第17話 結婚しました。

 突然現れた巨大なドラゴン。

 日の光で照らされたドラゴンは、黄金のような輝きを放っている。


「ハルトさん! 馬車を捨てて逃げるしかないです。 ハルトさんの足なら、アイザさんを連れて街に戻れるでしょう。」

 マイジュさんが騎手席から飛び降り、馬車の扉を開ける。

「アイザさん、エイルさん。ハルトさんと一緒に街に逃げてください。私があれを引き付けます。その間に早く!」

 エイルさんがすぐさま飛び出す。


「どうしたの? 賊がでたの?」

 その後にアイザが普段どおりに馬車から降りてくる。


 マイジュさんが騎士としての行動を迅速にしていた間、僕は馬車から数メートル先に歩き、巨大なドラゴンを見ていた。

 僕達を襲うのではなく、僕達の前に降りたという事実に僕は心当たりがあったから。


「アイザぁ~。あれって知ってる?」

「あぁあああ! こがねだぁ~! ママだ! ママが来てくれたぁ~!」

 僕の呼び掛けに、嬉しそうに答え、はしゃぎながら僕に抱き付いてきた。


 やっぱり、アイザの家族だったようです。

 丁度、アイザが嬉しそうにしがみ付いた時、ドラゴンの背から人が飛び降りるのが見えました。


「ハルトさん…どういうことですか?」

 毅然とした剣士の行動をしていたマイジュさんが、ゆっくりと僕とアイザのところに歩いてくる。


「ママって、どういうこと?」

 エイルさんは、恐る恐るって感じで、ドラゴンから目が離せないようでした。


「アイザのお母さんが迎えに来てくれました。」

「そんなのは見れば判るわよ!」

 エイルさんが僕を叱るように声を荒げる。


 アイザが魔王の娘という事を隠したままって訳には、やっぱり無理があるよな…

「アイザのお父さんは、魔王です。」

「なっ! なんですってぇー!」

 

 僕とエイルさんのやりとりをしている間にアイザは走り出し、歩いて来ていた母親に抱きしめられていた。


 ちょっと早くなったけど、アイザとの旅行は終わってしまったか…


 アイザのお母さんは、アイザがサラティーア王妃のような品格と優雅さを備えた大人になった感じで、親子だな~って納得する黒髪ロングの綺麗な女性でした。


 僕はマイジュさんとエイルさんを連れて、母親と抱き合っているアイザのところに歩いていく。

「ハルトさん、どうしてアイザさんを守っていたのですか?」

 マイジュさんの質問は、この世界の人なら当然の疑問だと思う。

「アイザは良識ある素直な子ですからね。それに…魔王も無差別に人を襲っていないって聞きましたから。」

「ですが、魔獣が人々を襲っているのですよ?」

 マイジュさんは、苦悩の顔を浮かべていた。

 僕は、その表情は納得のいく答えが足りないのだろうと思った。

「人々を襲っている魔獣って、ただの獣と同じだと思うんですよね。魔王が命令してるとかじゃないでしょう。獣の本能で、人を襲って生きているだけだと思います。」

「そうだとしても…」


 僕はこの世界の住人じゃないから、この世界の価値観を知らない。

 だから、マイジュさんが苦しんでいる事は嬉しい事だった。

 アイザと過ごした事実を、真実だと思ってくれてるって事だから。


「あのアイザが、善良な人間を殺すと思いますか? アイザは良い子です。そして、そう教育した家族が、悪な訳がないじゃないですか。」


「そうね。私のお母様も、そんな事を言っていたわ。」

 エイルさんが、遠くを見る目で僕の言葉に反応していた。


「そうなんですか?」

 今度は僕がエイルさんに尋ねる。


「ええ、魔王に挑んだ勇者は負けたけど、致命傷にならない程度で見逃してもらったって。そして、戦意を無くした者には、それ以上の傷を与えなかったって聞いてる。」


 魔王にとっては、遊びだしな…。アイザが言ってたのと同じです。


「そうですね。アイザさんはアイザさんですよね。」


 マイジュさんの表情は、いつもの冷静で暖かい笑みに変わっていた。



 僕達がアイザのお母さんに頭を下げて挨拶をすると、抱き付いたままだったアイザがやっとお母さんから離れた。

「アイザ、皆さんを紹介してくれない。」

「ハルトに、マイジュさんとエイルさんよ。」

 満面の笑みのまま、僕達を紹介したアイザは満足気に、僕の腕に手を回す。


「私はユイナ・ベルフォーランド。アイザの母です。娘が大変お世話になりました。よろしければ是非、家に来ませんか?」


 え? 家って…魔王城じゃ…

 いやいや、流石に無理でしょ。


「いえ、僕はアイザさんを家に届けるだけの予定だったし、マイジュさんとエイルさんは事情を知らずに旅行として同行して貰ってたので…また後日って事でどうでしょうか?」


 きっぱりと断るのはあれだし、日数空ければマイジュさんとエイルさんの気持ちも落ち着くと思うし、

今はこれが最善の答えだと思います。

 アイザとは、また会いたいし。でも魔王とは、今は会いたくないです!


「なにを言ってるの? 貴方はアイザの婚約者なのよ。これから結婚式を挙げるんだから。その参列者として、お二人を招待しているのよ。」


「!!!!!?」


 言葉が出ない驚きって、実際にあったんだな。

 なんて、思いながら僕は口を開けたまま、固まっていた…


 なにがどうなったら、そんな話になるの?

 俺何したの? ねぇ? …どうしてこうなったぁー!


 落ち着け俺! 今ここで取り乱したら、命に係わる気がする。

 僕の腕にしがみ付いているアイザに、気付かれたら駄目だ。

 これはもう、決定事項だ。覆す事は出来ない!

 ここはいつも通りに素直に受け入れて、平常心で対応するのが最善。

 よし! ゆっくりと呼吸をして、落ち着こう…


 無理だぁー! さすがに結婚とか、いきなり過ぎる。

  

 僕はなんとか意識を取り戻し、視界を現実に向ける。

 そう、この状況から逃げたい思いで、マイジュさんとエイルさんに救いを求めていたのです。

 

「ハルト、結婚おめでとう。」

 エイルさんが、震える体を抑えながら、笑うの堪えているのが判る笑みを浮かべている。


「友人として、出席させてもらいますね。」

 僕を助ける事は出来ないという、マイジュさんからの最終宣告だった。


「はい。是非お願いします…」


 唯一の救いは、アイザが可愛くて良い子って事だな。

 でも…結婚かぁ~。

 魔族と結婚って…ん? 寿命的に無理じゃない?

 まあ、魔族的には問題ないのかな…


 僕は開き直って、今からの事を考える事にした。

「それで、僕達はどうやって家に向かえばいいですか? 馬車が借り物なので、ここに捨てていくのは出来ないのですが。」


「大丈夫ですよ。従者の一人に、貸してくれた王族の城まで届けさせますので、安心してください。」


 ん? リビエート国王から借りたってなんで知ってるんだろう…


「リーナさん、ご苦労様でした。今から馬車の返却をお願いします。」

 突如、僕の後ろに人の気配を感じて振り向くと、黒いショートヘアーに赤い目、僕より少し背が低い女性が立っていた。

 狩人か盗賊っぽいショートパンツ姿で、強調された胸の膨らみが無かったら、男性と思ったかもしれない。

 アイザも驚いているから、彼女の存在は知らなかったみたいだ。


「えっと? どこから?」

「ずっと、貴方の影の中に居ました。」


 リーナと呼ばれた女性が、とんでもない事を言ったのですが!

 影の中に潜むって、よくある話だけど、まさか自分がされてるなんて!

 これ、精神的ダメージ、想像以上の大きさです。


 僕は、確認しなければならない質問を恐る恐る尋ねる。

「えっと、いつからですか?」

「リビエートの王都に入った時です。馬車からアイザ様が降りるのを見つけた後、宿で就寝している時からです。」

 リーナさんの含み笑いが、僕の羞恥心を煽ってます。そして、全身が熱くなる。

 このまま燃えてもいいから…消えたいです。


「リーナさん、どうして教えてくれなかったの?」

「それはユイナ様のご指示でしたので。」

「アイザ、リーナさんに旅費を分けて上げて欲しいのだけど。」

「うん、ちょっと待ってね。ハルト、私のお金有ったよね。あれ全部リーナさんに渡してくれる。」

「あ…うん。今出すね。」

 僕はインベントリからアイザ用に分けてあった、金貨26枚が入った袋を取り出してアイザに渡す。

 それと、僕の財布からも金貨20枚ほどをアイザに渡す。

「念の為に、これも。」

「ありがと、ハルト。リーナさん、はいこれ。」

「それと、貴女の剣よ。」

「ユイナ様、アイザ様、ハルト様、ありがとうございます。それでは、すぐに出発いたします。」

「リーナさん、気をつけてね。」

「はい。アイザ様とハルト様の結婚式が見れないのが残念ですが、心から祝福します。」

「うん。ありがとう。」


 ずっと…どこか空耳のように聞こえるアイザ達の会話。


「ほら、ハルト行くわよ。」

 ゾンビのように無気力に立っていた僕をアイザが引っ張ります。

「あ…うん。行く…」


 そして、まだ立ち直れない僕は、なんとかアイザを抱き寄せるように一緒に黄金のドラゴンの背に乗って、アイザの家に向かうのでした。

 マイジュさんとエイルさんも、もちろん僕の後ろに座っています。



 あっという間、とはさすがに無理でしたが、1時間ちょっとの空の旅で、眼下には真っ白な城が見えています。

 僕の心もなんとか持ち直し、魔王島の景色を見る余裕がありました。


 島じゃないし!

 まあ、アイザから聞いていた話から予想はしていたけど、人間側の大陸と同等、いやそれ以上の面積かもしれない。


 魔族側の大地の東側に位置する『魔王城』の正式名称は『レイグリッドゲルン城』でした。

 タライアスの城とリビエートの城はどちらも、いわゆる西洋城の造りだったけど、『レイグリッドゲルン城』は西洋城に宮殿の要素が入った感じの造りで、大きさも2倍ちかく大きい感じだった。


 巨大なドラゴンが降りる事ができる城上部のバルコニーでドラゴンから降りた僕達は、アイザのお母さんと出迎えの執事達に連れられて、部屋に案内された。


 部屋の真ん中に大きな円卓があるだけの部屋だったけど、壁を飾る装飾品が重厚で威圧的な空気を作っている。

 僕はアイザに勧められた席に座り、隣にアイザが座る。

 マイジュさんとエイルさんは執事さんに勧められた席に着いてます。

 丁度、僕達とテーブルを挟んだ場所でした。


「ちょっと待っててね。もうすぐ、パパが飛んでくると思うから。」


 アイザのママ。ユイナさんの言葉に、僕は嫌な悪寒を感じた時、文字通り、扉を壊す勢いで魔王が入って来ました。

「アイザー! やっと帰ってきたか。どれほど心配したとおもって…ん? その男は何だ?」


 あれ? パパには僕の存在、伝わってないの?


 完全に、『娘の彼氏を全力で拒否する』の睨み目になっている魔王に、僕は笑って誤魔化すという、定番返しをするのでした。


「パパ、私の婚約者のハルトよ。」

「婚約者だとぉー!」


 アイザ…もうちょっと、段階的に説明して欲しかったな。

 魔王、激怒してるんですが…


「人間の婚約者なんて、認められるか! 70年そこらの命で、アイザを幸せに出来るはずがないだろ! あぁ、そうか。俺があまり遊んでやらなくなったから、拗ねてしまったんだな。大丈夫だぞ、これからはアイザを一番に考える事にしたんだ。そんな人間と遊ばなくて良いぞ。」


「あなた! ちょっと静かにして!」

 怒っていた口調から、アイザを嗜める言葉に変わった魔王を一喝したのは、もちろん魔王の妻でした。


 魔族の世界でも、女性が強いんだろうか…

 というか、お母さんが強いのかな?

 うちもそうだったし…


「ハルトさんは日本から来た異世界人です。だから、寿命は魔族と同じはずです。」

「「「え?!」」」

 その場で聞いていた、僕にマイジュさんにエイルさん。魔王も一緒にハモリました。


「それと、今は婚約者ですけど、明日にでも結婚式を開いて夫婦になるのですよ。アイザが選んだハルトさんは、アイザが魔王の娘と知っていて、それでも助けて家まで送ってくれた優しい人なの。アイザを一番に考えて、アイザの為に行動して、アイザに指輪を贈って、アイザの心を救ったのよ。アイザの幸せを考えているなら、祝ってあげるのが父親でしょ!」


 アイザのママが、畳み掛ける言葉で魔王を討ちのめしました。

 って、どうしてそういう話を、夫婦で話し合ってないのですかぁ?

 魔王様が、膝を落としているんですが…


「そうか…アイザの一番はもう、俺じゃ無くなったのか…」


 空気が重い…

 僕が何を言っても、この重さを消すことは出来ないと思います。

 ここはアイザに頼るしかありません。


 僕は隣に座っているアイザの手を指でつつき、アイコンタクトでパパを慰めてと頼んだ。


「パパの事嫌いになってないからね。パパはパパ。ハルトはハルトで好きなの。二人とも一番だから。」


 アイザの言葉に納得したのか、魔王は立ち上がり、魔王らしい威圧感を出していた。

「そうだな。アイザの選んだ男を、信じて祝うのが親というものだったな。俺の名はレイグリッドゲルン。レイグリッドと呼んでくれて構わない。それじゃあ、俺は式の準備に取り掛かる。」


 僕は椅子から立ち上がり、頭を深く下げていた。

 今、そうするのが礼儀だと、本能的に感じたのだろう。

 部屋から出て行く魔王が居なくなるまで、僕は無言で頭を下げ続けた。


「それじゃあ、式の段取りとか色々と話し合いましょうか。」

 アイザのお母さんの嬉しそうな笑みが、部屋の空気を軽くしたので、僕とマイジュさんとエイルさんは息苦しさから開放され安堵の笑みを見せ合っていた。


 緊張感が和らいだので、僕は色々と疑問が浮かんでいたことを聞くことにした。

「あの~お母様、その前に質問いいですか?」

「あら? お母様って、嬉しい。なにかしら?」

「えっと、魔王様に僕の事を伝えてなかったのはどうしてですか? あと、迎えがこのタイミングだったのは、アイザが狙われたからですか?」

 アイザのお母さんは、少し含み笑いを見せて答えてくれた。

「だって、アイザの彼氏を見定めないとでしょ? 黙っていたのは、あの人には心配させておかないと反省しませんからね。」

 そう言って、悪戯が成功した時のような笑みを見せる。

「あと、迎えに行ったのはその通りですね。」

 

 そうだよな~。魔王が探しに来てから、音沙汰ないって今考えるとおかしな話だった。

 リーナって人が連絡係していたってことだよね。

 …お風呂一緒に入ってたこととか、筒抜けなんだよなぁああああ

 僕は、色々と頭が痛くなった。


 まあ、それはもう諦めるとして…

   

「ありがとうございます。凄く助かりました。」

 僕は深く頭を下げた。


「お母様、それでさっきの話なんですが、異世界人は寿命が違うとか、それに日本人って言いませんでした?」

「そうですね。まずそれから、話しましょうか。」



 アイザのお母さん『ユイナ』さんは西暦1998年の20歳の時に、この世界の200年前に転移した日本人でした。


 アイザが凄く驚いていたので、母親が転移者だった事は知らなかったようです。

 その衝撃的な発言に、僕は片隅にあった想定だったこともあり、すぐに納得した。

 アイザから聞いていた話と、「ファイヤー」とか言ってたからね。


 だけど、次からの話にはちょっとびっくりでした。

 この世界の言葉が日本語だったのは、数千年前の時代に転移した日本人が神的な存在になって広めた事、魔族の寿命が1000年なのは、元々がその日本人の子孫だからという話。

 文字が日本語じゃないのは、絵文字的な文化が既にあった為にその絵に合わせたとの事。

 まあ、これはユイナさんが魔族の残した口伝などからの推測らしいですが、つじつまが合う話だったので、僕も信じてみました。

 ちなみに魔族達が文字を使わないのは、アイザが言ってた通り、必要がないからだった。

 意思疎通出来る者が魔獣合わせても300人くらいしかいなくて、記録に残すとか、契約書みたいな習慣がないとの事です。

 まあ、1000年生きていくと、そういうのは要らないのかもしれない。


 

「だけど、疑問が出てきたのよね。」

 ユイナさんが困った表情になっていたので、その理由を聞くと、

「勇者って日本人なのは判っているのだけど、毎年違う人間なのよね。1年契約的な召喚だと納得がいくのだけど…」


 確かにそうだ。

 僕を召喚したラニューラさんは、そんな事は言ってなかった。

 魔王が倒してないのなら、毎年呼ぶ必要なんてないだろうし、エイルさんのお父さんは病気だから仕方がないけど…


「それについては、私がお答え出来そうです。」

 そう発言したのはエイルさんだった。


「私の父親は、21年前の最初の勇者として召喚された異世界人です。」

 僕以外の人達が驚きの声を上げる中、エイルさんは話を続けました。


 あの薬にそんな副作用があったのか。飲まなくて良かったぁああ。

 僕は選択を間違ってたらと、想像して背筋が冷たくなっていた。

 

「じゃあ、ハルトは死んじゃうの?!」

 エイルさんの話が終わると、アイザが叫び声を上げました。

「いや、大丈夫だよ。僕はその薬を飲んでいないから。その薬は一年に一人分しか精製出来ないって聞いてるしね。」

 最初に出会ってエイルさんと会話した時に、なぜ薬の話を聞いたのか理解しました。そして、その時の笑みの理由も。


 そうか…ソウジって人は死んでしまうんだよな。

 他人事だったけど、さすがに胸が痛いな…


 僕が俯いていたらマイジュさんが、 

「なぜタライアス王は、そこまでして魔王を倒そうとしているのでしょうか?」

 マイジュさんの質問は、僕も思っていた事だった。


「そうですね。あまり深く考えていなかったですが、本当にどうしてなのでしょうか?」

 ユイナさんも首を傾げて考えていた。


 人が魔王を倒す為に行動するってのは、定番で当たり前すぎて気にも留めてなかったのとのことです。

 そもそも、20年前までは、人間の領地の事すらも気にも留めてなかったと…

 実際、自分の生活に関係ない事なんて興味すら沸かないよね。


「だけど、騙されている日本人の事はなんとかしたいなぁ~」

 僕は心の声を、独り言として声に出していた。


「そうですね。理由はどうあれ、これ以上召喚者を犠牲にしたくはないですね。」

 ユイナさんの表情も暗くなっていた。


「まあ、それはまた考えるとして、明日の事を決めましょうか。」

 ユイナさんの仕切りなおす仕草で、僕達は当初の話をする事にしました。


 結婚式は城の中にある教会で、城で生活している身内同然の者達だけでするとの事でした。

 人数的には10人程度なので、盛大な結婚式って感じにはならないそうです。

 ユイナさんの時もそうだったみたいで、披露宴みたいなものも無く、『結婚の儀式をする』という事なのだそうだ。

 まあ、披露宴はないのだけど、夜は皆で宴会になるらしい。

 僕的には、同じような気がするのだけど、無礼講的な場になるので宴会なのだとか。


 で、結婚式自体の流れは、いわゆるウェディングドレスを着て、バージンロードを歩いての指輪の交換と誓いのキスという僕の知ってるやつです。

 マイジュさんやエイルさんについでに聞いてみたら、人間側も同じでした。

 まあ、これも神的になった日本人が伝えたのだろう。


 そして僕は、ある疑問を明確にしなければならない事があった。

 これは、聞き方を間違えれば生死に係わりそうな案件です。

 そう…いつ僕がプロポーズしたかだ。

 大体の予想は今までの経緯で思い当たるものがある。

 日本の文化がここまで浸透しているのだから当然、指輪が決定的なプロポーズだと思う。

 だけど、指輪を贈っただけで、即プロポーズになるのなら、あの時に何も反応が無かったのが判らない。

 僕は、どう確かめれば良いのか、必死に言葉を探していた。


 でも結局、アイザに直接聞く言葉が思い付かなくて、後でマイジュさんとエイルさんに相談する事にした。

 今は、結婚式の事だけを考えることにします。


「指輪の交換って、結婚指輪を持っていないけど、どうすればいいのですか?」

「それなら大丈夫よ。『ベルフォーランド家』の指輪を、二人に用意しますから問題ありません。」

 ユイナさんが左手の指輪を見せてくれた。

 真っ黒なんだけど、クリスタルのような質感で光が反射して綺麗な石の指輪だった。

 この後、指のサイズを測って造ってくれる話でした。


「それでは、アイザはドレスの準備があるから今から部屋に行きますよ。ハルトさん達は、もう少しここで待っていて下さい。お部屋の準備をしますので。」

 僕はアイザとユイナさんを見送って、部屋には僕とマイジュさんとエイルさんの3人になっていた。


 よし! 今なら聞ける。


「マイジュさん、エイルさん…こっちの世界のプロポーズ? じゃないか、結婚の申し込みって指輪を贈る事ですか?」

 僕は部屋には僕達以外居ないのは判っていたけど、テーブルに乗り出し小声で訊ねる。

 マイジュさんとエイルさんが、呆れたような溜め息の後、子供を優しく叱るような笑みを僕に向けて答えた。

「「そうです。」」っと二人がハモる。


 やっぱりかぁ…


「まあ、それだけでは足りないのですが、ハルトさんはアイザさんの事を『一番に考えている。』と公言した事が、ありましたからね。」

 マイジュさんが遠い目をしている。


「ああ…そうですね。でも何で指輪をアイザに付けた時、誰も何も言わなかったのだろう…王妃さんも居たのに。」

 僕の呟きのような言葉に、マイジュさんが、

「神聖な事ですからね。当事者達の邪魔になるような事はしませんよ。」


 そりゃ、そうだよな…

 やっぱり、指輪かぁ…

 軽はずみだったなぁ…アイザに悪い事したよな。


 僕はあの時のアイザが、どんな思いで受け取っていたのかを知って、遣る瀬無い気持ちと悔しさが溢れていた。 

 


 ユイナさんとアイザが、ドレスの試着から戻ってきました。

 二人とも満足そうな笑顔です。

 それから、昼食をご馳走になり僕とアイザは指輪のサイズ合わせに向かい、マイジュさんとエイルさんは二人同室の客室に案内されました。

 魔族領での心細さを少しでも取り除く為と、ユイナさんの配慮でした。


ユイナさんに連れられて入った部屋は色々な武器や防具が飾ってある部屋でした。

「初めまして、ハルト様。私は鋼細工師のウォームと言います。ベルフォーランド家の武具や装飾品など、全てを任されている者です。」

 見た目は50代くらいで、2メートル近い長身で細身。整えられた短い黒髪に、目元に皺が少し出始めているが、整った美形顔。スーツのズボンに、引き締まった筋肉を誇示するような薄いシャツ一枚の姿は清清しい威圧感を放っていた。


 僕が自己紹介を返すと、早速っといった感じで指のサイズを測る。

 そして、アイザの着けている指輪を見た時、職人魂に火が付いたようです。

「これは? なんていう金属なのですか?」

 アイザから取り外した指輪を、真剣な顔で凝視しています。


「さあ? ハルトに貰った指輪だから、私には判らないわ。」


 アイザの言葉に、ウォームさんが視線を僕に向ける。

「僕には判らないですが、魔法付与が出来る合金らしいです。ある国の企業秘密的な物なので、調べることも難しいのかな?」

「魔法付与だと? なんだそれは?」

 紳士的な喋りから、職人の喋り方になっているウォームさんに、アイザに指輪を返して貰う。

 こっちが普段の姿なのだろう。


「アイザ、盾を出してくれる?」

 僕に頷き、『エイルの盾』を発動させたアイザの姿に、ウォームさんと一緒に居たユイナさんの二人が驚きの声を出していた。


「なるほど! 指輪の中に魔法を発動するための、紋章か呪文のような類を組み込んでいるのか。面白い!」


「他にも色々と…あっ! そうだ!」

 僕は腕輪を見せてその効果を説明し、自分のリュックを取り出して中から、ピアスを見せる。

 アイザのお母さんに許可を貰う為に買ってあったのを、今思い出したのだった。


「そうね…ハルトさんは人の領地で色々と約束をしていますし、アイザと離れる機会が少なからずあるだろうし…着けても良いですよ。でも大丈夫? 開けるときはそれほど痛くないけど、化膿すると痛いわよ?」


 え? まじで?


 僕は、嫌な汗と、全身が身震いする寒気のようなものを感じていた。


「ママ、それほんと?」

 僕達の話を聞いていたアイザが、痛みを堪えているような顔で聞き返していた。


 僕とアイザの表情を見てクスっと笑う、ユイナさん。

「本当よ。でも、大丈夫。治癒魔法があれば、その心配が要らないから。」


 ユイナさんは僕とアイザをからかっていたようです。



「じゃあ、指輪のサイズも測り終えたみたいだし、今からピアスを着けましょうか。」

 そう言って、終始笑顔のユイナさんに連れられてこられた部屋には、3人の女性が居ました。

「ここって?」

 僕が隣にいるアイザに尋ねる。

「医務室よ。」

 着ている制服が白いワンピース服のような服だったので、アイザの言葉ですぐに部屋の女性達が、白衣の看護師さんに変わりました。


「ユイナ様、どうかしましたか?」

「アイザと隣のハルトさんに、ピアスを着けてやってください。」

 一人の看護師さんがユイナさんに挨拶をした後、深くお辞儀をして「承知しました。」と答えた。


 僕はピアスを看護師さんに渡して、アイザと一つずつ左耳に着けて下さいと頼みました。

「え!? という事は、アイザ様の殿方となる方ですか?」


 あれ? あぁー! そうだよな。ピアスを着け合うって、そういう相手だよな。

 便利アイテムって認識しかしてなかったから、気付かなかった。

 はぁ…これもアイザ的には、そういう重みのあるイベントだったんだな。


「はい。アイザと明日、結婚します。」

 僕は背筋を伸ばして、アイザを一度見てから、自分の口で初めて言葉にしました。


 僕はベットに横になって耳に穴を開けた時、少し痛かったけど、アイザの為にみっともない姿を見せたくないと頑張りました。

 その後すぐに治癒魔法で治療したので、痛みが消えてピアスが着いている違和感も無くなっていました。


 アイザも別の看護師さんにしてもらっていたので、ほぼ同時に治療が終わり、嬉しそうに手を耳に添えていた。

《ハルト、どう? 聞こえる?》


 僕は不安そうな視線を送るアイザに、ピアスに指を当てて答えた。

《うん。聞こえるよ。 これからもよろしく、アイザ。》


 アイザの表情が赤くなりながら笑顔になっていたので、僕の言葉がちゃんと伝わったのが判った。



 ピアスを着け終わって、医務室を出た僕達は、ユイナさんが通路で立ち止まったので、僕も立ち止まる。そして考え込むユイナさんに、僕とアイザは顔を見せ合い疑問符をそれぞれ頭に浮かべていた。


「アイザ、ハルトさんの部屋はどうしたい? 普通は客室なんだけど、もう二人は一緒に暮らしてたし、アイザの部屋で一緒に過ごす?」

「うん。ハルトと一緒がいい。」

 アイザの屈託のない笑顔に、ユイナさんは嬉しそうに笑みを返していました。


 リビエートからの事が、全部知られているんだよな…

 いったい、どこまで話してるのだろう? …あの影に居た人。


 僕はアイザとは対照的に、気持ちが沈んでいた。

「ハルト、嫌なの?」

「違う違う、影の中に居た人がどこまで伝えてたのか考えてただけだから。アイザと一緒の部屋の方が僕も嬉しいから。」


「全部ですよ。」

 ユイナさんの意味深な笑みに、僕は恥ずかしい気持ちになって体が熱くなっていた。


「それじゃあ、夕食時にまたね。」

 ユイナさんはマイジュさん達に改めて挨拶をしに行くと言って、歩いていった。


 アイザの部屋は、宿の2人部屋のリビングと寝室を足したよりも広いと感じるほど広かった。

「お帰りなさいませ、アイザ様。」

「ただいま、メイラ。私の夫になるハルトよ。今日からこの部屋で一緒に過ごすのでよろしくね。」


 身長的にはアイザと同じくらいだけど、アイザより幼い感じに見える少女に僕は「よろしくお願いします。」と頭を下げた。

 質素と言えばそうなるのだろうけど、艶やかな生地で少し光を反射している黒に近いグレー色の無地の長袖ワンピースに、黒タイツ姿はメイドとしての服装なのだろう。

 アイザの着ている可愛いメイド服とは対照的で、目の前にいる少女の姿の方が実用的な服装に見えた。


 ん~これはこれで清楚的で良いな。


「そんなにジロジロ見て、何考えてるのよ。」

「いや、メイド業務するなら、彼女の服装が正解なのかなって思っただけだよ。」

 アイザの言葉と視線が少し痛いです。

「そうね。ハルトから貰ったメイド服は、こっちではドレスに近い使い方ね。」


 そっか、だからメイド服のアイザに何も言わなかったのか。

 

 そして服の話が終わると、アイザは着ていたメイド服をメイラさんに脱がさせて、下着姿でベッドに寝転んだ。

「飲み物を持ってきて。」

 いつも見るアイザの姿に僕は安心して、近くにあったソファに座った。



 僕達は夕食の席に座っている。

 長方形のテーブルの片面に、僕とアイザにマイジュさんとエイルさん。

 そして対面の席にユイナさんと魔王。

 

 もの凄く緊張しながらの食事になりそうだった。

 マイジュさんとエイルさんも、僕が一度も見た事のない硬い表情になっていました。


「まあ、そんなに緊張しないでくれ。二人はアイザの友人なのだからな。遠慮せずに食事を楽しんでくれ。美味いワインも用意してあるからな。」


 あっ! そうだった。


「すみません。僕はワインが苦手で、それで、『カシュラ』ってお酒が美味しかったので土産に沢山買ってきてたのですが、どこかに出す場所ありますか?」


 箱買いして、箱で収納していたので、この部屋では邪魔になるのでした。


「そうか、ならホネット。調理室に案内してやってくれ。」

 部屋の隅に立っていた執事に、隣の部屋に僕は案内された。

 調理場の端に広いスペースがあったので、お土産として買ってきたお酒を全部置いた。

 全部で10箱。1箱12本入りです。

「これが、カシュラってお酒なのですが、箱毎に少し種類が違いますのでよろしくお願いします。」

 ホネットさんが興味深そうに確認して、「畏まりました。」と言ったので、僕は5年物のカシュラを1本取り出して「僕にはこれを、今日はお願いします。」と手渡した。



 夕食はすぐに打ち解けて、楽しい食事に変わりました。

 『カシュラ』をユイナさんが気に入った事や、魔王がマイジュさんとエイルさんを、もてなす気遣いが場を和ませたからでした。

 魔王は『アイザのお父さん。』になっていたのです。

 なので、僕に対しては『娘を奪った男』って、目で見られているけどね。

 まあ、認めて貰えただけで僕は満足です。


 殺されない安心感! です。



 マイジュさんとエイルさんの飲みっぷりに、機嫌が良い魔王ことレイグリッドさん。

 話は、勇者の事とエイルさんの事になりました。


「ユイナから、勇者の薬の事は聞いた。そなたの父は残念だったな。人間の王は惨い事をするのだな。最初の勇者は、今でも記憶に残る男だった。」

 レイグリッドさんは寂しそうな表情で、ワインを飲み干していた。


「父はどんな人でしたか?」

「真っ直ぐな剣筋と剣捌きが美しかったな。あとは、潔かった。ユイナは、サムライだったと言っていたな。」

「サムライですか?」

「ああ、異世界の騎士の名らしい。剣だけの勝負だったら、互角だった。そして、それからの勇者は、そなたの父に到底及ばない者ばかりだったぞ。」


 エイルさんが、嬉しそうな笑みを浮かべている。

「そっか、お母様は優しい人ってしか教えてくれなかったけど、強かったんだ。」


「女性は強さよりも、人柄を重視しますからね。レイグリッドを選んだのもそうですし、アイザがハルトさんを選んだのも、もちろんね。」

 ユイナさんも『カシュラ』で少し酔いが回っているのか、上機嫌だった。


「そういえば、エイルさんは何故、人の寿命なのでしょうか? 半分は異世界人の血なのだから、成長が遅くなると思うけど…身体能力だけが遺伝しているのって、薬の作用なのかしら?」

 ユイナさんの疑問に同調するように、みんなが首を傾げている。


 そうだよな。可能性としは一番それがシックリくるんだけど…


「いや、魔族としての身体能力が現れるのは160歳から徐々にだから、寿命がその系統で受け継がれていたとすれば、そなたは16歳くらいから、成長が遅くなっている可能性もあるぞ。」

 レイグリッドさんの発言に、僕達は各々で小さな驚きの声を出していた。


「そんな…」

「まあ、あと20年もすれば判ることだろう。もし寿命が延びていたら、うちに来れば良い。」

 落胆するエイルさんにレイグリッドさんが慰めの言葉をかける。


「そうですよ。僕もアイザも居ますし、大丈夫ですよ。」

「なにが大丈夫なのか判らないけど、そうね、今悩んでも仕方がない事ね。」

 気分を治すように、グラスに入ったワインを飲み干したエイルさんだった。



「マイジュさんとエイルさんは、結婚式が終われば翌日には戻りますか? 僕はアイザの誕生日までは、ここに居ようと思っています。」


 魔王討伐隊の真意とか色々気になってるし、今年は僕と誕生日を過ごせばいいからね。


「そうですね。私は長居する理由も無いですし、戻ります。」

 マイジュさんはほぼ即答で答えたけど、エイルさんは少し悩んでいます。

「私は…アイザさんの魔法の事を、知りたいとは思っているのよね。」

 エイルさんの視線がユイナさんを見ていたので、僕もユイナさんの返事が気になった。


「アイザの魔法っていうと、神星魔法の事よね。人には扱えない魔法ですが、エイルさんなら、可能性はありますね。」


 僕達の驚きの後、ユイナさんの話で知った事は、聞けば簡単なことでした。

 この世界の神が転移者に与えた加護で、その血族なら『神に感謝し信仰する。』 『神星魔法を扱える魔力を持っている。』

 の二つが揃えば、使えるとの事でした。

 だけど、神との相性もあるので、全ての属性が使える事はないそうです。

 アイザは闇と炎の二つだけ。


「魔力量を測ってみてはどう?」

「いや、それなら1回か2回分程度の魔力を感じるから大丈夫だぞ。」

「えっ! ほんとうですか?」

 ユイナさんの発言に、レイグリッドさんが答えたので、エイルさんが大喜びしています。


「あと、マイジュさんだったか。そなたも魔力が高いな。剣士だと聞いていたが、魔法は使わないのか?」

「私も魔力が? それは魔気と言われているものでしょうか? 内なる魔力で身体能力を上げる事が出来るのですが…」

「人族には、そういう者もいるのか。興味深いな。」


 魔王が意味深な笑みを浮かべている。


「連れが神星魔法を会得のために滞在することだし、そなたも、剣の腕を鍛えてみたらどうかな。良い経験になると思うぞ。」


 面白い事を思いついた! って感じの笑みをさらに見せて、マイジュさんの返事を待っている魔王。 

 断れる訳がないですよね…



 夕食が終わって、僕はアイザのベッドにアイザと一緒に横になっている。

 アイザのベッドはダブルベッドよりも一回り大きいベッドだったので全然余裕です。

「夕食、楽しかったね。」

「うん。楽しかった。」


 夕食は、思っていた堅苦しさが無い普通の食事になりました。

 これもひとえにマイジュさんとエイルさんのおかげです。

 二人が居なかったら、『彼女の家に、結婚の承諾を貰いに行くイベント』という、重いイベントになっていたわけで…

 ほんと、良かったぁああ。


 明日、アイザと結婚する。

 だけど、普段と変わらない腕枕の中のアイザはいつも通りに見えた。

 だから僕も、いつもと同じように「おやすみ」と言って眠りについた。




 緊張の中で始まった僕とアイザの結婚式も、最後の儀式になりました。

 別の宮殿に隠居していた魔王の両親や、この城の幹部達。

 そして、マイジュさんとエイルさんが見守る中、僕は神父の言葉に応える。


「はい。誓います!」

 

 そして、神父の言葉はアイザに向けられた。

 アイザは静かに聴いている。

 純白のウェディングドレスとベールを着けたアイザの横顔を、僕は静かに見つめる。

 綺麗だと思った。だけど、やっぱり可愛いと思うことのほうが強かった。

 人で言ったら、16歳くらいで結婚するって事になるのだけど、「僕で良かったのか?」と聞く事は、アイザの想いと決断を軽率にみていることになるので、僕はアイザの幸せを一番にすると心に誓っていた。


「はい。誓います。」

 アイザの笑顔と共に誓われた言葉は、純粋無垢の少女のように、濁りも迷いもない声だった。


 そして指輪の交換を済ませ、誓いのキスになりました。

 あの時のキスは非常事態だったので、これが本当の最初の接吻になる。

 僕はアイザと向き合い、見つめ合った。


「アイザ、愛しています。」


 アイザに初めて言った「愛しています。」は僕の決意の言葉で、プロポーズの言葉。

 軽はずみな行動だった。だけど、アイザと結婚することは軽い気持ちでもないし、間違いでもない。

 これは、僕がアイザを幸せにすると決めた誓いの言葉だった。


 静かに目を閉じて待っているアイザの頬が少し赤くなっているように見えた。

 僕はゆっくりと唇を合わせる。

 


 静粛に執り行われた僕とアイザの結婚式は無事に終わり、夜の宴会までのんびりと過ごす事になっていたけど、アイザの祖父母と対談をすることになった。


 孫娘がイキナリ結婚したからね…

 初顔合わせが、結婚式なのだから仕方がないです。

 そして祖父母の希望で、マイジュさんとエイルさんも同席しています。

 人族に興味があるとのことでした。


「オイゲンヴェール・ベルフォーランドだ。オイゲンと呼んでくれ。こっちが妻のクリーストラ。」

 応接室のような部屋に集まった僕達は、アイザの祖父の挨拶を聞いていた。


 髪も顎鬚もほとんどが白髪で、皺も沢山あって見た目は老人なのだけど、身長は180cm近くあり、背筋もしっかりしていたので、「おじい様。」と呼ぶべきか迷っていたので、助かりました。

 お祖母さんになるクリーストラさんも、皺が多い白髪の女性だけど、背筋を伸ばしてオイゲンさんの隣にしっかりと立っている。

 二人とも800歳を超えていると聞いていたけど、信じられないです。


 祖父のオイゲンさんには二人の息子がいました。

 ベルフォーランド家は、魔族領の大陸を治めている三大魔族の一つで、アイザの父のレイグリッドさんは次男で、62歳上の長男が『ベルフォーランド城』の当主になっている。

 アイザの伯父さんになるベルフォーランドの現当主は、レイグリッドさんとは不仲で、城を空ける理由にはならないということで結婚式に来ない。って話はアイザから聞いていました。


 その長男の非礼を詫びる祖父母に気にしてないと伝えると、話はユイナさんとレイグリッドさんの出会いから結婚までの話になりました。


 ユイナさんが、ベルフォーランド家の領地にある森の神殿に、突如現れたところから始まり、そしてレイグリッドさんと出会い、城で一緒に生活する中で恋愛になって、結婚に至るまでの話。


 僕と違って、その当時はユイナさんは人族と同類だと思われていたので、ユイナさんとレイグリッドさんの行動を好ましく思わない人達からの妨害や嫌がらせが二人を苦しめ、追い詰めてしまった時があって、その人達の中に、オイゲンさんも入っていた事。

 そして駆け落ちした二人にアイザが生まれ、ユイナさんの寿命が魔族と同じだと知れた時、償いを込めた思いでオイゲンさんがこの城を建てて与えた事。

 ユイナさんとレイグリッドさんの結婚式をこの城で祝った事。


 アイザも知らなかった話に、僕とアイザは時間を忘れて一緒に聞き入っていた。

 同じように聞き入っていたマイジュさんとエイルさんは、魔族の世界が自分達と同じような家族や領地があり、同じように生きている事に驚いていたようです。


 貴重な話を思いがけず聞けた祖父母との対談の後は、城の全ての人達との宴会です。


 舞踏会場になっている大きな広間には50人ほどの人達が集まっていた。

 アイザは、僕と一緒に買った赤いドレスを着て、僕の隣をお嬢様のような振る舞いで一緒に歩いています。

 ユイナさんとレイグリッドさんに案内された場所はその舞踏会場を上から見下ろすような場所で、一度そこで顔見世をしてから、階段を下りて壇上でもう一度お披露目。そこからやっと広間に下りて、立食パーティー形式の宴会になる。


 僕はアイザに連れられて、集まった人達に挨拶をする度、沢山の祝福を受けた。

 アイザが、城の人達すべてに愛されていたのが凄く伝わった。

 この城に働く人達は、異世界人のユイナさんを守り愛したレイグリッドさんに感銘を受けた人達なので、同じような結婚に感無量なほどの嬉しさがあるのだと、オイゲンさんが教えてくれた。


 そんな人達なので、マイジュさんとエイルさんに対しても親しく接していて、お酒の席なこともあり、物凄く盛り上がっています。

 エイルさんは神聖魔法を習うので、その関係の人達と。

 マイジュさんは、魔王直属の騎士と剣術の稽古が決まったので、その人達と。


 僕とアイザをほったらかしで、盛り上がってます!

 びっくりするくらい馴染んでいます。



 僕はアイザと二人で静かなテラスに出ていた。

「ここの人達ってみんな良い人だね。」

「もちろんよ。」

 誇らしげに笑顔を見せるアイザは出会った時から変わらない笑顔を見せている。

 

 思えば、この笑顔にずっと救われていたんだな。

 女性として意識はしてなかったけど、僕にとって一番の存在になっていたのは、あの時言った言葉以上の事だったんだ。

 全然思い通りの人生になってないけど、後悔なんて微塵も無いし、むしろ自分が思っていた以上の幸せを得たと思う。


 もしアイザに出会わなかったら、僕は人の領地で、人と違う寿命だと知らないまま過ごし、そして気付いた時には、化け物扱いで孤独になっていたかもしれない。

 

「アイザ…」

「ん? なに?」

「異世界に来て、どうなるか不安だったけど、アイザに出会って、一緒に旅行して、そして結婚した事。本当に幸せだと思う。僕を選んでくれてありがとう。」


 いつものように笑みを見せるとおもっていたアイザは静かに俯いていた。

「それは私も一緒よ。ハルトに出会えた事、私を守ってくれた事。人の領地で不安にならなかったのはハルトが居たから。だからね、これからも私を守ってね。」


 顔を上げたアイザは、いつもの笑顔を僕に見せていた。



 そして僕達の結婚を祝う宴は、深夜まで続いたのでした。





 僕がこの世界に来てから30日目の朝。

 その短い間に、色々な事がありました。

 魔王の娘に殺されそうになり、リビエート王国の人達を助けて、ファルザ公国の元公爵の家族を助けて、温泉宿で巨大海老食べて、綺麗な花に感動して、宿で殺されそうになって、ドラゴンの背中に乗って、魔王の娘と結婚ですよ。

 ほんと、凄い体験してるよな。


 色々な人とも、出会いました。

 僕を召喚したラニューラさん。

 彼女の優しさは今でも忘れません。元気にしてるかな?

 魔王討伐の遠征隊には参加しないって言ってたから、城で過ごしていると思うけど、港町『ファルザン』に里帰りとかするのかな? 僕も数年くらいは住んでみたいな。


 傭兵の事を色々と教えてくれたデバルドさんとイザルさん。

 まさかデバルドさんの家族とも会う事になるとは思わなかったな。


 リビエート王国のサラティーアさんと王国の皆さん。

 サーリアちゃんの事はまだこれからの話だけど、僕の寿命を伝えたらどう思うのかな?

 あの国の人達はみんな良くしてくれたし、僕に出来る事なら、またなにか手伝いたいな。

 ライエさんとの約束は…うん、謝ろう。


 ファルザ公国のアラガル家の人達。

 お父さんが心配だし、あの国の事で何か出来ないかな。

 モーリストさんだったかな、あの人は悪人には見えなったし、色々とありそうなんだよな…


 露天風呂の『イストエトリア』の皆さん。

 また、泊まりたいなぁ~ ご飯も美味しかったし。


 またアイザと行こうかな。

 

 僕は3人の顔を順番に思い出していく。

 アイザから始まった出会いで、マイジュさんが一緒になって、エイルさんも加わって、楽しい旅行になっていた。

 まさか一緒に魔王城まで来ることになるなんて思いもしなかった。

 しかもエイルさんは神星魔法を習う事になるし、マイジュさんも剣術を鍛えることになったし、ほんと、この世界はなにが起こるか判らない。


 改めて人生プランの練り直しです。

 …もう自分の常識外の世界で、人生プランを決めるのは無理じゃないか?

 そうだな…大雑把な事だけ決めよう。

 そしていつも通り、一日の予定を決めて過ごすことにしよう。

 うん、そうしよう。

 

 そして僕は、腕の中で寝息を立たてているアイザの頭をそっと撫でて、もう一度目を閉じたのでした。


_________________

第一部 完

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勇者を譲った僕の異世界生活。 紅花翁草 @benibanaokina

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