第9話 心機、一転、追思

「早速ですが、引っ越します。」

「ふぁひ。」(もっちゃもっちゃ)

「荷物をまとめておく事、良いですね?」


 口に食べ物で一杯にして、しゃべらないように注意しつつ自分の荷造りをしていきます。

 書類は金庫で良いとして、寝袋に替えの服、洗剤なども要りますね……。

 私の尻尾を持ったままのキツネさんに指で合図すると、トコトコと付いてきます。当初は、焼き菓子作りに釣られて寄ってきたのでしたか。

 今ほど信用されていなかったので、こちらから近づくと逃げちゃいましたね。


「キツネさん、口の横に付いてますよ? じっとしてください。」

「……綺麗になった?」


 ネコ同士ならば、尻尾を絡め合う事で両手が空くのですが。キツネさんは尻尾を器用に動かせません。どうしても片手が埋まってしまいます。あ、床に落ちた物を食べないの!

 まったく。


 事務所から丘の亭やねだけのたてものに向け移動します。事務所の屋根から側面の壁ハンモックのあたりが崩れなければ、修繕作業中でも中に居られたのです。崩れなければ。

 どこかのお転婆キツネさんが、ダメージを与え過ぎたのかもしれません。怒りはしませんよ? 頬を引っ張るくらいです。何で、こんなに柔らかいのでしょう。


「先生、あの黒い人たちと知り合い、なの?」

「仕事での接点があるだけですよ。」

「私は嫌い。いつも嫌って言っても押さえつけてくるんだもん。」

「彼らの仕事が仕事なので、仕方の無い面もあるんですよ。」


 検査自体に痛みは無い、キツネさんも分かっているみたい。

 仕事について教える機会か、と事務所の依頼と報酬、宣伝や人脈作りについても教えていく。

 教え終わった後に「うん、先生と居る!」と笑顔で言ってくれたのは嬉しいのですが……。


 キツネさん、を理解しての発言ですか?


 あと知恵熱を出しているのか、頭から湯気が出ています。やねも見えてきたので休憩にしましょうか。




 丘の亭にて。

 膝枕をご所望のキツネさんは、頭痛で動けないおそらくウソらしい。尻尾がゆらゆらと揺れています。


「耳掃除をしてあげようかと思いましたが、お預けですね?」


 少し意地悪な質問を投げると、おもむろに体勢を変え、尻尾で催促し始めました。小さく「ごめんなさい。」と言っておきます。

 へらで掃除し終えても、なぜか頭の向きを変えてくれません。梵天わたを待っている?

 外耳をくすぐるように動かすと、身をよじりはしても逃げませんね。嬉しそうな声なので、構いませんよね?


 少し、楽しんでしまいました。


 「ごろごろしましょうか。」と息遣いの荒いキツネさんに言うと、着崩れを気にしているようで。昼間から何を盛っているのか、と強めに抱きしめて拘束します。

 横になると、すぐに眠ってしまうキツネさんですが……今日もフガフガ言っています。


 キツネさんが眠ったら、かまどを作ってしまわないと。夕食えものは何にしましょうか。

 壁は、音が立つうるさいので後にするとして。

 事務所がまで、何日かかるか分かりません。亭を改装して過ごせるようにしなければ。忙しい日が続きそうです。


 ……キツネさんは、寝たようですね。


 さっと釣床を整え、キツネさんを簀巻きにします。ちゃんと書置きを見て、じっとしてて下さいね。






 私の森の狩りは一風変わっている。追い詰めて仕留めるのではなく、狩る。

 小さな動物をエサとしてに放り投げると、二回りは大きい動物を生み出す。実力者であれば、比較的安全に食料を確保できる。非緩衝地域だからこその植生であり、研究すべき声と根絶すべき声が、今もなお論争を続けている。

 御偉方おえらがたの頭は、今も平和です。


「……ふぅ、後はキツネさんを起こすだけですが。」


 仕留めた肉を、即席のかまどに置いた鍋で煮込む。案外良い出来だった。明日は採集に時間を割くべきでしょうか。キツネさんと散歩もアリですね。

 支度を終えた食卓から釣床へ寄っていきます。土壁は殺風景ですね……照明も一つでは暗いでしょうか。キツネさんの寝顔を突くと、ニマニマしています。


「私を騙そうとする悪い子は、食事抜きです。」


 カッと見開き、上半身を起こしたキツネさん。私と目が合い「あ。」と顏を背けても遅いです。頬を軽く引っ張ります。やっぱり起きていました。

 

 キツネさんとの夕食は、品数の少なさゆえ直ぐに食べ終わりました。漂ってくる匂いでバレているかも知れませんが、果実を煮詰めて保存食じゃむも作っています。「入れ物に取り分けて余るようならば、食べて良いですよ?」と言うと、「食べる係します!」と意気込んでくれました。

 取り分け作業は、手伝ってくれるのでしょうか。

 





「お口に合いますか?」


 嬉しそうな顔で掬った食器スプーンを咥えて放さないキツネさん。甘さも十分みたいですね。先程の鍋と言い、どこに入って行くのでしょう。成長期、なのでしょうか。

 夜空に浮かぶ大きな丸い星の下、かまどで温めた湯がちょうど良いキツネさんは、鼻歌を歌っています。かまどに併設する形で浴槽を作ってみましたが、「ゴクラク、ゴクラク」だそうで。

 ……どこで覚えてきたのでしょう。



 

 急な引っ越しで荷物が増えるからと毛布一枚……キツネさんを包んでおきます。上気のぼせるまで入るとは。水も飲ませるべきでした。亭内で膝枕をしながらキツネさんの様子を見ます。まだ頬が赤いですね。不謹慎ですが、もちもちです。

 お湯に浸かる、甘味、星空……のんびりと浸かるのも良いかもしれません。猫は水浴びもしないと思われている種族なので、好奇の視線に晒されるじろじろみられるんですよね。


「んん、先生……。」

「少しは楽になりましたか?」

「うん、何かね——」


 どこか、覚めない夢を見ているかのような。目を瞑り胸に手を当てる仕草は、懐かしい友の姿と重なりました。本当に、瓜二つなのですから。

 私はキツネさんの髪を撫で、発言を待ちます。

 ゆっくりと目を開けたキツネさんが、私を見つめていらっしゃいます。

 




「――みたい……ありがとう、先生。」


 私の頬を伝ったモノは、嬉し涙では無かったと思います。

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