第6話 イストマイジール・エトラシア
ファルザ公国に向けて出発した僕とマイジュさんは1日目の宿がある街に、何事もなく着いた。
というより、着いていました。
僕は整備された街道を走る馬車の中で寝ていたのです。
揺れも気にならなかった事と、暇だったこともあり、馬車の中で眠ってしまっていた。
僕はマイジュさんに起こされて街に着いた事を知る。
「マイジュさん、本当にすみませんでした。僕だけ休んでしまって。」
「いや、いいですよ。」
まあ、当然の返答が返ってきますよね。
だけど僕のお父さんが言ってた。
「旅行の車中で、一人で運転するのは寂しいものだぞ。それ以上に、ずっとスマホいじっているのは腹が立つ。すっごく腹が立つ!だけど男なら、笑顔で我慢しろよ。」
よし!マイジュさんにお詫び的な何かをしよう。
宿の受付の所でマイジュさんが少し困った顔をしていた。
「どうしたのですか?」
「いや、部屋を2つ頼もうとしたのだけど、宿の空きが少ないから出来れば一部屋でと、頼まれたのです。」
僕が宿の人に話を聞くと、独り旅の客は問題なく一人で泊まれると。
宿の意向としては間違ってはいない頼み事だった。
そりゃ、泊まりたい客が満室で泊まれない事になる可能性があるからね。
ん~…僕的には同室で泊まるつもりだったけど、2部屋を頼んだって事は、マイジュさんは一人がいいってことだよね。
「ここ以外の宿でもいいですけど?」
「いや、浴槽付の宿はここしかないのです。」
僕は少し悩んで、マイジュさんに譲る事にした。
「マイジュさんは騎手として、今日は疲れているし、埃もかかってるいるし、この宿に泊まってください。僕は別の宿にしますから。」
これで、さっきの昼寝のお返しにはなるかな。
「いや、大丈夫です。二人同室で泊まりましょう。」
そう言って、僕の返事を待たずにマイジュさんは手続きを終わらせた。
「僕は同室で泊まるつもりだったのですが、本当に良かったのですか?」
「ああ、大丈夫です。余計な気を使いましたね。私も同室でも問題ないので。」
「そうでしたか、なら良かったです。」
そうか、僕に気を使ってたのか。そうだよな、旅で一緒になったとはいえ、お互いほとんど知らない相手なんだし、普通はそうするよね。
僕は気が回らなかった自分が恥ずかしくなった。
「マイジュさん、先にお風呂入ってくださいね。」
アイザの時は自然と決まった事だけど、今日の僕とマイジュさんの労働を考えたら、当然の順番です。
「ありがとう。先に入らせて貰います。」
鎧を脱いだマイジュさんはベットの横に並べるように置いていく。
「鎧って、皆さんそうやって置いているのですか?」
「ああ、これですか。そうですね、何かあったときに順番に装着出来るように、自分で決めた並びに置いていくのが一般的ですね。」
「なるほど。理にかなっていますね。」
マイジュさんが脱衣所に向かったので、僕はいつも通りに脱いだ服を部屋干しする。
自分の分だけなのですぐに終わってしまった。
僕のリュックはアイザに預けてきたので、借り物のカバンには地図本と換えの衣類だけを入れて荷物を少なくしてきた。
なのでジャージが無いので今は下着とシャツだけになっている。
さっきも気を使って一人部屋にしようとしてくれてたし、マイジュさんって紳士的なんだよな~
ブレザー着たまま待っていた方が良かったのかな?
リビングの端だけど、部屋干しって気にするのかな?
先に聞いとけば良かった。
そんなことを考えては見たけど、一度脱いだ服をもう一度着るのは凄く面倒に思ってしまい、
「まあ、ブレザーで待っていたら、それこそお風呂、先に入ってくれとか気を使わす事になるかもだし、ここはあえて、寛いでる姿を見せるべき。」
って、事にしよう。
お風呂から上がった、マイジュさんはきっちりと服を着た状態で部屋に戻ってきた。
「入浴先に使わせて貰ってありがとう。」
「いえいえ、じゃ僕もお風呂入ってきます。あと、僕の服を部屋干ししてありますが、邪魔じゃないですか?」
「いや、大丈夫です。私も後で干しますから。」
良かった。部屋干しは正解だったよ。
僕は安堵してお風呂に向かった。
ん? 何か落ちてる…
僕は脱衣所の床に白い布を見つける。
パッと見、下着には見えなかったので僕は拾いあげて確認すると、タンクトップ? にしては長さが短い?
「ハルト君!それ私のです。すみません、落としてました。」
何故か慌てた様子のマイジュさんに僕はそれを渡した。
「いえ、ぜんぜん気にしてませんから、アイザなんていつも脱ぎ捨ててましたから。」
僕は下着とシャツを洗って、のんびりと湯船に浸かっている。
マイジュさんは、やっぱりしっかりしてるなぁ~
日頃の姿もそうだけど、どこかの貴族の家とか、格式ある家庭で育った人なのかな~
アイザとは大違いだな。
って、アイザってある意味、姫様なんだよな!
マイジュさんは、気遣いっていうか、気を張っているというか、距離感が少し遠い感じなんだよな~
いや…これが普通の対応かもしれない。
僕とアイザの付き合い方がおかしいんだよな、やっぱり…でも、気兼ねしない相手が傍にいるのって大事だよ。うん、もの凄く大事だよ。
僕もマイジュさんに見習って、脱衣所で替えの執事服までしっかりと着てから部屋に戻った。
いつものように宿にあるレストランで食事を済ませ、部屋に戻って来た僕は執事服を脱いでカバンに詰める。
結局、2着目として買った執事服は宿で着る用にしました。
ジャージでレストランとか恥ずかしすぎる。
僕は下着とシャツだけになったけど、マイジュさんはやっぱり服を脱ぐ事はなかった。
ここは、何も聞かない方が良いのかもしれないけど、我慢出来ずに聞いてしまった。
「マイジュさんって、普段から服を着たまま寝るのですか?」
その後の、『もしかして、気を使ってますか?』っていう言葉は押さえることが出来ました。
「任務中は出来るだけ、そう心掛けてます。気持ちを切らさない為とか、すぐに行動出来るようにですね。」
「なるほど、さすがですね。」
マイジュさんの事を少し誤解していた自分が恥ずかしくなりました。
2日目の馬車の移動も何事も無く、夕刻前にファルザ公国の入国ゲートに隣接する街『イズリ』に着いた。
ファルザ公国に入れるゲートは全部で3箇所。
なので、『イズリ』に集まる商人や傭兵も多いため、街の大きさに比べて、宿や飲食店が多く並んでいた。
僕は王都の中心地のような街並みを見上げていた。
「ここだけみたら、王都にも負けない賑わいですね。」
「そうですね。ここは『リビエート王国』からだけじゃなく、『タライアス王国』からと、『バルディオ帝国』からも人が集まりますからね。」
僕はデバルドさんの武勇伝の話で知った帝国の知識を思い出す。
「タライアス王国とバルディオ帝国の戦争で、周りが巻き込まれた感じでしたよね。」
「そうですね、隣国を巻き込んでの領地の奪い合い。本当にくだらない時代でした。」
マイジュさんの悔しそうな顔が、重く物語っていた。
「だとすると、魔王島が現れたのは、悪いことだけではなかったのかな。」
「公に発言するのは駄目ですけど、そう思っている人は沢山いると思いますよ。」
戦争なんて、なにも良い事なんてないのに、権力者の欲望に付き合わされて、命を奪われた人達…僕は戦争を知らないけど、その理不尽さと悔しさは判る。
当人ほどの重みは無いけど、それでも僕は、それを少しでも判る人間になりたいと思っている。
宿に入った僕達は、今回は二人部屋を最初から頼んだ。
「イストマイジール様ですか?」
受付から部屋に向かおうとした矢先に声を掛けられた。
僕は声の主を確認するために振り向くと、綺麗な女性が立っていた。
マイジュさんと同じ栗色のロングヘアーにスラッとしたドレス。隣には執事とメイドさんがいる。
どう見ても、貴族だよね?
マイジュさんの事を言っているのだろうか?
『様』って呼んでたし、マイジュさんってやっぱり貴族系の人ってことかな。
僕は返事をしないマイジュさんが気になって顔を見ると…
めっちゃ、固まってるんですが!
凄く驚いているのか、困っているのか、よくわからない顔で、固まっているのですが!
声を掛けた女性が、凄く困った顔になっているのですけど…
マイジュさん、戻ってきてください~!
「マイジュさん? マイジュさぁ~ん!」
僕の声が届いたのか、マイジュさんの顔がいつもの冷静な顔に戻りました。
「ミリティーラ…どうしてここに。っと、済まないハルト君、先に部屋に行っていてくれますか。」
「はい。それじゃあ、荷物預かりますよ。」
「すみません。先にお風呂入って寛いでいてください。」
僕はマイジュさんの荷物を預かり、先に部屋に向かった。
そして、言われた通りにお風呂に浸かっている。
まあ、僕から色々と聞くのは駄目だよね。
マイジール様か~…見た目は家族ぽかったけど、家族なら様は付けないから違うか。
少し離れた従兄妹とかかな?
でも、あの驚き顔は…
僕は笑い声を漏らしていた。
お風呂も終わり執事服に着替えた僕はリビングのソファに横になっていた。
そろそろ1時間くらい経つけど、マイジュさんはまだ来ない。
扉を叩く音がしたので声をかけるとマイジュさんだった。
「お帰りなさい。」
「すみません。少し遅くなりました。」
僕はお風呂を済ませたと伝え、マイジュさんにお風呂を勧めて、僕はカバンからファルザ公国の地図を取り出した。情報誌の地図じゃなく、アラガル家の住んでいる場所から、所謂国王にあたる公爵が住む宮殿まで、街の完璧な地図を僕は眺める。
ファルザ公国は、街一つだけの領地で、所謂バチカン市国と同じだった。
なので、この街の地図がファルザ公国の地図になっている。
馬車の中で覚えようと試みたけど、酔ったので断念し、宿で暗記をしている。
物覚えはいい方なので、数回読めば大体の位置は覚えたけど、覚えている事を確認するための復習が大事です。
ゲートから密書のやりとりをするアクセサリー店、そこからの住宅地の道にアラガル邸までの地図は完璧に覚えた。あとは予期せぬ時のための、目印になる場所と位置関係を頭に叩き込む。
密書の受け渡しをしていた商人さんは…最悪を想定しておかないとか。
店も商人さんも手違いで何もなかった時は、何もせずに帰って来る予定だったけど、もうアラガル家の家族を亡命させた方がいいよね。
どっちにしても亡命させるなら、早いほうがいいし僕なら国との戦争にもならないし…
そうなるとマイジュさんは外さないとだな。
マイジュさんがお風呂から戻って来たので、今決めたことを話す事にした。
私はハルトさんが座っている対のソファに座って話を聞かされる。
「それは判りますが、ハルトさん独りでするには負担がかかりすぎのでは…」
私はハルトさんの正論に返す言葉がなかった。
私の事を何も聞かずに、私の立場を感じた少年に何も言えなかった。
もう、全てを明かすべきなのだろうか…
私はイストマイジール・エトラシア。
エトラシア王国の第一皇女だった。
いや、今もその地位は残っている。私が勝手に捨てただけで、弟のギルミアが王位を継がなければ私は戻らなくてはならない。
弟は、よくできた子で、国民も王族も次期王様として期待しているから暗殺とかそういうのは心配しなくてもいいけど、病気や怪我だけが心配だった。
その弟は、来月に戴冠式が執り行われて、正式な跡継ぎになる。
エトラシア王国。
バルディオ帝国に隣接する小さな国の一つ。
バルディオ帝国の北側に位置し標高の高い山を越えた先にある。
沢山の湖と、森を開拓した畑で、食料には不自由しなかったけど、冬には気温が下がり雪が少し積もる事もある。
春になれば花が咲き誇り、夏は涼しく、秋になれば山々が色付く。
私はそんなエトラシア王国が大好きだった。
私の父と母は、国王と王妃。
長女として生まれた私を、国の人達はとても優しくしてくれた。
母の妹になる叔母様の、長女のミリティーラは二つ年下。弟のギルミアと同い年でもあって、小さい頃は3人で遊ぶ事が多かった。
私が15歳くらいになると、弟は勉学に興味を持ったのと思春期が重なって、ミリティーラと二人だけで遊ぶようになっていた。
丁度その頃から、体を動かすのが好きだった私は剣術を習い始める。
「ミリティラも一緒に習えばいいのに。」
「私は運動得意じゃないですから。それにお姉さまを見ている方が楽しいです。」
弟も武術は全然駄目で、将来が心配だと騎士団長のロックさんが嘆いていたけど、私が生まれる前に結ばれた平和協定で、これからは経済力が大事だとお父様やお母様が言っていた。
気候的に魔獣が少ない国だったことも、その気持ちを強くしたのだと思う。
「マイジール姫は本当に剣が好きなのですね。」
いつも剣術の稽古をしてくれるロックさんは、50代のがっしりとしたおじ様でした。
「はい。弟が国を豊かにする為に頑張っているのだから、私はこれで国を守るのよ。」
「私としては、この上なく嬉しい限りですが、そろそろ恋愛にも興味を持たれたりしてくれると良いのですが。国王様や王妃様から、少しお叱りを頂きました。」
私はもうすぐ20歳になり、戴冠式を受ける事になっていた。
「私を惚れさせる人が居ないのがいけないのです。」
「その通りだと、私も思っていましたが、私の口からそれを国王様達に言えるはずなどないですからね。」
私もそうだったけど、騎士団長のロックさんも本気で私の結婚を勧めるつもりが無いのは普段からの付き合いで判っていた。
「戴冠式は弟に譲るつもりなのです。私は国を出て外を見てこようと思っています。」
私の突然の告白にロックさんは固まるほどの驚きを見せていた。
「マイジール姫! それは、どうしてですか?!」
「色々と、思うところがあるのよ。頑張っている弟の方が、今の国の方針に合っているし、私はこの国以外の事を知りたいとも思っているし、剣士として、もっと高みを目指したいとか色々とね。」
嘘ではなかったけど、本当の理由は別の所にあった。
絶対に、それだけは誰にも言えなかった。
そして私は、お母様だけに本当の理由も打ち明けて、この国を出た。
身分を隠し最低限のお金と荷物を持って旅立った冬。
それからもう2年の歳月が流れていた。
傭兵としての生活にも慣れ、実力も認められ、私は今の自分が気に入っている。
だから私は、今の生活を続けていく為にも、素性を明かす事は出来ない。
私の素性を知っているのは、誰もいない。
男装している女性だとは一部の傭兵達には知れ渡っているが、彼らは私を一人の剣士として扱ってくれている。
ハルト君とは、今の関係を続けたいと願っているから…女性だと明かす事すら躊躇っている。
ハルト君の性格からだと、女性だと知れば、さらに気を使ってくるだろう…
私は剣士として対等に彼と接したい。
これは私の我侭だ。
いつかは、彼に伝えなければならない日が来るかもしれない。
今、素性を明かしたところで、私が亡命の手伝いを出来ない事には変わらない。
マイジュという傭兵が、イストマイジール・エトラシアだと世間に広まった時、私の行ってきた行動の全てが、国に返ってしまう。
私はハルト君の提案を黙って頷くしかなかった。
「すみません。私の家族に迷惑をかける可能性は否定できませんから、ハルトさんの厚意を素直に受け取ります。」
「いいえ。僕は全然構いませんよ。それに、亡命を強行するのは僕の身勝手な判断ですから。」
私は真っ直ぐな笑みを見せる彼に頭を下げた。
ハルト君に感謝の気持ちを示した私は、もうひとつの懸念に頭を悩ます。
それはミリティーラの事だった。
ミリティーラがどうして私が王女を捨てた理由を知っているのよ。
誰にも言えなかった理由…
胸が無い女性を、女性として認めない国の男達。
そのせいで、別の国に移住する女性も沢山いる。
そんな国の王女なんて、私に勤まるはずなんてないじゃない。
私も同じように、国を出た。
幸い私は剣術を習っていた事と、魔気で身体能力を高める事が出来たから、傭兵としての生活を選んだ。
髪も短くしてたのに、傭兵になっているとも、誰も知らないはずなのに…
私を知っている者達には、見破られてしまうという事なのでしょうね。
これじゃあ、エトラシア王国には絶対に近づけない。
はあぁ…後でもう一度、ミリティーラに釘を刺しておかないと。
ロビーで声を掛けられた後、ハルトさんに部屋で待って居て下さいと言った私は、彼女の部屋で話を聞くことにした。
何を聞かれるのか判らなかったので、私はミリティーラの連れている執事達を部屋の外で待ってもらう事にしてもらった。
「お姉さま。お元気そうで良かったです。」
ミリティーラは私の従姉妹で、いつも一緒で、姉妹のように過ごしてきた大切な妹。
「ええ、ミリティアも元気そうで、私もうれしいですよ。」
「それで、お姉さま! さっきの執事の子は誰ですの?」
目を輝かせながら、座っているソファから立ち上がりそうなほど身を乗り出すミリティーラに私はハルトさんの事を話した。
出会ってから共に行動している経緯を。
当然、今回の極秘任務の事を伏せて、ランクSのアクセサリーを見に来たとだけと。
話が終わるとミリティーラの表情が何故か暗くなっていた。
「お姉さまの事を男性だと思っていらっしゃるのですね。少し残念です。」
ミリティーラは何を期待していたのか少し判ったけど、彼とはそういう感情にはならない。
「外の国なら、お姉さまを女性として大切にしてくれる方に出会えると思っていましたのに…」
な! なにを言い出すのだ。
私はそんな理由で国を出たのでは無いのよ!
って、なんで私の胸の事を知っているのよ!!
「ミリティラ…もしかして、私の胸の事を知っていたのですか?」
「はい。何度も抱きついていたじゃないですか。だからそうなんだろうと思っていました。」
誤魔化し用にパットを入れていたけど、流石に感触までは再現できてなかったのね…
「その事は、誰かに言っては無いですよね? 」
「もちろん、私の胸の内に秘めていました。」
ミリティーラの嘘の無い笑顔に、私は胸を撫で下ろす。
「それでですね。私はある情報を確かめる為に、ファルザ公国に行くのです。」
真剣な顔つきになったミリティラに、私は今回の任務と関係する事なのかと、少し肩の力が入る。
「それはどんな情報なのですか?」
声の質を下げてゆっくりと話し始めるミリティーラ。
「それはですね…着けるだけで、胸が大きくなるアクセサリーが開発されたというのです。」
はい? え! もしかしてミリティーラも胸が小さいのか?
「ミリティラも、胸が小さいのですか?」
私も声を落として、聞いてみる。
見た目的には十分あるように見えるけど、私と同じようにパットなのだろうか?
「いえ、もちろん。お姉さまの為です。」
「わ! 私の為って!!」
思わず声が大きくなってしまった。
「だって、もしそれで、お姉さまの胸が大きくなれば国に戻ってきてくれるでしょ?」
いや…まあ…その可能性は…あるとおもうけど…
結構、傭兵しているのも楽しいと思っているのだけど…
にしても! 私のことでそこまで思い詰めてたの?!
鎧を着ていなければ、抱きしめる程の衝撃だった。
「ありがとう。ミリティラがそんな気持ちでいたのに、私はミリティラに黙って国を出てしまって。」
「いえ、それはもういいです。こうやってお姉さまに会えたのですから。」
今すぐに鎧を脱ぐべきなのでしょうか。
久しぶりに会った妹に、私は昔の感情が呼び起こされていた。
「もしよろしければ、ご一緒にアクセサリー店回りをしませんか?」
ミリティーラの提案はごく自然な事だった。
だけど、私達の任務は『アラガル伯爵家の現状確認からの亡命も』なので、断る事しか出来ない。
期待の目で見るミリティーラに告げる言葉に私の胸は締め付けられていく。
「ごめんなさい。少し面倒事になる依頼も実は受けていて、ミリティラを巻き込みたいくないの。今回は諦めてください。」
「そうですか…」
悲しく俯くミリティーラに言葉を続ける。
「この依頼が終われば、会うことも出来るから、その約束をしましょう。」
私はミリティラと会う約束をして、部屋を出た。
ハルトさんが待つ部屋に戻った私は、普段通りのハルトさんに促されお風呂に入り、どう説明しようか悩みながらリビングに戻ると、ハルトさんらしい提案を聞かされて受け入れた。
「では、少し段取りを変えますね。」
そう言ったハルトさんは、ゆっくりとした口調で話始める。
「そうですね。まずは最初の入国審査を済ませた後は直ぐに別行動しましょう。僕は徒歩で、目的のアクセサリー店に向かいます。マイジュさんはそのまま馬車で『草原の息吹』を購入してから店に来て下さい。」
私は、「判りました。」と答える。
「僕は商人さんの安否を確認してから、アラガル家に向かって、亡命の準備をさせて連れて来ますので、その店で待っていて下さい。亡命方法は、確定でないですが、その時に色々と考えながら、進めていきましょう。」
「と、言うと?」
「基本は、『馬車の床下に隠れて門を出る。』ですから、それを確実にするための追加要素的なことかな。」
「なるほど、そうですね。何が起きるか判りませんからね。」
亡命も失敗する可能性は十分にある。
だけど、ハルトさんからはその懸念がまったく感じられないのは何故だろう…
私には理解出来ない事だった。
「それじゃあ、ご飯に行きましょうか。いえ…」
話を止め、考え事を始めたハルトさんに私は声をかける。
「どうかしましたか?」
「えっと、先ほどの知り合いの方と食事に行きますか? 僕は一人で済ませますので遠慮しなくていいですよ。」
そんな事まで考えてくれたのですか。ハルトさんは本当によく見ているのですね。
「いえ、大丈夫ですよ。彼女とは、次に会う約束をしてきましたし、それに今は一緒に居ない方が良いと思います。明日の任務の関係者だと思われたら。」
「そっか! そうですよね。マイジュさんが亡命の加担者だと最悪知られる可能性も考えておかないと駄目でしたね。すみません。」
ハルトさんは私を加担者にさせない案でも隠しているのでしょうか?
まあ、車内の底上げに気付かなければ、床下を調べる事なんてしないでしょうし…
出国を何事も無く抜けられる自信があるという事なのでしょう。
「そういう訳で、いつも通りに食事に行きましょうか。」
ミリティラにも、今日は私達に近づかないように伝えてある。
理由は、今話していた懸念の事なんてその時は思ってもいなく、ただ単にハルトさんに私の素性を知られたくないだけでしたが、結果同じことなので良いのです。
食事を終えて部屋に戻るとハルトさんは服を脱いで寛いでいます。
そして、私は今日もシャツと下着だけのハルトさんの姿を気にしないようにベットに入りました。
「僕はもう少し、地図の確認をしてから寝ます。」
「はい。お先に寝させてもらいます。」
いつもはこんなに早くに寝たりはしません。
ですが、落ち着かないのです。
傭兵業で普段から男性の下着姿を見慣れていましたが、何故かハルトさんだけは気になって仕方がないのです。
あれです。理由は同じ部屋に居るということなのでしょう。
あと、いつも見慣れている筋肉隆々のオジサン達じゃないですし、自慢するように脱いでいる訳でもないからでしょう。
正直、私も服を脱いで寝たいです。
私もゆっくりと寛ぎたいのです。
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