第4話 世も情けですね。

 部屋に戻った僕はベッドで下着姿で寝ているアイザにシーツを掛け直す。

 もう一回、お風呂入ろうかな。


「ハルトぉ?」

「今戻ったよ。もう一回お風呂行って来るよ。」

「んっぅ。わかたぁ…わたしも入るぅ」

「じゃあ、出たら起こすから、寝てていいよ。」

 部屋に干してあったシャツとブラウスは、ほとんど乾いていた。

 二人の下着はまだ湿っていたけど、朝には乾きそうだ。

 汚れを取った僕の服と、アイザのメイド服も、良い感じに綺麗になっていた。


 僕って家事力、こんなにあったのか。我ながら関心するよ。

 2度目のお風呂は、湯船にのんびりと浸かり、明日からの段取りを考えていた。

 よし! 明日からも、がんばるかぁー


「アイザ、お風呂あいたよ。」

 もそもそと起き出すアイザが、ふらふらと脱衣所に向かった。

 大丈夫か?…


 ちょっと時間が立って、アイザが大丈夫なのかと、心配になってきた時、ふらふらと戻ってくるアイザはタオルを巻いた状態で、また髪の毛がベタベタだった。

「ちょっと、待ってろ。まだベッドにダイブするんじゃないぞ。」

 僕は急いで脱衣所のタオルを持ってきて、アイザの髪の毛を拭く。

「よし! いいぞ。寝てよし。」

「はぁあいいぃ。」


 よくこんな状態で、戻ってこれたな。

 ここは凄いと思うところだけど…

 脱衣所に戻ってアイザの脱ぎ捨てた下着を拾ってベッドまで持っていく。

 こういうところは雑なんだよなぁ~

 まあ、あの下着みたいな服装しか着てなかったとしたら、そうなるのかも。


 さて、寝るか。

 自分のベッドに横になると、すぐに眠気が襲い、考える暇も無く僕は眠りについた。


 『モーザン』の朝は早い。

 次の『ソラン』までの移動時間が9時間もかかるため。朝の8時出発になっているから。

 昨日の疲れは思った以上にあったらしく、危なく寝過ごすところだった。

 僕はアイザを起こしながら、着替えを済ませ、乾かしてあった衣類をカバンに詰める。

 アイザもやっと下着まで着ることが出来たので、そこからは僕も着替えを手伝ってあげた。

「ほら、腕入れて。背中閉めるよ。」

「んぁ。お腹空いたぁ~」

 今7時20分。今日は、朝食も馬車の中になりそうだ。

「時間ないから、お弁当買って行くよ。」

「はぁあ~い。」


 宿のロビーに降りると王妃さん達とマイジュさん、が居た。

 お姫様と女の子も元気になったみたいで、笑顔を見せていた。

「おはようございます。僕たちは朝食がまだなので、朝食もお弁当にするので、馬車乗り場に先に向かいます。」


 サラティーア王妃とルシャーラさん、その子供達は、宿まで迎えに来た自家用の馬車に乗って、馬車乗り場まで来る段取りになっている。


「私も今から行くところでした。」

 そう言ったマイジュさんと、徒歩で数分の馬車乗り場まで一緒に歩いた。

 僕とアイザは、朝食用とお昼用のお弁当を買って、デバルドさんが待っている馬車に向かう。

「よろしく頼む。」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 車内にはイザルさんと、世話係の二人が既に乗っていた。

 ここからの道中は、身代わり作戦じゃなく、普通に帰る事になったので、乗り合い馬車ではなく、貸切の6人乗りの箱型馬車と、騎馬3頭で、王妃の乗る馬車を護衛することになった。

 なので、賃金は無料になった。

 たまたま、乗り合わせるって話じゃなくなっているけど、隠す必要のない護衛を見せることで、抑制になるらしい。

 そして、昨日の盗賊撃退の話も広がっているので、追加の効果にもなっていると。 

 その功績者のマイジュさんは騎馬隊にいる。


 一番前を騎馬3頭、真ん中に王妃達の馬車、そして後ろに僕達の馬車。

 周囲の目を引きながら、一行は次の町『ソラン』に向かった。



 大河の隣にある町『ソラン』までは、何も無く無事に着く。


 山頂の『コルトン』に向かう山道も、何も無く無事に着く。


 麦畑が広がる大平原の『タサル』まで、野獣1匹すら会わずに無事に着く。


 明日は国境手前の『ラメール』へ向かう。


 「つまぁんなぁあいいいいい。つまぁんなあぁああいぃのぉおおお。」

 とうとう、アイザが口に出してしまった。

 いつものように宿に入り、ベッドにダイブするアイザ。

 護衛の旅で、何も起きない事は、嬉しい事なんだけど、アイザも僕も馬車旅がこんなにキツイとは思ってもみなかった。

 馬車の乗り心地は、快適とは程遠く、長時間乗っていると、体が痛くなる。

 それでも数年前より、乗り心地は良くなっている。

 異世界から来た勇者が、スプリングを説明し、さらに左右の車輪が車軸から離れている独立型のサスペンションを図解付きで教えたらしい。

 これは費用がかかるため、王妃さんが乗っている高級馬車の仕様で、僕達が乗っているレンタルの馬車は、車軸と一体型の車輪にスプリングを付けただけの方。

 それでも、格段に良くなったと聞いた時は、スプリングの無い馬車には、絶対に乗りたくないと思った。

 他にも、知識を持っていた勇者達が、色々と技術などをこの世界に広めている。

 でも僕には、教えるほどの知識は無いのです。


「次で国境前の町。その次で『リビエート王国』だから、あと2日の我慢だよ。」

「その後も、ずっと同じなんでしょ。」

 アイザの言う通りだ。

 護衛は終わるけど、僕達の旅はまだまだ続くのです。

「そうだよ! 旅行してないじゃないか!」

「何言ってるのよ?」

 僕は何故、ここまで辛い理由に気付いたのです。

「これは、旅行じゃない。旅だし、そもそも今は護衛任務なんだよ。」

「で?」

 アイザの呆れた返事に、

「旅は生活の一部なんだよ。そこに娯楽は入ってない。娯楽を入れて初めて旅行になるんだよ。」

「で?」

 あれ? 僕、結構いいこと言ったよね?

 なんかカッコいいセリフ言ったような気がするんだけどな…


「いや、ほら、観光とかしてなかったじゃない? 寝て起きて馬車で移動。で1日終わってたからさ、護衛が終わったら、2泊とか3泊とかして、観光しながら魔王島目指すのはどうかなって。」

 アイザがムクっと起きる。

「出来るの?」

「もちろん! アイザが急いで帰りたいってなら、無理だけど。」

「じゃあ、それでいい。」

 アイザの機嫌も良くなったみたいなので、いつものように、お風呂の準備に僕は向かった。


 

 タライアス王国の国境の町『ラメール』に向かっている。

 ここまでの道中の車内では、ずっと、この世界の歴史や、魔王の噂話などを沢山聞いた。


 やっぱり、魔物って野生の動物程度の認識で合っていた。

 魔王も人前に出た事は、この前の『アイザお迎え事件』が初めてだったらしく、魔王が直接、人間に危害を加えたとの話は一つも無かった。

 タライアス王国が召喚した勇者と、その一行が毎年、魔王島に乗り込んでは、負けて帰ってくる。を繰り返しているだけのようです。

 ただ、魔王島を海で挟んだ領土には、知能がある人型の魔物が住み着いたり、ドラゴンクラスの魔獣が暴れているらしい。

 魔王や魔物に関しては、アイザが教えてくれた事と同じだった。


 宿の部屋でのアイザの話は、もっと内容が濃かったけどね。

「20年くらい前に、魔王島とこっちの大陸の間にあった真っ黒い積乱雲が消えて、人間がやってきてから、パパ(魔王)が遊び程度に相手して追い払ったけど、勇者を連れて毎年侵攻に来るようになったの。パパはそれから暇潰しになると言って、勇者が来るのを楽しみにしてたんだけど…」

「だけど、どうしたの?」

「わたしと遊んでくれなくなったのよ!」

 ん?

「もしかして、それが勇者を殺害に来た理由なの?」

 拗ねた顔のまま、アイザが「うん。」と頷く。

 いやいや…いやいやいやいや!

「一年の内の数日の話じゃないの?」

「そうよ。毎年決まって、同じ時期に来るから腹が立つのよ! 私の誕生日なのよ!! 私の誕生日にいつもいつも、やって来るの。パパは私よりも勇者と遊んでるのよ!」


 あぁ…また、よりによって…

 これは不運と言うしかないのだろうか…

 そもそも、誕生日って100回越えてるでしょ。もうどうでも良くない?

 なんて事は、口が裂けても言えないな。


「ん? それじゃあ、アイザの誕生日ってそろそろなの?」


 この世界の1年は360日。12日を1週間とし、10日間が平日で2日間が休日。10日払いの給料は休日前に払う事になっている。

 一ヶ月は3週間。なので一年は10ヶ月になる。


「んっ~ぅん。2ヶ月後よ。」

 そっか、勇者も移動は馬車なんだろう。残りは準備とかの時間なのかな。

 でも、なんで同じ日に侵攻するんだろう。

 当然、アイザに判るはずはなかった。


 部屋での疑問は、車内でのデバルドさんが答えてくれた。

「魔王遠征隊の日程が毎年同じ理由か…それはだな、色々あるが、大きな所だと、各国の支援や傭兵の募集期限に集合、道中の宿の確保。」

 納得。これは、分かりやすい答えだ。

 毎年恒例のイベントですかっ!

 これを聞いた後で再認識しました。

 アイザが不憫です。(心で泣きました。)


「じゃあ、今年はどうなるんでしょうね?」

 勇者ソウジは瀕死の重傷だと噂だった。

「募集日程に変更は無いし、治癒魔法師が数人いれば数日で直るしな。千切れた腕も、再生するらしいぞ。」

「それは凄いですね。」

 腕を再生するほどの治癒魔法師は、この世界に10人ほどしか居なく、その内の3人はタライアスの神官だと教えてもらう。

 もしかしたら、ラニューラさんも、その一人だったりするのだろうか。

 そして、今年もアイザの誕生日に、勇者が行く事は確定らしいです。

 不機嫌になっているアイザを横目に、僕の心は号泣です。


 『モーザン」から『タサル』までの、それぞれの移動時間は、7時間以上の長旅だったけど、今回は5時間と短くなっていたから、昼休憩に、デバルドさんからの武術指導を受ける事になっている。

 半分は僕からの提案で、半分は僕の実力を知りたいと思っていたデバルドさんの提案だった。

「それでは、始めようか。」

 アイザに、王妃達までが見守る中、僕は斧を持って立ち位置に着く。


 まずは、デバルドさんの相方のイザルさんと一騎打ち。

 盾と鞘に収まったままの幅広の片手剣を構えたイザルさんに、斧を軽く撃ち込む。

「ガッシィッ!」

 っと盾に弾かれる斧から、衝撃が結構伝わってくる。

 返す斬り込みを僕は斧で受ける。  

 武器の振りは寸止め。体の手前で止めるルールの中、数度の応戦で感覚を掴んで行く。

 僕も手加減しているけど、イザルさんも手を緩めているのが判った。

「少し、上げます。」

 僕はそう言って、踏込みを軽くから、ちょっと力強くに変え、速度を上げた。

 イザルさんは、変わらずに僕の斧を受け止めるが、衝撃で少し後ろに下がる。

 返すイザルさんの剣も速度を上げていた。

 それを斧で弾き返しながら、死角になりそうな背後に回り込む。

 だけど、僕の動きに合わせた体捌きで常に盾があり、剣が僕に襲いかかる。

 僕は一度、距離を取った。

「一度、本気の踏込みをしてもいいですか?」

「来い!」

 イザルさんの笑みが僕を誘う。

「行きます!」

 全力の踏込みからの、斧を振り抜く!

 勿論、構えた盾に向かって。

 その力はイザルさんごと浮かせ、数メートル吹き飛ばした。

 しりもちを着いて、呻き声を少し出している。

「そこまで!」

 デバルドさんの終了の合図があがる。

「大丈夫ですか?」

 立ち上がったイザルさんが手を差し出す。

 立ち合い稽古の最後は、握手で締めるのが礼儀だと、この時知った。


「話に聞いてた通りのバカ力だな。」

 デバルドさんの笑い声も付いてくる。

「力だけなら、Aランクだが、捌きや立ち回りは、まだまだか。」

「そうですね。そういう武術も僕の世界にもありましたが、習ってなかったので。」

 周りの観客から、小さな拍手を受けながら僕は、アイザから水筒を受け取った。

「ハルトもまあまあね。」

 誰と比較しているのか想像できるけど、まあまあという評価はこの場合、褒め言葉じゃないのか?

 素直に喜ぶ事なのか、僕は悩んでしまった。

 それから、空手の形を習うように、基本的な足捌きや連撃を教えてもらい、午後からの道中も何事もなく、無事に『ラメール』に着く。


「やっと、明日で護衛も終わりだね。」

 お風呂の準備を済ませた僕は、ベッドにうつ伏せで待っているアイザの背中のファスナーを下ろす。

「んぅーんんっん。」

 埋めた顔ぐらい上げなさい。

「ほら、お風呂いっといで。」

「はぁあい。」

 脱ぎ捨てたメイド服をハンガーに掛けて干す。

 ブラウスは僕のシャツと一緒にお風呂で手洗いするので、手元に置く。

 新しい換えの下着などを取り出し、ベッドの横に置く。

 もう、手馴れた動作に迷いは無い!

「準備よし!」

 考えたら負けです。疑問すら抱いては、ダメです。


 夕食は、マイジュさんと一緒に食べている。

 文字の読めるマイジュさんに、注文して貰ったり、、注文の裏技的な事を教わったりと、この数日で食事の注文に関しても、余裕すら出てきた。

 アイザと僕のお風呂を、いつも待ってくれているマイジュさんに感謝しています。


 いつものようにロビーに降りると、珍しくデバルドさんが居た。

「どうかしたのですか?」

「ああ、少し厄介な事が出来た。部屋まできてくれるか?」

 アイザの「お腹が空いたぁあのぉおお。」って顔が僕を責める。

「アイザごめん。少しだけ待ってくれ。」

「しょうがないわね。」


 僕達は王妃達がいる部屋に入り、何が起きているのか聞いた。

「この町の領主が王妃達を招待してきたんだ。」

 デバルドさんの怒りの混じった声で、それが好ましくない事だと、僕は理解した。

「ここの領主は、戦争時には残虐な指導者として有名で、捕虜も容赦なく切り捨てていた。そもそも、リビエート国の王妃と姫という素性は、誰にも明かしていないのに、名指しで呼ぶ事自体がおかしいのだよ。」

 デバルドさんの声はさらに上がっていた。


 王妃様の顔色は明らかに沈んでいる。

「それでも、招待を受けないと、今後の公益に影響が出る可能性もあります。」

 僕は結論だけを取り合えず言葉にした。

「罠ですよね。」

 沈黙の同意だった。

 僕は何が最適なのかを、考えてみる。


「行かなくていいじゃない。」

 アイザの言葉だった。皆がアイザを見る。

「王妃って言えば、国の一番でしょ? なんで、領主程度の誘いに乗らなければならないの? 向こうから出向くのが筋でしょ?」

 アイザの言葉は間違っていない。

「それに、名を隠しているんだから、他人の振りすればいいじゃない。ここにいるのは、王妃じゃないんだから。」

 正論というかなんというか…ただ説得力はあった。

 僕もアイザに賛同する。

「そうですよ。他人の振りしましょう。構う事ないですよ。」


「ほんとうに、それでいいのでしょうか?」

 王妃様の懸念は拭えないようだった。


 僕は、色々と思考してみる。

 明らかに、王妃達を殺害するのが目的だと思う。

 だから、王妃達を行かせないのは大前提。

 だけど、行かなければ、今後の公益が心配だし、ここの王様がどう出るか判らない。

 身代わりなんて、以ての外。妹さん達を助けた意味が無くなる。

 誰か、代わりに…

 ん?

「妹さん達が身代わりになってたって事は、この国の人達って、王妃さん達の姿って知らないのですか?」

「はい、私達は公にほとんど出ていませんので、知らないと思います。」

 なら…

 僕はマイジュさんを見る。

「マイジュさん、女装して王妃のふりをしてくれませんか?!」



「えっ! ちょっと待て! なんでそうなる?!」

 慌てるマイジュさんに僕は説明する。

「王妃が招待に応じたという結果だけあれば、公益に支障は出ないと思うんですよ。それで、この場でリビエート王妃が滞在している事を公表してから向かえば、領主の屋敷内での殺害は出来なくなります。

 もちろん変装したマイジュさんを王妃だと宿中に広めてからです。そうすると、領主の屋敷に向かう道中か、帰り道に賊に襲わせる事しか出来ないでしょう。」

「それで?」

 デバルドさんが興味を示してくれた。

「娘さんは、夜遅いので宿で寝ている事にして、護衛は精鋭だけのメンバーで、賊を打ち倒さなくても逃げ切ればいいので。」

「それだと、宿のお姫様達の護衛が疎かになるのでは?」

 デバルドさんの意見はもっともだった。

 ん~どうしよう…


「私が姫役で行くわ。」

 アイザの突然の申し出。

「はい?!」

 僕の返事は、言っているセリフを理解出来ないから、聞き直す返事だった。

 周りの人達も当然驚く。

 僕は言っている意味を理解する。

「え? アイザ、どういうつもりなの?」

「私の腹の虫が収まらないから、ぶっ飛ばすのよ!」

 えぇ~。おなか空いてるから怒ってるの?

「いや、ご飯ならもうすぐ、食べれるから、ね。落ち着こうよ。」

 アイザの目がすわっている。

「それもあるけど、違うわよ!」

「ちょっと、まってくださいね。」


 王妃達に頭を下げて、僕はアイザを連れて、部屋の端っこで小声で話す。

「ぶっ飛ばすって、魔法で?」

「そうよ。道中なら盗賊以外居ないでしょ? だから、纏めて殺す。」

 さすが魔王の娘、やることが効率いいな。いや、そうじゃないだろ。

「魔王の娘って、ばれたらどうするの。」

「それは、「訳ありの魔道師の少女を極秘で護衛している。」って言えば誤魔化せるでしょ。」

 そんなので良いのかな~?

 まあ…なくはない設定だけど。

 僕は悩むが、本人が行くって行ってるから、いいのかなぁ…


 二人で王妃様達の所に戻り、アイザの事を話す。

「詳しくは、話せないのですが、彼女は魔道師で、身を隠しているのです。なので、戦力的にも参加出来るから、行くっていってます。」


「だとしても、君が行く理由には、ならないだろう。」

 デバルドさんの言う通りだった。

「それが、一番安全で、確実な方法だからよ。なので、王妃役のマイジュさんと、護衛役のハルトに馬車の騎手に誰か一人で十分よ。」

「そうは、言ってもだな…」

 デバルドさんの言葉に王妃達も不安の声を漏らす。

「私が良いって言ってるのだから、それでいいのよ。ほら、早く準備するわよ。」

 アイザの引かない態度に、僕は諦める。

「と、言ってますので、皆さん承諾してくれませんか?」


「私の女装については…拒否権はないのか?」

 マイジュさんの困惑した顔にアイザは、

「大丈夫よ。盗賊とかに、負けるはずないでしょ。ちょっと行って、お茶一杯飲んで、帰ればいいのよ。」

 マイジュさんも、アイザの押しに負けそうになっている。


「そうだな。『残念マイジュ』の女装は俺も見てみたい物だ。」

 デバルドさんは笑い声を漏らしている。

「デバルドさん、面白がってますよね、絶対に。」

「まあ、ハルト君の提案だ。俺もそれが一番、いい作戦だと思うぞ。騎手はイザルで良いだろう。」

 

 話が進みだしたので僕は最終確認のためにもう一度尋ねた。

「じゃあ、王妃役にマイジュさん。姫役にアイザ。護衛は僕とイザルさんで、イザルさんには馬車の騎手もお願いします。で、宿から王妃と姫が領主宅に訪問すると広めて出発。これで良いですか?」

「ああ、了解した。」

 デバルドさんの言葉に、王妃達もマイジュさんも渋々としていたが、承諾の返事をする。

「それじゃあ、マイジュさんの女装と、アイザの衣装をお願いできますか。」

 付き人のメイドさんと、王妃の妹のルシャーラさんがマイジュさんを別室に連れて行く。


 王妃の娘は10歳の女の子。身長が130cmくらいの年齢以上のしっかりした、美人顔の子。

 アイザは見た目13歳くらいで、身長が150cmくらいの童顔の可愛い子。

 これだと、スカートは誤魔化せても、腕周りに無理がある。

 なので、王妃の身長170cmくらいの上着を少し修正して着せる事にした。

 アイザの衣装選びと着付けを、王妃自らすることになり、僕達は一度部屋から出る。


「おまたせしました。」

 付き人のメイドさんが扉を開けると、どこから見ても女性にしか見えないマイジュさんと、お姫様に見えるアイザが立っていた。

 おお~! 想像通りの出来だ。

 王妃と同じ色の、淡い金色の鬘を着けたマイジュさんは、とても綺麗だった。

 胸もちゃんと盛ってある。

 アイザの金髪も似合っていて、別人だった。

「さすが、マイジュさん。似合いますね。アイザも凄く綺麗になっている。」

 アイザの自慢する笑顔が、さらに可愛さをプラスする。


「そうだな。二人とも、遜色ない出来だ。品格もある。これなら宿の人達も、疑わないだろう。」

 デバルドさんの今にも笑い出しそうな顔に、マイジュさんは呆れなのか諦めなのか、よくわからない表情を返している。


 そして段取り通り、宿のロビーで堂々と『リビエート国』の王妃と姫を演じ、僕達は先導する使者の馬車についていった。


マイジュさんは、開けられた窓から入る風を、全身で受けている。

 箱型の馬車の中で、なんとか我慢できる策がこれだった。

 流石に王妃様が、箱乗りしてたら色々と問題が出るからね。



 案内された部屋には、60歳は超えていそうな男性がテーブルの奥に座っていた。

 所謂、これもよく見る長テーブルの食卓だ。

 領主と対面する席にマイジュさんが座り、僕は、アイザが座った席の後ろに立つ。

 イザルさんが王妃役の護衛なので、マイジュさんの後ろに立っている。


 領主と名乗った男が、旅の安全うんぬんと両国の交友うんぬんのテンプレ挨拶を終えると、食事が運ばれてきた。

 これ…毒とか入ってないよな…流石に…

 僕は小声でアイザに話しかける。

「どう? 毒は入ってそう?」

「なさそうよ。睡眠剤系も、麻痺系の類もないみたい。」


 馬車の中で、食事に毒が入っている可能性も大いにあるから、食事には手を付けない話をしていたら、アイザが僕だけに聞こえるように、

「私には、毒とかまったく効かないから大丈夫よ。匂いだけでも判るし、私は食べるからね。」

 魔族の体質らしいです。

 ガッツリ食事をする気のアイザに、ダメとは言えなかった。


 アイザは気にせず食べ始めるが、やっぱり不安なので、マイジュさんは手を付けなかった。

 マイジュさんとイザルさんは、アイザの本質を知らないから、物凄く不安な顔になっていた。


「どうしました? サラティーア王妃どの、食が進んでいないようですが、食事はお気に召しませんでしたか?」

「すみません。こちらに招待される前に済ませてしまいまして、」

「そうでしたか、急な申し出でしたから、仕方がありませんね。」


 アイザの完食を見届けた僕達は、帰りの挨拶をして領主宅を出る。



「さて、このまま何事も無く、宿まで帰れるだろうか。」

 馬車に乗り込んだ僕の言葉にアイザが、

「だと良いわね。でもそれだと、少しつまらない。」

 つまらないって…アイザは襲ってきて欲しいみたいだな。

 ここで僕は、アイザのこれまでの行動を思い出す。

 … … …

 まさか、憂さ晴らしなのか!?

 それは流石に…ありえる…否定出来ない。

 僕はアイザに耳打ちする。

「もしかして、ずっと暇だったから、賊相手に、魔法撃ちたいの?」

「もちろんよ。それ以外に私がこんな事に手を貸す訳ないでしょ。」

 ですよねぇ…


 領主宅を出てから、10分くらいのところで馬車が止まる。

 道を塞ぐ様に、兵士らしい人影が数十人見えた。

 左右から逃げれないように囲むように、さらに数十人の人影を確認する。

 イザルさんが車内に伝える為の小窓を開け、現状を伝える。

「100人以上はいると思う。どうする。このまま突っ切るか?」

 馬を斬られたらそこで終わりだし、100人以上の相手となると、ちょっと疲れそうだ。

 ここは、アイザに任せてみる。

「アイザ、どう?」

「楽勝よ。ちょっと屋根に連れてって。」

 扉を開けて、僕はアイザを抱いて屋根の上に跳んだ。

 囲んでいる賊達は、先陣で死ぬのが怖いようで、じわじわと近づくばかりだった。


「じゃあ、いくわよ!」


「滅亡の理と破滅の業を抱く闇の女神ウォルザディーラ。これから起こる悲劇の傍観者に感涙となる慈悲を。」

「まもってぇ!」

 黒いガラスのような球体が馬車を包む。


「大地を灼熱の華で染めよ。天を焦がす大樹となりて、全てを灰に。狂喜の叫びを神に届けよ!」

「どっかぁあああんっ!」

 地面が揺れ、大地が赤く染まる。そして、周囲一面が赤く燃え上がり、溶岩となった大地が空に吹き上がる。


 黒い球体に護られた馬車以外は溶岩に飲み込まれていく。

 うわ…これは酷いな。凄いと言う単語を軽く超えている。

 周囲500メートルくらいの大地は溶岩と化し、その中にいる全てが、黒く焼かれていく。

 思っていた魔法と違った。

 生生しいと言うか、リアルと言うか…天災だよこれ。

 

 数分も経っていないだろう、辺り一面、黒こげになった地面に馬車が一台残っている。


「ふうぅ、爽快! どう凄いでしょ。」

 満面の笑みのアイザに僕は頭を撫でて褒め称えた。そして、

「詠唱の最後の掛け声みたいなのって、なに?」

 そう、「まもってぇ!」と「どっかぁああんっ!」です。

 めっちゃ可愛いんですけど。


「え? ママが発動しやすくなるって、教えてくれた言葉よ。」

 ちょくちょく出てくる、アイザのママって何者ですか?

「そうなんだ、アイザらしさが出てて良かったよ。」

「ありがと。」

 

 黒いガラスのような魔法壁が消えると、暖かい風を感じた。

「これ、地面まだ熱いよね?」

「そうね。あと30分くらいすれば、下がると思うわよ。」

 うん。僕もそう思う。


 馬車の中に戻った僕達は、一歩も進めないから、30分ほど休憩した。

 お腹空いた…


 宿に戻った僕達は、王妃の泊まっている部屋で、晩御飯をご馳走になっていた。

 僕はあまりにお腹が空いていたから、手の勢いが止まらず、数皿を一気に空にしてしまった。

「良い食べっぷりだ。追加の料理も頼んだから、存分に食べてくれよ。」

 デバルドさんの言葉に僕は素直に「はい。」と答える。

 マイジュさんは着替えを先に済ませると言って、別室で着替え中。

 アイザも王妃様の部屋で着替えに行っている。

 イザルさんは馬車を置きにいってる。

 なので僕一人で、ほぼ食べ尽くしてしまっていた。


 着替えが済んだマイジュさんとアイザもテーブルに着き、少ししてイザルさんが戻って来たので、食事は賑やかになっていた。

 アイザは2度目の晩御飯なんだけどね。普通に食べてます。

 食事を終えて、領主との会話や、帰り道の賊討伐の話を王妃さん達に話して、僕とアイザは自分達の部屋に戻った。


「アイザ、今日はありがとう。本当助かったよ。」

 アイザが居なければ、誰かが命を落としていたかもしれない。

 あの人数は、予想外だった。


「ハルトが居なくなったら、私が困るからね。」

 帰る為の事だと理解していても、女の子から言われると嬉しいものです。


「明日で、護衛も終わりだし、約束通り、観光とかしていこうね。」

「楽しみにしてる。」

 アイザの嬉しそうな笑顔は、ストレス発散したからなのだろうか?

 観光を楽しみにしているのだろうか?

 僕には判らなかったけど、可愛いと思ったのは確かでした。



 タライアス王国とリビエート王国の境界は、断崖絶壁の大地の壁だった。

 リビエート国の大地は絶壁の上にあり、壁を切り開いた山道をひたすら登って行く。

 傾いたままの車内を1時間ほど耐え、登りきった大地は、南北に伸びる渓谷になっていた。

「うわぁああ。」

 僕は、見たことのない絶景と、はるか下に見える谷底の恐怖に、変な声が出ていた。

「どうだ、壮大だろ。景色もそうだが、この渓谷は国境を守る要としても、国の宝とも言える。」

 デバルドさんが、自慢げに語る。

 馬車は、登りで疲労した馬の為にある山頂の休憩所に入る。

 時刻はまだ11時前。

 僕は、アイザと一緒に、草原になっている広場で寝そべっていた。


 ここはもう、『リビエート王国』の領土。

 自国に居る安心感なのか、草原を走り回っている二人の女の子は、心から楽しそうだった。

 王妃の娘の『ラミナ』、王妃の妹の娘で同い年の『サーリア』。

 10歳の女の子に、この旅は酷過ぎると思う。

 良い思い出なんて、一つも無いかもしれない。

 彼女達と、あまり話す事は無かったけど、あの笑顔を見たのは初めてだと思った。


 馬車は渓谷を越えたところにある大きな町に入る。

 戦争時からリビエート王国の軍事施設として発展してきた町『ハリメット』。

 今は渓谷観光の宿泊地として賑わっている。


 町に入ると、馬車は、強固な要塞のような建物に入って行く。

 戦争が終わってからも、軍事施設の大半はそのまま機能していて、王妃の帰りを待っていた『リビエート国軍』の兵士達が出迎える。


「それじゃ、僕達はここまでですね。」

 城塞のような建物の前で降りた僕は、デバルドさんに別れの挨拶をする。

「もう行くのか? 君の功績を称えたいと王妃様が言っているのだが。」

「もう、十分に感謝の言葉を貰っていますから。それに、僕達はただの同乗者ですからね。」

「君ならそう言うと思っていたよ。だから王妃様からの言葉を伝えておく。」


『妹の娘サーリアはあなたの物ですから、王都に来た時には、必ず王宮に来て下さい。サーリアの父親に伝えておきますから。』


「え?! ちょっとそれって、どういう意味ですか?!」

 僕はもちろん、慌てている。

「君はサーリアとルシャーラを助ける時に、言ったじゃないか。」

 あぁぁぁ…なんか、恥ずかしいセリフ言ってました…たしかに。


「いやそれは、言葉のあやですから、本当に貰うつもりなんて無いですから!」

 デバルドさんの笑みが僕を追い詰める。

「サーリアの父親が、娘を溺愛してるのは周知されているほどだ。君の口から、ちゃんと言わないと、最悪、拘束されるかもしれないぞ。」

 城塞に入っていく王妃様とルシャーラさんが、明らかに僕に笑みを向けている。

「デバルドさん。」

「ん? なんだ?」

「必ず、寄らさせて貰います。って伝えて置いてください。」

「ああ、伝えておく。」

 バン! っとデバルドさんは僕の背中を叩き、王妃さん達を追うように城塞に入っていった。


 馬車の前に残ったのは、僕とアイザとマイジュさんの3人だった。

「ハルトさん、まああれです。君達を祝いたいと思っている口実ですから。」

「ですよね。…でも、本当だったらと思うと…」

「その時は、贈り返して逃げればいいだけでしょ。」

 アイザの言葉は適当のようで、的確だった。

「そうだな。それでいいか。」

 マイジュさんも交えて、僕達は笑い合っていた。


 

 王妃の護衛も終わり、僕とアイザはこの町で数日ゆっくりする予定なので、マイジュさんとの晩御飯も最後になる。

 マイジュさんの目的地は、リビエート王国の北にある魔術師の国『ファルザ公国』。

 魔法を使える人が多く生まれている人種らしく、他国との交易もあまり積極的ではない鎖国的な国。

 魔術的なアイテムや武具などの独自の生産品があり、マイジュさんは『草原の息吹』っていうネックレスを買いに行くと教えてくれていた。

 効果は『自身の周囲のガスを無毒化し、すべて爽やかな草原の空気に変える。』

 名前からもそうだけど、消臭剤だよね。

 毒ガスまで消臭! 凄いです。


「僕達は、王妃さんが言っていた『火の竜』を見に行ってから、王都によって、次の国ですね。」

「竜を見に行くのですか? まさか退治をする気で?」

 食事の手が止まったマイジュさんが、僕の顔を見る。

「それは、見てからですね。その時に決めます。」

「そうか、なら私も同行してもいいですか?」

 今度は僕の手が止まり、マイジュさんを見る。

「え? でも、『オガリ村』には観光しながらなので、いつになるか判りませんよ?」

「私の用事自体が、急ぎではないから、問題ない。君達の日程に合わせる。空いた時間は傭兵の依頼でもやっているから、気にしなくていいし。」

 なぜ、マイジュさんが僕達に合わせるのかは見当もつかないけど、断る理由も無かったので、マイジュさんの申し出を受け取った。

「じゃあ、明日からも、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。」


 久しぶりの、時間を気にしない、のんびりとした起床になった。

 それでも、時刻は9時前。早起きの習慣がついていたようです。

 アイザはまだ、熟睡中。

「よし!二度寝しよう。」

 

「ハルトぉおお。おなかすいたぁああ。」

 アイザに揺り起こされた。

 なんだ? この心地良い気分…妹に起こされる兄ってこんな感じなのだろうか?

 と、僕は感動に浸りながら体を起こす。

「おはよう、アイザ。今何時?」

「もう12時回ってるわよ。」

 そりゃ、お腹空くよね。

「着替えて、町に出ようか。」

「はぁあい。」

 

 観光地として栄えている町なので、街中には色々な屋台が数多くあり、食べ歩きながら、町の賑わいを感じていた。

 渓谷観光の馬車時刻は宿で教えて貰っていたので、その時間に合わせて僕達は街の観光をしている。

「観光って言っても、お土産とか無いんだよな。」

 まあ、冷凍保存や、高速移動手段とかない世界で、饅頭とかが、あるわけがないよね。

 干物系はあるけど、そんなのは要らないです。

 露天売りのアクセサリーは、この世界でもあるけど、マイジュさんが話していた『ファルザ公国』の魔法付与アクセサリーを知ったら、もうガラクタにしか見えません。


「お土産ってなに?」

「旅行の記念になる物かな。自分用か、帰って人にあげる用とかね。」

「ふぅう~ん、記念かぁ~。」

 アイザの視線が、露天のアクセサリーを眺めていた。

 王都なら魔法付与アクセサリー売ってるかな? 夜にマイジュさんに聞いてみよう。

「馬車乗り場いこっか。」

「はぁあい。」


 15時発の渓谷観光馬車。

 落差400メートルの大滝まで移動時間15分。現地30分の観光で、所要時間1時間。

 持ち物検査があり、武器の所持は禁止されている。

 見晴らしの良い渓谷の上を行く短いルートで、城砦の見張り台が今も使われているので、盗賊の心配もしなくていいとの事。 

 おやつと飲み物をリュックに積めて、僕達は馬車に乗り込んだ。

 馬車の乗客は、カップルや親子達の、楽しそうな笑顔ばかりです。


 渓谷の底まで落ちる滝を間近に見るのって、想像以上でテンションがめちゃくちゃ上がる。

「こんな滝みたの初めてだよ。アイザはどうなの?」

「私も初めてよ。」

 アイザの住んでいる場所の話も、少しづつだけど聞いていた。

 黒い霧や、陰湿な森なんてものは無く、こっちと同じように、空気もきれいだし、太陽も眩しく、空も青い。

 ただ、陰湿な森ではないけど、毒沼や毒ガス地帯はあり、聞く話をまとめると、火山地帯の温泉が湧き出てる池とか、ガスが吹き出ているとかと、大差ない状況みたい。

 なので、綺麗な水が流れる川もあるし、果樹が沢山ある山もあったりと、自然豊かな世界らしいです。

 こっちと違う所は、ドラゴンとかの恐竜系の魔物や、熊みたいな猛獣系の魔物などが、沢山いるだけみたいです。


 滝を見るアイザの表情が笑顔になっていたので、僕は満足していた。

「こうやって、色々な観光しながら、帰ろうね。」

「うん。もう馬車だけの生活は嫌よ。」

「僕もだよ。」

 二人で、滝を眺めながら過ごした時間は『旅行』をしていると、初めて実感した時間だった。


 滝観光を終えて宿に戻った僕たちは、晩御飯までの時間を部屋で過ごす事にした。

「この町のメイン観光は終わったし、明日は次の町に進む?」

「うん、そうする。」

「じゃあ、お風呂にしよっか。」

「はぁあい。」


 いつものように宿1階にあるレストランで、マイジュさんと晩御飯。

「観光は楽しめましたか?」

「はい。昼まで寝てましたけど、街の散歩と大滝も見てきました。」

「それは良かった。」

 僕とアイザの笑みに、マイジュさんも納得の笑みを返す。

 僕は明日は次の町に進みたいと伝えると、

「判りました。『オガリ村まで』進むのですか?」


 次の町の『タルーサ』まで、3時間。そこから南に1時間で『オガリ村』なので、時間的には行けるのだけど、村には宿が無いのです。

「いえ、明日は『タルーサ』で宿泊して、朝一で『オガリ村』に行こうかと。」

「そうですね。それがいいと思います。『火の竜』の情報も組合で聞けると思うので、ここでは有力な情報が無かったですから。ただ、死傷者の被害が出ていないので、組合の重要度は低くみているようです。」


 王妃さんからの教えて貰った話と同じです。

小さな鉱山を棲家にしていて、人的被害がまったくないから討伐依頼も頼む事も出来ないし、危険を冒してまで、兵士を出す訳にもいかないと。


 それと、王妃さんの言っていた『火の竜』の生態と、アイザが教えてくれた『火竜』とは、少し違っていたのも気になっていた。

「実際、タライアスで見たのと同等だとしたら、流石に討伐は無理ですよね。」

「そうですね。Aランクの傭兵が10人。魔道師クラスが数名欲しいところです。」


 もし、『火竜』だったら、アイザが家に帰るのに使うから、この国からも居なくなって、両方が得するんだけどね。

 

「3人で倒せそうにない魔物だったら、その時は諦めるしかないですね。」


 それから食事を終えた僕たちは、明日の馬車の時刻を確認して、部屋に戻った。

「火竜だったら、アイザとの旅行も終わりになるね。」

「うん…」

 ベットに下着姿で寝転がっているアイザの返事は静かだった。

 僕は、正直寂しいです。だけど、それを口に出す訳には、いかないのも判っていた。

「ドラゴンって凄いよね。30日の距離を数時間なんだよね。」

「そうよ。ドドちゃんは凄いんだから。乗り心地も比べ物にならないんだから…」

 アイザの言葉の最後は、やっぱり静かになっていく。

「アイザと別れたら、『ファルザン』って港町で当分住もうかと思っているんだけど、アイザがよければ遊びにおいでよ。」

「うん、行く。」

「じゃあ、地図をもう一つ買わないとか。待ってるからね。」

「うん、絶対行く。」

 ちょっと声に元気が戻ってきた。


 鍛冶の町『タルーサ』、北と南に大きな鉱山がある地区で、交通の便から、鉱石の取引所として発展した町。

 そのため鍛冶屋も多く存在し、『リビエート王国』の軍事産業の中心地でもある。


 10時に到着した僕達は、その足で直ぐに傭兵組合に向かった。

 マイジュさんが、受付嬢から『火の竜』の情報を聞きに行っているので、僕とアイザは適当なテーブル席に座る。

 ここの組合は、20人程度の席があるだけの、小さな建物で、今も傭兵らしい人は数人しか居なかった。


「ここは子供の遊び場じゃねぇんだよ!」

 お決まりのイベントが発生しました。

 僕とアイザの格好から、予想はしていたし、想定内です。

「そうですね。連れが戻って来たら出ますので気にしないで下さい。」

 テーブルに詰め寄るおじさんが、さらに声を荒げる。

「ねぇ、うるさいんだけど? 殺していい?」

 アイザが邪魔くさそうな態度で僕を見る。

「駄目だよ。アイザが悪者になってしまうから。」


「なんだ、このガキは!」

 アイザに手を出す素振りを見せたので、僕はその腕を払い飛ばす。

 軽く弾いただけのつもりだったけど、男は体を捻りながら数メートル飛ぶ。


 運よく、テーブルの間の床に落ちたので、家具は壊れなかったので、良かったです。


 男が腕を抑えて呻き声を出している。

 周りの傭兵達は、笑い声と、下卑た言葉を男に向けていた。


 その光景を見た僕は、同じような仲間が居ない事を確認し、

「少し、お騒がせしました。」

 と、周りに頭を下げた。


「ハルトさん、お待たせしました。ここでの情報も、変わりなかったです。」

 何事も無く、マイジュさんがテーブルに着く。

 男がまだ、呻いているんだけどね。完全に無視ですよ。

「マイジュさん、さっきの、助ける気が無かったでしょ。」

「助ける必要が無かったですからね。それに、ハルトさんの力を見せた方が早いと思いまして。」


 その通りで、呻いている男は腕を押さえながら立ち上がると、黙って組合を出て行った。


「すみませんでした。」

 組合の受付嬢と同じ制服を着ている女性が、飲み物を持って僕達に頭を下げている。

「冷たいお茶ですが、よかったら飲んでいってください。」

「ありがとうございます。」

 僕は素直に受け取り、僕達は自己紹介を彼女にして、『オガリ村』の話を聞いてみた。

 彼女の話から色々分かった事は、

 リビエート王国は街道の警備などを国の兵士達が行っているため、傭兵依頼が少なく『タルーサ』の依頼のほとんどは、鉱山採掘の護衛と運搬の護衛。

 7つある採掘村の依頼は全てここに集まり、傭兵達は朝に依頼主の村に向かい、夕刻に採掘した鉱石を持って戻って来る。

 ほとんどが、長期契約の依頼なので、新規者が受けることがほぼ無い中で、『オガリ村』の依頼を受けていた、さっきの男が『火の竜』騒ぎで、仕事が無くなった事。

 それで、場を乱す行動をするようになった事。


「そうですか。あの人も、災難だったという事ですか。だからと言って、許される行為では無いです。」

 マイジュさんの言葉に僕達は同意する。

「はい。私達も最初は、他の地域に移って、新しい依頼を受ける事を勧めたりはしたのですが…」

「本人の意思が最優先なのが傭兵組合のルールですからね。」


「あの?…」

 組合の彼女の問いに、僕とマイジュさんは「はい。」と、応える。

「『火の竜』を討伐に行くのですか?」

 マイジュさんが僕を見る。

「倒せそうなら、倒すつもりですが、見に行ってからですね。」

「そうですか、無理はしないでください。」

 僕は、心配してくれた彼女に笑みを返して、組合を出た。


 そして、次の朝、『オガリ村』に3人で向かった。


 オガリ村は10軒ほどの小さな村で、民家以外の施設は一つも無い。

 『火の竜』が住み着いている炭鉱に案内してくれたのは、現役を引退した村長のナタガさん。

 進入禁止の立て看板がある炭鉱の入り口に着いた僕達は、炭鉱用のランタンを借りて中に入っていく。


「マイジュさん? 洞窟って大丈夫なのですか?」

 密閉空間ではないけど、近い環境の洞窟内を僕達は進んで行く。

「大丈夫ですよ。狭くないので、部屋にいるのと同じ感覚ですし。」


 『火の竜』は、最初の目撃から、ほぼ移動することなく一箇所の大部屋に居ると聞いている。

 その場所までの地図を見ながら、僕は先頭を歩く。すぐ後ろをアイザが、最後尾にマイジュさんが並ぶ。

 静かに歩き、目的の場所の入り口に着く。

 僕が中を覗くと、暗闇の中で赤く光っている確かに赤い恐竜のような生き物が居るのが見える。

 が、翼らしい物が見えない。

 小声で隣のアイザに聞く。

「アイザ、あれってドラゴン?」

 僕の脇から顔を出すように部屋を覗き込むアイザ。

「違う、あれはトカゲだよ。」

 トカゲかぁ…

「火のトカゲ?」

「そうだよ。岩しか食べない、おとなしいやつ。ドラゴンみたいに知能もないから、ただの動物ね。」

 なるほど、『サラマンダー』ですね。


 僕達は、一つ手前の小さな部屋のような場所に戻った。

「何か判りましたか?」

 マイジュさんに『火のトカゲ』だと説明した。


「アイザ、あのトカゲの生態ってなにか知ってる?」

 アイザは訳ありの魔道師って設定なので、魔物の知識を持っていてもおかしくないだろう。

 って、ことでマイジュさんの前で、普通に聞く。

「さっきも言ったけど、あれは石しか食べなくて、おとなしい生き物ね。だけど、なんでこんな所にいるのかな?」

 火トカゲの体長は、通路以上の大きさで、大部屋からはどこにも移動出来ない感じだった。

「あの大きさになる前に、ここに入った。ってところかな…」

 僕の予想にアイザが、

「そうね。半年くらいで、あれくらいの大きさになるから、卵か子供の時にこの場所に来たって考えるのが妥当ね。」


「誰かが、連れて来た。ってことなのでしょうか?」

「でしょうね。」「だと思います。」

 マイジュさんの言葉に、僕とアイザは同意する。


「討伐はどうしよう?」

 石しか食べない。大人しい。この場所から外に出ることも無さそう。

「害は無さそうだし、王妃さんにも説明すれば安心すると思うんですよね。」

「そうそう、あのトカゲは縄張りがあって、そこに生き物が来たら、攻撃してくるから。」

 アイザの言葉に僕は驚く。

「え?! そうなの?近づくと危ないの?」

「そうよ。体から炎出して、突進してくるから、危険よ。」

「そうなんだ。それなら、このまま、放置して帰ろうか。」

 そう僕が言った瞬間に、持っていたランタンが割れて、地面に落ちる。


「きゃあぁああ。」

 落ちたランタンに視線が取られていた、ほんの数秒の間に、男がアイザを羽交い絞めにしていた。

 襲って来た男は5人。

 足元で燃えているランタンの揺れる火で照らされた部屋で、アイザを捕まえている男の顔は、昨日、組合で揉めた男だった。

「いい話を聞いた。まずはお前からだ!」

 男はアイザを連れて、トカゲの居る部屋に走ると、アイザをトカゲに向けて投げていた。

 ランタンを落としてから、ここまでの時間は数秒。

 迷いも躊躇もない行動に、マイジュさんは動けず、僕も後手の動きになってしまった。

「いやぁあああ!」

 投げられたアイザの悲鳴が僕の心を締め付ける。

 もちろん、アイザは男から離れた瞬間に、僕の『ミラージュ・ハンド』で受け止め、そのまま、僕の所まで移動させた。

 その光景を見た男は、目の前の出来事を理解出来ず動きが止まっている。

 投げた女の子が、弧を描くように空中を移動して、後ろに飛んでいったのだから当然です。

 僕は、目を閉じて強張っているアイザを強く抱きしめる。

「大丈夫。ちゃんと守るって約束したから。」


 僕はアイザを投げた男を、『ミラージュ・ハンド』で掴み、投げる。もちろんトカゲに向けて。

 後ろでは、マイジュさんが数人と交戦しているようで、小部屋から抜け出した一人が僕に襲いかかる。

 僕は、もちろん『ミラージュ・ハンド』で顔を掴み、そのまま、トカゲに向けて投げる。

 アイザを怖い目に合わせた罪は大きい。

 一秒でも早く、安心して欲しいと思った僕は、抱きしめた手を離さず、近付く事すら許さない。

 その思いから、『ミラージュ・ハンド』を全開で使った。


 目を開けたアイザが、涙目で僕に抱きつく。

「こわかぁったぁああ。」


 熱風が突如、僕達を襲う。

 投げた男達が、トカゲに襲われて火だるまになっていた。

「あ”っつ!」

 僕は咄嗟にアイザを庇うように、背中で壁になる。

「アイザ、大丈夫?」

「うん、平気。ちょっと暑いけど。」


 マイジュさんに押し出されるように、残りの3人が大部屋に来た。

 僕は、容赦なく掴んで、トカゲに向かって投げる。

 男達の悲鳴と断末魔。そして、熱風に乗った焦げた臭いが鼻を刺激する。


「ハルト君…さっきのって君がやったのかい?」

 男達が勝手に飛んでいく様子を見たら、誰でも疑問を持つよね。

「ええ、まあ、裏技的なものなので、出来れば公言しないで欲しいです。」

「判った。約束しよう。」

「ありがとうございます。」


 僕は、炎を上げて威嚇体制になっている火トカゲを見る。

「驚かせてしまって、ごめんね。僕達は、もう戻るから。」

 僕は、アイザを抱き上げて、大部屋から出た。

「もう、自分で歩けるから。暑いから!」

 アイザを降ろして、僕は額の汗を拭いた。

「そうだね。暑いね。」

 涼しいくらいだった鉱山の中は今、サウナ状態になっている。


 通路を歩いていると、なにか懐かしい匂いがした。

 ん? これって…

 納豆の臭いじゃないのか?!

 え? どこから?

 僕は、久しぶりの大好きな納豆の臭いに、心の中で歓喜する。

 岩壁とかに付いている何かなのか?

 マイジュさんが先頭を歩き、襲って来た男達が持っていたランタンが壁を照らしているけど、岩からは匂いは無かった。

 でも、匂いは、さっきから消えない。

「ハルト…何か臭わない? なんか凄い臭いなんだけど…毒は無いけど、初めての臭い。」

「臭うよね。でもどこからだろう…」


 何故かマイジュさんの足取りが速くなっている。

「マイジュさん? 少し早いですよ。何かありました?」

「いや、暑いから早く外に出たほうがいいと思って。」

 ん? マイジュさんから臭ってないか?

 僕はマイジュさんに近付く。

 さらに加速して離れていくマイジュさん。

 ん? 逃げてる?

「マイジュさん~。そんなに急がなくていいですよ~」

 アイザが置いてけぼりになりそうになっていた。

「ちょっと、待ちなさいよ。」

 マイジュさんが、やっと足を止める。

「すまない、私が汗をかくと、その…臭いが、きついので…少しでも離れていたほうが…」


 納豆の臭いは、マイジュさんの体臭でした。

 そりゃ、逃げるよね。

 もしかして、密閉空間がダメな理由って、これのせいなのかな?


「ああ~、この臭いですか? 僕は大好きですよ。」

 アイザとマイジュさんが、ヘンタイでも見るような顔になっている。

「いやっ!。僕の世界に、同じ臭いがする料理があるんですよ。それが大好きで、ほぼ毎日食べてるくらい大好きなやつで!」

 弁解に力が入る。このままでは、好感度が下がってしまう。ヘンタイ扱いされてしまう。


「ハルトの世界って、そんな食べ物あるの? よく食べれるわね。」

「僕の世界でも臭い料理ランキングの上位に位置するから、嫌いな人の方が多いけど、慣れると美味しいんだよ。」

 また、変人を見る目になっている。

 ヘンタイから変人に格上げにはなった。


「僕の国では、国民食と言ってもいいくらいだし、健康にもいいんだよ。」

 僕は熱弁する。


「分かったわ。そういう文化なのだから、そうなんでしょうね。」

 アイザは納得してくれたみたいです。

 マイジュさんは…何故か困惑している様子。

「マイジュさん? どうしました?」

「この臭いを気にしない人にあったのは、初めてだから、どういう態度を示せばいいのか…さらに好きとか言われてしまって。」

 そうでした。汗の臭いを好きだと言う人は、そうそう居ないです。

 思っていても、口に出す人は居ないです。

 やっぱりヘンタイでした。


 鉱山を出た僕達は、外で待っていた村長に、『火の竜』の事と、中で起きた事を話した。

 後から来た男達が、僕達を襲ってきて、火トカゲの縄張りに入って、焼け死んだ事を。

「そうでしたか。以前依頼していた傭兵の方が、怖い形相で入って行ったから、不安だったのですが、そんな事が…すみません。」

「昨日、組合で一方的に揉め事をかけられましたから、それの報復だったのでしょう。あなたが謝る事ではないですよ。」

 マイジュさんが、謝る村長さんに言葉をかける。


「火トカゲは、縄張りにさえ入らなければ、大人しいですから、安心していいと思います。」 

 僕の言葉にアイザが付け加える。

「火トカゲの出した糞は、良質の鉱石って聞いた事があるの。糞は縄張りの外にする習性だから、探してみるといいわよ。」

 初耳だった僕達は驚く。

「なら、今後も討伐する理由、無くなったんじゃ?」


 村長さんに、『火トカゲ』の習性を伝え、それを秘密にしておく事も勧めた。

 悪用されたり、妬みの対象になったりする可能性もあるからと説明すると、納得してくれた。

「じゃ、王妃様が、気にかけていた事でもあるので、僕達から、伝えておきます。」


 僕達は『タルーサ』に戻り、その足で傭兵組合に行き、受付嬢に、

「『火の竜』は『火トカゲ』で縄張りの鉱山から出ないと判ったので、そのままにしてきました。」

 と、だけ伝えて宿に戻った。


「明日は、『エルコン』で昼食とって、昼からの馬車でリビエート王都まで行きます。」

 晩御飯後に、マイジュさんに伝えると、

「了解した。それじゃあ、また明日。」

「はい、また明日。」

 明後日には、別々になるかも知れないと思いながら、僕は何度も言っていた「また明日』を笑顔で返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る