第5話 寂しい朝

 クンクン、クンクン


 むずがるキツネさんと顔を近づけ合っています。時折、くすぐったいのか笑い声が漏れていますね。いけませんよ? キツネさん。なので、極めて真面目に取り組みまねば。


「ふっふっふー。ふがふが。」

「にゃは、ぬふふ。」


 怖いオジサン役で近づいて、キツネさんに慣れさせようとした結果……、不本意なじゃれ合いに終始してたのしんでしまった。

 キツネさんの笑顔が見れたので良しとしましょう。


 チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえ始めました。遊び過ぎたかもしれません。朝食の用意と体の手入れを済ませるようキツネさんを誘導します。


「キツネさん、起きてくださいね? 今日は朝食前に洗濯を済ませてしまいましょう。」

「はーい。」

「遅くなる分、を食べて良いですから。」

「はい、頑張ります! すぐ洗いましょう!」


 キツネさんが現金になっていく気がします……教育が間違っていないと思いたい。

 テキパキと洗濯物を集め、外に走っていくキツネさんを見送り、ふと思う。


「昨日の苦労は、何だったのか。はぁ、クマゴロ氏との約束の時間を考えると、模様替えをした方が良いかもです。」


 白い布テーブルクロスでテーブルを覆い、花を木の容器に挿し飾ります。ニオイを誤魔化すため、石を削った容器に炭を入れて準備しておく。朝食後に火を点けて、私たちのニオイをアレしましょう。


「先生、終わったー!」

「……早いですね。ちゃんと昨日こぼしたシミも洗いましたか?」

「こほん。『良いですか? 失敗を恐れてはいけません。』」

「ちゃんと洗ってきなさ、あ、待ちなさい!」

「やーだー!」


 ソファの周りを逃げるキツネさんですが、私から逃げられると思っているのでしょうか。

 遊びたいのかもしれませんが、お客様がいらっしゃいます。首根っこをつかみ、つるしたキツネさんに優しく慈愛に満ちた御願いをするとつめでなでると、快諾してくれました。


 優しい子に育ってくれて、上司として鼻が高いです。


 爪をしまい、洗濯に戻るキツネさんを見送ります。尻尾を股の間に挟んでいたようですが、何かあったのでしょうか。

 ソファのシワも伸ばし、テーブルの用意も終えて……。


「キツネさんの様子を見に行かないと。」


 準備の整った事務所を見て、首肯する。高級な店ではないが、十分だろう。


 外からキツネさんの悲鳴が聞こえた。危険要素は無かったはず、と思いながらも体は外へ急ぐ。心配なのです。

 入口扉を開け、洗濯のために注文したあつらえた桟橋を見る。

 桟橋から身を乗り出し、川に落ちた洗濯物を掴もうとするキツネさんの尻尾が見えた。

 ……あ、落ちた。


 水へ『問いかけ』、洗濯物を回収した私を見て、ずぶぬれのまま走り寄ってくるキツネさん。

 笑っている? ? 体が冷えたのか震えているじゃない。

 怒らないまでも、じっと見つめる私は真顔だったろう。私に触れようとしたキツネさんの手を払い除け、ため息をついてしまった。


 失策だと気づいた時、キツネさんは駆けだした。まるでように。




 その日、クマゴロ氏との面会を終えても……キツネさんは戻らず、用意した朝食は冷え切っていた。

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