第3話 旅は道連れですよ。
僕は7時過ぎに目覚める。
馬車の出発時間は9時。あと2時間です。
「アイザぁ~朝だぞ。」
丸まっていたアイザが、もそもそと動き出す。
「んぅ~ぁあ~…もうちょっと。」
改めて確認するけど、アイザと出会ったのは1日前の深夜です。
なにこの余裕。
アイザもアイザだけど、僕も僕だなって、色んな意味で感心する。
「傭兵組合にちょっと寄りたいから、そろそろ出ないと、朝ごはん食べる時間なくなるぞぉ~。」
「起きるぉ~今起きるぅ~」
荷物をカバンに積めた僕達は、早めのチェックアウトで街に出る。
そして昨日の朝と同じ飲食店で朝食を済ませ、組合に僕達は向かっていた。
隣を歩いているアイザの顔が、ショックで呆けている。
原因は、朝食を食べた飲食店で聞こえてきた会話だった。
内容は、「昨日の23時くらいから1時間くらい、銀色に輝く巨大な竜が王都の上空を旋回していた。勇者パーティーが討伐に挑んだけど、魔王も一緒だったらしく、返り討ちにあって、勇者は瀕死になって負けたと。そして、魔王は街や城を攻撃するとこなく、帰って行ったらしい。」
僕は、アイザを連れて、通り道にあった公園のベンチに座る。
早朝の公園は僕達だけだったので、会話するのに丁度いいと思ったからだ。
「話から推測すると、迎えに来てたみたいだね。」
頷くアイザは、今にも泣きそうになっている。
昨日、お酒を飲まなければ、騒動で起きたかもしれない。僕もやり切れない思いが、込み上げてくる。
魔王が娘を迎えに来る。
普通なら考えられないけど、アイザの言動を見てきた、今なら判る。
「そうだよなぁ~。良い人っぽいんだよなぁ~」
僕は後悔を言葉にして、次に進む気力を作る。
「アイザ、ちゃんと送っていくから。約束する。」
「絶対だよ。絶対だからね。」
「アイザ、僕みたいに小指を出してくれる?」
アイザの小指と重ねる。
「ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のぉ~ます。」
アイザがクスッと笑う。
「なにそれ?」
「僕の生まれた国の、約束の誓いの言葉。」
「ものすごく、怖いわよ。」
僕は笑顔で答えた。
「僕もそう思う。」
傭兵組合に着いても、会話は当然、魔王の話ばかりだった。
「魔王ってほんとに居たんだな。」
「勇者、ボロ負けだったじゃないか。毎年の遠征で倒されてるって本当だったんだな。」
「あんな化け物、誰が勝てるんだよ。」
「俺たちとは縁のない話だろ。」
「魔王討伐の遠征隊行ったやつらが帰って来ない理由判るわ。」
「あんなの見たら、もう誰も志願しないんじゃないか?」
「なあ、魔王はどうして、街とか城とか攻撃しなかったんだ?」
「魔王、なにしに来たんだ?」
など、耳に入った話から、魔王に対する現状を少し理解できた。
「アイザ、行くよ。」
ロビーを抜けて、武器と防具が売っている店に入る。
護身用の剣、いや剣じゃなくてもいいのか。どれにしようか悩む。
実際に剣を持ってみるが、剣道の経験もない僕には、違和感しかなく、まともに扱えそうに無い事だけは、直感で理解できた。
「しっくりこないな~。チャンバラ程度でもいいのかな?」
命の奪い合いに? いやいや、駄目だろ。
ふと、斧のコーナーが視界に入り、気になった。
片手用の、ほぼL字型に三日月型の刃が大きく付いている、ごっつい斧がその中でも気になる。
僕は手に取って、ブンブンと振り回す。
「これ、良いんじゃないか?」
鎌とか、かなづちを振り回す感覚と同じだし、相手の攻撃を受けるにも、受けやすそうだ。
「これなら、持ち運びも邪魔にならなそうかな。」
刃は鋭利じゃないから、鞘とかに収めなくていいし、刃こぼれもしないし、折れるとか皆無だろうし。
「うん、これにしようかな。」
僕は同じような斧の中から、柄の部分まで鉄で出来ている一番頑丈そうな斧に決める。
あとは、アイザにも、何か持たせた方がいいよな。
そういや…アイザの戦闘力ってどれくらいあるんだ?
「ちょっとアイザ、来てくれる。」
僕は店員や客が居ない店の端に、アイザを呼ぶ。
「アイザって、お父さんみたいに強かったりするの?」
小声で付け足す。「魔王って単語は使ったら駄目だからね。」
「魔法に関しては、同じくらいよ。でも、体力とか力とか、そっちはまだ無いの。今から段々と魔族の体になっていくんだけど、150歳から段々と、200歳くらいでそうなるって聞いてる。」
なんとなくは予想はしていた。
初めて会った時の扉を押す時とか、トランクケースを持っている時とか、普通に重そうだったからな。
「じゃあ、護身用に杖とか、あった方がいいの? 魔法使うのに。」
「ううん。何も要らないわよ。それに、私の魔法は、めったに使えないから。」
「なんで?」
「全部、広範囲攻撃魔法だから。」
そりゃ、使えない。剣持った相手に、ミサイル打ち込む話だからな。
「剣とか使えたりは?」
「使えないわ。」
下手に短剣とか持たせても、奪われたりとかしたら…
「アイザは何も持たなくてもいいかな。もし襲われそうな事があれば、トランクケース振り回す方がいいかもな。」
「そうね。その時はそうするわね。」
斧は背中に背負うって装備するのが一般的なので、それ用の皮ベルトはあったけど、執事服に似たブレザーに、それは似合うはずもなく、さらに僕はリュックを背負っているから、どうしても無理があった。
「この斧を持って旅行に行きたいのですが、なにか良い方法ありませんか?」
支払いの為、レジに斧を持って行った僕は店員に尋ねる。
「そうですね。装備状態でなくてもいいのでしたら、ケースに入れて運ぶのがありますよ。武器の固定用バンドはその場で付けますので、好きなケースを選んでもらって結構です。」
ケースを選びに行くと、アタッシュケース程度の大きさから、ビリヤードのキューを入れるような長方形とか、トランクケースと同じような物まで多様なケースがあった。
「結構大きいのもあるのですね。」
「数本や、数種の武器を入れたり、防具と武器を一式入れたりしますから。」
なるほど、複数武器や鎧入れか。
鎧か~、いずれは必要になってくるのかな。まあ、その時考えよう。
斧が丁度入るケースを選んで、店員さんに斧と一緒に渡す。
「お預かりします。少しお待ちください。」
レジの横にある作業台で、手馴れた動きで斧の止め具をケースに付けていく。
「お待たせしました。お会計は合計で、銀貨6枚です。」
なんだかんだで、結構いい買い物出来たかも。
財布の残金は、金貨6枚、銀貨12枚、銀板4枚、銅貨3枚になっていた。
一通り揃ったし、ここからはそんなに使うことはないかな。
「アイザ、おまたせ。それじゃあ、馬車乗り場に行こうか。」
時刻は8時半。予定通りだった。
王都からの馬車は6路線あり、それぞれ次ぎの町までの切符しか買うことは出来ない。
天候や馬の調子で、その日にならないと出発できるか分からないので、1日分の移動しか販売しないとの事だった。
魔王島までの路線を受付で聞いたら、港町『ファルザン』に向かう路線と途中まで同じで、山頂の町『コルトン』で路線が分かれると知る。
「ファルザンか…アイザを送り届けたら、絶対に行くぞ。」
「ハルト、お弁当どれにするのよ?」
僕達が乗る馬車は『モーザン』行き、9時発、15時着。昼ごはんは各自持参になっている。
なので、馬車乗り場には、お弁当屋さんも当然居る訳です。
「そうだな、食べ易いサンドイッチにしようかな。アイザは?」
「私は、鳥串焼きセットにするわ。」
また肉のみか。
そう思ってアイザの選んだお弁当を見るとちゃんと野菜も刺さっていた。
うん。偉いぞアイザ。
鳥串焼きセット1個とサンドイッチセット(大)を買って、馬車の騎手に切符を見せる。
僕たちの乗る馬車は、アーチ型の幌が付いている馬車で、その奥に、扉付きの豪華な馬車が停まっている。
いかにも、『貴族です。』って服装の女の子と母親。
それを護衛すると思われる兵士が数人いた。
「出発10分前です。お忘れ物のないように、ご乗車お願いします。」
僕はアイザと一緒に、『モーザン』行きの馬車に乗り込む。
馬車には、奥に親子らしい夫婦と女の子。
その対面に紳士と淑女のようなカップル。
カップルの隣に傭兵らしい男性が2名座っていた。
僕たちは、親子が座っている列に座ることにした。
緊張した空気を感じるが、僕も気を張っているのは確かだし、こういうものだろうと認識する。
「君は、落選勇者君じゃないか。」
突然の発言は、前に座っている傭兵の一人から、僕に向けての言葉だった。
『らくせんゆうしゃ』ってどんな、呼び名だよ! だれが考えたんだよ!
と、思いながらも、上手いなって思った。
「昨日の今日で、その呼び名って、間違っては無いですけど、悲しいですね。」
「ああ、すまんすまん。組合の受付の子が言ってたんだ。勇者に成れなかった異世界人が、次の日に女の子を従者にしているって、大騒動になって、その時に誰かが口にしたらしい。」
「ああ、あの時の視線は、それだったかぁ…」
まあ、なんとなくは、察していたけど。
「彼女は従者ではないですよ。知り合いになって、一緒に旅に出る事になった友人です。」
僕は背筋を正して、
「僕の名前は、ハルト。彼女はアイザ。」
「俺の名前は、デバルド。で、こっちの仲間がイザルだ。よろしくな。傭兵業で聞きたい事があれば聞いてくれ。旅の雑談にはなるだろうよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「でも、どうして、僕だと?」
「神官と傭兵登録しに来てた時に、俺はロビーに居てな、その服に、そのカバンだろ。他には居ないからな。」
「ですね。」
一人の剣士が馬車に入ってくる。
また緊張の空気が流れる。
「それでは、時刻となりましたので、出発いたします。危ないですので、立ち上がらずに座っていてください。」
騎手が馬車の外から挨拶をして、運転座席に向かった。
最後に乗った剣士は、細身の長身で、美形な顔。この世界にエルフがいるのかと、疑問が浮かぶほどの美男子だった。
彼は丁寧に頭を下げて、最後尾に座る。
「まさか、『残念マイジュ』まで、相乗りするとは。」
デバルドさんの言葉に最後尾の美男子が苦笑いを浮かべて頭を下げている。
いやいや、なにこの、呼び名。
傭兵業界では、当たり前なの?
「デバルドさん。」
「ん? なんだ?」
「もしかして、呼び名って皆さん付いているのですか? えっと・・・かっこ悪い系、統一とかの。」
僕とアイザと隣の親子3人以外の人達が一斉に笑い出す。
「いやいや、かっこいい系もちゃんとあるぞ。それと、呼び名が付くのは一部の有名人だけだ。」
笑いが収まった車内は、一変して緊張感ゼロの空気に変わっていた。
「呼び名があるって事は、実力的に認めているって事と同じなんだ。卑下するために付けられた呼び名は一つも無い。お前の『落選勇者』も、あいつの『残念』も、その言葉の頭には『強い』ってのが付けられているんだ。言わないけどな。」
なんとなくは、納得したような、理解したような。
「デバルドさんには『軍神』って呼び名が付いているのですよ。」
そう言ったのは、デバルドさんの隣に座っているイザルさんだった。
「なにその、すごい呼び名。僕も出来ればそっちが良かったですよ。」
また笑いが起こり、その後は、デバルドさんの武勇伝の話とか、他の有名人の話を聞いたり、この世界の事を聞いたり、魔王の事を聞いたり、僕とアイザは有意義な時間を過ごしていた。
昼休憩の為に、馬車が小さな村に停まる。
村といっても実際は水飲み場として、街道に井戸を掘ったところに馬車関係の業者が建てた倉庫があるだけだと、教えてもらう。
馬車から降りた僕とアイザは、休憩所になっている小屋で昼食を摂っている。同乗者で同じように休憩所で昼食を摂っているのは、マイジュさんだけだった。
他は車内で食べているようだった。
食事を終えて、景色を眺めていると、タライアス行きの荷車から呻き声のような、鳥の声のようなものが聞こえてくる。
僕はアイザに伝えると、アイザも気になって、二人で見に行こうって話になった。
「行かない方がいい。」
僕の仕草に気付いたマイジュさんが、呼び止める。
「あれは、ハーピーだね。たぶん子供だろう。」
「どうして、ハーピーの子供を?」
アイザが聞き返す。
「貴族の道楽だよ。ペットとして買う輩がいるんだ。」
「ハーピーって魔物ですよね? 魔物って飼ってもいいんですか?」
「魔物って言っても、ただの鳥と大差ないからね。人を襲う事も無い、畑を荒らす程度の魔物さ。」
「そうなんですか。」
魔王にしても、魔物にしても、ちょっと僕の思っていたのとは違うみたいだ。
「人を襲う魔物も、いるんですよね?」
「もちろんだ。昨晩のドラゴンもそうだが、森には魔熊や魔虎、巨大蛇や蜘蛛とか、結構いるぞ。」
僕は、ある疑問が浮かぶ。
「ゴブリンとか、リザードマンとか人型や知能がある魔物とかって、いないのですか?」
「ああ~そういうのは、魔王島と、島に近い地域にいるとか、聞いたことある。私はまだ見たことないけど。」
これ、大半の魔物は、僕の世界でいうところの、猛獣や害獣程度ってことになりそうだな。
「そうですか。ありがとうございます。」
今度アイザにそこら辺の事を、聞いてみよう。
「そろそろ、時間だし、馬車に戻ろうか。」
アイザはハーピーの事が気になっているようだったけど、僕の言葉で視線を戻す。
「わかったわ。」
僕も、なんとかしたい気持ちはあったけど、色々と悩みながら、結局は傍観するしかない事に辿り着く。
馬車は休憩所を出て、順調に街道を進んでいく。
あと1時間ほどで、目的地の『モーザン』に到着する頃、最後尾のマイジュさんが声をあげる。
「後ろの馬車が、盗賊に襲われている。」
車内がざわめく。
イザルさんがマイジュさんを押しのける勢いで後方の確認をする。
「人数は20人以上。馬車は止められました。」
「仕方がない。我々は、ここを離脱するしかないようだ。」
デバルドさんの言葉に僕は耳を疑った。
後ろを走っていた馬車は、貴族の親子が乗っている馬車だったはず。
見捨てるのか?
「なにを言っているのです。助けないのですか?!」
「そうですよ。あの馬車には子供が乗っていたのですよ!」
マイジュさんが僕の声と合わせる。
僕は、言葉を出したあと、車内の人達の顔が目に入る。
声を殺して泣いている少女を抱きしめる母親。
苦しい顔をしている父親に、紳士と淑女のカップル。
それと、悔しさを拳に溜めているデバルドさん達。
ああ、そういうことか。
「この後の、シナリオは?! 身代わりのあの人達はどうなるんですか!」
一瞬の無言と、車内の全ての視線が僕に向けられる。
答えたのはデバルドさんだった。
「囮として、死ぬことになるだろう。」
その言葉に、怒りと憤りが入っていたのは、誰もが判っていた。
「なら、あなた達が捨てた命、僕が貰ってもいいですよね。」
「何を言っている。」
デバルドさんの言葉を制止、
「返事は?!」
僕の強い言葉に、母親が涙を流しながら、懇願するように「はい。」と頷く。
「王妃様!」
隣の父親だと思ったのは、父親役の家来だと理解する。
「アイザ、すまない。危なくなったら戻るから、ここで待っててくれ。」
「いやよ!」
即答するアイザの目が、説得に応じない事は直ぐに分かった。
ここで、独りにするよりもいいか。
「よし! 行こう。」
荷物をすばやく持って、アイザと手を繋ぐ。
速度を上げた馬車から僕は大きく飛び出し、アイザを片手で抱き上げて、地面に着地する。
馬車から飛び出す時、デバルドさんが何かを言っていたけど、聞くことは出来なかった。
「私も行きます。」
僕とアイザが立ち上がった時、隣を見るとマイジュさんが立っていた。
「どうして?」
「それを、私に聞くのですか?」
笑顔で答え、真剣な目で先を見るマイジュさんに、
「そうですね。」と僕も笑みを見せ、1kmくらい先に見える貴族の馬車に視線を向けた。
「アイザはここで待っていて。なにかあったら、大声で呼んで。」
「わかったわ。」
僕はリュックを渡して、ケースから斧を取り出す。
「では、僕は先に行ってますね。」
「先にとは?」
マイジュさんの問いに答える前に僕はもう走り出していた。
全速力で加速した僕は、兵士を追い詰めようと武器を振り回している盗賊の一人を思いっきり、蹴り飛ばす。
助走をつけてのライダーキックです。
軽く吹っ飛んでいきました。
そのまま、着地と同時に、周囲にいる盗賊を、次々に斧をテニスラケットを振るように、横で叩き殴る。
もちろん吹っ飛びます。
即死にはならないので、地面でのたうちまわってたり、林の木に激突して倒れたりしています。
走り出してから、到着するまでの時間、約30秒の間に、戦闘の素人が、無傷で勝つ方法を考えていた。
不意を付く。
攻撃させない。
囲まれない。
と、いう感じでまとまったので、僕は使える力を全部使って実行しているところだった。
僕は左利きなので、右手は『ミラージュ・ハンド』を常に発動して、相手の武器を事前に動かないように掴み、その動揺中に、斧で吹っ飛ばす。
止まっていると、襲われる危険があるので、飛び跳ねるように次から次に、盗賊に襲いかかり、武器を掴んで、斧で吹っ飛ばす。をひたすら繰り返している。
斧で切りつけるのは、まだ僕には出来ない。
盗賊といえど、人を殺める度胸はまだ無かったから。
9人を吹っ飛ばした頃、やっと僕に向けて声を出す盗賊達。
「なんだ!? どうなってやがる! ボスー!」
盗賊達の視線が林の中に向く。
馬車が止まっているのは、林と川の間の林道。
隠れて襲う事に適している場所でもあり、逃げるのにも適している。
馬車周りの盗賊を斧で殴り倒し、止めを兵士達に任せて僕は林の中に逃げていく盗賊達を追いかける。
『ミラージュ・ハンド』で足を掴み、そのまま街道に向けて投げる。
子供がぬいぐるみを投げるように、盗賊は空を飛び、高所から地面に叩きつけられる。
僕は、手を緩めない。
誰一人、逃がすつもりは無い。
逃げ回る盗賊の足音は無くなり、林の中は静かになる。そして、ボスらしい人物を見つける。
「あなたが主犯ですか?」
50は超えていそうな男は、苦笑いを浮かべている。
「まさか、お前みたいなやつを雇っていたとはな。情報が違っていたようだ。というか、お前人間か?」
「自分では、人間だと思っていますよ。」
男と対峙しながら、僕は距離を詰めていく。
「まあ、今回は失敗したが、お前の命は貰うぞ!」
眩しい光が男から放たれる。
目を庇った僕は斧を落としてしまった。
咄嗟に後方に飛びあがり、視力が回復する数秒をなんとか稼ぐ。
視力が戻りかけた時、火の玉が僕を直撃する。
実際には、両手に重ねた『ミラージュ・ハンド』が盾になって防いでいた。
「ざまあないな。」
そういった男の顔が苦痛に歪んでいく。
油断した男に僕は、12メートルの所まで詰め寄っていた。
『ミラージュ・ハンド』
僕に出来ないことは出来ないけど、ミラージュ・ハンドだから出来る事もいくつかある。
半径12メートルの中なら、どこでも発現出来る。
それは土の中でも、壁の向こうでも、人の体内でも。
実際に検証したのは動物までだったけど、出来る事は判っていた。
幸いなのは詳細な感触が無い事。
もし、『ミラージュ・ハンド』にリアルと同じ感覚があれば、生き物の動いている心臓を直に触るなんて事、気持ち悪くて出来ません。
「なぁ! あぁああ、うぅああ」
僕は心臓を握ったまま、ゆっくりと近づき、男の胸ぐらを掴んで街道に向けて投げる。
悲鳴に近い声を上げながら、林の外に落ちた音を聞く。
「よし! これで全部かな。」
斧を拾い、林をもう一度見渡しながら、貴族の馬車がいる街道に戻ると、止めを刺している兵士と、マイジュさんがいた。
「最後に投げたのが主犯の男だと思います。」
兵士達が僕に向かって敬礼をしている。
「皆さん、ご無事ですか? 馬車の中に親子が居たと思ったのですが。」
「はい。貴殿のおかげで、車内の親子もご無事です。」
敬礼の型をまだ続けていたので、
「礼はもういいですよ。生きている盗賊もまだ居ますし、あとはそちらに任せてもいいですか?」
「はい、直ぐに終わらせます。」
マイジュさんが困った顔で僕を見ている。
「マイジュさん、どうかしましたか?」
「いや、私は必要なかったかとね…」
「いえいえ、マイジュさんが居てくれたので、アイザを少しの間だけでも、気にしなくてよかったので、こっちに集中出来ました。」
「そういって貰えると、少しは気が楽になる。」
馬車の扉が開いて、母親と女の子が安堵の顔で出てきた。
母親の女性が僕に頭を下げる。
「ありがとうございます。是非、お礼をさせてください。」
ごく自然の流れだったので、僕は考えていたセリフをいってみる。
「僕の連れがこの先で待っていますので、『モーザン』まで一緒に乗せてください。もちろん、このマイジュさんも入れて3人になるのですが、良いですか?」
当然、呆気に取られた顔になる女性に、
「それじゃ、連れが心配しているので、先に戻ってます。そこで、拾ってくださいね。」
「あっ、はい。」
彼女の返事を聞いた僕は、アイザの待っている所まで、全力で戻った。
トランクケースを椅子代わりに座っているアイザに僕は大きく手を振る。
「終わったよぉ~。」
「そうみたいね。随分嬉しそうだけど…」
アイザが差し出した水筒の水をゴクゴクと飲み、
「そりゃ、初めての人助けが成功したからね。誰も死なせなかったよ。」
「わたしは、ちょっと心配だったんだから。でも、おめでとう。良かったわね。」
不機嫌な顔から笑顔になったアイザに、
「そうだよね。心配かけてごめん。それと、ありがとう。」
「まあ、いいわ。で、これからどうするの?」
僕とアイザを拾った馬車の車内には、親子の二人と、兵士一人、僕とアイザの5人だった。
残りの兵士は騎手席に詰めて座って、溢れた人は馬車に後ろに摑まっている。
屋根の上でも僕は良かったけど、さすがにそれはさせて貰えないだろう。
恩人として、ここは素直に受け取るところ。
「あらためて、ほんとうにありがとうございます。経緯はマイジュさんから、お伺いしています。」
「僕も、マイジュさんも、自分が後悔したくない行動をしただけです。結果的に救えましたけど、自分の身が危険になってたら、逃げてましたから。」
そう笑いかけて、少女と母親の笑顔を見た時、また同じような身代わりとして生きていくのかと、息苦しい感情が溢れ出す。
そして、なんでマイジュさんはドアの外にしがみ付いている?
窓から顔だけを入れているマイジュさんに違和感しかなかった。
「マイジュさん?」
「ああ、私の事は、気にしないでくれ。密室に居るのが駄目なんだ。」
なるほど、だから最後尾に座ってたのか。
「そうだ、ハルトさん。君が倒した盗賊の主犯者、懸賞金がかかっていた人物だった。『残虐の魔道師ミルジア』戦争時代は数々の功績を残した英雄だったが、真実は人を殺すのが趣味なだけの悪党だったんだ。戦争が終わると、その性格から、沢山の人を無慈悲に殺していたんだ。なんと、懸賞金は金貨300枚。凄いじゃないか!」
マイジュさんが意気揚々と僕に語る。
「だからかぁ~。どうりで希少価値の魔術を使える人だった訳ですね。」
デバルドさん達との会話で、魔術を使えるのはごく一部の適正を生まれ持った人間だけで、少しでも魔法が使えると、国の優遇とかあったり、実用レベルの魔法を扱える者は、待遇もよくなるって聞いていた。
だから、盗賊の中に魔法使いは居ないだろうと高を括っていたのだ。
もし、魔法使いが居ると知っていたら、魔法使いとの戦闘は、未知すぎて救助を躊躇っていたかもしれない。
「金300枚かぁ~凄いですね。あっでも、僕は止めさしてないし、連れても来てなかったですよね? 証明する事、出来ないんじゃ?」
「それは大丈夫だ。盗賊はその場で討ち取るのが当たり前だし、ミルジアの頭部だけ持ってくれば証明になる。」
なんか怖い発言きた。
僕は車内の座席や足元を見渡す。
同じようにアイザも怯えるような目で辺りを見ていた。
「ちょっと、今ここに乗せてるの?」
アイザの声は震えている。
「いや、外にある。血の匂いがするし、馬車の後ろにある。」
胸を撫で下ろす、僕とアイザ。
「懸賞金…それって、傭兵組合に報告ってことですか?」
「ああ、もちろんだ。功績としても残るから、傭兵ランクも上がるとおもう。」
よくあるランク制度も、この世界にもあったのです。
僕は初登録でFランク。最高はAランクまである。
「それは、僕的には、遠慮したい事なんですよね。」
マイジュさん含め、アイザ以外の人達が僕の発言に疑問を投げかける。
「目立ちたくないってのが、一番の理由で、今はアイザと一緒に旅を楽しみたいって思ってます。だから最低でも、旅が終わるまではクエストを受けないつもりなんですよ。ランクが上がるって事は、それ相応の依頼がきたりするんですよね?」
マイジュさんが頷く。
「なるほど。なら、今回の懸賞金はどうしたらいいのか…」
捨てるのはもったいないし、出来れば、欲しいのは本音。
「マイジュさんって、主犯の人と戦ったとしたら、勝てますか?」
「一対一なら、負けない自信はある。」
おお~! すごい人だった。
「なら、マイジュさんが倒した事にしてくれませんか?」
「なぁっ! なにを言っているか判っているのか? 金300枚だぞ! もぉっ! もっらららあってもいいっつのか!? …いや、受け取れない。それはぁ。」
判りやすい反応ありがとうございます!
もう一押し。
「じゃあ、僕のランク保持の為に、代わりに報奨金の受け取り人になってれませんか? 報酬は金貨200枚で。」
マイジュさんは、黙って考え込んでいた。
「金貨150枚で、その依頼をうけよう。」
「はい。金貨150枚で交渉成立ってことですね。ありがとうございます。」
上手くいったぁ~!
「と、いう段取りですので皆さん、口あわせお願いできますか?」
命の恩人の頼みに、異を唱える者は当然いない。
馬車がゆっくりと停まる。
まだ景色は街道の途中だった。
「デバルドさんが馬に乗って戻ってきました。」
扉の外にいたマイジュさんが車内に伝える。
馬車はゆっくりと走り出し、馬に乗ったデバルドさんが並走しているのが見えた。
すでに『モーザン』手前だったらしく、10分ほどで、馬車は街に入る。
入ってすぐに、馬車は停まり、僕とアイザは促されるように馬車から降りた。
目の前に待っていたのは、僕達が乗り合わせた人達。
たぶんどこかの、王妃と姫様とその一行だろう。
王妃たちが深く頭を下げている横で、小さな姫様が大粒の涙を落としている。
ずっと泣いていたんだろうな…息をするのも、やっとって感じだった。
馬車から、身代わり役だった親子が降りるのを見たお姫様は、今にも駆け出しそうになっている。
「我慢しなくていいよ。」
僕の合図に姫様は駆け出し、二人の女の子は、互いに抱きしめ合い、涙を流していた。
「ありがとうございました。何にも変えられない大切な者を失わずに済みました。本当にありがとうございます。」
王妃の言葉には、それが本心なのだと判るほどの重みが伝わってくる。
納得いかないのは、僕がこの人達の現状を知らないからだ。
小さな姫の身代わりを立てなければならない、理由があるのだけは判る。
だけど、僕は、納得できない。
この人達の苦悩と痛みを、僕は知らないから。
「僕の方こそ、あの時、怒鳴ってしまってすみません。苦渋の選択をされていたことは判っていましたが、自分の納得の出来ない感情だけで、動いてしまいました。」
僕はデハルドさんに頭を下げる。
「デハルドさんにも、任務を守るために動けなかったと、冷静になれば判ることでした。すみませんでした。」
「いや、いい。君があの馬車に乗り合わせてくれた事の幸運を、今は素直に喜んでいる。ありがとう、心から感謝している。出来れば、この後、君の武勇を聞きたいのだが、どうかな?」
正直、風呂入って、ご飯食べて寝たいです。
「今から、マイジュさんと傭兵組合に行って、懸賞金を貰いにいこうと思ってましたので、その後…宿とって汗を流してからでもいいですか?」
デバルドさんの眉が動いた。
「なに?! 盗賊に指名手配者がいたのか!」
「えっと、だれでしたっけ? マイジュさん。」
僕は、マイジュさんに話を振る。
「『残虐の魔道師ミルジア』です。盗賊の主犯だと思われます。」
「二人で倒したのか?」
僕は直ぐに、
「いえ、マイジュさんが倒しました。」
デバルドさんの眉がまた動いた。
「そうなのか。凄いじゃないか。やつの魔法をどうやって防いだ。その話も聞かせてくれないか。」
「えっ…あっ。はい。えっと…あとでもいいですよね。早く、頭部持って手続きを済ませたいので…」
へたです!嘘つくの下手だよ、この人。
目が泳いでるよ。
デバルドさんが、めっちゃこっち見てるよ。
布袋を手に取ったマイジュさんが、慌てるように歩き出す。
「アイザ、僕たちもいこっか。デバルドさん達も今日はここで泊まりですよね?」
「ああ、皆ここで一泊する。」
「じゃあ、今から…いや、20時に傭兵組合に集合で、良いですか?」
「了解した。」
僕はアイザと一緒に早足でマイジュさんの後を追った。
傭兵組合で、『残虐の魔道師ミルジア』の頭部を差し出し、懸賞金を貰ったマイジュさんは、周囲からの視線と声をかけられたりしている。
僕とアイザは、入り口から離れて見ていた。
「マイジュさんって、結構人気あるね。」
「まあ、あの顔で実力あるなら、当然じゃない。」
「アイザの好みも、あんな感じ?」
「わたしはもっと逞しくて、男らしい人が好き。パパみたいな人ね。」
ハードル高そうだな。
でも、魔族って大抵そういう感じのばかりが居そうな気もする。
賞金袋を持ったマイジュさんが入り口に戻ってきた。
「おまたせ。それじゃあ、宿探しにいこうか。」
「はい。マイジュさん、浴槽のある宿って判りますか?」
僕は、情報誌の『モーザン』のページをめくって見せる。
「僕とアイザは文字が読めないので、地図マークはそれなりに覚えたましたが、詳細な文章はまったくだめで。」
「ああ、なるほど。私は何度か立寄った街だから、実際にある宿を知っている。数軒あるが浴槽以外で求めるものは、あるのかな?」
「そうですね。もちろんお湯が出る浴槽と、寝心地がいいベッドで。ついでに景色がいい部屋だと嬉しいですね。」
「なら、一軒心当たりがある、ここだ。」
地図の右上にある宿を指していた。
「結構、遠いですね。」
「徒歩20分くらいってところかな。」
「もう、歩きたくない。」
アイザの拗ねた言葉が返ってくる。
同意、歩きたくないです。
「ここまで来るのにも、10分くらい歩いたからな~」
バスとかタクシーとか、この世界もあるのかな?
「街中を走る馬車とかってないですか?僕のいた世界には、街を周るそういう乗り物があったんですよ。」
「あるよ。周ってはいないけど、外で白い馬車を結構見かけてたよね。あれに頼んで目的地まで乗せて貰うんだ。乗り賃は1回、銀板1枚。人数は関係なく、馬車1台の値段だ。」
なるほど、タクシーと同じ感じか。
「それ乗るわよ。絶対、乗るわよ。」
顔が魔王の娘になっていた。
ここで、乗らないって言ったら、広範囲魔法とかいうの使いそうだよ。
「乗る乗る。僕も疲れてるし、乗るから。」
マイジュさんが歩き出し、僕たちも組合から出ると、マイジュさんが指を刺している。
「大体、組合から宿に向かう傭兵達相手に、待っている馬車がいるから。」
なるほど、探す手間も無くてほんと良かった。
「私も同じ宿に泊まるから、私が払うよ。」
ここは素直に受け取るのが、ベストな選択。
「ありがとうございます。」
「私の取り分は組合に預けてきたから、残りの懸賞金、金貨150枚です。」
馬車の中で、マイジュさんから金貨が入った袋を受け取る。
ずっしりと重みが伝わる。
うん。旅費を気にしなくても良くなった。豪華な旅行にしよう。
王都で泊まった部屋よりも豪華な部屋は、寝室とリビングに分かれていた。
「銀貨1枚は同じだったのに、広いね。」
リビングを素通りして、速攻ベッドにダイブするアイザ。
「おふぅろぉおお。」
はいはい。
僕は、浴室を確認しに行き、お湯を浴槽に入れ始めて部屋に戻る。
「アイザ。今、お湯入れてきたから、入っておいで。」
「んぅ~。んっんっ」
うつ伏せに寝ているアイザは背中のファスナーを指差している。
はいはい。
ファスナーを外すと、ベッドからもそもそと起き上がり、その場で服を脱ぐ。
「これも取って。」
ブラウス姿になったアイザが、ボタンを外せと言っている。
はいはい。ってそれはどうなの?
躊躇していると、催促の唸り声が聞こえてくる。
「わかった。わかった。」
下着姿になったアイザが浴室に向かった。
脱ぎっぱなしのメイド服をハンガーに通し、風通しのいい窓際に掛ける。
ブラウスは、あとでシャツと一緒に洗うか。
ブレザーとズボンも濡れタオルで汚れ取らないとな。
17時か…
「アイザぁ~。今日は早めに出てくれよ。20時に組合に行かないとだから。」
「えぇ~…わかったぁあ。」
ちゃんと、僕に合わせてくれるアイザは、ほんと良い子。
ミニスカートのメイド服に着替えたアイザと宿のレストランに来ていた。
僕は白のジャージ上下姿。
換えの服を買っとくべきだったと後悔中です。
「アイザはどうする?部屋で待ってる?」
「そうするわ。」
早々に食事を済ませた僕は、部屋に戻ってリュックを背負う。
「鍵閉めてくから、部屋から出ないように。」
「わあぁかってるぅ。」
部屋に入るなり、またベッドにダイブしているアイザが背中を指差している。
僕はさっきと同じ要領で服を脱がせて、
「それじゃ、行って来る。」
「はぁ~い。」
走ったほうが速いと思った僕は、軽いジョギング程度の力で道路を走っていく。
商店街の服屋が目に付いたので慌てて僕は足を止めた。
時刻は19時半。速攻買えば間に合うな。
学生服とほぼ同じ色の執事服が合ったので僕はそれを選ぶ。
汚れた方だけ換える着回しが、出来ると思ったから。
時刻は19時55分。ギリギリだった。
この街の傭兵組合の建物は2階建て、周りの建物と同じような木の建物だった。
傭兵組合に着くと、デバルドさんと、マイジュさんが座って待っていた。
すぐに席に着かずに、一礼をして僕は受付に向かったのは、金貨10枚を財布に入れた残りの140枚を預ける為に。
「お待たせしました。」
デバルドさん達のいるテーブルに僕は座る。
「今回の事、二人には世話になった。俺の雇い主が改めて挨拶をしたいと言っているのだが、宿まできてくれないか。」
「そうですね。僕も聞きたい事があったし、お願いします。」
「私も時間はあるので、いいですよ。」
マイジュさんも同意したので、王妃様の泊まっている宿に白馬車で向かった。
って、僕達も泊まっている宿だった。
「そりゃそうですよね。質のいい宿って選んだら、ここになった訳だし。」
「なんだ、お前たちもここに泊まっていたのか。」
宿の最上階を貸切にして、食事も部屋で取っていると教えて貰う。
まあ安全面的に、貸し切るのは当然な事です。よくある話です。
扉の前には、囮役だった馬車にいた兵士が立っている。
部屋に通されると、紳士と淑女のカップルが立っていた。二人は世話係としての同行だったのかな?
王妃と呼ばれた女性と、身代わり役だった女性が並んで僕達を待っていた。
「来てくださいまして、ありがとうございます。私は『リビエート国』の王妃 サラティーア。」
「私は、サラティーアの妹のルシャーラです。」
身代わり役が妹?
「じゃあ、姫様の身代わりの子って?」
「私の娘です。」
身代わりの親子が、家族だったことに僕は驚き、そして思った。
「どうして、そこまでする必要があったのですか?」
胸が苦しく、痛みで、苦痛の顔を僕は見せていた。
「姫様と、女の子は?」
王妃様が答えてくれた。
「泣きつかれて、今は寝室で一緒に寝ています。」
「身代わりを立ててまで、王都に行かなければならなくなった理由をお話ししてもいいですか?」
王妃の言葉に僕は頷き、席に着いた。
「リビエート国はこの街道を西に進むとあります。王都と隣国になるのですが、以前は対立国として戦争をしていました。魔王島の存在が明らかになった後、人類が領土争いしている場合じゃないと、世界国すべての平和協定で戦争は終わりました。それから20年は、勇者の魔王討伐遠征隊の支援をしているのです。資金的な提供だけで、実質的には被害は今まで無かったのですが、リビエート領土内に『火の竜』が現れました。私達は、魔物の知識がほとんどなかったので、使徒をタライアス国王に送って、勇者様に退治をお願いしました。ですが、帰ってきた答えが、『人に物を頼む時は、直に頭を下げるものだろ。王妃自ら出向いて来い。それと、勇者は少女の願いは必ず聞くと聞いている。王妃の娘が頼めば、聞き入れてくれるだろう。』でした。」
僕は色々と推理をしてみた。
「戦争が終わったといえ、身の安全は保障出来ない。身代わりを誰かにさせる事はしたくない。でも、魔物退治は国にっとって大事な事、行くしかない。だから…こうなった。ってことですか?」
僕の言葉に王妃は、「はい。」と一言。
「なら、国の軍隊引き連れて…は、王都が黙っていないか…それじゃ、傭兵を沢山雇えばよかったんじゃ。」
「それは、考えてみれば判ることだ。要人の護衛ほど、割の合わない仕事はないぞ。自分の命の値段が報酬だからな。」
デバルドさんの言葉に、僕は納得する。
「愛国心のある俺とイザルぐらいしか、同行するやつが居なかった。」
「そうですよね。…それにしても、あの国王は見た目通りの性格だったか。大金くれたのは気まぐれだったんだろうか…」
「大金?」
デバルドさんは、僕の小さく呟いた独り言を聞き逃さなかった。
「いや、こっちの話です。」
はぁ…20年間毎年、召喚された勇者って日本人なのか?!
なんだよ、少女の願いって!
断るやつなんて居ないだろ、日本男子として!
いやっ! 外国人でも、少女の願いは聞くよな! 絶対聞くに決まっている!
っと、僕は頭の中の意識が道を外れていたので、話を戻す。
「それで、勇者様は、願いを聞いてくれたのですか?」
王妃が首を横に振る。
はい? なぜだ、勇者ソウジ。お前は日本男子だろ!
「先日の魔王との戦いで、会うことも出来ないまま、謁見も当分無理だという事で…」
あぁああああああ、そうだったぁああああ。
え? ちょっと、まて?
魔王はアイザを探しにきてたんだよね…で、アイザ寝てたから待ってる間に、勇者がちょっかい出しにきたんだよな…
アイザが寝てしまったのは、僕がワインを頼んだからで…
俺かぁああー!
「どうしました? 気分でも悪いのですか?」
はい。精神的ダメージを少々…
「いえ、大丈夫です。」
「じゃあ、また、今回のような頼みに行くための旅行をするのですか?」
少しの沈黙のあと、
「はい。たぶんそうなると思います。」
「勇者が遠征で立ち寄る時じゃダメなんですか? いや、ダメだから行ったんですよね。」
沈黙の返事で僕は理解する。
「明日からの帰路だけでもいいのですが、私達親子と妹達の護衛を、頼めないでしょうか? 国の境界までで結構です。身代わりとしてじゃなく、皆が無事帰れる為に、なにとぞ、お願いいたします。」
「護衛ですか?」
僕はさっきのデバルドさんの話を思い出す。
「それは、出来ません。」
部屋がざわついたのは言うまでもない。僕は続けて、
「僕の今の最優先は、アイザと旅をする事なんです。彼女との約束です。だから、僕は自分の命を捨ててまで、貴方達を守る覚悟がありません。なので、護衛はできませんが、今日みたいに、たまたま、一緒の馬車に乗って、自分の出来る事を勝手にするだけです。それではダメですか?」
「はぁっ! はっはっ! 上手いこと言うじゃないか。」
笑いながら僕の意図を一番先に理解したのはデバルドさんだった。
「ああ、それでいい。頼めるか?」
「はい。」
僕とデバルドさんとの会話のあと、王妃や妹のルシャーラさんから、感謝の言葉を受ける。
「で、『残念マイジュ』さんにも護衛を頼みたかったんだが。」
デバルドさんの笑みがマイジュさんに向けられる。
「年下の彼に、カッコいい事言われた後に、その質問は愚問ですよ。私も彼と同じで、ただの同乗者として、付いていっていいですか?」
「ああ、もちろん、是非頼む。」
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