第11話 成れの果て

 翌朝も僕とアイザは、朝から露天風呂を堪能していた。

「マイジュさん達、朝風呂してるのかなぁ~」

 僕はアイザと一緒に岩風呂に入っていた。

「朝からお風呂って、こんなに気持ちいいのに。」

 見慣れたアイザの姿に、僕は見慣れていた…


 自分で言うのも、なんですけど…

 おかしくない? 女の子と一緒にお風呂ですよ? タオルとかで隠してないんですよ?

 そりゃ、妹のように思っているのは確かだけど…普段から裸同然で部屋で過ごしていたのも見てきたけども!

 んぅうう… … …あぁ~、考えるはやめよう!



 部屋での朝食を済ませた僕とアイザは、宿のラーシルさんからの要望で、10時まで部屋で待っている。

 次の街の『ラッツ』までが3時間だったので、それに合わせての時間だった。


「おはようございます。今、宜しいでしょうか?」

 ラーシルさんの声に、僕は「はい、どうぞ。」と返事を返す。


 マイジュさんとエイルさんがまず部屋に入ってきたので、ソファに座って貰い、その後、ラーシルさんの両親と旦那さんと、ルレールちゃんが並ぶように僕達に挨拶をしていた。

 宿屋の家族みんなが集まっていた。

 仕事いいのか? 


「お時間を頂きまして、ありがとうございます。」

 深いお辞儀をするラーシルさん家族に僕は、心苦しくなる。

「いえ、全然大丈夫ですから。それよりも、畏まった対応されると…なんだか落ち着かないので、昨日と同じようにお願いできませんか。」

 マイジュさんとエイルさんの笑い声が聞こえる。

「だって初対面じゃないし、一緒にお酒飲んだりしたのですよ。」

 マイジュさんが笑いながら、ソファから立つ。

「そうですね。私からも普通に接して欲しいと、皆様にお願いします。」


「判りました。ですがその前に、このような対応になったのかを、私からご説明させてください。」

 そう言って一歩前に出たのは、元女将で、ラーシルさんのお母さんだった。

 僕は「はい。」と返す。

「ハルト様から頂いた海老ですが、無料で配ることが出来なかったのです。」

 話はまだ終わってないとは分かっていたけど、僕は「え?!」っと小さな声を出してしまった。

「泊り客だけに配るのは納得いかないと、宿泊出来なかった人達からの声で、それ相応の価値で提供する話になりまして、昨日の4品で金貨1枚の値段をつけることになりました。なので、その謝罪をするために、このような態度になってしまいました。」


「わかりました。また僕は、間違った行動をしてしまったようで、僕からも謝らせて下さい。」

「いえ! ハルトさんは何も悪くはないです。」

 ラーシルさんの言葉に僕は笑みを返す。


「いや、これはハルトさんが悪いですね。」

 と、言ったのはマイジュさん。

「たぶん、ハルトが悪いわね。」

 と、アイザも言った。

「まあ、私もそれに同意ですね。」

 と、エイルさんが言う。


「ですよねぇ~…はぁ…ほんとごめんなさい。」


 3人の笑い声で場の雰囲気が軟らかくなった。

 その後は、普通の会話に戻り、どうしてそうなったのかを教えてもらった。


 温泉協会の会長や街の商会の会長などの、付き合い絡みで断れない人達が、『一生に一度食べれるか判らない食材をタダで配るなんて事は、今後の商売に影響する。』と、『俺にも食わせろ!』の話になって、公平に提供する事になって、宿泊者も食べたければお金を出す事になったと。もちろん、予約的な優先権は宿泊者にあったけど、実際90人分になった料理だったので、28人分が宿泊者外に提供されたと。

 この旅館の人達の分と僕達の分は、僕の意向通りに無料にしたって事なので、僕的には全然良かった。


「ほら、やっぱり僕が悪かったですね。そりゃ、権力者が黙っているはずがないですよね。貴重な食材に対する認知度が低かった結果です。ほんと、すみませんでした。」


「いや、私も調理する事に夢中で、そういう事まで考えられなかったですから。」

 旦那さんのジグレさんも僕と同じように頭を下げていた。


 僕は頭を上げて照れ笑いを返す。

「でも、そのおかげで最高の海老料理を食べれましたから、結果的に良かったって事にしましょう。」


「うん! すごくおいしかったぁ~」

 みんなの笑い声が零れる。

 ルレールちゃんの言葉が、最高の締めの言葉になった。


 で、巨大海老の売り上げ金額が、金貨76枚になり、その内20枚を報酬として受け取った。

 またここで断るのは、今後の付き合いに影響が出る事になると、僕自身が気付いたので受け取る事にして、金額は鍾乳洞の出口で交渉に来た商人の提示金額が金貨20枚だったので、その事を伝えたのです。


 過剰な恩を受けると、対等な関係を保てない。

 今まで、人付き合いを深く考えて無かった僕が、この世界で覚えたことの一つです。

 『イストエトリア』には、これからも泊まりに来るつもりだったので、過剰な気遣いとか受けたくないと、僕は心底思った。


 昨夜の宿泊者達は、皆チェックアウトを済ませていたので、従業員総出の見送りで僕達は『イストエトリア』を出た。


 次の目的地は『ラッツ』。カシュミネスと葡萄の農園が広がる街。

 『カシュラ』と『ワイン』の生産地です。

 色々な銘柄があると聞いたので、アイザのお土産と、自分用に大量購入しようと思っています。

 『インベントリ』様様です。

 アイザの荷物も収納してるし、手ぶらで旅行出来るのと同じだからね。

 まあ、旅行カバンを持ったメイド姿を見れないのが残念だけど…


 馬車が温泉街の『タラス』を出てから1時間ほど経った頃、騎手をしてくれているマイジュさんと小窓を挟んで会話していると、突然重い声に変わって、僕に告げた言葉は、

「雲行きが怪しくなってきました。」

 僕は馬車の窓から顔を出して確認する。

 次の目的地まであと2時間ほどだけど、進む前方には真っ黒の雲がありました。

 場所はこれから入る渓谷の中だった。


 アイザとエイルさんに見えたものを伝える。

「これ確実に雨の中に入りますよね。」

 小窓からマイジュさんとの会話に戻った僕は、馬車を一度止めて貰う事にした。


 馬車から降りた僕は、マイジュさんと一緒に黒い雲の動きを見ている。

「あれって通り雨かな?」

 どうも動きが変だった。

 風に乗って動いてるような感じではなく、その場所をぐるぐると回っているような・・・そんなふうに見えていた。


「違うわ。」「違うわよ。」

 ほぼ同時にアイザとエイルさんが僕の質問に答えていた。

「あれは魔法師が作った雲です。」

 そう答えたのはエイルさんだった。

「それなりの魔力を感じるわよ。あの雲から」

 アイザの言葉が付け足される。


 僕とマイジュさんが怪訝な顔を見せ合う。


 誰が何の為に…

 そんな事は現地に行かなければ判らない事だった。


「そのうち消えるから、確かめるしかないわね。」

 エイルさんの言葉に頷き、僕たちは馬車に乗り込んだ。


 馬車を進めて20分ほどが過ぎ、徐々に黒い雲があった場所が見えてくる。

 目の前の黒い雲は、とうに消えている。

 馬車は渓谷の谷の部分が道になっている場所を走っていた。

 僕はマイジュさんの隣の騎手席に座って状況を確かめる。


 7台…いや8台かな。

 馬車が列を作って立ち往生していて、その奥に、大きな岩が道を塞いでいた。

 馬車の周囲を激しく動き回る人達に気付き、そして、さらに近付くと、人が争っている声が届いてきた。


「盗賊に襲われている。」

 声を上げたマイジュさんが馬車を止める。

 そして、馬車から飛び降りると同時に走り出し、片手剣とバックラーを『インベントリ』か取り出して装備していた。

 僕はアイザに「馬車の中で待っていて」と声をかけ、エイルさんに「ここを任せていいですか?」とアイザの護衛をお願いする。

 エイルさんの「任せて!」と言葉を聞き、僕は斧を取り出しマイジュさんを追いかけた。

 まあ、マイジュさんが到着する前に、追い抜いてしまうんだけどね。


 馬車の護衛をしていた傭兵と剣を交えている盗賊。

 僕には、どっちが盗賊なんて判りません。

 リビエートの時は、護衛役の人達の鎧姿を事前に見ていたのと、馬車を背に守っていたからすぐ判ったけど、今は乱戦状態で判断が難しかった。

 

 なので、大声で叫びました。

「馬車の乗客を襲う盗賊ども! 僕が相手になってやる!」

 突然乱入してきた僕に、周りの視線が集まった。


 当然、この挑発に乗るのが盗賊側。

 「ガキが!」とか、「うるせぇ!」などの声を発して、僕に武器を向ける人達をロックオンです。


 斧を構え、大きく踏み込む。

 一人目は油断していたので、反撃の構えをする前に斧で吹き飛ばしました。

 そのまま二人目にステップを踏む。


 自分の中に染み付いた流れるような動き…そうこれは、なぜか中学校まで流行っていた『しっぽ取り』の動き!

 意識は常に周りを視る。そして相手を撹乱、または背後を取る為の動き。

 まさか、こんな場面で活躍するとは思いもしなかった。


 二人目も、慌てふためいている間に殴り飛ばす。

 そして3人目。初めて僕を警戒する動きを見せた盗賊の剣を弾き落とし殴り飛ばす。

 と、同時にマイジュさんが到着しました。


 マイジュさんの装備は、明らかに高ランク者だと判るようで、すぐに盗賊達は仕切り直すように一つの集団になって身構えていた。


 残っている盗賊は20人ほど。対する馬車の護衛組みは、僕とマイジュさんを入れて8人ほど。

 数だけ見れば、圧倒的不利な状況だったけど、盗賊のリーダーは僕とマイジュさんの参加で、その考えを改めているようだった。


「そこの執事服のガキ! お前は何者だ? そして、お前はマイジュだな。」

 全身フルアーマーの鎧を着ている、長身で細マッチョ的な体格の男が盗賊の一番前にいた。

 盗賊のリーダーのようです。そして、僕とマイジュさんを睨んでいる。


「僕は、ハルト。まあ、傭兵ですね。」

「ランクは?」

 盗賊のリーダーが何故そんな事を聞くのか疑問だったけど、僕は「まだなったばかりなので、Fです。」と答えた。


「Fか…だが、その実力はAだな。 お前は運がいい。」

 目をギラつかせ、玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべていていた。


「運がいい?」

 僕がその問いを返すと、盗賊のリーダーは誇らしげに語りだした。


「俺の名はオルザ。元傭兵だった。強い者と命を懸けた戦いは最高だった! だが戦争が終わり、俺の相手は知能の無い獣ばかりになった…つまらない。俺は、強いやつと戦いたい! それだけが望みだった。だから、傭兵を襲う側になった。」

 オルザが僕を指差す。

「お前はこれから、命を奪い合う最高の気分を味わうのさ。存分に味わえよ。」


「それなら、魔王討伐に参加したら良かったのでは?」

 僕の疑問に、オルザは苦笑いのような顔になっていた。


「一度、討伐に参加したが…魔獣を大勢で襲う、狩猟みたいな仕事だった。あれに俺の命を掛ける価値はない! 話はもう良いだろう。お前は俺が相手する。カルザ、お前はマイジュの方を任せる。」


「ああ、まかせろ。」

 リーダーの隣にいる男が返事をしている。身長2メートル越えの巨漢で、アメフト選手のような男が持つ武器は、分厚い刀身の大型の剣だった。


「オルザとカルザ…なるほど、『狂気のオルザ』に『豪気のカルザ』ですか。」

 マイジュさんが二人の素性を知っているようです。

 だけど、今ゆっくりと聞いている暇はなさそうです。


「マイジュさん、あれの相手は出来そうですか?」

「問題ないです。魔熊と大差ないでしょう。」

 心強い返事が返ってきました。


「それじゃ、僕はリーダーを返り討ちにしてみます。」

 ん? 「返り討ち」ってこの場合…合ってるのかな? 時代劇とかで、よく聞くけどあれって…悪役が言ってたような…まあ、いいか。


 僕はどうでもいい思考を振り払い、斧を構えてリーダーを睨み返す。


「さあ、始めよう!」

 オルザの歓喜のような叫びが終わった直後、僕は全力で踏み込む。

 先手必勝! 

 オルザの武器は片手斧。しかも両手持ちの二刀流なので相手の攻撃を避けるのは難しいと判断した僕は、斧を盾代わりにして、懐に飛び込む。


 半歩下がって、僕が振り抜いた斧をオルザの2本の斧が受け止める。

 体ごと吹き飛ばすつもりだったけど、受け止められてしまった。

 僕は体を捻り、2連撃を入れようと思ったけど、オルザの突きの方が早かったので、後ろに飛び退いた。

 

 強い! やっぱり不意打ちしないと、僕は弱いな。

 『ミラージュ・ハンド』無しでどこまでやれるのか…試してみたけど、思っていた通りだった。

 

「どうした? 来ないのか? なら次は俺の番だな。」

 オルザが一気に斧が届く間合いまで詰め寄り、斧を振り下ろす。

 左手の斧を盾のように、右手の斧を飛び込み前から振りかぶって、接近と同時に振り抜いている。

 

 突然視界に現れる斧を『ミラージュ・ハンド』で受け止める。

 頭部から肩に向かっての攻撃が、頭の上で弾かれたオルザが迷いも無く左の斧を突き刺す。

 僕はそれを斧で受け止めた。

 衝撃で僕は後ろに押されたので、体勢を取り直すために左に飛ぶ。


「お前は、魔法士だったか! いや、その動き・・・魔戦士か。ああ、いいぞ! この緊張感こそが俺が求めている物だぁああ!」


 魔戦士? 『ミラージュ・ハンド』で弾かれた事を、バリア的な魔法で防いでいるのだと思っているのだろう。

 だから、驚く事も無く次の攻撃に移っていたのか。

 僕は身構えて、オルザの次の攻撃に備える。


「なら、魔力切れを起こさせるまでだ!」

 

 そこからのオルザの攻撃は、惚れ惚れするほどの連撃だった。

 距離を取れば瞬時に詰め、僕が反撃する間を作らない。

 僕はオルザの攻撃をすべて『ミラージュ・ハンド』で止めていた。

 振り抜く前の斧を掴むように、その軌道に『ミラージュ・ハンド』を動かす。


 一撃でも当たれば僕は戦闘不能になるだろう。即死かもしれない。

 だから、これ以上は続けられなかった…


「なっ!? くっ!」

 オルザが攻撃を止めて、後ろに下がった。

 正確には、斧が固定されて攻撃が出来なくなり、僕の蹴りを鎧に受けて少し後ろに飛ばされる。


 僕は『ミラージュ・ハンド』で斧を掴み、思いっきり蹴りを入れたのだった。

 そして、オルザの2本の斧を後方の崖の壁に向けて投げ飛ばす。

 2本とも綺麗に刺さった。


 そして、僕はオルザの心臓を鷲掴む。

 苦痛をあげるオルザに僕は、罪悪感で一杯になっていた…


 思えば、最初からだった。

 盗賊達は、乗客達を一人も襲ってはいなかった。

 今も、タイマンしている僕達の邪魔をしないし、やっと回りを見る事が出来たから判る。

 マイジュさんもタイマン中で、他の盗賊達は、残った護衛傭兵達を牽制しているだけだった。


 オルザの攻撃も、邪気を含んだ殺気が無かった。純粋に戦いが好きなのが伝わっていた。

 日本で見ていたチンピラのカツアゲや無抵抗の人間をいたぶっている時の、嫌な感じが全く無かった。


 そんな相手に、僕は反則的な事をしている…

 だから今、僕は呻き声をあげて苦しんでいるオルザに、敗北者の顔を向けていたと思う。


「オルザさん、僕はあなた程の強さはありません。純粋な武術は敵いませんでした。もし、別の形であなたに合っていたら、斧使いとして弟子入りを願っていたかもしれません。」


「なっ…ら…俺のっ斧を…くっ…やる。」


 オルザの言葉に、僕は『ミラージュ・ハンド』の握る力を思わず緩めてしまった。


「お前、いや、ハルトだったか…最初からこの力を使えば済むはずだったのに、試していただろ。」

 そうだった。最初から感じていた違和感。僕はこの人の斧を見たかったんだ。


「自首しませんか?」

「盗賊に向かって、自首か…そんな事を言うやつがいたとはな。」


「ハルトうえぇ!」

 なぜか、エイルさんの声が聞こえた。僕はその声が切羽詰った叫びに聞こえたので、上を見た。

 と、同時にエイルさんが僕の隣に立って魔法の盾を上に向けて発動していた。

 そして、眩しい光が盾に弾かれて四散する。


 魔法攻撃が崖の上からきた事を、僕は瞬時に判断した。

 

 「ドサッ」っという音が聞こえた場所に僕は視線を移す。

 オルザさんが倒れていた。焦げた皮膚と髪が落雷だと教える。

 

 僕は周囲を確認した。

 マイジュさんは無事。巨漢の相手も何が起きたのか判ってないようで、立ち尽くしている。

「アイザは?!」

 僕の言葉にエイルさんが「馬車に連れて来てって言ってました。」

 馬車を見ると、アイザがこっちを見ていた。

「マイジュさぁーん! アイザの所まで走ってくださいー!」

「エイルさん、マイジュさんと合流します。」

 僕は、駆け出しマイジュさんに当たりそうな落雷を『ミラージュ・ハンド』で受け止める。

 そして、走っているマイジュさんを抱きかかえて、一気にアイザの所までジャンプした。


「えぇえええええ!」

 マイジュさんの、悲鳴に似た声が聞こえたけど、まあ、後で謝ろう…

 エイルさんも僕から離れる事なくピッタリと追尾していた。さすが勇者の娘です。


「滅亡の理と破滅の業を抱く闇の女神ウォルザディーラ。これから起こる悲劇の傍観者となる慈悲を。」

「まもってぇ!」

 アイザの防御魔法が馬車ごと包み込みました。


「アイザ、ありがとう。」

 アイザが作った魔法壁に次々に落雷が落ちてくる中、僕はアイザの頭を撫でていた。

「当然でしょ。」

 アイザの誇らしげな笑顔は、やっぱり可愛かったです。


「さてと…この状況はどう判断すればいいのかな?」


 立ち往生していた馬車の馬がパニックで隣の馬車にぶつかったりして横転したり、その場で暴れていたりしているけど、直撃は受けてないようだった。

 だけど、盗賊と傭兵は全滅しているようです。


「新手の盗賊とか? いや、仲間割れの方が辻褄が合うのかな…」

 最初見た黒雲が、魔法士の魔法だと二人が言った事。

 だけど、魔法士らしい盗賊は居なかった。

 一番怖い存在だったし、気にしていたから、最初にそれだけは確認していたからね。


「渓谷の上で待機していたけど、劣勢になったから?」

 エイルさんが首を横に振る。

「それだったら、仲間には当てないはずです。あの魔法は目標に向かって真っ直ぐに落ちる魔法なので、目を閉じて乱発していたのなら別ですが・・・私達を狙っている事。馬車には当てていない事を考えると、違うと思います。」


 その言葉通りに、今は僕達の馬車だけに落雷が集中していた。


「アイザ、この魔法っていつまで、もつの?」

「私が止めるまでよ。」

 予想はしていたけど、理想の返事に僕は思わず笑みを浮かべていた。

「じゃあ、相手が降りてくるまで少し待ってみましょうか。」

 僕の提案にマイジュさんとエイルさんが驚いていたけど、それもありだと認識したみたいで、すぐに「そうですね。」と二人の返事が返ってきた。


 そして僕は『インベントリ』からお弁当を取り出した。

 温泉宿『イストエトリア』の特製弁当です。 もう、美味しいに決まっています!


「え?! 今から昼食ですか!」

 マイジュさんが驚いています。もちろん、エイルさんもです。

「もちろんです。挑発にもってこいでしょ。」

 二人共、呆れ顔で、納得しました。


「こうなると、テーブルと椅子が欲しくなりますね。次の『ラッツ』で買おうかな。とりあえず…今日は屋根の上でいいかな。」

 僕はアイザを抱き寄せて、屋根に飛び乗った。


「じゃあ、私は騎手席で食べます。」

「なら、私もマイジュさんの隣にします。」

 

「マイジュさん、魔戦士ってどういう職なんですか?」

 美味しいお弁当を食べながら、僕は気になっていた事を忘れないうちに聞くことにした。

「そうですね。魔法の資質があるけど、遠距離魔法などの攻撃魔法を覚えられず、武術を主体に戦う人、ですかね。」

「なるほど、じゃあ、魔戦士との戦いで魔力切れってのは?」

 この問いに答えてくれたのはエイルさんだった。

「それは、あれね。術者の魔力を空にする事よ。どんな魔法も効果を維持するのには魔力を消費し続けるから、防御魔法ならダメージを与える事で、強化魔法でも結局、それ以上の攻撃力や行動で、消費量を増やさせるって感じかな。」


「ん? じゃあ、アイザも魔力を消費し続けてるの?」

 目の前で美味しそうにお弁当を食べていたアイザが、首を横に振る。

「私のは、神様にお願いしてるから、祈りを伝える時だけよ。」


「神星魔法ですって!」

 エイルさんが立ち上がり、アイザを見た。すっごく、驚いています。


 僕はそんなエイルさんに、気になる事を聞いてみた。

「エイルさん。」

「なに?」

「お弁当どこいきました?」

「あっ…うあぁああ!」


 盛大にぶちまけていたようです。

 せっかくジグレさんの力作だったのに…僕は無残に地面に落ちているお弁当に、手を合わせました。


 うな垂れるエイルさんが、気持ちを切り替えたようです。

「アイザさんって、魔道師でしたよね? どこでその知識を得たのですか?」

「内緒です。」


 アイザの魔法の事を聞かれた時の対応も、決めてありました。

 まあ、教えないって事なんですけどね。


 エイルさんも、同行を許されている身分としてだろう、それ以上の追求はありませんでした。

 

 そして…アイザが作っている球体の魔法壁の外には、4人の傭兵がずっと立っています。

 5分ほど前から、色々とちょっかいを出してきてますが、ご飯中だったので放置してました。

 音まで遮断しているので、何を言っているのか聞こえません。

 武器で攻撃したり、魔法を撃ったりもしてましたが、今は諦めて突っ立ってます。


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。」

 僕は空になったお弁当箱集めて、『インベントリ』に片付けた。


 相手は男4人。

 これまでの行動を見て判った事は、魔法士は一人。フルアーマーの戦士が二人で、大剣使いと盾使い。軽装備の弓士だった。


 僕が魔法士と弓士を開幕と同時にぶっ飛ばし、盾をエイルさんが魔法で、大剣をマイジュさんが相手をすると決めていた。


 アイザは屋根の上で、終わるまで避難してもらう。

「アイザ、魔法解除よろしく。」


 馬車を囲んでいた魔法障壁が消えた瞬間、僕は一気に跳躍し、魔法士を『ミラージュ・ハンド』でぶん殴る。

 渓谷の壁に向かって飛んでいったのを確認した瞬間、弓士の懐に飛び込み、軽くみぞおちを拳で突き上げ、呻き声を上げる時には魔法士が崩れ倒れている壁に思いっきり投げていた。

 そして、一気に魔法士と弓士がいる壁まで跳躍する。

 

 呻き声をあげる弓士と、ほぼ死にかけている魔法士を確認する。

 僕は、弓士の手を足で踏んで砕いた。


 人を殺す事はやっぱり嫌だと思う。

 だけど、この世界に来て分かった事がある。

 罪のない人達を守る為なら、僕は人を殺せるという事を。

 だけど、血が噴出すような光景は見たくない。

 だから、僕は殴り飛ばしているのだ。 

 ほんのちょっとだけでも、僕の理性を守りたいと思っているのだと思う…

 人を殺した感触を直接感じたら、僕の理性は耐えられるのだろうか…

 

 マイジュさんとエイルさんの加勢に僕は戻る。が、こっちもすでに終わっていたようです。


 鎧を着ている相手には、殺傷攻撃はほとんど効かない。

 関節部分や、顔などを狙うしかないのだけど、そんなことは双方が判っている事なので、よっぽどの実力差がなければ無理な事だった。

 だから、実力が拮抗している相手には衝撃を与えて隙を作ることが前提になる。

 ようは、武器を使った叩き合いから、転ばせた方の勝ちです。


 そしてマイジュさんは、大剣使いの肩と足に剣を突き刺して、勝利していた。

  

 エイルさんは全然余裕です。

 僕達を狙った落雷のように、直接肉体を攻撃する魔法を当てれば勝ちなのだから。

 だから、僕みたいな魔法を使えない戦士は、魔法を避けながら魔法士を攻撃しなければならない。

 だけど、エイルさんは運動能力がAランク傭兵並みなので、相手の盾使いは何も出来ないまま倒されていたと思う。

 鎧からなにから全身が焦げていたからね…


 会話が出来そうなのは、大剣使いの人と弓士だったから、リーダーっぽい大剣使いの人に聞くことにしました。

 これは、マイジュさんの役目です。

 どうやら、彼らは傭兵かもしれないとの事で、マイジュさんが尋問することになりました。



「あなた達はオルザ達とは別の盗賊ですか? それとも、まだ傭兵ですか?」

 苦痛を堪えている男は黙ったままだった。

「この世界のルールで、盗賊行為をした者は、誰であろうと処刑だと知っていますよね。別に私はこのまま殺しても構わないですが。」

 マイジュは剣を男の首に添える。

「傭兵として、死んだ事にしてあげると言っているのですよ? 家族に渡したい物は無いのですか?」


 男は、動く片手を使って懐からネームプレートを地面に投げ置く。

「ああ、俺たちは傭兵だ。他のやつらも、パーティーを組んでいる仲間だ。」

「そうですか、なら全員を傭兵として死んだ事にしてあげる代わりに、今回の行動理由を教えてくれませんか?」

 男は、ゆっくりと口を開いた。



 男の話はこうだった。

 傭兵としての収入に、不満を溜めていた時、『ロドリーサの幻夜蝶』の観覧に、貴族の娘達が護衛を募集していると聞いて、それを餌に賞金首のオルザとカルザを誘き出し、襲撃後に倒す事を思い付く。

 そして、貴族の娘を拉致したのを盗賊の仕業にして、身代金を得る。

 これが今回の経緯だった。

 だから、僕達も邪魔だったって事です。


 もともとリビエート国は、リビエート軍の兵士が定期便の馬車に合わせて巡回をしているので、盗賊被害はほとんど無い。そんな時に、貴族の娘達が定期便以外の時間に街道を走る。

 

 狙われて当然です。鴨がネギを背負ってます。

 

 盗賊の話を聞き終わったマイジュさんは、介錯をするように男の首を落とした。

 僕は目を逸らしていた。もちろん、アイザは馬車の中に入って貰っていた。


 その後、僕が残りの男達からネームプレートを取り出し、マイジュさんが介錯をしていった。

 魔法士は既に死んでいたから、そのままにしておいた。


 そして僕達は、ずっと事の成り行きを見ている貴族達の所に行く。

 ここもマイジュさんが、先頭に立って話を始める。

「盗賊達は倒しました。 あとは、貴方達が出発するだけですので、なにか困り事があるなら、言ってみて下さい。」

 

 と、マイジュが形式的な言葉を言ってはいますが、横転した馬車と、岩で塞がれた道で動けない事は分かっています。

 これも、傭兵業のルールらしいです。

 依頼された事に対して行動し、報酬を得る。

 慈善事業じゃないって事ですね…


 思っていた通りに、馬車の事と大岩の事を言われたので、僕の出番です。

 まずは、横転した馬車を元に戻し、それから大岩を斧で粉砕しました。

 もちろん、見ていた人達からは、驚きの声が上がっていました。

 幸い、馬も無事で、乗客も軽症程度の怪我人だけで済んでいたので、貴族達の馬車は僕達にお礼を言いながら出発していった。

 盗賊の討伐と、その後の復旧の報酬の金貨30枚がマイジュさん宛てに振り込まれる事になりました。

 あれだけ苦労したり、命のやり取りしたのに…金貨45枚。

 割が合わないような気がします。


「ハルトさん、金額に少し不満そうですね。」

 僕の不服顔にマイジュさんが気付きました。

「ええ、まあ、人助けだと思っての行動だから別に報酬は無くても気にしないのですが、いざ傭兵として報酬を貰うってなったら…」


 だけどその金貨45枚は、元々雇っていた15人の傭兵に払う予定だった金額だとマイジュさんから教えられた時は、さらに驚きました。

「え?! 一人金貨3枚なのですか?」


「少し、ハルトさんに傭兵について伝えておきますね。」

 マイジュさんの顔は真剣で、そして悲しそうな顔をしていた。


「盗賊のほとんどが、元傭兵なのです。」

 僕はその言葉に、驚きよりも「ああ…」と、納得していた。

 

「だから、盗賊を装ったり、仕立て上げたりする傭兵も少なからずいる事から、盗賊討伐に関する全てに依頼は無く、討伐しても報酬は無いのです。ただし、傭兵組合が、野放しだと被害が大きくなると判断した者を、賞金首として懸賞金をかけるのはありますが。」


 そして、今の傭兵という仕事は魔物や魔獣の討伐がほとんどで、報酬も銀貨が数枚程度。

 貴族の護衛で金貨数枚が一般的だけど、これは信用されていないと依頼が来ない事だとマイジュさんが言葉を続けた。


 護衛が盗賊行為をする可能性が高いって事だからね。当然だと思う。 


「魔獣討伐に満足出来なくなった者や、力を悪用して大金を得ようと心変わりした傭兵の成れの果てが盗賊なのです。」


 マイジュさんが言ったその言葉には、悲しみや憤りが入っているように僕には聞こえた。


 僕は倒れているオルザさんのところに行きました。当然、もう死んでいます。

 マイジュさんが、オルザとカルザは賞金首なので、首を持っていくと言いました。

 一人金貨30枚。一般人には危害を加えていない事から、二人の額は他の懸賞金よりも低い。


 マイジュさんがオルザさんの首を落としている間に、僕は崖に刺さっている2本の斧を取りにいっていた。

「マイジュさん、この斧は僕が貰ってもいいのでしょうか?」

 少し驚いたマイジュさんだったけど、すぐに「はい、問題ないです。」と答える。


「でも、どうしてそう思ったのですか?」

 マイジュさんの疑問に、僕はオルザさんとのやり取りを話した。


「そうでしたか。生き方は間違っていましたが、生き様は認めてしまいますね。」

 マイジュさんの笑みに、僕も笑みを浮かべていた。


 少し発光しているような白銀の斧。

 僕が持っている物より2回りほど大きいけど、重さはほぼ同じだった。


「その斧は『リージュ・ミスリル』製ですね。」

 僕はマイジュさんの言葉に、オウム返しで聞き返していた。

 

「リージュ・ミスリルとは『魔法無効のミスリル』という金属の一種で、私の剣や防具も『リージュ・ミスリル』なんですよ。」


 思っていた物以上の話に、僕の心は高揚していた。

「それじゃあ、マイジュさんって魔法が効かないって事ですか?!」

「いえ、エイルさんがやったような、包み込む炎などは、直接肉体に当たるので無理ですね。あくまで、ミスリルの部分に当たった魔法を打ち消すだけなのです。」


 なるほど、それでも魔法士相手に心強いことには変わらない。


「希少な金属なんですよね?」

「そうですね。斧1本で、最低でも金貨100枚はすると思いますよ。」


 おお! 鼓動の高鳴りが止まらないです。

 そして僕は、首だけになったオルザさんに手を合わせた。

「大切に使わせて貰います。」


「盗賊に感謝って…ほんと、ハルトって変わっているわね。ううん、それが異世界の考え方なのね。」

 ずっと僕達のやりとりを見ていたエイルさんが笑っていた。

「ん~どうなんだろう…『罪を憎んで人を憎まず』とか? いや、違うか。単純にオルザさんの生き方に否定的じゃ無かったからかな。」


 平和な世界で生きてきたけど、心の汚い人達を沢山見てきた。

 暇潰しだと言って人を傷つける人、面白いからと言って人を騙す人、自分さえ良ければそれでいいと嘘を付く人。

 そんな人間よりは、絶対に良い生き方だと思ったから。


「ハルトさん、エイルさん、それでは行きましょうか。」

 二つの賞金首を、布に包んで持っているマイジュさんが僕達を呼んだ。


 やっぱり、この世界に生きている人達って凄いな…

 これが日常なんだろうだけど。

 まだ僕には、人の首を持ち歩く度胸はありません。


「エイルさんって、生首って持てます?」

「持てる訳ないでしょ! 正直、ずっと心臓バクバクしてたんだから!」


 あっ…傭兵歴が長い、マイジュさんだからって事なのね。


「マイジュさんって、ほんとナイト様って感じですよね。」

「…あっ、うん。ほんとそうよね。」

 

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