第14話 事務所という営倉

 やっと戻ってきました。やっと。


 お腹を鳴らしたキツネさんの無言の要求により、さっさと移動しました。案の定、事務所は埃だらけで森の奥へ埃をまとめて吹き飛ばす程度で食事の用意を始めます。掃除もですけど明日は買い出しに行かないと、食料が足りないですね。


 久しぶりに煮込み料理を作りましょうか……半日経ったので、南側は冬。

 北側は収穫時期。お酒や合うツマミが買えそうですね。キツネさんがいるので種類を多くしましょう。西側の穀倉地帯にも寄って、主食も買い足さないと。


「先生、嬉しそう。」

「この後、買い物に行くので品目を考えていました。」

「買い物! えっとね、えっとね。」

「ふふ、ゆっくり考えましょう。」


 なけなしの保存食と調味料、それに即席スープではキツネさんの胃は満足しなかったようです。

 軽食代わりに、すぐ用意できるモノ……ふむ。焼き菓子、冷食、飲み物と挙げていく私は黙っていたようで。キツネさんは不安そうに見上げていました。


「道すがら何か摘まめる物があっても良いかな、と。」

「甘いのある?」

「ちょっと出してみましょうか。」


 人差し指をくるくると回しながら、甘い蜜を指先に掬い取るように。


『花から雫を集めていくと?』

「短い節?」

「通常3節の『問いかけ』も1節に短縮できるんですが……。」


 「が?」と先を促すキツネさんの耳を撫で、「あまり良い事には、使われない技術です。」と濁す。

 生活を良くする技術の大半が、戦いに使われてしまう。キツネさんには、負の感情にてられて欲しく無い。

 指先に生成した蜜をキツネさんに与えながら、どこかで一度眠ってわすれてもらおうと考えてしまい自戒する。


先生ふぇんふぇー、あまーい。」

「指だけにしてくださいね……。」

「他の所も、甘い?」


 何か良からぬ事を口走るキツネさんの頬を引っ張り、三白眼でじろりと見ておきます。

 うう、ねぶるからベトベトになってしまいました。


 手を洗う目的で水を生み出そうとすると、なぜか口を開けるキツネさん……甘くないですよ?

 見て見ぬふりもアレなので入れてあげますが。


「んく、水!」

「……水ですね。」


 やはり。一部は、自身の唾液でしょうけれど。いけませんよ? 出された物をすぐ食べていては。

 歯が痛くならないよう綺麗にして、キツネさんの着替えを指示します。私は待つ間にをっと。勝手に出てしまったので、きっと10年後くらいには怒られてしまいますね。


 自署した申請書をキツネさんの荷物に入れた所で、事務所が一度だけ揺れました。

 領域に誰かが入った? 対応が早すぎます……追いかけてきましたか。

 私にくっついた助手を撫で、ソファの後ろに隠します。

 

「事務所が揺れ、た?」

「来客のようです。もう来ると思います、ここで座っていてください。」

「……うん。」


 手の届く距離でさえ嫌でしょうに、私を立てていうことをきいてくれました。買い物に行く約束をして、私だけがソファに座ります。尻尾をソファの隙間から後ろに通して、キツネさんが掴めるようにっと。

 

 トントン


 私がソファに触れると同時に入口扉が2回叩かれ、対面のソファにどこからともなく現れた『黒』が座りました。舞っている黒い羽から、嫌いなタイプだと分かってしまいます。

 思わず表情が歪みました。今代の『黒』は、私が知覚するよりも速く、


「どうも。」

「ちょうど良い所に。申請しますので、事務所の修繕材と助手の再配置を——」

「あなたが居ない間に、何年アレが漏れ出たと?」

「――問題ありません。誰も中にいなければ。」

「いなければ、ですか。先代の申し送りに不備があったようです。」

「しばらくは、動きませんでしたし。」


 ピリっと空気が張りつめたように感じました。何か間違えたでしょうか。こちらをじっと見ていた『黒』が、視線を落として言います。


「申請をしてまで、何をしようと言うのですか?」

「教育を。」

「この5年で何が……いえ、で、何があったのですか?」

「彼らには、内緒ですよ?」


 腑に落ちない表情の『黒』に、少しだけ情報を提供します。

 助手を外へ出す理由と領域の役割について。どうやら先の方せんだいのくろは、私に不利な事項について教えず、残しもしなかったらしい。長命で律儀な方、でした。


「あなたには最大限の敬意と配慮を、と命ぜられています。もちろん今回のような事が無ければ、ですが。」

「……善処します。」


 くっ、やはり絡めてきますか。先の方あのガンコものと似ていますね。こういう方は反論すればするほど、こちらが言い負かされますからね……。

 歯がゆい思いが尻尾にも出てしまったようで、引き戻そうとしてしまいました。キツネさんが少し強く握ったようです。


「面談も良いですが、そろそろ来ますよ?」

「ん? ああ、来ましたね。では申請を承ります。」


 領域への正規入域者が来た事を告げると、すぐに仕事モードに戻りました。本当に、そっくりです。

 ……手の甲を撫でてしまいました。あの時のあなたに、私は——







 最後に貰ったのは、キツネさんが来る少し前。10通以上のやり取りは初めてで、とてもていました。迷惑だったかもしれません。ついぞ聞く事は無かったですね。

 彼との時を超えた文通は、過ごす時間を楽しいモノに変えました。


 たとえ、何人ものがあろうとも。きっと、この願いも届かない。


「ひとつ、頼まれて頂けますか? これを。」

「ご自分で、いえ……失言でした。」


 ――本当に、感謝しています。





『白い花は、好きですか?』





――――――――――


※ 営倉(えいそう)について


 とじこめられる罰、という意味でしょうが、幽閉や収監……待機しているような意味合いでつかっています。

 あまり良い意味ではないので、流して頂いて構いません。

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