第16話 襲撃者

 朝9時。

 予定通りに宿を出発した僕達は、順調に国境の砦街『カロライ』に向かっていた。

 街道を走る馬車からは、視界から途切れる事なく、森を監視する兵士達が見えていた。

 バラージュ国との国境は大きな川になっているけど、川を渡ってくる魔物や魔獣が隣接する森に入る為、均等な距離を兵士達が担当して森を監視している。

 夜は危険なので街の周りだけになる。と、デバルドさんから聞いていた。


「あ! 熊みたいなのと戦ってますよ。」

 僕はマイジュさんの隣の騎手席に座っている。

 高確率で、魔獣退治を見れるとも聞いていたので、ずっと気にしながら見ていたのです。


「よく見る種類ですね。私も何度も討伐しました。」

 マイジュさんは馬車の速度を変えずに、街道を進んでいく。

 街道から森までは結構な距離があるので、足を止める必要は無かった。


「バラージュ国からは、街以外の場所は、魔物が徘徊する危険地帯ですから、気を抜かないでくださいね。」

 マイジュさんの言葉に熱が篭っています。

 『カロライ』に隣接する大橋から川を渡ると、すぐに魔獣地帯に入るとのことでした。


「はい。魔物からの防衛は任せてください。先手必勝でいきます。」

 僕は不謹慎だと思われるから黙っていたけど、魔獣討伐に少しテンションが上がっていた。

 舐めた気持ちで、軽く見ているなんて事は無いです。

 危険な事だと、心に深く打ち込んで慢心なんてしません。

 だけど、『異世界で魔物を討伐する。』なんてイベントに心が動かされているのも事実でした。


「少し、飲み物を補充したいので、商店に寄りますね。」

 『カロライ』の街中に入った時、マイジュさんの要望で少し寄り道をすることになったので、ちょっと軽い食事もして行く事にしました。

 お弁当は買ってきてあるけど、この先の休憩場所までは3時間ほどかかるという話だったので。



 『カロライ』を出発すると、岩肌の大地が広がり、目の前にはゆったりと流れる大きな川が見えた。

 うわぁ~。っと声を出してしまいそうなほどの迫力に、僕は感動する。


「想像以上の大きさですね。ここを魔獣は泳いで渡るのか…」

「そうですね。魔獣や魔物の身体能力が成せる事なのでしょう。」

 マイジュさんも僕と同じように、目の前の川を眺めていた。



 馬車は幅300メートルほどはある大きな川に架かった橋を渡ってバラージュ国に入りました。

 川を渡ってからは、僕達の前に馬車の姿は無く、少し後に1台の馬車が離れないように付いてきている。

「マイジュさん、後ろに馬車が居ますね。」

「そうですね。離れすぎたら教えてください。」

 危険な街道の移動、僕達のように魔物を倒せる人がいない限り、単独で走る事はしない。

 なので、後ろの馬車にも魔物を対処する人がいるはずです。

 だからといって、無視するような事をしないのがマナーとしてあり、目視出来る距離を保って一緒に移動するのが暗黙のルールになっている。


 街道は森の中に入った。

 森から現れる魔物に不意打ちを受けない為、街道の左右50メートル程を伐採している。


「ハルトさん、左から!」

 大型犬のような魔獣が5匹ほどが群れとなって向かって来ていた。

 マイジュさんは馬車の速度を落として辺りを警戒している。


「行きます!」

 馬を襲ってから人を襲うと聞いていたので、僕は馬車から飛び降りて迎え撃つ。


 白銀の斧を取り出し、一番先頭を走る魔犬に向かって、一直線の跳躍からの一振りを放つ。

 軽く振った斧に吹き飛ばされた仲間を無視して、残った魔犬は馬に向かう。

 僕はその犬達の前に一気に飛び、立ち塞がる。

 二匹目は上から斧を背中に叩きつけて背骨を折る。

 それを見て、足が止まった3匹目と4匹目の魔犬も斧で叩き倒す。

 そして逃げる5匹目を跳躍からの振り下ろしで倒した。


 ゆっくり走っている馬車に向かうと、扉を開けて手を振っているエイルさんが見えたので、僕は腕を振って応えた。

 そして騎手席に飛び乗る。

「お疲れ様でした。まだまだこれから増えると思いますので、よろしくお願いします。」

「はい、頑張ります。」

 走る速度を戻した馬車は、森に挟まれた街道を進んで行く。

 後ろにいる馬車もほぼ距離を変わらずに付いて来ていた。


 それから熊型の魔獣2匹に遭遇と、魔犬7匹遭遇の2回の戦闘を余裕でクリアした僕達の馬車は前方で魔獣の群れに足止めされている大型の幌馬車を見つけた。

 定時発の乗り合い馬車に追い付いたようです。


 鎧を着た剣士3名が相手にしている魔獣は熊型が5体だった。

「マイジュさん、行ってきますね。」

「ハルトさん! 魔熊の数が多いですから、リーダー格の上位種が居るかもしれません。気をつけてください。」

 僕はマイジュさんの助言に頷き、馬車を飛び出して走り出す。

 

 居た!

 僕は黒い魔熊の中に、一回り大きくて、胸の毛が白じゃなくて赤のやつを見つける。

 

 一番後ろから、見定めるように立っているその魔熊に僕は一瞬で距離を詰める。

 僕の存在に気付いていた上位種の魔熊だったけど、僕の速度に反応出来ず、お腹を引き裂いた斧の一撃で倒れる。

 倒れた上位種の魔熊の音で、乱入に気付いた残りの魔熊が一瞬固まる。

 僕はその一瞬があれば十分だった。

 2匹目、3匹目と斧で斬り倒し、殺意をやっと向けた4匹目の突進をかわしながら斧を振り抜く。

 4匹目も倒れ、残り1匹になったところで僕は足を止めた。

 最後の1匹は護衛の人達に倒されていたから。


 丁度、僕達の馬車が追い付いたので、僕は護衛の人や幌馬車の騎手に一礼だけして、馬車に戻る。


 そして、速度を落とした僕達の馬車は、幌馬車の横を抜ける。

「貴方たちの準備出来次第、付いてきてください。」

 マイジュさんが幌馬車の騎手席と並んだ時に、相手の騎手に言いました。


 魔獣の血の匂いに、新たな魔獣がやってくるので、直ぐにその場を離れるのが鉄則でした。

 もし後から来る馬車がいたとしても、その人達が対処するのがルールとしてあるのです。

 もし、そういう場面に遭遇しても、大体の魔獣は森の中に死骸を持っていってから食べるので、少し離れていれば居なくなるとのことです。


 僕達の馬車が前に出て、少し待っていると幌馬車が動き出したので、マイジュさんも馬車を走らせる。


「もうすぐ森を抜けそうですね。」

 幌馬車と、ずっと後ろに付いていた馬車を引き連れるように30分ほど走ると木々の切れ目が見えてくる。

 時刻は14時になりそうな時間で、『カロライ』を出てから2時間程が過ぎていた。


 森を抜け、草原の中の街道を数分走ると、休憩所に着いた。

 僕とマイジュさんは馬を休憩させる為、水と藁などの食事を与えていたら幌馬車から護衛の兵士達3人が近づいてくる。

「先ほどはありがとう。」

 魔獣遭遇での手助けに対する儀礼的な挨拶でした。

 マイジュさんと僕も、儀礼的な返し言葉で返事をします。


 傭兵業は危険な仕事だけど、見返りは普通よりちょっといい位。

 仲間同士で助け合うのは、当然の礼儀なのです。


「ここから街までは、魔獣が殆ど出ないから俺達はすぐに出発すると思う。先導ありがとうな。」

 30代くらいの気さくな笑顔を見せるおじさんが、手を上げて別れの挨拶をした。


 僕とマイジュさんは「お気をつけて。」と彼らを見送った。


「僕達はお弁当を食べましょうか。」

 この休憩所でお弁当を食べる段取りだったので、軽めの昼食にしていたから丁度お腹も空いていました。

「はい、馬車の中で食べましょうか。」

 マイジュさんが言った言葉に、僕はテーブルと椅子を買ってきたので外で食べれると答えると、少し考え込んでいます。


 ん? 

 僕はその反応に疑問を浮かべていると、

「今日は馬車の中にしましょう。少し気になることがありますから。」

 真剣な顔のマイジュさんに僕は「はい。」とだけ返事をして馬車の中に入った。


 僕達が馬車の中でお弁当を食べていると、幌馬車が出発し、後ろを付いて来ていた馬車も出発していった。

 それをマイジュさんが目で追っていたので、『気になる事』って言うのは、あの馬車の事なのかと僕は推測した。

 だけど、マイジュさんがその事を口に出さないので、今は僕も聞かない事にしました。


 お弁当を食べ終えて、外でアイザと草原に寝そべったりして少し休憩した後、僕達も『シュラブ』に向かって馬車を走らせる。


 草原からの心地いい風が、騎手席にいる僕に当たる。

 そして魔獣に出会うことなく、空が赤く染まった17時に宿街『シュラブ』に到着しました。



 旅の情報誌で、一番いい宿を選んだ僕は、ロビーにいる鎧姿の人達の多さに驚いていた。

「あの人達って、皆さん傭兵なのですよね。」

 マイジュさんが「そうです。」と答える。


 元々は小さな街だったけど、魔王島発見後、魔物討伐で生計を立てようとする傭兵達の入り口の街として発展。一番東にあるので、魔獣の数も少なく、小さな魔物が多いということで、初心者の傭兵が沢山住んでいる。

 とは聞いていたけど、高級宿を使っている人達がこんなにいるとは思いもしなかった。


 僕は驚きながらも二部屋を頼み、従業員に案内されて部屋に向かう。

「傭兵の方が多いのですね。」

 40代くらいの男性執事さんが苦笑いをして愚痴を溢し始める。

「ここ数年前から、DランクやCランクの人達が西に移動しないでずっとこの街にいるようになって、魔物討伐で得た収入で豪遊するようになったのです。」

「そうなのですか。」

「はい。宿の料理店も、今では傭兵達の溜り場となってしまい、静かに食事を楽しめなくなりました。なので、お客様にはご説明をさせて頂き、部屋での食事もご用意出来ますので、遠慮なくお申しつけて下さい。」


 執事さんは部屋の前で深々と頭を下げて、最後まで申し訳なさそうな笑みで帰っていきました。


「マイジュさん、食事は各自の部屋で食べる事にしましょうか。」

「そうですね。面倒事は避けたいですから、そうしましょう。」

 僕達の部屋は隣同士にだったので、何かあれば壁を叩く事にして、それぞれの部屋に入りました。


「アイザ、この街は明日に出発しようか。」

「うん。そうする。」


 その夜は、マイジュさんの部屋で少し話をした以外は、ずっと部屋から出ることはなかった。

 こういう前フリの後は、チンピラ的な人達が絡んでくるイベントが発生するのが定番。

 なので僕は、アイザとずっと部屋に居ることにしたのです。

 アイザを嫌な気分にさせたくないからね。


「ねぇ、ハルト。もう一緒に寝ないの?」


 さすがにダブルベットの部屋を頼むのはマイジュさんとエイルさんが何か言ってくるだろうし、受付に言うのも恥ずかしいから、普通の二人部屋にしたけど…


「アイザは寝相がいいし、一緒に寝れるんじゃないかな?」

「ほんと? やったぁ~!」

 アイザが凄く嬉しそうに笑っています。

 そんな可愛い姿を見せてくれるから、断れないんだよな。

 

 食事も部屋で済ませ、今日はアイザとのんびりと早めの就寝をすることにしました。


 シングルベットに二人一緒に寝てみたけど、よく考えたら、こっちの人用の大きい体に合わせた一人用だったので、小さい僕とアイザが一緒でも、あまり窮屈じゃなかった。

「おやすみ、アイザ。」

「おやすみ、ハルト。」


 定位置になってきた僕の胸枕。

 僕も慣れてきたのか、アイザの重みを心地いいと感じながら、すぐに眠りについた。




 アイザは嫌な臭いで目を覚ます。

「なに? え! これって催眠効果あるやつじゃない! ハルト! ハルト!!」

 揺すっても、目を覚まさないハルト。

 アイザは部屋の扉の外に気配を感じる。

 臭いの元も、扉の隙間から流れてきている。

「ハルト!」

 アイザはハルトを起こす為に、唇を合わせる。




 僕は、何か暖かいものが顔・・・いや、口の中? に感じる。

「ん・・・」

 少し息苦しさを感じて、僕は目を覚ます。


 なぁっ?! え? アイザがキスしてる!


 僕は驚きの余り、顔をそむけてしまう。

 「アイザ、どうしたの?」と、聞いた瞬間、僕は甘い臭いのような異臭を感じる。

 そして、目を覚ました僕は、部屋の中が薄い靄のようなものが漂っているのに気付き、アイザが不安顔で扉を指差す。


「アイザは奥の脱衣部屋に隠れてて。」

「うん。でも、ハルトも来て。催眠効果のガスがまだ入ってきてるし、このままだと私の解毒も10分くらいしか持たないから。」


 そうか、相手は深く眠らせてから侵入しようとしているのか。

 だとしたら、ガスが充満して確実に眠ってからだろうし、今はアイザの提案に乗ったほうが良さそうだな。


 僕は頷き、アイザと一緒に脱衣部屋に入って服を着る。

 そして、息を潜めて待つ事にした。


「ところでアイザ、解毒ってさっきのキスの事?」

 僕にしがみ付くように傍にいるアイザに、小声で尋ねる。

「そうよ。体から毒を吸い取って、あと抵抗力を付けるのに唾液をちょっとね…」

 途中から恥ずかしくなったのか、小さな声がさらに小さくなっていた。

「ありがとう。助かったよ。」

 僕はアイザの頭を撫でる。


 という事は、またキスをするという事だよな…

 今度は不意打ちとかじゃなくて、向かい合ってするんだよな…


「じゃあ、そろそろ効果きれると思うから…するわね。」

 上向きで、僕を誘うアイザに息を吞み込む。


 流石にこの状況で、躊躇している場合じゃない。

 解毒しないと、アイザを危険な目に合わせてしまうからな。

 この状況だからこそ、僕はアイザを意識しながらも、冷静になって唇を重ねる事が出来た。



 脱衣所に入ってから2度目のキスをした時、部屋の入り口の扉の開く音がした。

「来たみたいだね。アイザはここで待ってて。」


 僕は事前に、シーツの中にカバンやタオルを入れて、寝ているように見せる細工を施した寝室を脱衣部屋から覗き見る。

 靄の中、小さく揺らぐランプの灯りに照らされたのは、強固な筋肉を誇示する男二人だった。

 

 男達がベットに近づき、脱衣部屋に背を向けた瞬間、僕の蹴りが男を壁に叩き付ける。

 二人目も、身構える前にボクシングのように顔・腹・顔の順番に3連撃を打ち込み吹き飛ばす。


 一人目がうめき声をあげながら動いたので、軽く胸を蹴り、もう一度壁にぶつける。

 床に倒れた二人目も、意識が残っていたので追撃の踏み蹴りを入れる。


「おい!」

 リビングから鎧姿の男が寝室に入ってきたので、僕はその男を思いっきりリビングに向かって蹴り飛ばす。


「ドォーン!」

 派手な音を立てて壁に激突した男に気を取られていた4人目の男も鎧を着ていたので、足払いからの、柔道技の襟を持つ代わりに鎧の縁を掴んで床に叩き付け、鎧ごと鳩尾に追い討ちの打撃を入れる。

 流石に鎧を着ている二人は身体強化を使っていたようで、よろめきながらも立ち上がっていた。

 腰の剣に手をかけた二人の男に僕は『ミラージュ・ハンド』で心臓を掴む。


 僕は悩んだ。

 侵入者の意図を聞くために殺さずに気絶させるつもりだったけど、アニメのようにはやっぱり無理なようです。

 寝室で倒した二人も立ち上がっていました。

 両足の骨を折るべきだった・・・そう僕は後悔し『ミラージュ・ハンド』に力を込める。


 鎧の二人は呻き声を最後に、その場に崩れ倒れる。

「あっ! あにきー! うっぁあ!」

 短剣を構えながら寝室からリビングに戻ってきた男の叫びが空しく響き、突然襲った激痛に喚き声をあげて倒れていく。

 僕が斧を1本取り出して、両足の脛を叩き潰したのです。そして腕も使えないように叩き折りました。

 最後の一人、寝室に残っていた男も同じように四肢を砕きリビングに投げる。



「ハルトさん!」 「ハルト!」

 マイジュさんとエイルさんが部屋の扉を開けて入ってきました。

「これは?!」 「え? 火事?」

「エイルさん、これは毒系の香煙です。窓を開けて外に出さないと。」

 マイジュさんが煙の正体に逸早く気付き、リビングの窓を開けていた。

 マイジュさんの行動を見て、僕も寝室の窓を開けに行く。


「ハルトー。風を起こすからー。」

 僕が窓を開けると、送風機のような風がリビングから入ってきて、一気に部屋の靄が晴れました。

 リビングのエイルさんが風魔法を使ったみたいです。 


「アイザ、もう大丈夫だから。」

 脱衣部屋から出てきたアイザを、僕は両手で包むように抱擁する。

 少し震えていたように見えたから。


「うん。よかった。ハルトが無事でほんとうによかった。」

 抱きしめたアイザの、硬くなっていた肩の力が抜けていくのを感じて、僕は「アイザのおかげだよ。」と、感謝の笑みを見せた。

 

 僕はアイザとリビングに戻って、起きた事をマイジュさんとエイルさんに話した。



「何が目的ですか?」

 マイジュさんが剣を抜いて、四肢を砕かれて動けない男の一人の顔に剣を突きつける。

 当然、簡単に口を割る事はないです。

 痛みを堪えながら男は黙っていた。


「あなた達は、『ノワロ』から私達の馬車を追跡していた人達ですね。」

 マイジュさんの言葉に僕は、昨日のマイジュさんの言葉を思い出す。


「もしかして、アイザさん目当てって事?」

 エイルさんの言葉で、僕は一つの出来事を思い出す。

 水の女神が祭られていた遺跡での、神官との会話だった。


「あの遺跡の神官が…」

「どういう事ですか?」

 マイジュさんに、『フォロニア遺跡』の神殿での出来事を話した。


 僕が神殿の事を話し終えた時、騒ぎに気付いた宿の執事が部屋に来たので、不法侵入された事を伝え、死体2つと生きている二人を、駆け付けた街の治安兵に渡す。

「本部に連行後、自白剤で真相を聞き出しますので、明日の朝に本部まで来て貰えますか。」

 マイジュさんが即答で「判りました。」と答えていた。



 僕は宿の執事に宿泊部屋を換えて貰い、マイジュさんとエイルさんに部屋に来て貰った。

「自白剤ってあるのですね。」

「はい。今回のように、犯罪を犯した者を処罰するのに使います。それと、私達の正当性を確認する為もありますね。」


 なるほど。だから、マイジュさんは即答してたのか。

 

「それにしても、よく催眠香煙に気付きましたね。もし、気付かずに眠りってしまっていたらと思うと…」

 マイジュさんが、辛く息苦しそうな顔を見せている。

 僕は、アイザが気付いて起こしてくれた事を話した。


「香煙の中で、どうやって我慢してたの?」

 僕は、エイルさんの言葉に「えっ?」と返事を返してしまい、考えて無かった事に、冷や汗を背中に感じていた。


 やばいです…


「えっとぉ~…気合?」

 僕は硬くなった顔を、強引に笑顔に変えてエイルさんに見せる。

「そう、耐性があるのかもね。異世界人だからなのかな?」


 なんとか誤魔化せたぁ…『異世界人』設定便利だな。


「なんにしても、明日の治安本部に行ってからですね。」

 マイジュさんの締めの言葉で、僕とアイザは寝室で寝る事にしました。

「念のため、私はここで護衛しますね。」

「じゃあ、私も一緒に。」

 マイジュさんがリビングのソファに座って朝まで居ると言ったので、エイルさんも残る事になった。


 まあ、誰を襲ったのか判らない状態だし、エイルさんだけ独りにするのも怖いからね。



 僕はベットに横になる。

 マイジュさん達がリビングにいるので、アイザは隣のベットで横になっている。

 やっぱり、気の高ぶりが収まらない。

 判っていた事で、僕は明日からの事を考えるつもりだった。


 アイザが狙われてる。たぶん、神星魔法絡みなんだろうな。

 もっと、観光とか色々したかったなぁ…

 マイジュさんとエイルさんを、これ以上巻き込む訳にもいかない。

 エイルさんと約束したし、魔王島までの観光は、アイザを送ってからやり直すしかないか…

 

 魔王島まで、残りの日数は馬車旅で20日ほど。

 ここから、南下しながら大陸の最南西の海岸を目指し、そこから海岸線に沿って北上するルート。

 大きな山脈が邪魔をして、迂回しないとならないのです。

 だけど、ここからの直線距離だけ見ると、100kmほどしかない。

 そう、たった100kmなのです。

 時速100kmで走れば、1時間で着く距離です。

 旅の途中から、僕がアイザを抱っこして走れば、数日あれば魔王島まで行けるのは、すぐに気付きました。

 馬車おっそいからね…

 だけど、アイザと旅行したいからその事は黙っていた。

 ここから100kmほど。

 さすがに、アイザを抱っこして全速力で走って、万が一にコケたら大惨事なので、時速50キロくらいで走るけど、それでも2時間。

 山脈を越えるから2時間余分に見ても、4時間ほど。

 もう、日帰りコースです。


 アイザが狙われてるって判れば、僕はそれを実行しなければならない。

 僕は不意に、さっきの事を思い出し、仰向けになって両手を伸ばす。


 軽かったな…

 魔獣の方が、もっと重たかったな…


 二人の人間の心臓を、僕は握りつぶした。

 心臓が動いてる鼓動は伝わっていたけど、その時の躊躇いも、今も罪悪感は無い。

 『守るために相手の命を奪う。』

 僕はその行動理念は、人間の本能なのかも知れないと感じた。


「ごめん、アイザ。僕の所に来てくれる。」

 隣のベットから、何も言わずに僕の腕の中に収まったアイザを抱き寄せる。

 アイザの温もりを感じ、守れた実感と安堵で、僕の心が安らいでいくのが判る。


 ああ…良かった。

 たとえ本能だとしても、命を消した重みは、ちゃんとあったよ。



 翌朝、日が出た早々に朝食を済ませ、僕達は馬車で治安本部に向かった。

 話を聞いて、直ぐに次の街に向かう為だった。

 石で出来た強固な砦が、戦争後の今は治安本部となっている。

 馬車に乗ったまま、砦門から少し進むと石壁が張り出したような建物があって、その木の扉の前に立っている兵士に止められる。

「何用だ。」

「昨晩の1時過ぎ、宿に泊まっていた部屋に襲撃された者です。賊の目的を聞きに来ました。」

 マイジュさんの返事に、兵士が怪訝な顔を作る。

「なんの話だ? 昨晩は、酒を飲んで暴れた傭兵らを連行しただけだったぞ。」


 騎手席に座っていた僕とマイジュさんは顔を見合わせる。

「あの治安兵も仲間だったって事でしょうか?」

 僕の言葉にマイジュさんが同意の頷きを見せる。

「その可能性が大きいですね。ですが、ここの隊長から確認だけはしておきましょう。」

「そうですね。 連絡ミスとかかも、しれませんしね。」

 マイジュさんが隊長クラスの人物と話をしたい事を兵士に伝えると、承諾してもらえました。


 馬車の中にいたエイルさんとアイザに説明した後、馬車を端に寄せ、僕達4人は木の扉を開けて詰め所に入る。

 詰め所には、10人ほどの鎧姿の兵士が雑談など、緊張感が感じられない姿で寛いでいた。


「用件は何だ?」

 受付台のような場所に居た兵士が、マイジュさんに雑な言葉を投げる。

 マイジュさんは横柄な態度に気にしない様子で傭兵カードを見せて、昨晩の事を話した。

「知らないな。」


 予想通りの兵士の返答から始まったやり取りは、この砦の最高責任者だという騎士まで話を通したけど、やっぱり答えは変わらなかった。


 これ以上は無駄だと判断した僕達は馬車に戻り、砦を出た。

「マイジュさん。取り合えず、次の街を目指しましょうか。」


 疑い始めたら、切りがなかった。

 治安兵が嘘をついている可能性…

 部屋に来た治安兵が襲撃犯の仲間の可能性から、宿の執事も関与している可能性…

 そして、治安悪さから、この街全ての人間を疑いだしていた。


「この街に居ること自体が、危険な気分になってきました。」

「そうですね。相手が判らない以上、この街にいるべきではないですね。」

 マイジュさんも同じような危機感を感じていました。

 なので昼食用のお弁当を買って、僕達はすぐに街を出て、次の街『ラング』を目指した。



 僕は4人での馬車旅が最後になる寂しさを、嚙み締めながら馬車に揺られていた。

 街道を2時間ほど走ると、荒地だった周囲は大樹が並ぶ森の中になる。

 前後に馬車は無く、襲撃される心配は無かったけど、魔獣が頻繁に出始め、感傷に浸る事が出来なくなっていた。

「これで、5匹目。ここの森は単体行動が多いのかな?」

 森に入ってからの魔獣遭遇は、全てが1匹ずつだった。


「そうかもしれませんね。出会う魔獣もトカゲ系の大型のものばかりですし、群れで行動しないのかもしれません。」

 マイジュさんもトカゲ系は初めて見るのが多いらしく、馬車の運転に、いつもより緊張感が伝わってきます。


「なっ! まさか!」

 マイジュさんが声を発しながら、車輪に繋がっているブレーキレバーを突然引き、嘶きを上げる馬を手綱で押さえて馬車を急停止させた。


 マイジュさんが馬車を止めた理由は、一目瞭然でした。  

 僕達が進む前方の街道の上に、巨大なドラゴンが空から降りたのだった。

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