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「いやアリでしょ」
「ですよね。僕も有りです」
「あれ、嬉しくない? 付け合わせにからあげ二個とか」
「半熟の味玉とか」
「ああ、最高。超贅沢な昼飯じゃん。いいなぁ、平田高校の学食ってそんな本格的なんだ。俺が行ってた高校、丼ものとか麺類ばっかだったから」
「
「情勢が?」
「いえ。佐野さん自体が」
「割と謳歌してたと思うよ。自校他校問わず友だちいたし、彼女もいたし。でも今考えると、なんていうか、ハイライトに残るような経験、してなかったなって、思うかな。部活で全国大会優勝したとか、バンド組んでミニアルバムの一枚でも作ったとか、もうなんか一生忘れらんねえ失恋を経験したとか。スポーツも音楽も恋愛も全部手え出したけどさ、どれもひっでえ凡人レベルだったな。それ考えると青春マンガってやっぱりお手本なのかもね。ひねくれて考えずに、ああいう日常を追求すればよかったんだよ。まあ、昔の俺に言ったところで『たるいです』って返されるだけなんだけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「で、なんでこんなことになっちゃったの?」
アパートの前にしゃがみ込み、黄昏れはじめた空を見上げながら、捜査一課の刑事、
「僕なりにお手本的な青春を謳歌しようとしたんですよ」
同じく隣にしゃがみ込み、本村は自白した。「そしたら行き過ぎた感じです」
「遊び半分でこういうことに関わるなって、注意されたよね、
「はい。でも佐野さんは一度も注意してきませんでしたよね」
「まあ、俺はね。結果オーライの人だから」
「そうじゃないかなって思ってました」
「あ、バレてた? 敵わないなあ、本村君には————」
「いつまでサボってるんですか、佐野さん」
同じく捜査一課の刑事、
もう一限あるのか————というような、根気のない表情と態度の佐野に比べれば、若いが、きりりとした、風紀委員的な生真面目さの漂う男だった。
「お前さあ、さばの煮付けの付け合わせにシュウマイ出されても有りな人?」
しゃがんだまま、佐野は言った。
「はあ?」
「どうなの」
「いやぁ……別に、有りですけど……」
「嘘だね!」
佐野は嬉々として言った。頑なに、腰を上げるようすはない。「お前はそういうの絶対文句言うタイプだよ。『え、なんでこの組み合わせ?』『だって和と中じゃん』みたいな」
「いやぁ、文句というか……。なんでかな? くらいは思ったりしますよ……」
「じゃあじゃあ、ハンバーグにシュウマイはどうですか?」
本村が聞いた。
「え?」
「しかもあれよ? おろしポン酢とかじゃなくて、濃厚デミグラスソースのやつ」佐野は付け足した。
「いいですよ、別に。ただ、『どうしてシュウマイなの?』くらいは聞くかも——って————」
相原は我に返った。「なんでこんな話してるんですか。佐野さん、仕事仕事」
「へいへい」
佐野はようやく、重い腰を上げた。
「まったく。警察も呼ばずに現場に土足で上がるなんて」
厳しく指導するように、相原は言った。「第一発見者になったらどれだけ大変な思いをするか、よく分かってるでしょ?」
「そいつのこと、庇うわけじゃないすけど」
後ろにいた、池脇が言った。「本村は率先して中に入ったわけじゃないっす。俺たちが止めようとしたのに、ドアを開けたのは————」
池脇はあからさまな非難の顔で振り向いた。
その先に、ラケル、からすうさぎ、水祈夜の三人が行儀よく並んで立っていた。
からすうさぎは自首するとばかりに、小さく右手を挙げた。
「君たちは、被害者の友人っていう認識でいいんだよね?」
探究心のかけらもないようすで、佐野はたずねた。
「友人————といえば友人ですけど……」
歯切れ悪く、からすうさぎは答えた。
「僕たち、ゲームで知り合った仲間なんですよ」
本村が答えた。「シウマイさんの部屋に、フィギュアとかが飾ってありましたよね? あれです。『あおいろをまもる会』っていうゲームです」
「シウマイさん?」
相原が、怪訝な顔をして言った。
「亡くなった方の、ゲーム内での名前です。本名、知らないんですよ。水祈夜君は、会ったことがあるんですけど、からすうさぎ君とラケル君は今日、初めてご対面しました。死体で。僕とてつみち君に至ってはゲーム内での接触もありません」
「からす、何?」
面倒くさいとばかりに顔をゆがめ、佐野は聞いた。
「僕らのユーザー名です。そちらから、ラケル君、からすうさぎ君、水祈夜君、そしててつみち君、で、僕がほほえみの貴公子です」
佐野は、とっさにそっぽを向いた。
「佐野さん。笑うなら声に出して笑ってほしいです」
「じゃあ、この中で被害者と面識があるのは、君だけなんだね?」
相原が、水祈夜にたずねた。
「ああ、はい……」
水祈夜は言った。「でも、僕も会ったのは昨日が初めてですし、プライベートな話はほとんどしてないので、シウマイさんのこと、詳しくは知りません」
「被害者と会ったのは何時頃?」
「六時に、鞠尾のカラオケで。一時間もいませんでした。正確な時間は向こうに確認してもらえれば分かると思います。そのあとここに来て、八時くらいには帰ったと思います。……シウマイさん、彼女が来るって、言ってました」
「おー。怪しい女の影」
盛り立てるように、佐野が言った。
「さっき、お隣さんから聞いたんですけど、昨日の夜中にシウマイさんの部屋から、女の人と言い争ってる声が聞こえたらしいですよ」
本村は佐野に向かって怪しんだ表情でささやいた。
「決まり。決まりだよ相原君。目撃証言、集めよう」
「分かってますよ」
相原はため息を吐いた。それから、続けて水祈夜にたずねた。「テーブルの上に倒れてたグラスは、君が来たときの?」
「いえ。僕らは途中のコンビニで買ってきたものをそのまま飲み食いしたので、グラスは使ってないです」
「あー。そーいやシンクに置いてあったね————」
佐野は再び、黄昏に気を注いでいた。「空き缶とか」
「今日、君たちがここへ来た理由は?」
相原がたずねた。
「漠然としたメッセージです」
本村は言った。
「はい?」
「あの、これが届いたんですよ」
からすうさぎはタブレットを取り出し、紅人からのメッセージを佐野と相原に見せた。
「最初はただのいたずらだと思ったんですけど、水祈夜君に話したら、シウマイさんから返事が来ないって言うんで、心配になって、それで見に来たんです」
「へえ。ゲームの世界での友だちとはいえ、意外と情は深いんだね」
あっさりとした口調で、佐野は言った。
「僕たちも、昨日の今日じゃなかったら来てなかったと思いますよ」
水祈夜は言った。「それに、こんなことになってるなんて、本気では思ってませんでした」
「この、紅人っていう人も————?」
先に、都合の悪い顔を用意しながら、相原はたずねた。
「はい。まったく知らない人です」
はっきりと、本村は答えた。
相原は、深い、深い、ため息を吐いた。
「あの、死体のそばに凶器がなかったように見えたんですけど」
本村はたずねた。
「おお。めざといね」
佐野は言った。
「本当に部屋には入ってないんだろうね、『ほほえみの貴公子』君?」
圧のある表情で、相原は言った。
「入ってないです。ほんとです」
「それは俺が保証します。部屋に入ったのは、そいつだけっす」
池脇は、親指で乱暴に指し示した。
うんざりした顔を浮かべながら、からすうさぎは挙手した。
「凶器は捜索中らしいよ。キッチンにある包丁も今調べてるとこ。そんなことよりさ」
頭を掻きながら、佐野は言った。「被害者の〝
「佐野さん」
捜査情報をべらべらと、と、すかさず相原は釘打ちをした。
「ああ、あれですか。ヘンリエですよ」
本村が答えた。
「へんりえ?」
池脇が初めて聞いたときと同じように、佐野はオウム返しした。
「ヘンリエッタ45。略してヘンリエ。あおいろをまもる会イワツキ支部のアイドルです」
からすうさぎは言った。
「人気のあるプレイヤーは、ゲーム内での自分のキャラクターをそのままフィギュアにしてもらえたり、グッズにしてもらえたりするんですよ」
水祈夜は言った。「シウマイさん、ヘンリエのファンだって、確かに言ってました」
「イワツキ支部ではヘンリエの他に、みんみんっていうプレイヤーが公式認定キャラになってます」
ラケルは言った。「いろんな種類が出てますけど、結構手に入りにくいんですよ、公認プレイヤーのフィギュア」
「なるほどお。じゃあ、ゲームを楽しむだけじゃなく、その、アイドル的存在になるために、ゲームを頑張る人もいるわけだ」
佐野は言った。
「まあ、多少なりともそういう人はいるでしょうね」
からすうさぎは言った。
「その、へんりえっていうのはさ、何か、ゲームの中で特別な役割があったりするの?」
「役割、ですか?」
本村は言った。
「うん。だって、刺されて、もう死ぬう!ってときに、握ったのがそれだよ? しかも壊れてるんだよ? なんかさ、ダイイングメッセージ的なものなのかと思って」
池脇を除く、あおいろをまもる会の一行は、暫し考えた。
「それだけヘンリエのことが好きってことじゃないですか?」
からすうさぎは言った。「死に際に愛を証明、みたいな」
「それか、ヘンリエが犯人とか」
ラケルは言った。
「ああ、直球だね」
水祈夜は言った。
「シウマイさんが自分の意思で握ったとは、限らなくないですか?」
夕風に扇を揺らしながら、本村は言った。
「犯人が、握らせたのかもしれません」
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