第8話 勇者の娘

 エーイル・ラミナスは初めてファルザ公国の外に出ました。

 理由は、お父様の世界を知っている人に出会ったからです。

 今日の夜にその人と会う約束をしました。

 とても待ち遠しく思いながら、私は昔の事を思い出していました。

 

 母は勇者召喚された異世界人の『神埼 武』という勇者と恋愛し、身篭りました。

 それが私です。


 母は当時の魔法学院で最高の成績だったため、召喚された勇者のパーティーに入ることになって、父と出会ったと話してくれました。

 父と母との恋は秘密の恋から恋愛になり、恋人になって、魔王を倒した後に結婚する約束をしていました。

 でも父は魔王に負けてしまい、帰路の旅の途中で亡くなってしまいました。

 私は物心付いた時に不思議に感じ、なぜ亡くなったのかを母に訊ねてみましたが、その時は教えてくれませんでした。


 私が勇者の娘だと知らされたのも、12歳の誕生日の時でした。

 勇者の子供だと世間に知られると、私の将来が不安になってしまうために、黙っていたみたいです。

 その時に、『スマホ』というお父様の遺品を見せて貰いました。

 中には色々な絵や音楽が入っていて、『写真』や『動画』という単語もその時に知りました。


「エーイル、よくお聞き。これはお父さんの形見なのだけど、『充電』という事をしないと、動かなくなるの。」

「じゅうでん?」

「手に持ってね。こうやって、小さな魔力を流すと『バッテリー』ってところに魔力が溜まるから、その魔力で『スマホ』が動くのよ。魔動機と同じね。だけど、強い魔力は入れたらだめよ。壊れてしまうかもしれないから。」

 そして、私はお母様から、『スマホ』の充電の方法を教えて貰いました。

 お父様とお母様の『写真』を見ながら、お父様が私の名前を決めてくれていた事も聞きました。

 『エイル』

   異世界の女神の名前で、『慈悲・援助・救済』との意味でした。

  それを私達の世界の女の子の名前に合わせて『エーイル』とお母様がつけてくれました。


 それからは、『スマホ』の中にあった沢山の動画から『プリキュア』に夢中になっていました。

 ほぼ毎日見ては、こっそり真似をしたりもしてました。

 『プリキュア』の魔法少女のように悪に立ち向かう人になりたいと思うようになりました。

 だけど、この世界では女の子が殴ったり蹴ったりするなんてことは許されない。

 私はモヤモヤした気持ちのまま、ずっと過ごしていたのです。

 

 ファルザ公国は魔力が使える人が沢山生まれる魔法士の国。

 魔法士の資質がある子供は16歳になる春から魔法学院に入るのが義務になっているので、私も学院に通うことになった。

 ファルザ国民のほとんどは銀髪に青い瞳で、ファルザ民族の純潔の証。

 純潔は魔法士の資質を100%持っている。

 だけど私は、銀髪に黒い瞳の混血。

 当然、差別するイジメが私にも降り掛かってきた。

 混血民だとか雑種だとかの差別用語は日常的にあり、見下される差別も横行している。

 魔法学院に入学後すぐに、私を含めた5人の混血民が集められ、同じ新入生の子爵家の娘が嫌味を言った。

「私達の品を下げるような事はしないでよね。ちゃんとファルザ国民としての教養を覚えてください。」

 それを聞いた私は、笑いを堪えるので必死でした。

 だけど、「いまさら? 」と、言葉を漏らしてしまいました。

 もう、飽きるほどの差別対応を受けてきた私には、ただの笑い話にしかなっていなかったのです。

 それを聞いた同じ混血の4人も、我慢していた笑い声を上げると、子爵の娘と取り巻きの子達は不機嫌な顔で私達の前から消えました。


「ほんと、勘弁してほしいです。」

 淡いピンク色の髪と青い瞳の『アリセール・エルデン』さん。

 学院生活で親友になった彼女は、実家の花屋さんを継いでいる。


「いやぁ~、笑った。」

 銀髪に青い髪が混じっている『ドーラン・マチデル』さん。

 混血組みで一番の問題児だった男性で、傭兵になるため卒業と同時にファルザ公国を出て行った。


「大丈夫でしょうか?」

 金髪の小さな少女姿の『イスティラ・オーチラ』さん。

 優しい言葉で周りを気遣う行動をしているけど、中身は自分大好き。

 彼女も卒業後すぐに、父の故郷の『アテリア王国』の城勤めをする事になっていて国を出た。


「俺たちは何も悪くないから、気にすることないよ。」

 オレンジ色の背の高い男性の『キジル・マルド』さん。

 真っ直ぐな正義感を臆せず口にするけど、女性に対して少し節操が無い人だった。だけど、アリセと付き合いだしてからは真面目になった。

 手先が器用で、魔法付与アクセ製作の仕事に就いた。


 それまで独りでいる事が多かった私が、仲間と呼べる人に出会った日だった。


 学院生活は、最初の実力テストで、母譲りの魔法と、父譲りの身体能力で学年首位なってしまってから、少し大変だった。

 母に、常識外の身体能力は隠しなさい。と言われていたので、魔法だけでテストを受けていたけど、模擬戦での回避や移動がAランクの騎士並だと言われてしまう。

 その時、初めて『普通』の基準が低いことを知った。

 ずっと独りで過ごしてきたから。


 それからすぐに、当時生徒会長だった4年生の『モーリスト・アリテシア』にも模擬戦を申し込まれる。

 あの時は伯爵家の長男だったけど、公爵になって王子になるなんて思いもしなかったな。


「母親があの『イリーシャ・ラミナス』の娘なのは本当みたいだな。」

 余裕で模擬戦を勝利した私に、モーリストさんが言った言葉。


 お母様は、2歳の私を連れてファルザ公国に戻ってきた。

 正確には、私の年齢は3歳だったけど『勇者の娘』と疑われないように歳を変えたと、お父様の話をしてくれた時に教えてくれた。


 死んだと思われていた『イリーシャ・ラミナス』が5年ぶりに帰ってきた。

 しかも、2歳の子供を連れた未婚の母となって。


 大々的な出来事になったのは当然だった。


 それからの学院生活は、『イリーシャの娘』としても注目を浴びることになる。


 色々な面倒事に巻き込まれながらも、仲間と共に笑い話にしてきた私だったけど、18歳の春、お母様が倒れてからは、辛い日々を送った。

 祖父母は、私が小さい頃に亡くなって、お母様と二人暮らしだった私は、学校を休みがちになり、お母様に付き添う日々が多くなる。


 不治の病だと聞かされた。余命1年だと聞かされた。

 そして、私はお父様の死因をこの時、聞かされた。

「あなたのお父さんは、勇者の力を得た代償に、寿命が残り100日にされたのよ。お父さんはその事を知らずに、朽ち果てるように息を引き取ったわ。」

「お母様はそれを知っていたのですか?」

 私は怖いと思いながらもその質問をした。


「いえ、私が知ったのはその後だったわ。お父さんの死を尋ねたら、勇者召喚した神官が答えてくれたの。タライアスの王も知っていると言っていたわ。」

 私は、お母様が知らなかった事に安堵し、お父様を使い捨てにした人達を憎む感情が生まれた。

「ゆるせない。」

 そう言った私にお母様は首を横に振った。

「だめですよ。例え、人として間違った事をしていると判っていても、世界の為に選んだ事なのかも知れないでしょ。お父様は利用されただけだったけど、それでも、あなたを授けてくれた。私を愛してくれた。私はそれだけで、幸せだったから。」

 私は寝ているお母様の胸に頭を付ける。

「おかあさま…」

「エーイル、愛する人を見つけなさい。そして幸せになるのですよ。私は幸せでしたよ。おとうさんと出会い、あなたが生まれた事。自慢の娘に成長してくれた事。私の宝物。」

 お母様は強く私を励ましてくれた。泣き崩れる私を優しく包んでくれた。

「うん。私、幸せになるから。お母様に負けないくらい幸せになるから。」


 お母様は18歳の冬に、この世界から消えてしまった。


 私はお母様の想いに応える為に自身を鍛え、人々を救う『プリキュア』のような魔法少女になる努力を沢山した。


 そして私は19歳の春、魔法学院を卒業してから、その活動を実行する機会を待っていた。

 

「アリテシアの息子が、魔獣を連れて街を歩いているって話だぞ。」


 もしかしたら、私の出番かもしれない。

 道行く人の会話を聞いた私は、急いで家に戻って、服を着替えた。


「俺の命令を無視するとはいい度胸だな。警備兵も倒されたまま、逃がすなんて事は国家の威厳に係わるだろ!俺は逃がさねぇ。」

 私が広場でモーリストを見付けた時には、出国ゲートに向かって魔獣を走らせていた。


 いい、モーリストを止めるのよ、私。

 私は『キュアエイル』。

 人々を助ける、慈愛の女神の名を授かったのだから。


 そして、私はモーリストと魔獣を追って、出国ゲートを飛び越えた。

 


「そろそろ時間ね。」

 約束の時間。私は待ち合わせのロビーに向かった。

 彼の名前はハルトだと知った。同じ異世界人だからなのだろうか? お父様に似ていた。


「お待たせしました。」

 ロビーには、既にハルトが待っていた。挨拶を済ませ、すぐにレストランに向かう。


「僕はお酒は飲みませんが、エイルさんはどうしますか?」

「ハルトが飲まないのなら私も止めておきます。それに、じっくりと話を聞きたいですからね。」


 彼は私の事を「エイル」と呼び、私は彼を「ハルト」と呼び合う事にした。

 年下の弟のような雰囲気だったから、呼び捨てになったけど、ハルトは「それで良いです。」と言ってくれた。


 食事をしながら、私は異世界の事を少しずつ聞いていた。

 ゆっくりと、一つ一つの話題を忘れないように、慌てず騒がず、聞き逃さないように。


「僕からも質問してもいいですか?」

 料理は締めのデザートが運ばれてくる。

「はい。もちろんいいですよ。」


「プリキュアはどうやって知ったのですか?」

 なぜそれが気になるのか判らなかったけど、私はお父様のスマホの事を話した。

「え?! 日本語が判るのですか? それに充電も出来るのですか?」

 声を落としているけど、ハルトの驚きが伝わってくる。

「日本語? いや、私達が話している言葉と同じじゃない。スマホに入っている声って同じでしょ?  充電はお母様に教えて貰ったから出来るわよ。」

 ハルトが悩み顔で、考え込んでいる。


「字は読めないのよね。だから、お父様のスマホの扱い方も動画や写真を見たりぐらいしか判らないのよ。」

 私はデザートの最後の一口を口に入れる。


「あの、もし良かったら、そのスマホを見せてくれませんか?」

「良いわよ。人前では見せられないし、部屋にあるから、部屋でならね。」

「今からでもいいですか?」

「もちろん。大丈夫よ。」


 出会ったばかりの男性を部屋に入れる事に、少し抵抗する気持ちが頭を過ぎったけど、目の前の彼には必要ないと、私はすぐに思い直す。


 部屋に入って、早速カバンからお父様のスマホを見せると、ハルトは頭を傾げていた。


「どうかしたの?」

「いえ、これって20年前のスマホじゃないんですよ。あっ…そういや、20年前ってスマホってあったのか? このスマホって僕と同じくらいの年代のやつです。もしかして、召喚って同じ年代、いやもっとか、日時まで固定されているのかもしれない。」

「それってどういう事?」

「初代から僕までの勇者召喚は、20年経っていますが、異世界では同じ時間の出来事かもしれないって事です。」

 

 それは、否定できない話だった。異世界との扉を開く召喚魔法は私達の国でも研究されているけど、次元と時空を制御する事が出来なくて、その先に進めないと聞いたことがある。

 もし、召喚魔法を何度も行うなら、繋げる次元と時空を固定するほうが楽になるのは理論的に合っている。


「そうかもしれませんね。」

 私はハルトの推測に頷く。


「あとは、言葉が同じ理由…これはさっぱりわからないですね。」

「まあ、考えても判らないと思うし、悪いことでもないし、気にしないことね。」

「そうですね。」

 納得したハルトに私は、スマホの使い方で知らない事を教えて貰う事にした。

「はい。全部を伝えるのは、時間的に無理だと思いますが、覚えておいた方がいい事を優先して話をします。」

「ええ、それでいいわ。」

 

 私はソファに座って、ハルトを横に座らせる。

「その前に、充電を済ませておくわね。ちょっと返してくれる。」

 ハルトから受け取ったスマホをやさしく両手で包み、魔法を流し込む。

 お母様に教えて貰った『充電』方法は、極微量の光魔法を使うことだった。


「これでよし!。はい、それじゃ色々と教えてね。」

 隣に座って貰ったハルトにスマホを預け、横から覗き込むようにハルトの講義を聴く。

 

 そして私は『写真』と『動画』の撮り方を知りました。


 もっと早く知っていれば…お母様との思い出を残せたのに…

 お父様とお母様が、笑顔で写っている写真を見ながら、私はスマホを優しく包む。


「ハルト、今日はありがとう。それで、明日からの事なんだけど。」


 ハルトは依頼を受けている途中だと言っていた。

 異世界の話をもっと聞きたいと思っているし、ファルザ公国には当分戻るつもりもないから、ハルトについて行こうと思っていた。


「え?」


 ハルトの困った顔に、私は遠慮せずに続ける。

「もっと異世界の事を知りたいから、ついて行く事にしました。だめですか?」


 ハルトから、明日からリビエートの王都まで護衛の任務がある事と、待たせている少女と魔王島手前までの護衛旅もあると教えられる。


「じゃあ、私もそれに同行させてくれない? わたしも魔王島を見てみたいし、お父様とお母様が通った場所も見てみたいのよ。ね、お願い。」


 私の精一杯の懇願を見せる。


「護衛している人に聞いてみないと判らないので、今から聞いてからで良いですか? あと、魔王島までの同行も連れに聞いてみないとなので…」

 私に頭を下げるハルトに、私も頭を下げる。

「ううん。ハルトの一存で決めれないのは判ってるから、いい返事が貰えるようにここで祈ってます。」

「はい、今から行って来ます。待っててください。」


 ハルトってほんと良い人ね。

 お父様も、優しくていつもお母様の我侭を聞いていたって言ってたし、勇者で呼ばれる人は皆、そういう人達なのだろうか?


 王都までの護衛は無理かもしれないけど、王都からの魔王島までの同行はなんとか許可を貰うんだから。

 

 私はそのための策を、ハルトを待つ間、考える事にした。

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