欲しい。


 数年前から、両親に頻繁に見合いを勧められていた。

 そろそろ婚期を逃しそうなのはロペルス自身自覚していたが、どうも、女性のことを考えるよりは新たなる味や、植物の発見の方が有意義に思えた。

 そのうちに、従者のオリーブが頻繁に肖像画を持って来るようになった。

 当然の話だが、他国の王族の肖像画ほど当てにならないものはない。極端に美化して描かれる場合が殆どだ。間違ってもロペルスのように写実的に描いたりなどはしない。

 ロペルスは肖像を見るだけ見て、それ以上のことは何もしなかった。

 それよりも新しい植物を、新しい食感を、新しい効能を探したい。

 そんな中だった。

 レーベンの稀少な薬草を、ほんの一株だけ、闇取引で手に入れた。口にして衝撃だった。刺激的な味。根は麻痺毒にも使えるが、葉は傷薬になる。そして、花はお茶にすれば、睡眠導入薬としても使える優れものだ。さらに未知の薬効を期待できる。好奇心を刺激する非常に有益な植物であることは間違いない。

 しかし、今、クリーヒプランツェはレーベンとの国交は無い。

 レーベンにはクリーヒプランツェには無い希少な薬草や、薬効のある生物が沢山棲息している。残念ながらレーベンの民はその有益性に気づいておらず、そういった類いのものをあえて輸出しようなどと考えてもくれない為、市場に出回ることもなく非常に入手が困難だ。

 欲しい。ロペルスは強く思う。

 確か、肖像の中にレーベンの貴族や王族のものが混ざっていたはずだと思い、オリーブに命じ、レーベンのものだけ集めさせる。


「おや? この方は……前に見たときは居なかったはずだが……」

「昨夜届いたばかりです。レーベン王の姪、エリカ姫でございます」

「ふぅん……大人しそうな娘ですねぇ。私はあまり大人しい娘は好みではありませんが……肖像ほど当てにならないものはありませんからねぇ」

 エリカ姫の肖像を見る。

 輝く金の髪が美しい。それに、瞳に強い力が宿っている。

「欲しい……」

「は?」

 思わず毀れた言葉に、オリーブが驚いた様子を見せる。

「とても美味しそうな姫ですねぇ。是非とも私の妻に頂きたい。オリーブ、レーベン王に手紙を」

「なんと、ロペルス様が人間の娘に興味を示されるとは!」

 とても不名誉な驚き方をされた気分だ。

「前に交際していた相手も人間の娘でしたよ。この世のものとは思えないほど不味い女でしたが」

 ロペルスは顔をしかめる。

 思い出しただけでも、あの醜悪な味にうんざりする。

 人間の味と言うのは即ちその人物を構成する要素にある。そして、一番の割合を占めるのが、その人物の性格だ。

 即ち、不味い人間と言うのは、大概歪んだ性格の持ち主と言うことだ。

「あの女は私を利用してこの国を滅ぼそうなどと考えるとんでもない愚か者でしたからね」

「その悪女に惚れたのはロペルス様ですよ」

「あの頃は私も若かったのです。可憐な外見に惑わされました。しかし……このエリカさんなら……私の舌を満足させてくれると思います」

 欲しい。エリカ・リヒトが欲しい。欲しい。レーベンの薬草が、レーベンの食材が欲しい。欲しい。レーベンが欲しい。

「オリーブ、どんな手段を使っても構いません。エリカさんをクリーヒプランツェに連れてきて下さい」

「はい、お任せください」

 オリーブに任せれば、一月後にはエリカ・リヒトはクリーヒプランツェに来る。

 後は、ロペルス自身が時間をかけてゆっくりと彼女を口説くだけ。

 最高の美食で彼女をもてなそう。

 美しい家具と衣装で彼女をもてなそう。

 自慢の温室と、庭で、彼女を喜ばせよう。

 そして、しっかりと彼女の心を掴もう。

 誘惑の蜜を醸し出す食虫植物のように、彼女を惑わせしっかりと捕らえよう。

 エリカ・リヒトの肖像を見つめ、そう、心に誓った。

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