「……池脇君」

「てつみちい」

「…………」

「池脇君」

「てつみちい」

「…………」

「いけわ」

「待てや今『ランプタワー周辺』掃除してんだろうが」

 正午を過ぎたあおいろをまもる会イワツキ支部。

 新米清掃員のてつみちは、地球のあおを守るため、仲間に背を向け、過酷な任務に勤しんでいた。

 さっさと『お掃除マイスター』の称号を手に入れ、この、生活感あふれる昭和レトロなキャニスター型掃除機を、『サイクロン式コバルトバキュームガン』にカスタマイズしてしまいたい。

「のみ込みは早いよね」

 テーブルに頰杖を突き、池脇の防壁のような背中を眺めながら、大槻は言った。

「元々、ゲームする人だったみたいだしね」

 本村も言った。玄人ばりの、指さばきとは、思いもしなかったが————。

「おめえよ」

 食い入るような目つきでスマホに向かいながら、池脇は言った。

 自動的に、大槻が答えた。「何だよ、もう」

「事件があった日の夜、どこで何してたんだよ」

「あ、そうだよ大槻。その日家に帰ってないんだって?」本村も言った。

「えー何それ。俺を差し置いて二人で探偵ごっこなんかやっちゃってんの?」

 へらへらと、大槻は言った。

「はぐらかしてんじゃねえ。答えられないってことは、やましい理由があんだろ」

「大槻、この際だから吐いちゃった方が楽になるよ」

「なんだよもとむまで。宮の城みやのしろ公園こうえんの辺り、ふらふらしてただけだよ」

「それじゃ答えになってねえだろ」池脇は言った。

「だってほんとにそうなんだもん。友だちとわいわいきらきらしてるだけが高一の春じゃないでしょ。ぼっちでゆらゆらぐるぐるしたいときだってあるじゃない」

「それは、分かるけど……」

 言って、本村はゲートの方に目を向けた。「あ、ラケル君だ」

 ラケルは目尻を垂らし、口元をにんまりと結びながら、少し焦れったい足取りでやって来た。

「何? にやにやしちゃって。俺たち今あんまそういう状況じゃないよ?」

 大槻は言った。

「いや、分かってるんだけど」

 目をそらして含み笑いをしながら、ラケルは言った。「下で、例のマダムに会っちゃった」

「え! いいなあ! 俺も見たかった!」

 ぴょんぴょんと跳ね上がりそうな勢いで、大槻は言った。

「まだむ?」

 本村は言った。

「うん。一階に、ガーデニング用品の専門店があるでしょ? そこによく来る、美人のマダムがいるんだよ」大槻は言った。

「いつも幼稚園くらいの息子さんと一緒に来るんだけどね、目が合ったらこう、うふって、微笑みかけてくれんの!」

 ラケルは、色っぽく首をかしげる動作をした。

「何もかも包み込んでくれるような、あったかーい感じだよね」

「いいよなあ。僕、もう一回育てなおされたい」

「俺、いい父親になれるかな?」

「ミニトマトとか、育てようかな」

 顔をふやかしながら、大槻とラケルはぬるま湯の妄想に浸かっていった。

 あほか。特大ガービッヂを吸引し、池脇は思った。

「あ、てつみち君、早速プレイしてんの?」

 ラケルは池脇の背中に目を向けた。「パートナーシップ、申請してもいい?」

「あ、はい。だいじょぶっす」

 ようやく防壁をひっくり返し、池脇は仲間を受け入れた。

「あ、俺もー」

 いそいそと、大槻はネイビーのバックパックからタブレットを取り出した。

 池脇のスマホに、ラケルとからすうさぎからのパートナーシップ申請が順に届いた。

 からすうさぎのキャラクターは、水色のシャツとスカートに、ピンクの長髪、うさぎの耳をつけていた。

「これさ、そこそこ人気出ると思うんだよね」

 大槻のタブレットを覗き込み、うさ耳のキャラクターを指して本村は言った。

「でしょ? 俺も思ってる。あとはタンクに羽つけてジャンプブーツ装備すれば完璧なんだよね」

「フィギュア化待ったなしじゃない?」

「されたら買ってくれる?」

「要らない。メイリスいるもん」

「だよね。からすうさぎちゃんがどんなにかわいくて優秀でも、貴公子の部屋に居場所なんてないよね」

「メイリスって?」

 ラケルがたずねた。

「貴公子の、彼女」

 大槻が、にやりと歯を見せて答えた。

「ええ! 貴公子君、彼女いるんだ」

「彼女じゃないです。お姫様みたいなものです」

 訂正を求める気などないように、本村はイスに大人しく収まったまま述べた。

「えーやば。愛がファンタジー過ぎるよ」

 ラケルはほうっと息つくように感嘆していた。池脇はじっとりとした目つきで、ラケルの純粋が冒されるのを傍観していた。ラケルは続けた。

「だから『ほほえみの貴公子』なんだね」

「そういうわけでね、貴公子は他のアイドルやキャラクターなんて、興味ないの。ヘンリエとみんみんどっちが好き?って聞いても、日替わりでどっちかの名前答えるだけだから、やめといた方がいいよ」大槻は言った。

「そうだ! 僕、その話しようと思って来たんだよ!」

 ラケルは勢いよくテーブルを叩いた。

「ヘンリエとみんみん、どっちが好きって話ですか?」

 本村は言った。

「ちがうちがう。昨日、みんりえが配信した動画のことだよ。三人とも見てないの?」

 池脇は、もちろん見ていなかった。大槻と本村は首を振った。

「二人、何か言ってたの?」

 大槻はたずねた。

「動画自体は、普通に————いつも通りゲームの実況でさ、何も問題なかったんだけど————」

 ラケルは深刻そうに眉を寄せた。

「コメント欄に、誰かが書き込んだんだよ。『ヘンリエ、ファンを資に追いやったらしい』って。そこからすぐに噂が広まって、今、ヘンリエのSNSとかコミュニティが荒れてんの」

「ファンって、シウマイさんのこと?」

「分からないけど————。今このタイミングでそんな書き込みがされるなんて、事件のこと指してるとしか思えないっていうか————」

「書き込んだ人は、どこからその情報を得たんですかね」

 本村は言った。

「二次情報三次情報じゃないの?」

 飽き飽きとしたようすで、大槻は言った。「『岩月市内のアパートで住人が殺されたらしい』『殺された人はヘンリエのファンだったらしい』『殺された人とヘンリエは繋がってたらしい』『犯人はヘンリエらしい』————。俺らだって、事件のあと、簡単にその流れになったじゃん。訴えられるの覚悟で人気者叩きたい人には有難い粗悪情報だよ」

「粗悪情報かもしれないけどさ、シウマイさんが握ってたフィギュアのこと思うと、純粋に擁護できなくて————」

 思いつめたようすで、ラケルはうつむいた。

「勝手だよね、僕。握手してもらったときは、『ヘンリエかわいい』、『ヘンリエいい人』って、あんなに浮かれてたのに。今じゃネットに書かれてることが全部、『ヘンリエが犯人だ』っていう証拠みたいに思えるんだ」

「明日、ラジオの公開放送でサテライトスタジオにみんりえが来るよね? それ、どうなるんだろ」

 大槻は言った。

「さあ。まだ欠席とかは言ってないけど。でも、みんみんはすごいよ」

 ラケルは、感服したようすで言った。「騒動のあと、『ネットの世界にもゴミのような情報があふれています』『あおいろをまもる会のみなさんはそれらを見極め、正しくお掃除ができていますか?』って、自分のSNSに投稿したんだ」

「遠回しにヘンリエをフォローしてファンを安心させつつ、さらに遠回しに書き込んだ人をたしなめるメッセージですね」

 本村は言った。

「うん。それも自分のキャラ設定を忘れずにだよ? もう、単なるご当地ゲーマーじゃなく、プロのパフォーマーだよ」

 ラケルは噛みしめるように言った。

「今のヘンリエの人気は、みんみんがいるからなんだよ。イワツキ支部最強お掃除アイドル『みんりえった』は、二人で一つなんだよ」

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