第16話 芳醇
「あと2日でしょうか。」
領域の向こうに見えるキツネさんは聞いていたよりも頭一つ分、大きい。キツネさんにしては早かった、と言えるかもしれません。必死に駆ける顏を見るに……穏やかな面会ではなさそうです。目に涙を浮かべているのはなぜでしょう。黒から説明を受けたはず。
約2000年。
外では5年程度だったでしょうか。キツネさんの容姿の変化よりも扱う『問いかけ』が荒々しいことを危惧すべきかしら。
ここの所、毎日様子を見に来ているので初回の喜びは薄れてしまいました。もう少し笑顔で入ってきてくれれば……野暮ですね。
今日あたり、ジャムやベッドの用意もしておかないとですし。あと服も新調しておかないと。可愛らしい飾りよりも淑女然とした服にしましょう。今のキツネさんには、そちらの方が似合いますね。
黒にも手紙を書きましょう。もっと鍛えておきなさい、と。
小道を歩きながら考えます。キツネさんは、どんな声なのかしら。どんな思い出話を聞かせてくれるのかしら。どんな——
「フフ。楽しみがあると毎日が楽しい、とは言い得て妙ですね。おっと。独り言が多いと勘づかれるかもしれません。自重自重。」
少し軽くなった足取りで準備を開始します。
事務所の施錠よし。昼食と着替えの服と、いくつかの書類と……よし。
事務所前の階段を下りている時、領域に誰かが触れたようで。領域が震えた。
少し急ぎ入口へ向かいます。
私が着いた時には、キツネさんの上半身が入ってきているところでした。外から見れば一瞬で吸い込まれたように見えるかもしれませんね。
ゆっくり地面に落ちていくキツネさんへと近づき、着替えの服を広げます。
「はぁ、はぁ、やった。入れた……先生は?」
「おかえりなさい。キツネさん。」
「先せ——だれ?」
「あら? 初見で気づかれるとは。はじめまして、ネコミと申します。先代からの
「先生は……?」
「着替えを。歩きながら話しましょうか。」
着替え終えたキツネさんに昼食を渡し、歩きます。まずは事務所に向かった方が良いでしょう。
キツネさんは「なぜ外に出されたか」について聞いてきました。黒は何を説明したのでしょう。取り決め通りの返答をすると、少し考え込んでいるようでした。思っていた反応と違いますね……。先代の質疑応答および対処要領では、このような場合には……。
「きっと、事務所にヒントがあるかもしれませんよ?」
ガバっと顏を上げたキツネさんは走り出し、事務所の階段を上っていきました。開いてませんよ?
「開いてない! 早く鍵!」
「はいはい、もっと可愛げのある子だと聞いていましたのに。」
「もしかして——いえ、なんでもありません。」
事務所の開け方を忘れてしまったのか、教えられていなかった? 疑問に思いながらも開錠すると、一目散に机に走っていきました。迷わずそこへ行きますか。
引き出しを確認したキツネさんが、あっさりと引き出しの『問いかけ』まで解いたことに驚くのも束の間、事務所を出て駆けていきました。風の子……託通りですよ。ネコミさん。
パサッという音で床に紙片が落ちていることに気づきました。その字は懐かしく、そして誰に宛てたかを聞かずとも分かりました。ふわりと独特な深みのある香ばしい珈琲の匂いが、鼻を掠めた。
『いつものソファで、お待ちしています。ネコミ』
――――――――――――――――
* 時間経過について
前述の”外の10秒≒内の4時間”から”外の10秒≒内の100時間”になっています。
猫上司とキツネ耳のソファ談義。 あるまたく @arumataku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます