第12話 ロドリーサの幻夜蝶

 助けた貴族達は、無事に『ラッツ』に到着していました。


 僕達が渓谷を出発した数分後にすれ違った、『タラス』行きの定期便を護衛していたリビエート兵の数人が、貴族達の事情を聞いて護衛に付いた事を『ラッツ』の傭兵組合所で聞きました。


 マイジュさんが4人のネームプレートを受付のカウンターに置き、「盗賊に襲われて死んでいた。」と伝えると、「分かりました。」と言ってプレートを受け取った。


 事務的な会話。これも日常的なのだろう…


 そして、契約通りに金貨45枚がマイジュさんに支払われて、オルザとカルザの懸賞金を合わせた金貨105枚を受け取る。

 


 今回はマイジュさんと僕との、二人の手柄って事になりました。

 そして残念な事に…

 助けた貴族の中に元騎士の執事がいて、僕がオルザさんと対等に戦っていた事を証言した事で、ランクがBになりました。


 これで、緊急クエスト的な依頼が発生したら、ほぼ強制的に参加しなくてはなりません。

 例え、誰かの護衛任務中だとしてもです。

 まあ、断った時のペナルティーは金貨10枚程度の罰金だけなので、今の僕にはそれほど痛くはないですけどね。

 だけど、普通の傭兵だと、これは痛い。どう考えても理不尽なルールな気がします。


 マイジュさんが金貨の入った袋を『インベントリ』に入れると、声をかけられています。

 ここでもマイジュさんは有名人的な扱いを受けていたけど、それ以上に僕達に向けられた視線の方が痛いくらいに刺さっていた。


 黒髪の少女メイドに、銀髪で美人の女性に、執事服を着た子供のような傭兵が一緒にいるのだから仕方がないけどね…

 

 傭兵組合から出た僕達は、宿屋に入る前に洋服店に寄り、僕とアイザの服をクリーニングに出していた。


「私も、メイド服って似合うかな?」

 一緒に店内に入って来たエイルさんが、興味深くメイド服を見ています。


「もちろん、似合うと思ういますよ。」

 僕は、メイド服を着ているお姉さん系の画像を思い出していた。

 そして、ライエさんの姿が最後に現れました。

 いや…もう否定は出来ません。はい、すみませんでした!


「でも、無駄遣いは出来ないわよね。」


 今回の金貨105枚の報酬は4人で公平に分けました。みんな活躍したからね。

 と言っても、余った金貨1枚は騎手をしてくれているマイジュさんに進呈したので、一人の取り分は金貨26枚です。


「そうですね。それに、エイルさんはメイド服より、ドレスの方が似合うと思いますよ。」

 今は、一般的な庶民が着ているような旅服の姿だけど、宿で着ていたドレス姿を思い出す。


 あれよりも、もっと本格的な、パーティー用のドレス姿を見てみたいです。

 こう…胸元とか背中とか!

 あっ、またそっちの方向の画像が出てきた。はぁ、俺ってやつは…


「ドレスは結構持ってるのよね。旅行には邪魔だと思ったから持って来なかったけど」

「そうなんですか。じゃあ、メイド服だと尚更邪魔になりそうですよね。」

 ドレスより断然、メイド服の方が生地の量も多いし、フリル沢山付いてるからね。


「それは、ハルトに預かって貰うから大丈夫。」

 そこはマイジュさんでも良いので? と思ったけど、

「まあ、僕は構いませんよ。」

 正直、エイルさんのメイド服姿も見てみたいと思ってたりします。


 で結局、今から買うことになったので、外で待っているマイジュさんに話をしてから、試着する事になりました。


「エイルさん、凄く似合ってますよ。」

 エイルさんが選んだ服は、ドレス風の黒に、白のフリルが沢山付いていて、胸元が開いていた。

 そういうデザインなのかしれないけど、普段より胸が大きく見えてます。目が離せません!

 

「ふぅ~ん。ハルトってメイド服着てたら誰でもいいのね。」

 僕の隣で、試着に付き合っているアイザの言葉が胸に刺さりました。

 確かにそうかもしれない…

 だけど、僕は学校の文化祭の事を思い出す。


「いや! それは違うよ。アイザみたいに可愛い子や、エイルさんみたいに綺麗な女性だから、凄く似合ってるって話だからね。普通の人には、似合ってるだけになるから!」


 そうでない人の事もちゃんとフォローしてこその、紳士的態度です。

 実際、似合わない人も居るわけですよ。だけどそれを口に出したら駄目です。

 女性を敵にまわしたら・・・恐ろしい仕打ちが帰ってくるのだから…

 

 エイルさんの買ったメイド服は、衣装ケースにいれて僕の『インベントリ』に入れた。

 クリーニングの仕上がりが明日の昼12時なので、この街には2泊することにしました。

 まあ、次の街『ノワロ』までは3時間なので、それから出発しても良いのだけど、この街に泊まる理由は別にあります。



 宿でチェックインを済ませた僕達は、夕食を4人一緒のテーブルに着き、明日の話題をしました。

「僕は、観光地になっているカシュラの酒造農園に行こうと思ってます。」

「じゃあ、私もそれに付き合うわ。」

 エイルさんの同行意思に僕は「はい。」と返事を返すと「私も行きますよ。」とマイジュさん。


 まあ、二人の飲みっぷりから、想定はしていましたけどね。

 今も、ガッツリ飲んでいます。

 そんな二人を置いて、僕とアイザは先に部屋に戻ります。


 部屋に戻るなり、来ていた服を脱いだアイザが下着姿でベットに入る。

 宿服として買った服はワンピースのドレスだったので、背中のファスナーを外す事なく頭から脱いでいたので、僕の手助けは要りません。

 脱いだ服を僕がハンガーに掛けて干すのは、変わらないけどね。



 酒造農園は、宿からタクシー代わりの白馬車に乗って20分ほどの所にあった。

 朝10時からの、のんびり観光です。

 今日のマイジュさんは、宿で着ているスーツ姿です。そしてエイルさんは早速のメイド服を着ています。

 なので、マイジュさんが主人で執事1名とメイドが2名の構図になりました。


 ご主人様! とか言って笑いを取るべきなのか悩んだけど、そういう冗談を言うほどの仲でもないし、そもそも、僕がそういうキャラじゃないからね。

 それにしても、エイルさんがエロい…

 そんな目で見ては駄目なのは判っているのだけど、視線を外せません。


「今日はアイザの好きな『カシュラ』を色々買う予定だから。」

 僕は自分の思考をエイルさんから無理やり剥がす為の会話を始める。

「カシュラは、熟成期間で味が変わるらしいから、楽しみだよね。」

「そうね。お母様やお父様に良いお土産になるわね。」


 アイザは僕と二人きりの時と、外にいる時の態度が変わります。

 今も、その状態だと思いたいのだけど…目が怖いのです。

 うん。今日は、アイザだけを見る努力を頑張ります!


 酒造農園に着いた僕たちは、他の観光客に混じって見学コースを回っていく。

 

 『カシュラ』の原材料のカシュラミネスの果実は青りんごのような姿をしていた。

 熟すと黄金色に変わり、果物として食されるが、その状態からはお酒にする事は出来ない。

 その黄金色に熟した果実を試食で食べさせてもらったら、桃のような味でした。

 これはこれで美味しい。


 青い状態のまま、巨大な木の樽で1年寝かせると『カシュラ』になるけど、3年・5年と期間が長くなると甘みとアルコール度数が上がるので、好みの味を探すといいみたいです。

 ちなみに、5年以上寝かしつけても、味の変化が舌で判断出来ないレベルらしく、最長でも5年になっている。

 あと、樽の素材で味が変わる事も知りました。

 そして最後は、もちろん試飲です。


 マイジュさんとエイルさんは、その二人の姿から、ずっと注目の的でした。

 もちろんアイザも負けてはいません。

 そんな僕達が試飲を楽しんでいる時、声をかけられました。


「みなさん、先日はありがとうございました。」

 声をかけて来たのは20代の男性でした。

 マイジュさんほどの美男子ではなかったけど、人気俳優くらいの美形な顔立ちだった。

 周りにいる4名の女性は、従者に見えなかったから恋人なのだろうか?


 他の観光客の事を気にかけていなかったから気付かなかったけど、昨日の盗賊に襲われていた貴族の中にいた人だった。


 マイジュさんが、社交辞令的な返事を返している。

 そして案の定、次の街『ノワロ』までの護衛依頼を持ち掛けてきました。


「ハルトさん、どうしますか?」

 マイジュさんが、僕がこの旅行の主導権を持っている人物だと伝えたら、相手の男性は怪訝な顔をしてました。

 まあ、当然の反応なのだけど、ポーカーフェイスくらい身に着けた方が良いのでは? と要らない心配をしてしまった。


「お断りします。」


 相手が男性だからではないですよ。もちろん、気に入らないからでもないです。

 僕達にしか頼めない内容じゃない事。僕達以外に依頼すれば済む話だったからです。


 僕はその事を、相手の男性に伝えてました。


「そうですか。残念です。」

 と言った貴族の男の顔は、誰が見ても不機嫌だった。


 まあ、ここまで表情を隠せない人は、ある意味、信用できるタイプだよね。

 仕方がないです。


「僕達は明日の…そうですね、朝10時にノワロに向かって出発します。もし道中で見かけたら気にはかけると思います。そちらは『ロドリーサの幻夜蝶』の観光でしたよね。お互いに良い旅行になると良いですね。」


 

 『ロドリーサの幻夜蝶』

 助けた貴族達の旅の理由だったそれは、僕達も事前に聞いていた。

 温泉宿『イストエトリア』の初日の夕食時です。

 僕達が魔王島の観覧目的だと話した時、この街の次の『ノワロ』には、この季節だけの観光名所がある事を教えて貰いました。

 ロドリーサという希少な樹木が、その土地だけに生えていて、花を咲かせるのが2週間ほど。

 その花の散り方がまた特殊で、必ず深夜に起こり、空を飛んでいく。

 その空を舞う花ビラの姿が蝶のように見える事から、『ロドリーサの幻夜蝶』と呼ばれるようになった。


「ああ。お互いの旅が、良き旅になる事を願いましょう。」

 貴族の男性が持っていたグラスを少し掲げての挨拶をしたので、僕達もグラスを上げて返した。



「また、面倒事に巻き込んでしまいましたね。すみません。」

 大量の『カシュラ』を買い込んだ後、白馬車で街に戻る馬車の中で、僕はみんなに謝った。


「まあ、ハルトさんの性格なのでしょうね。続けて盗賊に襲われるなんて事は滅多に無いですから、私は構いませんよ。」

 マイジュさんはいつも通りの笑顔で笑っていた。

 こういうのが、イケメン! って事なんだろうな~。


「なるほどね。そうやってハルトは人助けをしていたのね。私も全然問題ないわよ。」

 エイルさんには、感心されてしまいました。

 いや、参考にならないですから…


「ハルトの一番が私だったら、別に気にしてないから。」

 もちろん! アイザが一番です!


 僕は改めて「ありがとう。」と3人に返した。


 翌朝、僕達は宣言どおりの時間に『ラッツ』を出発すると、町の外に並んで止まっている馬車の列が見えた。

 今日の僕はマイジュさんの隣の騎手席に座ってます。

 実質、護衛する事にしてしまった僕のささやかな誠意。じゃなくて、もしもの時に僕が一番に動く為の心持ちからの行動です。


 僕達は、彼らの後ろを少し離れて付いていくつもりだったので、町を出たすぐに馬車を止めると、新しく雇ったと思われる護衛者達の一人が馬に跨ったまま近付いてくる。

 僕はその鎧姿の男性を知っていた。

「デバルドさんじゃないですか! お久しぶりです。」

「ああ、ハルト君もマイジュも元気そうだな。」


 僕達と挨拶を交わしたデバルドさんは、前に待機している馬車に向かって手を振る。

 すると、馬車が動き出したので、僕達も出発する。

 デバルドさんは僕達の隣を並走する形で、経緯を話し始めた。


 

 デバルドさんは、この辺りの街を管轄している領主の娘さんと結婚して『ノワロ』に家族と住んでいる。

 で、デバルドさんの娘さんの友人(前を走る貴族の中にいる)が賊に襲われ、護衛が全滅した事を昨日の昼に聞いたのこと。

 あの時にいた元騎士の執事さんが、一人で『ノワロ』に向かってデバルドさん宅に護衛の救援要請に向かったのが本当の理由だったけど、その時に僕達の事を知ったデバルドさんが、名乗りを上げたという事です。

 今は、ロドリーサの周辺の警備仕事をしていて忙しいのだけど、イザルさんに任せてきたらしいです。

 魔獣が出るのは夜だから、それまでに戻ればいいとの事です。



「俺はあれからすぐに、こっちに戻ったから判らないが、サーリアの事やオルザの事など、色々と話を聞かせてくれないか? と言っても、夜は忙しいから着いてすぐか、明日の昼辺りになるけど、どうだ?」

 僕とマイジュさんは顔を見合わせて考えてみた。

 で、話合った結果、明日の予定がまったく決めてないので、『ノワロ』に着いてすぐの宿で話す事にしました。


「すまないな。本当なら屋敷に招待したいのだが、娘の客人達で落ち着かないだろうからな。」

「全然、気にしないでください。僕的には、宿の方が気が楽なので。」

 流石に、王宮ほどの堅苦しさは無いかもしれないけど、気を使う事にはなるだろうし。


「そうか。あとは街に着いてからだな。じゃあ、俺は護衛役に戻る。」

 そう言ったデバルドさんは馬を走らせ、前を走る馬車隊に戻っていった。


 『ノワロ』に着いた僕達は、貴族の馬車と別れて、デバルドさんに連れられて宿に向かった。

 この街で、一番いい宿との事です。


 『ロドリーサの幻夜蝶』目当てで、この時期の宿は満室になることが多く、僕達も覚悟だけはしていたのだけど、デバルドさんが昨日のうちに確保してくれていました。

 もちろん、支払いはデバルドさんが済ませてました。



 最上階のロイヤルルームとか言う、階のフロアまるごとの部屋でした。

 ベットルーム4つに、備え付けのバスルーム。リビングが2つに、大きなダイニングルーム。 そして、ガラス張りのテラスまであった。


 スイートルームぐらいと思っていたところに、この部屋です。

 デバルドさん、やり過ぎです。


 これも善意なのだから、喜んで受けるべきなのですが、正直、持て余します。

 幸いなことは、この街には一泊だけの予定だったことだな。

 この部屋で2日間の滞在とか…庶民には無理!

 金銭感覚は、まだそこまで壊れてませんから!


「ハルト、すごい部屋ね。せっかくだし、もう一泊しない?」

 エイルさんが、とんでもない事を発言してますけど!

「いや、そこまでお世話になるのはどうなのかと。それに一泊の予定だったし。」


「そうなのか? まあ、この街は『幻夜蝶』が有名だけど、それ以外の観光も結構あるぞ。それに、その日によって『幻夜蝶』の数とか変わるから、数日ゆっくりしていけばどうだ?」


 この世界の暦で、僕が召喚された日が6月1日。

 アイザの誕生日が8月12日。

 で、今日が6月の23日だから、まだ60日あるから余裕はまだあるんだけどなぁ~

 

「アイザはどうしたい?」

 テラスに出て外を眺めていたアイザに僕は声をかけた。


「そうね。数日泊まっても、いいんじゃない。」

 なんか、アイザも泊まりたそうに見えるし、日数増えてるし、うん、泊まることにしよう。


「デバルドさん、お言葉に甘えさせて貰います。えっと、3、4日くらいになるかもですが、良いですか?」

「もちろんだ。親父が喜ぶ事だしな。」


 デバルドさんの義理の父で、この地区を管轄している領主『イデリアス・サイズン伯爵』

 管轄内の盗賊を討伐、しかも孫娘の友人を助けた事。

 さらに、デバルドさんの口から僕達がルシャーラ第二王妃とサーリアちゃんを助けた事も伝えていた為、本当なら、屋敷に招待したいほど感謝していると教えてもらう。


「まあ、娘の友人達が屋敷にいるし、仮にそうでなくても、ハルト君は屋敷だと寛げないだろうと思ってな、この部屋で親父も納得した。」

「そういう事だったのですね。とても嬉しいご好意で、喜んでいたと伝えてくれますか。」

「ああ、伝えておく。」


 それからアイザは「少しゆっくりする」と言って、大きなサイズのベッドが一つある部屋に入っていったので、残った僕達は、ダイニング部屋でデバルドさんと話をすることにした。


 エイルさんを紹介する流れでアラガル家の人達の国外避難を手伝った事を話す。

「とまあ、これは内密な出来事ですので、デバルドさんだけで止めて置いてください。」

 デバルドさんは、嬉しいのかオカシイのか、よく判らない笑みを浮かべながら「判った。」と答えていた。


「それで、ハルト君はオルザと剣を交えたのだろ?」

 少し真剣な面持ちで、デバルドさんが僕を見ている。


「はい。でも、途中から邪魔が入って、実質は1分くらいなんです。ですが、斧の扱いが僕とは次元が違うと思うほど、凄かったです。」

 僕はその時の事と、最後は不意打ちの魔法で倒れた事を伝えた。


「そうか、あいつは最後まで戦士で在りたかったのだろうな。」

 悲しい表情のデバルドさんが、沈むような声で呟いていた。


 やっぱり、デバルドさんとオルザさんは面識があったんだよな…


「それで、マイジュの方は弟のカルザか。」

 僕がマイジュさんが圧倒していた事を伝えると、まるで我が子を褒めるように喜んでいた。

 そういや、デバルドさんとマイジュさんって、ただの顔見知りって感じじゃないよな?


「マイジュさんとデバルドさんって顔見知りだけって関係じゃなさそうですが?」

「ん? ああ、言ってなかったか。傭兵に成ったばかりのマイジュを鍛えた事があってな。」


 デバルドさんの笑みがもうね、完全にお父さんにしか見えませんでした。


「そうだったんですか。」

 僕は、頭を過ぎった可能性が正解した事に、ちょっと嬉しくなっていた。


「まあ、剣術は最初から教える事は無かったからな、傭兵としての心構えや、技能や技術的な事だけだ。」

「それって、例えば?」

「ああ、そうだな。魔獣の痕跡を探したりする探索技術や、洞窟内での立ち回りとか色々だな。あとは、傭兵仲間との付き合い方だったな!」

 デバルドさんは、最後の言葉だけ思い出し笑いしているような表情で笑っていた。


「あれは、私に非は無い話ですよね。」

 マイジュさんが不機嫌な顔で否定しています。


「まあ、そうだけどな。見ていた俺達としては、笑い話だったからなぁ。」

 

 僕は興味本位で、デバルドさんにその話を聞くと、本当に笑い話でした。


 傭兵業界にも女性はそれなりに居るわけで、マイジュさんの美形目当てにパーティーを組もうとする女性達が後を絶たず、マイジュさんはそれを全て拒否していたら、『男性が好きなのか?』と噂が流れ、今度はそっち系の男達から誘われる事になったと。

 そしてマイジュさんは誰ともパーティーを組まずにいたら、最後には『伝説のエルフ族の末裔』とかになったそうです。


 魔族は居る。だけど、エルフは歴史上存在が確認されていないのに、僕の知っている空想のエルフと、ほぼ同じ認識としては広まっているのです。

 ちなみに、ドワーフも空想の存在だけど、こっちはそれっぽい人種がいるらしく、『ドワーフ族の末裔』として商売をしているとのことでした。


 そして、見兼ねたデバルドさんが、マイジュさんをほぼ説教状態の指導でパーティーを組んだ。

 という結末でした。


 それから、話はオルザさんとカルザさんとの戦闘に戻り、僕は斧を譲って貰ったことを話して、『インベントリ』から取り出した。


 手に取って、斧の感触を確かめるように眺めていたデバルドさんが、

「武器に罪は無いからな。存分に使うといい。それがオルザの意思でもあるからな。」

 と、真剣な目で僕に返す。

「はい。大事に使わせて貰います。」

 僕は、その言葉と斧の重みを改めて感じ、気が引き締められる気持ちのなか、『インベントリ』に戻した。

 


 デバルドさんが帰ったあと、僕はアイザの様子を見に行く。

「アイザぁ~。入るよ~」

 返事が返ってきたので、扉を開けて僕は部屋に入ると下着姿でベットで寛いでいるアイザがいた。


 下着姿でいる時は、胸にあるペンダントの宝石の存在感を大きく感じる。

 普段見えないから、そう思うだけかもしれないけど、白い肌と白い下着に深い紫の宝石は、何度見ても目を奪われるほど綺麗だった。

 というか、可愛い。


「アイザはこの部屋で良いんだよね?」

「もちろんよ。このベッドなら一緒に寝れるでしょ。」


 … …はい? えっ?! そういう話って、いつなったの?

 部屋4つあるから、広いベッドで寝たいのかと思ってただけなのですけど。


「うん。そうだね。…じゃあ、マイジュさん達に伝えてくるよ。先にお風呂入ってていいよ。」

 と、平静を見せつつ、僕はマイジュさん達にどう説明しようか嫌な緊張感の中、必死に考える。


 ここは、世話係の役目として、同室は自然な事。的な話でいくか…

 兄的な立場で…は、同室になる理由が無いです。

 あぁ~もう~どうしたらいいんだぁ~!


「どうかしましたか?」

 リビングに戻ってきた僕の悩み顔に、逸早く気づいたマイジュさんが僕を見ている。


「えっとですね…僕はアイザの世話があるので、一緒の部屋って事になりました。はい。って事で、着替えの準備とかしてきます。」

 もう、無難な理由はこれしかなかったし、ここは変にダラダラと言い訳作ると、怪しいだけになる。

 僕は言い切るように、話を終わりにしようとしました。


「へぇ~。ハルトも大変ね。ずっとアイザさんの世話するのって嫌じゃないの?」

「あぁ~それはぜんぜん。自分でも驚いたくらいに、楽しいです。」

 この言葉は本心から出た言葉だったので、作り笑顔でもなく、直ぐに返事も返したこともあって、エイルさんの顔が、驚きというか呆けているような感じの表情で僕を見ていた。

「そ…そうなんだ。」

「はい。僕には姉はいたけど妹は居なくて、頼られるって良いですよね。」

「そうね。私は一人っ子だけど、後輩の面倒みるのは嫌じゃなかったわね。」 


 エイルさんが思い出しているのだろうか、懐かしそうに笑みを見せていた。


 僕は話題に上がったので、話しついでに聞いてみた。

「マイジュさんは兄弟とか居るのですか?」


「はい、2歳下の弟が一人います。私とは違って、勉学が好きで本ばかり読んでいました。」

 

 マイジュさんの弟さんかぁ…

 顔よし! 頭脳よし! 性格よし! の完璧なんだろうなぁ~


「マイジュさんと同じで、モテるのだろうなぁ~」

「まあ、実際、好意を寄せる人達が傍に居ましたし、私が面倒を見るような弟では無かったですね。頼られる事も無かったですし。」 


 マイジュさんは、しみじみと語るように、静かに物思いに耽っているようだった。


 ん? もしかして、マイジュさんが僕達の旅行に付き合ってくれてるのって、面倒みたくなるようなキャラってこと?

 って、ことは無いよね。


「よく考えたら、アイザが妹で、マイジュさんがお兄さん。エイルさんがお姉さんって感じに接していたかもです。」

 ふと思ったことを、僕は口に出していた。


「まあ、私も、ハルトの事は弟みたいに思ってるところあるわね。」

 エイルさんが、まさにお姉さん的な視線で僕と見ている。

 そして、流れ的に僕はマイジュさんに言葉を待っていた。


「そうですね。私の場合は、どちらかというと弟よりも後輩って感じでしょうか。」

 マイジュさんが少し照れた表情で答えていたので、口に出すのが恥ずかしかったみたいです。


「ああ~。そう言われると納得な感じします。」

 実際に、傭兵の事や、こっちでの生活を色々と教えて貰っていたわけだしね。


「じゃあ、そろそろ僕はアイザがお風呂から出る頃だと思うので、部屋に戻ります。」


 マイジュさんとエイルさんも、部屋をそれぞれ決めたので、僕は部屋に戻ってアイザの着替えの準備をします。

  『インベントリ』にアイザのカバンも入れているので、着替えの準備や片付けのほとんどを僕がすることになった。まあ、ほぼ変わらないと言えば変わらないんだけどね。


 いつものごとく、アイザはまだお風呂です。



 『ロドリーサの幻夜蝶』の、ロドリーサの木がある場所は街から少し離れた場所にあって、街の中心地からだと徒歩で50分ほどかかる。

 だけどこの宿からだと、徒歩で15分ほど。

 この宿は、舞い上がった『幻夜蝶』を部屋から見るために作られた観光宿でした。

 当然、最上階はそういう意図で作られているので、テラスから眺めることが出来ます。

 一般の宿泊客や観光客は、一つ下の4階にあるレストランから見れるとのことでした。


 お風呂を済ませた僕は、アイザの着替えも済ませて、一緒にリビングでジュースを飲みながら寛いでいます。

 ロイヤルルームということで、冷蔵庫がリビングに完備されていて、色々な飲み物や、果物までも入っていました。

 コップなどの食器は、ダイニングルームにあるのでそれを使って良いとの事です。


 時刻は17時前。

 マイジュさんとエイルさんも、リビングでチェスのようなボードゲームで遊んでいます。


「ハルト、お腹すいたわ。」

「うん。そろそろ夕食にしようか。マイジュさんとエイルさんも良いですか?」

 ボードゲームに集中していた二人から、「はい。」と返事がきたので、僕はダイニングルームにある、筒に白いボールを入れる。


 電話は無い。もちろん、エレベーターなんてない世界だから、ほとんどの建物は高くても4階で、この部屋のある五階からルームサービスを呼ぶ為の装置がこの筒でした。

 4階にいるロイヤルルーム専属の執事を呼ぶ合図になっていて、白いボールは夕食など食事をしたい時の合図です。

 他に、青いボールが清掃。赤いボールが救急的な時。とのことでした。


 筒の出口が執事の待機部屋に繋がっているので、ボールを落とすことでベルが鳴る仕組みなっているらしいです。

 映画やアニメで見た、船の伝声管みたいだと思ったけど、デバルドさんに聞いたら、貴族達が使うような部屋なので、この筒に向かって話しかけるとかはしないと、教えて貰いました。


 10分くらい過ぎた頃に、執事さんと料理人2名が食材を持って来ました。

 ダイニングルームの裏に調理室があって、そこで料理を作って出してくれるのです。


 ふと疑問に思った事を執事さんに訊ねたら、調理室には、4階のレストランの厨房に繋がった筒があって、足りない材料を書いたメモを落として持ってこさせるとのことでした。


 気兼ねなく注文出来るって、判って安心しました。

 でも、今日は夕食後にロドリーサの森に行くので、お酒は無しという事にしたので、追加注文をすることはなかったけど…まあ、帰宅後の晩酌に付き合うことになりました。

 

 マイジュさんとエイルさんの相乗効果…想定外です!


 

 


 街の外、日が落ち暗くなった草原。

 その中の、松明の火で照らされた街道を僕達は歩いていた。

 街道から外れた草原に人影がちらほらと見えているのが、デバルドさんが言っていた護衛隊の兵士達なのだろう。


 街の外の草原を10分ほど歩くと『ロドリーサの森』に到着です。

 森の入り口からは、公園のように整備された遊歩道的な石畳の道になっていました。

 ロドリーサの木は、桜とよく似た形をしていて、真っ白い大きな花を幾重にも咲かせていました。

 少し発光していて、幻想的な景色だった。


「思った以上に大きい花だね。」

「そうね。これが空に上がるんだよね。」

 隣を歩くアイザを、咲き誇るロドリーサの花が淡く照らしている姿に僕は見惚れていた。


 ロドリーサの花は4枚の白い花で、この花が空に舞い上がる時に2枚に分かれて蝶のように見える。

 その舞い上がる時間も、ある程度決まっていて、19時過ぎから始まって一番多く舞い上がるのが20時から21時の間だということです。



「ジュリーノ、君を一番愛しているのは俺なんだ! 何故それを分かってくれない。」

 遊歩道の先を歩く観光客を、遮る様に男が叫んでいるのが聞こえた。

「そんな事は分かっているわよ! でもね、貴方じゃ私は幸せになれないの。こんなところまで追いかけてきて迷惑よ。元恋人だから強くは言わなかったけれど、これ以上付き纏うなら警備兵を呼ぶから。」


 横をすり抜けるには、ちょっと場を壊しそうだったので、僕達は足を止めて、争いが収まるのを待つ事にした。

 それと、その観光客が知っている人達だった事も足を止める要因になっていた。

 盗賊から救って護衛を断った、貴族の団体でした。



「俺は魔王討伐に参加する。そして功績を挙げて君を迎えに来る。そうなれば、お金も名誉も手に入る。何人も彼女にしているやつに君を幸せに出来るはずはないだろ!」


 …死亡フラグ立ててますよ。


「彼を馬鹿にしないで! 彼の愛情は平等なの! 私が彼を愛する限り、彼は私を幸せにしてくれると約束してくれたのよ。」

 あの感情を隠せない貴族さんが、女性を守るように、二人の間に入る。


 ここからだと表情が見えないけど、たぶん不機嫌な顔を向けているのだろうなぁ~


「おまえはジュリーノを幸せにしたいのでは無いだろ。おまえが幸せになりたいだけだろ! ジュリーノを笑顔にさせる事は、おまえには無理だ。いいか、これ以上俺達の観光を邪魔するなら兵士を呼ぶぞ。」


 突っ掛かっていた男が、僕達の横を走り抜けていった。



「結構、あっけなく終わりましたね。」

「まあ、周りに警備兵もいる場所だし、女性が拒否してるのは明白ですからね。」

 マイジュさんが淡白に答えています。


「あの貴族の男が、どういう人間なのかは興味ありませんが、周りの女性から信頼されているのは確かみたいだし、幼馴染の彼が太刀打ち出来る相手では無いでしょう。」

 エイルさんも淡々と、コメントを付けています。


「アイザは?」

 何も話さないアイザに、僕は聞いてみたくなった。

「興味ない。」


 ごもっともです。


「さて、前も歩き出したし僕らも行きますか。」

 時刻はもうすぐ19時になるから、そろそろ『ロドリーサの幻夜蝶』が始まる時間です。


「そうですね。確か、この先に広場があって、そこで座って見るのでしたよね。」

 マイジュさんの声が、心なしか嬉しそうに感じる。

「いい場所があるといいですよね。」

 僕も期待で胸が膨らんでいく。


 遊歩道はロドリーサの木々の中を歩いている景色だったけど、草原の広場に出ると、満天の星空と円い月が頭上に広がっていた。

 その空に、白く輝く蝶がひらひらと風に乗って飛んでいる。

 広場はサッカー場くらいの広さで、100人くらいの観光客達が適当な場所に寝転がるように空を見ていた。


 僕は、『インベントリ』から大きな絨毯を取り出し、芝生のような雑草の上に敷く。

 薄い布の敷物を使うのが一般的なのだけど、『インベントリ』があるのなら、絨毯を使うと地面の湿気や冷たさを防げるからいいぞ。と、デバルドさんからの助言でした。

「それじゃ、座りましょうか。」

 靴先を絨毯の端にするように並んで座り、徐々に増えてきた『幻夜蝶』を静かに眺める。


「ねぇ、ハルト。」

 隣のアイザが寄り添うほどの位置まで近づいてきた。

「ん? なに?」

「他の人みたいに、寝たいんだけど。腕枕してよ。」

「んっ。判った。」


 僕は座っている体勢から仰向けになって、腕を広げると、すぐにアイザの頭が腕に乗り、僕はちょっと痛みを感じた。

「アイザ、ごめん。もう少し、肩の方っていうか、胸の方に来てくれる?」

 アイザは寝たまま、もそもそと移動してくれたので腕の痛みも無くなり、心地良い重さになる。

「うん。これなら大丈夫。アイザはどう?」

「大丈夫よ。パパと同じくらい楽よ。」


 初の腕枕で、お父さんと同等というのは、最大の褒め言葉です。

 腕枕って言われた瞬間は躊躇しそうになったけど、下手に言葉を返すのは男として恥ずかしいような気がしたから黙ってたけど、上手く出来て良かったぁ~


 そして、この状態になったら、マイジュさんやエイルさんの方を見れなくなったんだけど…

 冷やかしの言葉すら無いのは、ある意味辛いのですが!

 マイジュさんはともかく、エイルさんなら絶対に何か言ってきそうなのに、何も無いのが不安でしょうがないのですが!

 まあ、アイザが居るから、配慮しているのだろう…って事にしとこう。


 と、僕がもやもやしていた気分は、すぐにどっかに行ってしまった。

 

 空一面を、埋め尽くすほどの白い蝶。

 一気に増えた『ロドリーサの幻夜蝶』に僕は感動の声を漏らしていた。

 もちろん、隣のアイザの声が僕の耳に届く。

 嬉しい・凄い・感動した。を詰め込んだような「わぁ。」と小さな声だった。


 この場にいる人達は、誰に言われた訳でもないけど、誰もが、この幻想的な景色を壊さないように静かに、観賞している。

 それほどまでに、この景色は凄かった。

 

 生涯、忘れられない思い出になりました。

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