15
「私が、水祈夜君の? とんでもない」
うふ、と、
ゆるりと束ねられたポニーテール、少しふくよかな体つき、ぽってりとした唇。その姿は柔和であり、妖艶でもあった。
「言いなりになんてなってないわ。お互い、対等な関係だった。連絡はいつも彼の方からだったけど。私にも家庭があるし、予定が合わなくて、誘いを断ることも多々あったわ。それで彼が腹を立てたりとかは、なかったように、見えたけど……。それに彼、ちゃんと相手がいるでしょ? 名前は知らないけど、アイドルみたいに、すごくかわいい子。時々見かけたけど、私の方もまったく気にしなかったわ。最初から、そういう関係だったの。私は、若い男の子を横に置いて、いい気分に浸る。彼は、私から報酬を受け取る。賢い判断だと思うわ。あんなに上品で、スマートで、人を悦ばせるコツを心得てるんだもの。お金を稼ぐ能力があるのなら、使わないなんて勿体ないものね」
「水祈夜君と知り合ったきっかけは?」
本村はたずねた。
シロクニビルの二階。観葉植物に囲まれた、落ち着いた空間のカフェで、美子と本村、そして池脇と大槻は、すっかり寛ぎながら奔放過ぎる世間話に耳を傾けていた。
「前の子が就職して、お別れになってしまったから、このビルで新しい子を探していたの。ここ、若い子だけに人気の場所じゃないのよ。家電とか、洗剤とか、自然派の生活用品も充実してて」
「ええ。知ってます」
「私はよく、下のガーデニングショップに通ってるの。ガーデニングはしないのよ? でも、あそこはお店と通路との間に仕切りがなくて見通しがいいし、一階にあるから待ち合わせをしている子たちをじっくり観察できて、都合がいいの。探し始めて何日も経たないうちに、水祈夜君を見つけて。店の前で誰かを待ちながら、うつむいてスマホをいじってたの。私がずっと見ていたら、向こうも顔を上げて、周りをきょろきょろしだして。目が合ったから、微笑んだら、向こうも微笑みかけて。彼も、〝そうだ〟ってすぐに分かったの。そういう関係に、慣れてる子だって。一緒にいた息子をそそのかして、彼にちょっかいをかけさせて、私の方から声をかけたの。駆け引きはなかったわ。即交渉。即合意。そのあと息子を預けて主人と久々の二人きりのディナーだったから、時間が浮いて、すごく助かっちゃった」
「仲良しなんですね。ご主人と」
「ええ。おかげさまで。仕事が忙しくて一緒にいられる時間は少ないけど、たまの休日でも家族をもてなそうと張り切ってプランを練ってくれるような、周りを楽しませることが趣味みたいな人なの」
「愛はあるんですか? ご主人に」
ブルーマロウティーを飲みながら、上目遣いで、大槻はたずねた。
「もちろん」
幸せそうに、美子は答えた。
「じゃあ、どうして」
「ゲームみたいなものよ」
うきうきと楽しそうに、美子は語った。
「主人にいつバレるか、どきどきしながら過ごすのが快感なの。もちろん、イケメンの大学生といるだけで気分はいいのよ? でも、私が一番に欲してるのは少女マンガみたいなときめきじゃなくて、スリラー映画みたいな刺激なの」
それから、美子はまた微笑んで、大槻の方を見た。
「あなたが私のことを見てたのも、気づいてたわ」
「え、えへへ……」
取り込まれそうになりながら、大槻はふやけ顔で微笑んだ。さて、自分は、水祈夜の次になれるだろうか。いい父親に、なれるだろうか————。
「水祈夜君の、もう一人の友だちには気づいてました?」
本村は聞いた。「その子も、美子さんのこと気になってたみたいですよ」
「ああ、あの短パンの子……。あの子も、かわいかったけど……」
美子は、唇をとがらせ考えた。「なんだか純朴そうだし。私にのめり込んじゃったら、お別れが大変そうだなって」
「はあ……そうですか」
池脇以外の三人が、同時に飲み物を口にした。
穏やかな時間が流れていた。美子の周りはいつもそうだった。優しい夫、かわいい息子、気の置けない友人たち。
どこへ行っても、安らぎを象徴するように緑があった。他人が手をかけた、緑があった。
別に、それだけでも、構わないけれど……。
こんな、楽園みたいな場所で、ひっそりと獣と戯れるのがいい。生い茂る緑の中から、毒草を見つけて噛むのがいい。
そうして、目を、耳を、鼻を、舌を、肌を。神経を鋭くとがらせ、この体で危機すら感じていたい。楽園とはそういうものでしょ。
美子はハーブティーを飲みながら向かいに並ぶ若い葉をちらりと品定めした。
見かけは色っぽいけど、ちょっとラフすぎるかな。もう少し、スマートさが欲しいところね。成熟後に期待。
ウサギ、クラゲ、輪切りのパイナップルがじゃらじゃらついたブレスレット。前髪はクロワッサン。論外。
この子が一番大人っぽいけど、ガタイのいい子はあんまり好きじゃないのよね。華奢な子が好き。それに、さっきから恐い顔してなんにも喋らないし。私のこと、サイテーとか思ってるのかしら。あーあ。やっぱり高校生はだめね。
そう、考えているうち、美子は店の時計にはっとした。
「ごめんなさい、私、そろそろ行かないと」
美子はバッグと伝票を持って立ち上がった。「息子が待ってるから」
「あ、お話聞かせてくれてありがとうございました」
「ごちそうさまでした」
本村と大槻は立ち上がってそれぞれ述べた。
池脇は会釈の一つほども動こうとしなかった。
美子は思った。やあね。中身は一番子どもみたい。
かわいい————。
「いいのよ。その代わり」
美子は気を取り直して言った。「誰かいい子がいたら、紹介してちょうだいね」
美子はクロワッサンの本村と半熟の大槻、そして、恐い顔の池脇にもぬかりなく微笑みかけた。
う、ふ————。
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