第11話 その後ろつきを追って
『黒』はネコミ女史とキツネ耳の算段を見抜いていたが、
ただ一言、「彼女を頼む。」とだけ。怖い人だと思ってたけど、違うみたい。
「この辺で良いかな? んん!」
今、私は非緩衝地域から離れ、隣国の宿屋に居る。明日さらに離れる予定で、先生からの便りを郊外で待つ事になる。『黒』の監視が先生の言う通り、ずっと付いてくるから。
寝心地の悪そうなベッドで伸びをし、難問を口にした。
先生は何者なんだろう。
何度も考えて、何度も聞いて。はぐらかされるばかりも嫌で、手掛かりは無いかと事務所を探した事もある。最初は、入口扉以外のカギをしない先生を不用心だと思っていた。
「本当、何も無いんだもん。謎過ぎるよ先生……。」
トントン
思い出した事を口にした時、部屋の窓がノックされた。私の部屋は2階である。この来客を『黒』は、予想したのだろうか。
ベッドから起き上がり窓へ近寄ると、窓の外に見覚えのある小さな白い鳥が立っていた。
胴体に何かを括り付けて。
静かに窓を少しだけ開け、小鳥に手を伸ばす。受取人以外が触れようとすると逃げるよう躾けられている鳥が逃げない。
袋を外しても窓に立っている事を不思議に思いながら袋を開ける。
差出人が誰なのか、すぐに分かった。先生の好きなコーヒーのニオイがしたから。
……でも、何で古ぼけた紙が入ってるの?
――――――――――――――――――――――――――――――――――
親愛なるキツネさんへ
今頃、宿屋のベッドでゴロゴロしていると予想して。
起こしてしまったのなら、ごめんなさい。どうしても伝えたかったの。
お誕生日、おめでとう。
白い鳥は、あなたとの約束の置物です。気に入ると良いのだけれど。
あなたの健やかな日々を、切に願っています。誰よりも。
私は、
行き違うかもしれません。入場は控えて下さい。
ネコミ
追伸
時間の計算式について、2を10に置き換えてください。
あなたの事が大好きでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
手紙を持つ手が震えた。
時間の計算式。非緩衝地域の時間の流れは特殊だと教えられた事を思い出す。
「中の経過時間は、外の2倍の2倍早いの。」
「4倍、じゃダメなの?」
「ふふ、あえて2回言っているの。言葉遊びね。」
先生が提案した行動をして、外へ出た時に『黒』も言っていた。「4年か。」と。
おかしいとは思っていた。1日しか経ってないのだから、4日のはず。
なぜ、先生は間違った事を教えたの? それに出かけるって、どこに?
「遠いなぁ。でも——」
傍にいたのに、知らない事ばかり。傍に居たいのに、こんなに離れてる。
「――追いつくから。」
部屋を出た所に『黒』がいて。目が合った彼は、私に「行け。」とだけ言った。理由を聞いても「早く行け。」しか言わない。
下に降りると、他の黒ローブたちもいて。彼らは私に「おめでとう、いってらっしゃい。」と言い、道を開けた。会った事のある教え子に似た人が「君も、だからかな。」と言って、地図を手渡してきた。うー、先生の関係者は……みんな難しい言い方して!
宿屋から走りながらの再計算。
10倍の10倍の時間経過。まだ1日経ってないから10の10倍に1日……1より小さい時、どう計算するんだっけ。数字について、もっと勉強しておけば良かった。
先生との時間が楽しすぎて、楽しんでしまって。肝心な所を覚えてないなんて。
「追いついてみせるから。」
その背中に、あなたの傍に。何年、経ってても。
……先生は「ここにいる」って言ってたし。待っててくれるもん。
見上げる高さの領域を視界に入れつつ走っていく。
「先生……。」
呟きに反応したのか、置物は少しだけ領域から離れた位置——道の左側を飛び始めた。
一抹の不安を感じて、足を止めてしまう。
置物は、道の左側を旋回している……領域は、道の右側なのに。
「先生の所に案内してるの?」
置物は、道の左端に移動する。何か、モヤッとする。
「そっちに先生がいるの?」
置物は、左側の森へ少し入っていった。先生って言ったら離れる……? 先生は、領域の中にいない? 控えて下さい、って手紙にあったし。でも、「ここにいる。」って。
もう一度手紙を取り出して見てみる。
よくよく読めば手紙には間違いがある。
どうしても伝えたい事を
私の誕生日、今日だったっけ。領域を出た時に教えられた日付では、3日後だったはず。『黒』がウソをついた? そういえば、他の黒ローブの人たちも言ってた。
出かける事を言う先生を見た事が無い。いつも「来客がある。」と言っていたし、そもそも先生って領域の外に出ていないような?
「あれ? 入場? 入域じゃなくて?」
先生は入域、出域と言ってた。手紙だから書き方を変えたのかな? 事務所の書類の文章と手紙の文面は似ている。でも、何か違う。ううん、違っていて欲しい。
先生に……逢いたいもん。
置物が薄暗がりに滞空している。コーヒー豆くらい離れて。誰も考えない、先生を指す言葉は何だろう? 黒い毛並み、ネコミ、事務所などは皆が考えそう。
「世界で一番、白くなる猫さんは……どこ?」
さらに離れちゃった。3回も。んー、先生が私に耳打ちした事なのかな? 一体いくつの語がダメなのか分からないから推測しかできないじゃん。
私は置物に4つの条件を決められるけれど、先生ならいくつの条件を決められるのかな。
「んんー、ん?」
先生が単語を設定する? 文章? もっと大きな括り?
『問いかけ』の解き方を教えて、と言った時に、先生は「沈黙が助言になる。」って言ってた。もしかして、置物を見て何かを言ったらダメ?
手紙の「ネコミ」の文字を指差して、目を閉じてみる。
遠ざかった羽ばたく音が、確かに近づいてくる。木々の揺れる音も聞こえるし、期待に脈打つ胸の音も聞こえる……合ってた?
置物は、私の頭上で旋回している。どっち、どっちなの? 合っているなら早く先生の所へ。
イライラしちゃうけれど、ここで目を開けたらダメな気がする……。
落ち着こうと、深呼吸してみる。
……左に飛んでいった。深呼吸もダメ? 我慢、がまん。
しばらく待っている間に、目を閉じていても明るくなった事は分かる。
再び寄ってきた置物の音を聞いていると、置物は何故か私の頭に
ぐぬぬ、何でとまるのー。
そろりと目を開けると、置物と目が合った。
思わず「あ。」と声が漏れ、両手で口を塞ぐ。今回は左へ飛んで行かないらしい。
じっと見つめてくる……うう。
じわ、じわっと掻きたくも無い汗を掻きながら耐えて、耐えて——
――置物が先に飛び立った! 私は、勝った。
「ええー、置いてかれたぁ……。」
獣道も無い森を掻き分け歩いていく。どんどん離れていく置物に追いつける気がしない。何なの、道案内じゃないの?
領域も近いし、このまま真っすぐ進めば開けた所に出るよね。
……服汚れちゃうけど仕様が無い。
迂回すれば服を引っかけたりしないけど、今は早く森を抜けたい。あ、また引っかかった!
先生に逢ったら裁縫してもらって、洗濯もしてもらうんだから。
「はぁ、はぁ。あ、見えてき、た?」
森を抜けた先、領域の前で浮遊する置物と見覚えのある後ろ姿を見て、言葉に詰まってしまった。
青白い立ち姿がキレイで、風に揺れる髪はサラサラで。
振り返ったその人には、影が無くて……目が虚ろで、向こう側が透けていた。
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