁああ。


 緊張が切れた僕の胃袋が音を鳴らす。

 そういや、結構時間立っているんだよな。僕はリュックからお弁当を取り出す。

 僕が拉致られたのは、朝の登校中。人通りも少しあった商店街の中だった。

 あの時、目撃した人達が凄く驚いていたのを思い出す。

 母さんが、毎日作ってくれている弁当を僕は確かめるように開けていく。

 お腹が空いている感覚は無くならないが、胸に込み上げる熱い物も、押さえる事が出来なかった。


 見慣れたお弁当。主品と、白いご飯の上のふりかけだけ日替わりで変わるけど、かつおだし味の卵焼き、黒胡椒がかかったウィンナー、冷凍品のほうれん草のカップは毎日入ってる。いつものお弁当。


 僕はお弁当を汚さないように、顔を上げる。

 涙が止まらなかった。

 さっきまでの自分が、嘘のようだった。

 いや、虚勢を張っていたのかもしれない。

 現実を受け止めきれない自分を誤魔化していたのかもしれない。

 

 もう、二度と食べる事が出来ない母さんの味。

 突然消えて、悲しませている親不孝な自分。

 もう、二度と会えない寂しさ。

 僕は、溢れる涙を止めることが出来なった。


「どうかしましたか?」

 拭っても止まらない涙で視界がぼやけているけど、そこに立っているのは彼女だと声で判った。

「すみません。今頃、母の事を思い出してしまって…もう少し待ってもらえますか。今、落ち着かせますので。」

 ラニューラさんは何も言わずに、僕のすぐ横に座って待ってくれた。

 

 なんとか、泣き止んだ僕は、ラニューラさんに「もう、大丈夫です。」と、声をかける。

「はい。」

 と、優しい返事が返ってきた。


「それは、お弁当ですか?」

「はい。母の手作りです。」

「じゃあ、それを食べてから、街に行きましょう。ゆっくりでいいですから。」

 ほんと、この人が居て僕は救われている。と、心底思いました。


 僕はいつもの順番でお弁当を食べる。そして最後に食べるのは、卵焼き。

 二つ入った卵焼きは、必ず最後まで2つとも残している。

 僕は1つを食べたあと、

「えっと、卵焼きは好きですか?」

 当然、ラニューラさんはビックリするよね。

「嫌いではないですが、」

「じゃあ、これ、食べてくれませんか?」

「え? 何で?」

 僕はその時、考えた。

 自分でも、なぜ思ったのか? どうしてなのか?

「なんてことのない味なんですが、僕の好きな味で、なんでだろう…共感して欲しいのかな? ただ単純に、自慢したいだけなのかな?…よく判らないや。」

 ラニューラさんは少し考えてくれて、

「じゃあ、頂きます。」

 そう言ってくれたので、僕は箸を反対にして、卵焼きを彼女の手の平に置いた。

「あっ、美味しい。この味ってどこかで…」

「ありがとう。美味しいって言ってくれて嬉しいです。」

 いつもは、適当だったお弁当を終う動作を、今日は丁寧に終いリュックを背負った。

「お待たせしました。」

 ラニューラさんに笑顔を向けて、元気なった事を見せる。

「はい。」

 ラニューラさんは、優しい一言の返事を僕に返してくれた。


 城の正門から見える街には、歩いて20分ほどかかる、ということだった。

 女性にあんな泣き顔を見せたのは初めてで、僕は少し恥ずかしくなっていたが、会話が無い方が辛いので、色々と聞く事にした。

 情報収集も大事な事なので。


「お金と仕事は、なんとかなりそうですね。あとは、住む所か…」

 見えた街は、結構の広さを確認していた。

「ここって、首都、いや王都って言ったほうがいいのかな?」

「はい。タライアス王国の王都になります。」

「タライアス王国…他にも国ってあるんですよね?」

「はい。隣国が2つあり、その他にも、15の国があります。」

 全部で18の国か…

 傭兵組合が在るってことは、領土争いとかあるのかも。


「やっぱり、国同士の争いってあるのですか?傭兵があるってことだし。」

「今は、魔物討伐に各国が頑張っていますので無いですが、20年くらい前まではありました。」

「言語や文字ってそれぞれ違ったりします?」

「いえ、全て同じ言語に文字を使っています。」

 僕は定住するより、世界を巡る旅も良いかもと、思い付く。

「なら、旅人になるのも、良いのかな?」

「そうですね。旅費としても、十分な資金がありますし、そういう人生もありかもしれないですね。」

 僕は、とりあえず候補として考えてみる事にした。


「どこかに住むってなると…」

 僕は理想の人生プランの再構築を始める。

「食べ物的に、海の幸が一杯ある港町かなぁ。家は一人暮らし用の借家でとりあえずはいいとして。場所は海が見える高台で静かな所。」

 僕は住みたい風景を想い描く。

「あとは、寒いのは嫌だから、一年中暖かい南国かな。ああ~水が美味しいところじゃないとダメだぁあ…水だけは妥協出来ないんだよね。そうなると、海は無理っぽいなぁ…海は諦めるとして、海の幸が食べやすい土地で、水が美味しい所。温泉が在れば最高だ。うん、これかな!」

 僕の話を聞いてくれていたラニューラさんに同意を求めた。

「どうですか? 僕の理想の生活です。」

「いいと思います。全部揃っている所、私知っていますよ。」

「え! 全部ですか? 水が美味しくて、南国で、港町で、温泉ですよ?」

「はい。」 

 そう答えた彼女の笑顔が、本当の事だと教えてくれる。

 

「私の生まれ故郷です。」

 彼女の笑顔は、自慢のふるさとを伝える笑顔だと、僕は知った。

 こんな運命的な事を信じていいのだろうか?

 もしかしたら、ラニューラさんと将来結婚とかして、一緒に暮らすとか。

 いやいやいやいやいやいやいや。

 飛躍しすぎだろ、俺!


「行ってみようかな…ちなみにここからだと、どうやって行くのですか?」

 僕は、『ちょっと興味あるから聞いておこうかなスタンス』を見せつつガッツリと記憶しようと頭の準備する。

「私の故郷は、ここから馬車で4日、最寄の町で宿泊しながらなので、結構遠いです。あと…」

 ラニューラさんの表情が少し曇る。

「治安があまり良くないのです。恥ずかしい事に。」

「治安ですか。魔物とか出るとか?」

「いえ、町の外はどこも同じように危険なんですが、町の覇権争いをしている方々がいますので、そういうのに巻き込まれると、ちょっと面倒なんです。」

 僕は、マフィア系の話だと、なんとなくイメージしていた。

「そうですか。まあ、関わらないようにすれば良さそうですし、外から来た旅人にチョッカイかけることもないですよね。」

「ええ、たぶんそうだと思います。」

 まあ、自分の身は守れそうだし、なんとかなるかな。

 そんな理由で、尻込みする僕ではない!

 ラニューラさんの故郷じゃなかったら、速攻遠慮していたかもしれないが!


「観光地としては有名なので、旅行者には、ほんといい所だと思います。」

「なら、行ってみる価値は十分ありますね。」


「ラニューラさんは、いつ王都に来たのですか?」

 よし!いい流れだ。このタイミングなら、自然な会話。

 彼女の事を知りたいとずっとタイミングを計っていた僕の会心の一手。


「はい、2年前です。」

「それって、神官としての就職でですか?」

「そうですね。元々は故郷の教会で勉強していたのですが、16歳の卒業と共に、王直属の神官職として呼ばれました。」

「すごいじゃないですか!それってエリートって事ですよね。あっそっか。勇者召喚出来る人なんだから、当然か。」

「いえ、ただその時は人より少し魔力があっての採用だったので、勇者召喚は、こっちで覚えた事なんですよ。しかも、今回が初めてでして…」

 あ…なんか色々納得。


「勇者召喚は誰でも覚えて使えるものじゃないんですよね?」

 そりゃそうだろう。そんなのが沢山いたら、この世界は僕みたいな人達で溢れているだろうし。

「はい。今、出来るのは私の師と私だけです。」

「じゃあ、やっぱりラニューラさんは凄いって事です。」

 彼女のその表情は、照れているのが判る笑顔で、嬉しそうだった。


「ラニューラさんの故郷か…あっ!町の名前まだ聞いてなかった。」

「あっ、ごめんなさい。ファルザンです。『港町ファルザン』って呼ばれています。」

「ありがとう。そのファルザンに行った時に、ご家族の方とすれ違ったりするかもですね。」

「父が町の教会の神父をしていますので、もし機会があれば寄ってみてください。」

 必ず寄ります!

 僕は心の中で即答していた。

「神父さんですか、行った時には、必ず行きます。感謝の言葉を伝えたいですから。」

 彼女はまた、照れ笑いを僕に見せてくれた。


 あれ? 話、締めちゃった。

 やばい…会話が、会話がぁあああ

 何か話さないと、話さないとぉおおおお


 考えている無言の時間が過ぎていくほど、次の会話の糸口が見えなくなっていく。

 痛恨のミス! 

 何やってんだ、俺ぇえ!


「いい天気ですね。」

 僕は自滅した。


 のんびりと歩く僕達は、人混みに紛れるように街の中に入っていく。

 会話が途切れて、天気の話をした僕に、ラニューラさんがファルザンの気候話に話を広げてくれて、そこから色々と、この世界の環境とか魔物とかの話になって会話を続ける事ができた。

 ほんと、いい人。ラニューラさん大好きです。


 本来、そういう情報を聞くことが最優先だったのに、僕はラニューラさんに舞い上がっていた。

 シッカリしろ、俺!

 

 街のほぼ中央なのだろうか、空を覆うほどの高い建物が立ち並び、大きな大通りには沢山の人と、飲食店からは美味しそうな匂いが漂っている。

「凄いですね。」

「もうすぐ夕刻ですので、みなさん食事をしに集まってきてるのです。」

 この世界の一般的な家庭では、自炊はほとんどせず、すべて外食だと教えてもらう。


 大通りを少し進み、人通りが少なくなった辺りでラニューラさんが大きな建物を指差す。

「あれが、この街の傭兵組合の建物です。」

 どこの宮殿だよ!

 って心のツッコミが入ってしまった。

 傭兵とは完全に掛け離れているその建物は、ヨーロッパ地方にある、あれだ、バッキンガム宮殿? そんな感じの建物だった。

 ラニューラさんの後を付いて、その建物に入ると、確かに傭兵組合だと認識できる人達が結構いたので、僕は安心した。

 傭兵っていうよりは、冒険者って感じかな。まあ、冒険者も傭兵も見た目はほぼ一緒か。


「ご用件は、なんでしょうか?」

 受付嬢らしい人物に、ラニューラさんが僕を紹介する。

「この方の、傭兵登録をお願いしたいのです。」

 僕は一礼をして、相手の女性に「お願いします。」と言葉を返した。

「執事の方がですか?」

 僕の学校の制服は、紺色のブレザー。この世界では、執事服に似ているらしい。

 言われて納得する僕。

 受付嬢からの怪訝な視線を受けた僕は、ラニューラさんに助けを求める視線を送る。

「その人は、執事ではありません。」

「はい。失礼しました。」

 あっさりと受け入れてくれたよ。


「では、この書類に両手の判と、お名前をご記入ください。」

 手渡されてたのは、画用紙みたいな大きな厚い紙だった。

 僕が戸惑っていると、ラニューラさんが黒い液体の入った瓶の蓋を開けて、ぼくに差し出す。

「このインクを両手に付けて、紙に押し付けてください。」

 ああぁ! 手形か。

 僕はインクを手に塗って、紙に両手の紙に押し当てた。

「あとは、ここに名前ですね。ここは私が書きます。はるとさんでよかったですよね。」

「はい。名前はハルト、家名はカワノハラです。」

 苗字っていっても伝わらないと思った僕は、即座にゲームのネーム付けでよくあるやつを思い出す。

「ハルト・カワノハラっと。」

 読めない文字で書かれた自分の名前だったけど、人に書いて貰うのって、なんか照れます。


 僕は、書類を受付嬢に渡すと、

「後見人は、貴女で宜しいのですか?」

 ん? 後見人?

「いえ、私はただの付き添いですので、後見人ではありません。」

「では、後見人の届けは後日って事ですね。」

 ん? ん?

「あの、後見人ってなんですか?」

「もし、あなたが死んでしまった時、こちらでお預かりしている財産の引き取りをされる方です。もし後見人が居なければ、組合の物となります。」

 保護者みたいなものだと、僕は理解した。

「そっか、死んだ時の財産かぁあ…」

 組合に持っていかれるのは絶対に嫌だな。

「それって、一度決めたら変更できないとかじゃなく、今後、変更とか出来るのですか?」

「はい。変更はいつでも出来ます。ですが、その時は現後見人と、次後見人の両方の立会い、または承認書が必要になります。現後見人が死亡されている場合は、死亡届けと次後見人での手続きになります。」

 適切で丁寧な説明ありがとう。

 ちゃんとしてるなこの組合。

 そんな好印象を持った組合に僕は、迷う事無く、彼女を後見人にする事にした。

「ラニューラさん。今だけででも、誰か後見人になってくれる家族が出来るまででいいのですが、僕の後見人になってくれませんか。」

 戸惑う彼女。そりゃそうだろう、だけどここは引かない! 絶対に引かない!

 僕は下心がある自分を、ここは否定しない。


「えっと…そういう事でしたら、断れないですし。」

 よし! これで縁が繋がった。

「ってことで、彼女を後見人にお願いします。」


 後見人の書類にサインをしたラニューラさんが、書類を提出したの確認してから僕は、

「それと、この所持金を預けたいのですが、良いですか?」

 リュックからドン!と布袋を机の上に置く。

「はい。それでは、ネームプレートと身分証明書カードをお作りしていますので、お渡し後、ご入金します。この所持金は今ご確認をさせてもらっても良いでしょうか?」

 僕はドキドキしながら「はい。」と答える。

 袋を開けて中身を確認した受付嬢の顔は、予想通りの慌てぶりと行動で、僕の悪戯心は満足! 

 すごく楽しかった!


「ほんと、ラニューラさんが居てくれて助かりました。」

 僕は、さっきの出来事の事を思い出し、笑い溢す。

「私もちょっと、楽しんでしまいました。」

 大量の褒章金貨を見た受付嬢の彼女は、言葉をなくし、何度も僕の顔と袋の中を見直して、本物かどうかを確認しようと上司を呼びに行ったりと、それはもう、大変な事になりそうだった。

 それを、大事にならなかったのは、ラニューラさんが一緒に居たからです。

 ラニューラさんの制服が、王直属の神官職だと知れていたので、褒章金貨を大量に持っている理由の説明と、本物だと言うことを信じて貰えたのでした。

 そのあと、金貨一枚分の金銭を銀貨と銀板で引き出し、僕達は近くの飲食店に来ています。

 飲食店で、実際に注文から支払いまでを教えて貰うついでに、一緒の食事をお願いしました。


「今日は本当にありがとうございました。生活する不安が無くなりましたし、この世界の事を沢山知る事も出来ました。」

 僕は、運ばれて来た料理を前に、ラニューラさんに一礼をして乾杯のグラスを持ち上げる。

 もちろん、ジュースです。

 お酒は16歳から飲めると教えて貰ったけど、彼女は仕事中なので、僕も果実ジュース。

 まあ、お酒で醜態晒す可能性もあるので、僕的にも今日はジュースです。

 独りの時に試そうと、思います。


「ハルトさん、貴方の未来に幸多きことを願います。」

 ラニューラさんの祈り受け取って、僕は食事に手を付ける。

「美味しいですね。ラニューラさん、遠慮しないでくださいね。今日のお礼ですから。」

「はい、ありがとうございます。」

 ラニューラさんお勧めの料理はどれも美味しくて、楽しい食事の時間は、あっという間に過ぎていった。

 

 ラニューラさんとは、街から城に向かう街道の所で別れた。

 門まで送るつもりだったけど、遠慮されたので僕は素直に従った。

 まだ夕刻で、日が沈むまで時間があったし、嫌われたくないし。

 こういう時の駆け引きとか僕は出来なくて、言われた言葉に全部従う事にしている。


 宿は、世界共通の看板を掲げる義務があるので、その絵をラニューラさんに描いてもらっていた。

 ノートとペンはもちろん、リュックの中に沢山ある。

 他にも、忘れないように『港町ファルザン』までの旅路方法。

 もちろん、彼女の名前も忘れないように、しっかりと書いてある。


 傭兵組合で、事前に教えて貰っていた宿屋を見つけた僕は、扉を開けて中に入る。

 小さな4階建ての宿。

 一階の受付をしていた女性に、一泊分の支払いを済ませて2階にあがる。 

 2階からの宿泊部屋は全て一人部屋で、カラオケ店みたいに細い通路に扉が並んでいた。

 僕は渡された鍵の番号の扉を開けて部屋に入ると、想像通りの部屋にホッとする。

 小さい部屋には、木のシングルベットと小さな台、奥の壁に小さな窓。

 あと、体を拭く為の、水樽とタオルがある。

 トイレは共用なので部屋には無い。

 普通の部屋だった。

 この世界の灯りは油ランプで、マッチ棒で点ける。宿のランプは火災防止の為、水の入った桶の真ん中にある形になっている。

 僕は屋台で売っていた飲料水を台の上に置き、ベットにリュックを下ろし、中の物を全部広げる。

 今日は体育の授業があったので、体操着一式。

 宿題のプリント。

 教科書とノート。

 ペンケースと、メモ帳。

 空になった、お弁当箱。

 そして、ブレザーのポケットから、スマホと財布。

 タオルハンカチと、こっちの硬貨を取り出す。

 

 僕は空のお弁当を、体を洗う用の樽の水で綺麗に洗い、持っていたハンカチで拭いて、その中にスマホと財布の中身を入れて蓋をする。

 財布はこっちの硬貨を入れた。

 そして、お弁当袋に入れて、リュックの一番底に僕は丁寧に入れる。

 これは大切な思い出。僕の宝です。

 

 ブレザーから体操着に着替えて、持ち物をリュックに全て戻した僕はベットの上に寝転ぶ。

 さて、どうしようかな。

 取り敢えずの目的は、『港町ファルザン』に行く事にしたけど、急いでいく必要も無いわけで。

 『ファルザン』までの行程は、馬車で3つの町を越えるルート。

 ここ、『王都タライアス』から大農園がある『モーザン』までが6時間。

 次の、大河の近くにある『ソラン』までが9時間。

 そこから、山頂の『コルトン』までが8時間。

 最後の、港町の『ファルザン』までが5時間。

 馬車の移動は昼間だけなので、暗くなる前の町で宿泊するのが決まりになっている。

 急を要する時は、馬代えと傭兵を雇って野宿することもあるらしい。


 『モーザン』行きの運行時間は9時だと教えて貰っていたので、朝早めに、馬車屋に行ってみようかな。この時期なら予約は要らないって言ってたから、大丈夫だと思うけど、余裕を持って行動しないと不安なんだよね。

 よし! 寝よう。

 この世界にも、時計はある。だけど目覚まし機能がないのです。

 寝過ごさないように、早く寝よう。そして朝7時くらいには起きよう。

 

 僕は、ランプの火を小さくしようとベットから立ち上がる。

 あっ…。

 僕は異世界の治安の基準が判らない事に気付く。

 これ、夜中に誰か忍び込んで来ないかな…

 僕は木の扉の窓をしっかりと閉め、鍵を掛ける。そして、リュックの肩掛けのところを使って開いたらリュックが落ちる仕掛けをする。

 入り口の扉も鍵を掛け、内開きだったのでベットをずらして、開かないようにした。

 よし、これなら大丈夫だろう。

 僕は時計を確認する。

 時刻はまだ20時だけど、明日に備えて寝よう。

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