「てつみち君にも分かるように、説明するとね」

 目新しいものでも披露するような揚々たる調子で、からすうさぎは言い出した。「んー、まず、どっから話せばいいかな」

「どうして今日、てつみち君が助っ人として呼ばれたのかは、知ってる?」

 水祈夜が、優しく語りかけるようにたずねた。

「浦————いや、ミートスパ君が来られなくなったからで……」

 池脇は言った。

「その、ミートスパ君もね、他の人の代理で来てもらうことになってたんだ」

 ラケルが言った。

「元々来てもらう予定だったのが、ここに書かれてる『シウマイ』さんってわけ」

 タブレットを指し、からすうさぎは言った。

「あおいろをまもる会は単独プレイも普通に楽しいけど、それ以外にも、本部からいろいろな任務が送られてくるんだ」

 水祈夜は言った。

「僕たちはよく、『夜中にシウマイたいラゲルうさぎ班』として、四人一組の任務に参加して、ランキングの上位を狙ってたわけ」

 ラケルは言った。

「え、待ってください。四人、て?」

 池脇はたずねた。

「俺と、ラケル君と、水祈夜君と、シウマイさん」

 からすうさぎが答えた。

「じゃあ、お前が代わりにやればよかったんじゃね。わざわざ俺呼ばなくても」

 池脇は、本村を見て言った。

「ああ、僕はだめだめ」

 本村は顔の前で両手を振った。「アクションとかシューティングはだめなの。ちまちま町作ってる方が好き」

 あっそ、と、なぜか損した気分になって、池脇はからすうさぎたちの方に向き直った。

「それでね、先月の頭に、ここの上の会場でイベントがあってね」

 からすうさぎは続けた。

「そうそう! 公開ゲーム実況したんだ」

 楽しそうに、ラケルは言った。

「ヘンリエとか、みんみんとか、イワツキ支部のランキング上位の人たちが結構集まったんだよ」

 水祈夜は言った。

「へんりえ?」

 池脇は言った。

「『ヘンリエッタ45よんじゅうご』、略してヘンリエ」

 本村は説明した。「ヘンリエとみんみんはランキングの常連で、二人で一位と二位独占したり、動画サイトに顔出しでゲーム実況上げてたり、イワツキ支部のアイドル的存在なんだ。二人合わせて『みんりえった』って呼ばれてる」

「俺らはまだまだ下っ端清掃員だから、もちろん、イベントにはプレイヤーとしては招待されなかったんだけど、俺、運よく観覧のチケット当てちゃってさ」

 屈託なく笑って、からすうさぎは言った。「それで、他の三人を誘って、丁度いい機会だし、イベントの日に、初めてリアルで会ってみない?ってことになったんだ」

「で、いざイベント当日になってみたら……」

 水祈夜は言うと、少し困った顔をして、同調を求めるようにラケルの方を見た。

 ラケルは頷き、真剣な顔で説明を繋いだ。「シウマイさんは来なかったんだ」

 からすうさぎは言った。

「俺らも別に、シウマイさんを責めるつもりはないよ。いくらゲーム内でなかよしとはいえ、現実で会うのは、結構勇気がいることだし。それは、いいの。でも、不思議なのはね」

「シウマイさん、ぱったりゲームに来なくなっちゃったんだよ」

 ラケルは言った。

「そのうち、パートナーシップも解除されて」

 水祈夜は言った。

「パートナーシップって?」

 池脇はたずねた。

「フレンドとか、相互フォローみたいなもんだよ」

 本村が言った。

「所詮ネット上での関係なんて、こんなもんかって思ったけどさ。そのあと、水祈夜君がね」

 平気な顔で言い、からすうさぎは、ちらりと水祈夜の方を見た。水祈夜は言った。

「うん。パートナーシップは解除されちゃったけど、シウマイさんのアカウント自体はまだ生きてたし、ブロックもされてなかったから、パートナーシップの再申請は送ってたんだ。そしたら、一ヶ月くらい経ったときかな。ある日急に承認されてさ」

「パートナーシップ、復活ってことですか?」

 本村がたずねた。

「一応はね。今までのこととか話して。イベント、行けなくてごめんとか、みんなどうだったとか。もし許してもらえるなら、リアルで会いたいけど、四人で会うのは怖いって。だから、昨日の夜、みんなには内緒で、俺とシウマイさんだけで会う約束をしたんだ」

「それで、会えたんですか?」

 だんだんと積極的になり、本村は聞いた。まどろんでいた瞳が、輝きはじめている。

「うん、会えたよ」

 思い起こしながら、水祈夜は言った。「なんだろ。言っちゃうと、平凡な人っていうか————。あんまりみんなに説明できるような特徴、ないなあ。すごく腰の低い人だったけど。あ、髪後ろで結んでた。多分大学生くらいだったと思う。カラオケ行って、そのあとシウマイさんちに行って————」

「家にも行ったんですか?」

 驚いて、本村は言った。

「うん。俺もどうかなとは思ったんだけど、シウマイさん、カラオケ苦手だったみたいで。自分の家、歩いて行ける距離だし、そっちの方が落ち着くからって」

「そのあとは?」

「そのあと、少し話して————ほとんどはゲームのことなんだけど。シウマイさん、ヘンリエのファンなんだって。かわいいよねって。そんなに好きなら、やっぱりこないだのイベント来ればよかったのにって。そのあと急に彼女が来るって言い出すから、悪いと思って帰ったよ。だから、そんなに長くはいなかったし、これといった話もしてないんだ」

「一ヶ月、音信不通だったのは?」

「それについては聞かなかったよ。なんか責めるみたいになっちゃうでしょ? 自分から言わないってことは、それなりの事情があるんだよ。ネットで知り合った人に根掘り葉掘り聞くのって、なんか野暮じゃない?」

 にこりと微笑んで、水祈夜は言った。

「はあ」

 ため息混じりに、本村は答えた。

「そんで今日の昼過ぎに、俺の方に届いたのがこれってわけ」

 からすうさぎが、再度タブレットのメッセージを出した。

 本村と池脇は、少しの間、とりとめもなくその画面を見つめた。

「え。消えたの? シウマイさん」

 本村は言った。

「さあ。知らない。ていうか『消えた』っていうのも抽象的過ぎて意味分かんないし。この人もパートナーシップ解除されたのかと思って聞いてみたけど、返事来ないし」

 からすうさぎは言った。

「うさぎ君にこのこと聞いて、シウマイさんにメッセージ送ってみたんだけど、一応届くんだよね。だからアカウントは生きてるみたいなんだけど」

 水祈夜は言った。「返信は、まだないんだ」

「この、『紅人』って人も、みんなとパートナーシップ組んでるの?」

 本村は聞いた。

「ううん」

 からすうさぎは答えた。「でも、『夜中にシウマイ平ラゲルうさぎ班』も、俺の個人アカウントもゲーム内のランキングで公開されてるし、俺、パートナーシップ外からのメッセージも拒否してないから、知らない人からメッセージ届いても別におかしくはないんだ」

「じゃあ、いたずらじゃないんすか?」

 池脇は言った。

「うん、それもあり得るけど。俺らシウマイさんとあんなことになったばっかだし、水祈夜君に相談したら、返事来ないって言うしさ。なんか心配になっちゃって」

「行ってみればいいんじゃないですか? シウマイさんち」

 発したのは本村だった。

 本村は、あまり上等とは言えないソファに身を落ち着け、頭に扇を挿しながら、ぼんやりと一同を見渡していた。

「行くって、俺たちが?」

 軽く笑いながら、からすうさぎは言った。

「うん。だって水祈夜君、住所知ってるんですよね?」

「知ってる、けど————」

 水祈夜は、意見を求めるようにからすうさぎとラケルの方を見た。「一回会っただけだし」

「無事かどうか確認しに行くだけですよ。見に行って、元気なら、それでいいじゃないですか。このメッセージのこと知ったら、シウマイさんも、僕らが心配して家にまで来た気持ち、分かってくれますよ」

「そう、かな……」

 水祈夜は再度からすうさぎとラケルの顔色をうかがった。二人は、乗り気ではないが悪くもないという顔をした。

「じゃ、決まりですね」

 本村は立ち上がった。三人もつられるように立ち上がり、ぞろぞろと席を後にした。

 気づいているのだろうか。

 最後に重い腰を上げながら、池脇は思った。

 お前たち三人は失われたシウマイを探すために導かれた勇者などではない。マップの上に刺激的な宝箱を見つけた、賢者の顔をした道化に、ほら、あそこまで導けと、善意という秘術によって操られた、体のいい使い走りなのだぞ。


 一同がゲートに向かうと、入れ違いに、一人の会員が入場してきた。

 マスクをし、パーカーのフードを深くかぶり、存在をひた隠すように身を縮こまらせながら歩いていたが、その手脚はすらりと長く、フードの口からは、長い髪が垂れ出ていた。

 誰も、その人物のことを気にかけなかった。池脇はVRゲームをしに行きたいと考えていた。

 フードの人物は空になったドーナツ型のソファに浅く腰かけ、スマホを取り出した。

 それから、メッセージを打った。


『シウマイさんこんにちは』

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