第3話 ソファという密室

「……良くできました。」

「あ、ネコミ先生。もどっちゃった。」

ネコの姿こっちが慣れていますから。」


 社交の場でも通用する程度には、なっただろう。本当に、キツネさんの飲み込みは早いはやすぎる。生徒の前で息切れる姿を見せないよう、講義内容を変更した。


 屈辱。


 キツネさんを連れ、丘の東屋に戻って体の手入れをシャワーをあびさせる。

 キツネさんが個室に入ったのを見届け、私は椅子に崩れ落ちた。


「いたた、年とは思いたくないわね……理解が異常に早い、勉強以外は。」


 疲労回復を図りたいけれど、薬棚にあるはずのネコミ印の飲料が消えていた。出張の間に、キツネさんが漁ったのかもしれない。事務所に戻るまでは、この痛みに耐えなければ。

 座って出来る項目を書き出し、キツネさんの戻りを待つ。嫌がるだろうけれど、今日は譲れない。腰がピリピリします……。


「ふんふーん、せんせーいるー?」

「いますよー。」


 確認する。1か月の攻防で、やっと一人で入るようになった。しかし何度も扉越しに確認する。返事を忘れると、濡れたまま探しに来て……床掃除が大変だった。

 どうにか慣れて欲しい。と報告にあった、遊びの中で少しずつ慣れてもらうようにしよう。


「せんせー、あがったよー?」

「ちゃんと拭いてから出て来てください。」

「はーい!」

ソファここに座ってください、拭きますよ?」


 元気よく返事をしているのに、水を滴らせながら出てくる……キツネさんをソファに呼び、乾いた布で包むように髪の水分を取っていく。

 水分をある程度取れたので、櫛を持ちながら『問いかけ』をして温風で髪を乾かす。

 きれいな毛色です、きちんと手入れされてきていれば——野暮な事を考えました。


「はい、乾きましたよ? キツネさん、抱きしめても良いですか?」

「うん! ぎゅー。」

「……キツネさん、少し遊びましょうか。」

「んしょ、どんな遊び?」

「今から私がソファから見える範囲で隠れます、私を見つけてください。『問いかけ』も、して良いですよ。」


 ちょっとだけキツネさんの目が揺れたように見えたが。一度、見せておいた方が良いかもしれない。キツネさんに「ちょっと消えてみますね?」と言い、『問いかけ』をしてみる。

 私をつかむ手に力が込められた。


『私は眠りを誘う』


 ぼんやりと私の体が緑色の光に覆われていく。キツネさんと見つめ合う形なので表情を見ながら。


『あなたは、どこを見ているの?』


 緑色の光がゆっくりと散っていくにつれ、私の体も透けていく。良くある潜入用の『問いかけ』であり、いずれキツネさんにも覚えてほしいから。

 あと一節で完全に姿が消える、という所で。しかし、キツネさんの変化は予想の斜め上をいく。





「え? あ、先生が、消えちゃう……いや! 先生消えないで!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る