シウマイさん失踪事件

@pkls

 西暦2165年。

 世界はゴミであふれていた。


 空は灰に覆われていた。

 鳥が舞った、誰にも触れることのできないその青を、僕たちは知らない。

 森は枯れた。

 虫や動物たちが息づいた、鮮々と脈打つその蒼を、僕たちは知らない。

 水はとうに腐っている。

 草や魚が活きた、かたちなく透きとおるその藍を、僕たちは知らない。


 むかしのひとが、棄てたものを、僕たちは知らない。



 ヘンリエッタ45は物陰に身をひそめていた。

 イワツキシティ、イワツキステーション前、P型ガービッヂ回収作戦。タンクの空きは、残り僅かだった。

 ベチョリ、と、踏み出したブーツに、ヘドロがからみつく。

 汚損した街。

 転がる瓦礫、腐敗臭、粉煙のような空気。

 ここがかつてのオフィス街とは、とても信じられない。


「キュイイイイイイイイ!」

 突如として現れた、人型の生き物。

 P型ガービッヂは軽量な体を持ち、すばしっこくありながら、鋼のように強靱だった。

 路地の向こうから、みんみんが滑るように飛び出してきた。

 省エネ型、小型アイトラバキュームガン。みんみんはそれを構えると、ガービッヂに向けて吸引を始めた。

 金切り声が、耳をつんざく。

 ノズルに吸い込まれながら、怨念のこもった声で、ガービッヂは呻いた。


「オマ゛エダチノ、ゼイダ————」


 ヘンリエッタ45は思い出していた。かつて、自分が新米清掃員だった頃、博士が言っていたことを。


『あれは、我々が創り出したものだ————』


「あそこに!」

 みんみんは廃墟のビルを見上げて叫んだ。屋上の大気が黒くよどみ、虹色の光の筋を放っている。

 本能が、知っている。危険なもの。有毒なもの。近づくべきでないもの。

 だが、美しいと感じてしまう。その理由が、未熟な僕らには、分からない。

 二人はビルの外階段をかけ上がった。腐敗し、脆くなったそれは、ところどころ足場が抜け落ち、手すりが潰れ、規則的な形状を成していない。さまようはずのない、ただ一路の、危険地帯————。

 行く手を、ガービッヂの群れが阻んだ。

 みんみんは即座にバキュームガンをブロワガンに切り替え、噴射した。

 数体のガービッヂが手すりの向こうへ吹き飛ばされた。だが、ガービッヂは雪崩れるように、次から次へ押し寄せる。

「ここは私に任せて!」

 みんみんはブロワガンを強モードで噴射した。ガービッヂの群れが、大きく宙に舞い上がる。「行って!」

 ヘンリエッタ45は階段をかけ上がった。右手に広がる景色。暗く沈んで見えるのは、夜のせいだけではない。美しくない。使いものにならない。それ自体が、巨大なゴミと化した街————。

 屋上の手前まで来ると、身をかがめ、じわじわと顔を覗かせながら、標的のようすをうかがう。

 くず物で埋もれた傾斜面に、根をはるようにへばりつく、ツギハギだらけの、巨大な生き物。

 その見た目は、多彩で、透明で、玩具のように、愛らしい。

 だが体温がない。血も涙もない。怨念以外の、心がない。強固で執念深い化けもの。SSR級、P型ガービッヂ————。

 ヘンリエッタ45は階段から飛び出し、吸引をし始めた。愛用の、耐水破砕焼却圧縮装置付、サイクロン式アクアバキュームガン。

 けして遅くはなかった。だが、ガービッヂはバキュームガンの高速気流をすり抜け、鋭利な小物体を吐き出しながら、攻撃をかけてきた。

 ヘンリエッタ45は跳ね動きながら攻撃を回避し続けた。スパイクブーツを装備しているとはいえ、ごみくずに足を取られてしまっては、すばやさが鈍ってしまう。

 一瞬の隙をつき、転がるようにガービッヂの背後へ回る。ヘンリエッタ45は、再度吸引を始めた。

「ヘンリエ!」

 かけつけたみんみんが加勢した。ガービッヂはその身を二股に引き裂かれ、砕けた自身の断片を弾き飛ばしながら、二台のバキュームガンに引きずり込まれてゆく。

「ギュオオオオオオオオ!」

 飛び散るガービッヂの破片が、ヘンリエッタ45の頰をかすめた。

 バッテリーのランプが点滅し始めた。細り、呻きながらも耐え凌いでいたガービッヂがうずくまり、はじけんばかりに発光しながらその身をふるわせた。

 ヘンリエッタ45はバキュームガンを握る手に力を込めた。次の瞬間、ガービッヂの体は分かれ飛び、火球のように、勢いよく二本のノズルに吸い込まれた。


『任務完了! 任務完了! 任務完了!』


 くず物のあぶれた地面に、ひとすじの光とともに、緑の新芽が生まれ出た。

 ヘンリエッタ45とみんみんはマスクを外した。

 爽やかな風が吹く。

 これは束の間の衛生か。

 僕らの仕事に、意味はあるのか?

 もう、手遅れではないか?

 あの空に青を取り戻せる日は、やって来るのか————?


『あおいろをまもる会イワツキ支部 月間成績ランキング

 第3位 ぼれんだー

 第2位 みんみん

 第1位 ヘンリエッタ45』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る