シロクニビル。

 岩月駅いわつきえきより程近い場所に立つこのビルは、ロボット掃除機やスマートトラッシュボックス、生ゴミ用冷凍庫などの家庭用ゴミ処理家電ショールーム、環境に優しいエコ洗剤のストア、VRゲームセンター、サテライトスタジオなどが入った、ゲームとエコロジー関連のテナントが多くを占める複合型商業施設だった。

 中でも四階の『あおいろをまもる会イワツキ支部』は、会員制のカフェテリアとなっていた。サバイバルお掃除ゲーム『あおいろをまもる会』のアカウントを取得していれば、誰でも利用ができるというシステムだ。


 イワツキ支部のゲート前で、池脇はゲームアカウントを作成した。どうせやり込むこともないだろうと、アプリに適当なIDとパスワードを打ち込んだ。

 スマホをリーダーにかざし、会のメンバーとして、認証を受ける。

 会員制という謳い文句だが、即席のアカウントで容易に入場できるなら、差別化も特別感もないなと、池脇は思った。


 イワツキ支部は水色を基調とした清潔感のある内装だった。

 カフェメニューが提供されるカウンターは手書きのポップもボードもないシンプルなもので、そばには缶詰フードの自販機や、『田狭たばさ電機でんき』の最新式のゴミ箱などが設置されていた。

 広々としたフロアには窓際からロフトまで、多種多様な座席が用意されている。来場者————あおいろをまもる会会員————たちは、デバイスを手に任務に勤しんだり、勉強に励んだり、サンドウィッチを食べたりして過ごしていた。

「ここのキュウリサンド、なかなかうまいよ」

 動くたびにギラギラ光る玉虫色のバックパックを背負った本村は、フロアを見回しながら、大した情報でもなさそうに言った。


「貴公子、こっちこっち!」

 ドーナツ型のソファベンチから男が呼びかけた。

 スモーキーブルーのTシャツにくたびれたジーンズ、腕にスマートウォッチをつけた、高校生くらいと思われる男だった。

 同じソファには、同年代らしき男が他に二人、腰かけている。

 高貴な呼び名を拒みもせずに、本村は男たちの待つ席へと向かった。

「待ちました?」

「んーん。俺らも今来たとこ」

 スモーキーブルーの男が言った。いかにも陽気な口調と表情だが、洒落っ気のないさらさらの黒髪とあだっぽい瞳は、どこか古風で雅やかな雰囲気を漂わせていた。

 ドーナツ型のソファに、均等に、五人のエージェントは着席した。

 駆り出された置物のような池脇、どんなときでも間の抜けた無表情の本村、気楽な笑みのスモーキーブルー男、その隣の二人の男たちは、本村の開ききった扇形の頭髪をさりげなく目視していた。

 池脇は、スモーキーブルー男の足元で光るそれを見た。

 ギター・ギャンのスニーカー、90sナインティーズバブルガムボーイシリーズ、ダイアモンド×ベリーベリー————。

「紹介するね。こちらラケル君」

 スモーキーブルーの男は、隣に座る男をさして言った。

「初めまして」

 男は言った。ハーフパンツにジャージ上、サンダルというカジュアルな服装で、すっきりとした短髪と笑顔は、清潔感であふれていた。

「それから、水祈夜みきよ君」

「どうも」

 さらに隣の男も言った。シンプルなジャケットにスラックス、雑誌の手本のように、艶やかに、正確にセットされた髪。

 水祈夜は、本村と池脇を見てきらめく顔で微笑んだ。池脇は思った。貴公子と呼ぶのなら、こちらの方がふさわしい————。

「ラケル君、水祈夜君、こちら、ほほえみの貴公子君です」

 スモーキーブルーの男は本村をさして言った。初めましてと、本村は扇頭を揺らした。

「そしてこちらが————」

 スモーキーブルーの男は、池脇の方を見た。「ミートスパ君です」

 池脇は目を見開いた。『貴公子』よりも、見当違いの称号を充てがわれた気がした。

 とっさに、本村が言った。

「えっと、ミートスパ君は急用で来られなくなってしまったんです。なので、今日は代わりにこちらの————」

 本村は紹介に詰まった。「名前、まだ決めてなかった。なんにする?」

「なんでもい」

 元からの老け顔をさらに老け込ませ、池脇は言った。

「こちらの、『てつみち』君を助っ人として連れてきました!」

 即座に、高らかに、本村は言った。

「おおー」

 ドーナツの穴の中に、乏しい拍手が起こった。

「俺、からすうさぎっていいます」

 やっと、スモーキーブルーの男が自己紹介をした。「よろしくね、てつみち君」

 よろしくねと、ラケルと水祈夜もそれぞれ言った。

 誰も、愛想のない新参者の池脇を、排除しようとする動きは見せなかった。それどころか歓迎を表し、和気あいあいとした雰囲気だ。

「じゃ、どうする?」

 本村は言った。「早速てつみち君の腕前見てみる?」

「その前に、ちょっと話したいことがあるんだけど……」

 不味い笑みを浮かべ、からすうさぎは言った。

 ラケルと水祈夜も、和やかだった時間を止め、訳ありげな表情になった。

「え、何。やっぱりミートスパ君じゃなきゃだめ?」

「いや、全然、そうじゃなくて」

 からすうさぎはバックパックからタブレットを取り出した。

「とりあえずこれ、見てくんない?」

 からすうさぎが見せたのは、あおいろをまもる会のチャット画面だった。

 今日の日付で、『紅人』という人物から、たった一行のメッセージが送られてきている。


『シウマイが消えた』

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