第12話 私と助手の予定
「何です? その、何を言って良いのか分からない顏は。」
「え、あ……先生の声?」
私の声は聞こえているようですね。声が聞こえるからこそ迷う。判断が鈍る。
「見て分かるでしょう、なぜ戻ってきました?」
「だって、約束……。」
嬉しい。覚えていてくれた。キツネさんにとっては、1日内の出来事かもしれませんが。
キツネさんに対峙している
でも一度理解すると、読みやすい『問いかけ』ですよ。
「ああ、本気にしたの。冗談じゃないし。」
「え? でも——」
「全部、ウソですよ。あなたを安定させるためなの。」
胸が痛い。あらかじめ言うセリフは決まっている。だからこそ、つらい。
教え子とは必ず約束をして送り出す。そして、突き落とす。
「あなたには、道がある。『黒』が導くでしょうに。」
「――いや、いや! 先生は、そんな事言わない!」
「……あなたは、私を見ていない。あっと、言ってはいけなかったかしら? ごめんあそばせ。」
首を振り、俯いたキツネさんに言う心無いセリフ。私ならば、まず言わないセリフの数々を気づくでしょうか。だいたい、あそばせって。私は貴族のような言い方をしませんよ。
そして声を上げずに笑う仕草をする『問いかけ』も見てください!
「偶像を追うのは、やめませんか? 演技も。」
「演技じゃないもん! さっきから変なのは先生だもん!」
分かってはいますが、言われるとクルものがあります。ちゃんと顏を上げたようで、次の言葉を聞けば気づくでしょう。
『……回答を。』
「え? 何の回答?」
『回答ではありません。残り2回です。回答を。』
あぁ、つられて答えてもダメなので。何気に惜しい回答でした。
不用意に答えてはいけないと思ったのか黙り込むキツネさん。何も言わなければ、ずっと待ってくれる事にも気づくでしょうか。
なぜ森から出てきたのか、は分かりません。
でもキツネさんの恰好を見れば、予想はできます。送った置物を追い、私に関する発言が原因で、あちこち移動したのでしょう。裾も手も髪まで汚して。
まったく、仕方の無い子ですね。
もう少しにらみ合いが続くかと思っていると、可愛らしい音が聞こえてきた。お腹がへったのでしょうか。見た所、食べ物を持っていないようです。
あら、背を向けて座り込んでしまいました。キツネさんが食欲に
地面に何かを書き出している? 解く事を優先するのも良いですが、しっかり食べる事も大事ですよ?
「ふふ……。」
いけないいけない。声が漏れてしまいました。様子に変化が無いので聞こえてはいない、ですね。今のうちに食事の用意だけでもしておきましょう。
料理の片手間にキツネさんの様子を見ると、少し動きがありました。耳がピンっと立ち、尻尾がゆらゆらと揺れて——と自身で押さえてしまいました。どうしたのでしょう、可愛いのに。
山菜をザク切りにして土鍋に入れて煮立たせます。香りは飛びますが、苦味を取らないと食べられない子もいますし。そういえば、保存していた豆が美味しくなった、と紹介されたアレも入れておきましょう。
火を小さくしてから、のり状のアレを入れて溶かしていきます。教え子たちは「おいしい。」と食べてくれましたが、キツネさんはどうでしょう——
——と、視線を投げて違和感を覚え、手が止まりました。キツネさんは地面に書かれた「戻ってきたよ」という文字を指差し、こちらに
これでは『問いかけ』になりませんね……。
こほん。
「バレたとしても、回答はしてもらいますよ? しっかり考えて答えてくださいね。」
「ーー!」
うーうー唸ってもダメです。あまり大きな音を立てると、間違いにされてしまいますし。
地面に大きく「ケチ」って、
「普段の私は、どんなでした?」
「いじわる」と書かれてしまいました。現状説明も無く、会いに来た助手を屋外放置して観察している様は、意地悪と言われても仕方ありません。
口を尖らせたキツネさんは、書いた文字を消して「の」と書き始め——あぁ、ぐるぐる回しているだけですか。
……本当は、気づいているのでは?
「そろそろお腹も減ってきましたー。今日は締め切りましょうかー。」
首をぶんぶんと振っていないで考えて欲しいのですが。
慌てたキツネさんは、しゃがみ込み再度考え始めました。そういえばキツネさんは荷物をどこに置いてきたのでしょうか。
「キツネさん、荷物はどこに置いてきたのですか?」
ビクッと跳ねた助手の尻尾の様子から察します。要指導ですね。「あとで取りに行きますからね?」と伝えると、ゆらゆらと揺れ始めた。
なぜ叱られて喜ぶかは分かりませんが、回収後に指導しましょう。
「では夕食の仕込みをするので、早めに事務所に来てくださいね?」
「のー、ののの!」
『回答ではありません。残り1回です。回答を。』
慌てたキツネさんが、何か口走って誤答してしまいました……
先にメモと鍋を送って、と。
くぅ、きゅるるる
聞き慣れた音を無視して、
「キツネさん、食べ終えた食器は鍋に入れてくださいね。回収します。」
カタカタ、コクコク
「いいですか? 行儀良く食べる事……食べて良いですよ。」
よほど空腹だったのですね。許可を出すと一心不乱に食べていき、あっという間に平らげました。出来の悪い助手として、一端の淑女として、基礎から教え直しです。
それにしても……
「もう食べ終わったのですか?」
声をかけた事で、緊張が途切れてしまったのでしょう。食べ足りないキツネさんは、お鍋を私に見えるように持ち上げて言いました。
「先生、おかわり! ……あ。」
「あ。」
『回答ではありません。入場は許可されません。お引き取りください。』
「今の無しー!」と騒ぐキツネさんですが、3回間違えたので野宿決定です。
対峙していた『問いかけ』は姿を崩し、キツネさんの周囲を覆ってしまいました。
「せんせ、ごめん、なさい。」
「……しょうがない子ですね。」
暗室は、今も怖いままですね。再計算よし、事務所の消灯よし、施錠よしっと。
事務所のカギをしまい、領域の境目へ。
『傷ついた心を見せてほしい』
キツネさんの傍で。領域越しに
『荒ぶる心を静めてほしい』
キツネさんの隣で。領域と罠の両方に穴が開く。ポロポロと泣いている彼女は、何が起きているか分かっていないようですね。
『思いの丈を受け止めさせてください』
キツネさんを抱き留めて。一緒に毛布を被り、温め合う。しがみ付かなくても離れたりしませんよ?
言ったじゃないですか。
「明日……放しませんから。」
「すぅ、すぅ。」
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