「えっとー、改めまして、大槻おおつきみやびっていいます。職業、学生。花山はなやま学園がくえん高校こうこうの一年です。趣味は音ゲーとゾンビ張っ倒しゲー。もとむとは中学の頃からの付き合いです。よろしくお願いします」

 池脇は冷めた目つきでからすうさぎこと大槻みやびを見ていた。

「大槻は、久碁市ひさごしから通ってるんだよ」

 本村は言った。「学校ではプログラミングの勉強したり楽曲作ったり『自然と科学の共存』をコンセプトにしたバーチャルシティ設計したりサボテン育てたりしてるんだって」

「よろしくお願いします!」

 池脇は険しい目つきで大槻を見ていた。

「僕たち、中学はちがうけど、僕の中学の友だちが大槻と友だちでね、それで、その繋がりで知り合ったっていうか」

「この出会える系社会にしてはアナログな出会いだったよね」

「そうだね。貴重な経験したよね。あの時大槻まだ初対面なのに『もとむ』とか呼んできてほんとは僕結構ひ————」

「その話なげえ?」

 ふてぶてしい目つきで池脇は言った。

 翌日のあおいろをまもる会イワツキ支部。四人掛けの四角いテーブル席は、新参者の不良な機嫌のおかげで、一転、ピリピリとした緊張の雰囲気だった。

「いえ、大した話では」

 本村は背筋を伸ばし、膝に手を置き、堅い模範生のように口を閉じた。

「おめえよ」

 喧嘩を吹っかけるように、池脇は、大槻に向かって言い出した。「あの時なんで勝手に入ってったんだよ」

「あの時とは、どの時のことですか?」

 楽ちんな、兎の皮を被り、大槻はたずねた。

 池脇は圧する目つきで大槻を見ていた。

 どんなにふわふわの愛嬌を振りまいても、中を見破られてしまってはサービスし損だと、狡猾だがねばりのないカラスは思った。

「分かります。分かってますよ。でも、道徳的に正解なのは僕の方じゃないですか? 僕は、シウマイさんにもしものことがあったらと、助けたい一心で————」

「でも俺、止めただろ。絶対あそこで踏みとどまれたよな。そういう間だったろ」

「あの段階で警察頼れました? ネットで繋がれただけの知り合いからリプ来ない、ブロックされた、アカウント消えた、そんなことでいちいち何か事件に巻き込まれたかもしれないんですうって通報してたら、お巡りさんぶっ倒れちゃいますよ。警察組織の崩壊ですよ。そしたら、あれですか? てつみち君が国家の平和を守ってくれるんですか? 誰が世界を救うんですか?」

「あの状況でお前が入ってったら俺たち全員疑われんだよ。覚悟しろよ、お前。国家の平和を守るってことは、疑わしいやつはネットストーカー並みに追及されるってことだからな。未成年だからスルーしてもらえるだろうとか脳みそぬるま湯にふやかしてんなら大間違いだぞ。あいつらマジだからな。プログラミングやってんならそれくらいの流れ読め。想像力と危機感持て。あとその敬う気もない敬語やめろ。うざってえ」

 大槻は、テーブルに張りつくように伸びをした。

「はぁ……なんだよお。もとむがてつみちはギター・ギャンとヘビメタが好きだから分かり合えるはずだって言うから来たのにー。こんなんただの一徹野郎じゃんかー」

「ごめんね。僕もまさかこんな結果になるとは思わなかったよ」

 しょげ返って本村は言った。

「おめえよ」

「何」

 テーブルに突っ伏したまま、すっかりふてくされたようすで大槻は言った。

「ほんとにあのシウマイってやつと、紅人とは、面識ないんだろうな」

「ないよ。平岡空翔なんて人も知らない。紅人に至ってはもう訳が分からない」

 ぴくりと、大槻は両腕をテーブルに張りつけたまま、顔を上げた。

「何? 俺のこと疑ってるの?」

「だっておかしいだろ。あの状況でドア開けてひるみもせずに突っ込んでったんだぞ。推理ドラマとか見てたら分かるだろ。ああいうパターンのときは探偵さんしか中に入っちゃいけねえんだよ。現場荒れるだろうが。それをお前は秒も待たずにずかずかと。あの瞬間にお前が凶器回収して、フィギュア握らせたとしか思えねえ」

 本村は力強いまなざしで、池脇の方を見た。

「ちょっと待ってよ冤罪まっしぐらだよ」

 大槻は言った。「俺が入るときも出るときも、凶器どころかスマホだって持ってなかったの見てたでしょ? その極悪スナイパーみたいな目で何見てたの? 焦点合わせるふりして実はただの遠い目なの?」

 まあ、まあ、と、撫でるように控えめに本村が仲裁に入った。それから、池脇の方を見た。

「あのね、大槻はちょっと人との距離の詰め方が雑なだけなの。親密度とかそういうんじゃなくて、物理的な間合いのことね。カラオケの個室に入ってくるときもスターですかみたいな感じでバーンてドア開けて入ってくるし、こっちが真剣な話してるのにオレだよオレオレみたいな感じで後ろからぴょーんて輪の中に飛び込んでくるし、いつも、じゃーんとかどーんとか効果音が背後に見えてるの。だからさ、シウマイさんの部屋にガチャインしたのもね、もうなんか、本能みたいなものなの。道徳という名の本能なの。だから悪気はないんだよ」

「やだなーその説明だと俺がすっげえうざいやつみたいじゃん、あははー」

「そういうとこだよ、大槻」

 極まった無表情で、本村は言った。

「はあい。すいませえん」

 大槻は、ゆるりと体を起こして姿勢を正した。

 池脇は、遠い目をしていた。


「いたいた。うさぎ君」

 振り向くと、ラケルと水祈夜がゲートを抜けてやって来るところだった。

 水祈夜の隣には、肩の上にツインテールを作った女の姿があった。

「へんりえ?」

 女を間近に見るなり、池脇は思わず発した。

「え?」

 女は、睫毛が放射状にしっかりと上がり、瞼にラメののったきらめく瞳を池脇に向けた。小さな戸惑いの表情からは、愛らしささえ感じられる。

「ちがうちがう」

 水祈夜は苦笑した。

 大槻が説明した。

「まいまいちゃんだよ。水祈夜君の彼女」

「ああ、すいません」

 小さくなりながら、池脇は言った。

 確かに、誰が見てもかわいらしいと認めるであろう容姿、花をまくような雰囲気。水祈夜と並べば、お似合いそのものだ。

「まいまいちゃん、こちらほほえみの貴公子君と、てつみち君」

 大槻が言った。

「初めまして。水祈夜君から聞いてます。昨日は大変だったね」

 優しく、花を授けるように、まいまいは言った。

「ほんとだよお。まいまいちゃん、昨日来なくてよかったね」

 頭の後ろで手を組み、大槻は言った。すっかり、池脇の追及から逃げおおせたという風だ。

「でもひどいよ。警察の人、水祈夜君のこと疑ってるみたい。昨日、遅くまで事情聴取されたのに、今日もまたいろいろ聞かれたんだって」

 唇をとがらせ、まいまいは言った。

「しょうがないよ。俺、今のところ生きてるときのシウマイさんと最後に会った人ってことになってるし。二人でどこ行ったとか、シウマイさんが何話したとか、いろいろとね」

 腹を立てるようすもなく、水祈夜は言った。

「水祈夜君のアリバイは、私が証明するから」

 まいまいは、両のこぶしをうんと握った。「一昨日の夜、シウマイさんのアパートを出たあと、水祈夜君、私とずーっと一緒にいたもん」

「でも、彼女なんて身内みたいなもんでしょ?」

 ラケルは言った。「警察が信用してくれるかな?」

 まいまいはラケルを小突いた。

「もう。なんでそういうこと言うのぉ。鞠尾には防犯カメラがたくさんあるし、調べてもらえばすぐ分かるんだから」

「鞠尾にいたんですか?」

 本村はたずねた。

「うん。そうだよ」

 すんなりと、水祈夜は答えた。

「シウマイさんと会った日の、夜中まで?」

 大槻もたずねた。

「うん。なんで? だって暇だったんだもん」

 水祈夜とまいまいは、揃って不思議そうな顔をした。

「補導とか、されなかった?」

 再度、大槻はたずねた。

「なんで——ああ————」

 水祈夜はうつむいて苦笑した。「俺たち、もう成人してるんだ。二人とも大学生。幼く見られるけど、歓楽街で日付変わるまで遊び歩いたって平気なの」

「居酒屋入るのに、いまだに身分証の提示、求められるよねー」

 まいまいは悩ましげに、首を傾けた。

「ねー」

 水祈夜も、それに応えるように首を傾けた。

「僕も、大学生なんだ」

 ラケルが言った。「大学名は伏せとくけど、一応、これでも環境問題のこと勉強してるんだよ」

「ええー。すごーい」

 手を打って、まいまいは言った。

「リアルで地球守ろうとしてるんだ」

 水祈夜も言った。

「いや、全然、そんな。大したことはしてないんだけど……」

 まんざらでもなさそうに、ラケルは口元をきゅっと閉じて笑った。

「うさぎ君たちは高校生だよね?」

 水祈夜はたずねた。

「あ、うん」

 大槻は言った。

「バレバレの平田です」

 制服を見せつけるように、本村は両腕を広げた。

「やっぱりね。うさぎ君は、いつも私服だから半信半疑だったけど、助っ人として呼んだのが制服着た貴公子君たちだったから、そうかなって」

「あの、シウマイさんって、みなさんの中では一番年上だったんですか?」

 本村はたずねた。

「え。知らないけど。なんで?」

 大槻が聞いた。

「だって、みんなお互いのこと君付けで呼ぶのに、シウマイさんだけシウマイ『さん』だから、なんでかなって」

「それは——なんていうか————」

 言いながら、ラケルは眉をひねった。

「風格だよ、風格」

 大槻は言った。「なんか、こう、崇めたくなるような、悟り開いたような語り口だったんだよ、シウマイさんって」

「そうそう。だから年齢とか、肩書きがどうとかは、ゲームの中では関係ないんじゃないのかな」

 水祈夜も言った。「画面を通しての印象で、その人のキャラが決まるからさ」

「キャラですか」

 本村は、滔々と考えだした。

「シウマイさんと、一ヶ月近く音信不通になる前に、よく一緒に遊んでたプレイヤーって、他にはどんな人がいるんですか?」

「うーん。いっても大体似たようなメンツなんだけど」

 大槻は、タブレットを開いてパートナーシップのリストを確認しだした。「萌えないごみ君とか」

「萌えないごみ君は、今でも普通に交流あるよね」

 ラケルは言った。

「先月のイベントのとき、萌えないごみ君のことも誘ったんだけど、僕は恥ずかしいからいいですって、断られちゃったんだよね」

 水祈夜は言った。「でも、音信不通にはなってないよ」

「あと、ハハキさん」

「ハハキさんは、謎に包まれてるよね」

 ラケルは言った。

「ほんと、ふらっと現れて、淡々と任務だけこなして消えるよね」

 水祈夜は言った。「でも、トラブルになったりとかは、ないよ。寡黙な掃除人って感じ」

「あと、麗薇姫れいらひめ?」

「ああ! 麗薇姫懐かしい!」

 興奮気味に、ラケルは頷いた。

「一時期すごい来てたよね。イベントの前にはすでに音信不通だったけど」

 水祈夜は言った。「もうやめちゃったのかな」

「そんなもんかな」

 大槻は言った。

「その、先月のイベントのとき、シウマイさんが来なかったこと以外に、何かトラブルとかはなかったの?」

 本村はたずねた。

「ないよ。トラブルどころか、収穫があった」

「収穫?」

「僕たち、みんりえの二人に認知されてたんだよ!」

 飛び跳ねんばかりの勢いで、ラケルは言った。

「俺たち、地味だけどランク上げてきてるからね」

 誇らしげに、水祈夜は言った。「握手のとき、名前言ったら、『いつもシウマイさんって方と組んでますよね』『今日は四人一緒じゃないんですね』って。ランキング、ちゃんと見てくれてるんだなって、ちょっと嬉しくなったよね」

「じゃあヘンリエは、シウマイさんのこと知ってたってこと?」

 まいまいが言った。

「知ってたって言っても、ランキングなんて誰でも見れるしね」

 水祈夜は言った。「俺たち三人の名前聞いてシウマイさんの名前思い浮かぶのは、ランキングチェックしてる人ならあり得る話じゃないかな。リアルでの面識はないと思うけど……」

「でもシウマイさん、ヘンリエのフィギュア握ってたんでしょ? それって、『犯人はヘンリエだ』っていうメッセージなんじゃ……」

「もうー。まいまいまでそういうこと言う」

 水祈夜は笑い飛ばした。

「僕さ……」

 突然、ラケルが深刻そうな顔でうつむいた。「昨日からずっと思ってたことがあるんだけど……」

「何? 言って?」

 大槻がうながした。

「シウマイさんって、ヘンリエのファンだって言ってたんだよね?」

 ラケルは、水祈夜に向かってたずねた。

「うん。そうだよ」

「見れば分かるよ。あの棚、祭壇みたいだったじゃん」

 大槻は言った。

「でもさ、僕たちもう半年以上交流してるけど————誰か一人でも聞いた? シウマイさんが、ヘンリエのファンだなんて言ってたの」

 大槻、水祈夜、まいまいの三人は互いのようすをうかがった。ラケルは続けた。

「そりゃあ、ヘンリエやみんみんはイワツキ支部のアイドルだから、みんなが応援してるだろうけど、あれだけ熱狂的なら、知り合って最初の時点で公言しててもいいと思うんだよね。『ヘンリエのファンなんです』って。僕たちみんなあおいろをまもる会をプレイしてるんだよ? 誰もからかうわけないよ。むしろ、『ヘンリエとみんみんどっちが好き?』って、盛り上がるくらいじゃん。隠す必要なくない?」

 大槻たちは当惑していた。ラケルはさらに続けた。

「だから、〝自分はヘンリエなんて一切興味ありません〟みたいなふり、しなきゃいけない事情があったのかなって。ほんとはイベントにも来たかったけど、ゲストがヘンリエだって分かって、それもできなくなったのかなって。でも、シウマイさんが水祈夜君と会って、急にヘンリエの話を持ち出したり、わざわざ家にまで呼んで入手困難なはずのヘンリエのフィギュアを見せびらかしたり、『彼女』の存在をほのめかしたりしたから、二人の関係が公になることを恐れて、ヘンリエは————」

「待って待って」

 鈍痛でも堪えるように険しく目を閉じ、大槻は制した。

 恐怖ではなく、悲観に陥り、唇をへの字にうつむくラケルを、本村は傍観者のような熱意のない面持ちを浮かべながら、清らかな瞳で、まっすぐに見つめていた。

 大槻は言った。

「シウマイさんとヘンリエは、リアルで繋がってたってこと?」

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