輝いて見える
まだ、夢を見ている心地だ。
目の前で美しい仕種でカトラリーを動かし果物を口にするロペルス王子は、夢の中以上に輝いて見える気がした。
なんというか、今の彼は、完璧な王子のように見える。容姿は元々整っているが、わずかに顔色まで良く見える。
「エリカさん? どうかしましたか?」
不思議そうに見つめられ、心臓がどくどくとうるさい。
「べ、別に……素敵な天気だと思っただけよ」
「今日は大雨警報が出ていますが?」
ロペルス王子がふわりと笑う。少し意地悪に思えてしまうほどの優しい笑みだ。
甘い、花の匂いがする気がする。
「あら、そうだったかしら? 雨は嫌いじゃないわ。窓から眺める分には」
もう少しくらいマトモなことを言いなさいよと自分を叱りたいが、どうしても、ロペルス王子を直視できない。
夢の中とはいえ……彼と口づけしてしまった……。
まさか、自分は彼に惹かれているのだろうか。
あんな夢を見るなんてどうかしている。
エリカは八つ当たりするように、皿の上の林檎を切り刻む。
「実は……今日はエリカさんの夢を見ました」
「え?」
彼の言葉に思わず過剰に反応してしまう。
「こんなことを言っては、気持ち悪いと思われてしまうかもしれませんが……夢の中で、エリカさんを抱きしめたとき、途方も無い幸福感に包まれました。しかし、目が覚めると、一人で寝台の中に居て……一層空しく思いました」
そう告げる、彼の切ない瞳が、どうしようもなく愛おしく感じられる。
「……一刻も早くあなたに会いたいと思いました。しかし、日の出前でしたので……まだお休みになられていると思い、せめて一番に美味しい果物を食べていただきたく、温室で厳選して参りました」
(嘘っ……そこまで!?)
エリカは驚きのあまり言葉を失う。
むしろ王子自らが果物の栽培をしているという事実にも驚いた。
「私の育てた果物を気に入ってくださると嬉しいのですが」
「……え、ええ……と、とっても美味しいわ」
彼は植物を愛しすぎているのか、ただ単に食べることに拘りすぎているのか、それとも、単に植物を育てることが好きなだけなのか……。
全く理解できない。
しかし、それ以上に。
愛が重い。
少なくとも、今のエリカがついて行くには少しばかり先走りすぎている気がする。
「気に入っていただけたなら、とても嬉しく思います」
柔らかく笑む彼に、どきりとする。
こんな表情が出来たのかと驚く。
「昼食も、夕食も、あなたと共に過ごしたいのですが、お許しいただけますか?」
「……ええ、いいわ」
食べることしか考えていない人。
とんでもない料理の数々が並ぶかもしれない。
それでも、彼と、食事をすることを拒む気にならないのは、あの、嬉しそうな笑みを見たいからなのかもしれない。
笑う彼はとても美しく見えて、どこかあどけない子供のようにも思える。
「昼食に、食べたいものはありますか? エリカさんの望むものを用意します」
とても嬉しそうに彼は言うのだけれど、現在進行形で果物を口にしているときに言われても困る。
「あの、今、朝食の最中なのだけど?」
「ああ、すみません。つい……ですが、エリカさんの好みがまだ分からないので、あなたの口に合うものを用意したいのです」
「……普段はお昼はいただかないの。お茶の時間に、お茶菓子を楽しむ程度。お夕食は、陛下にお招きいただいた時は、伝統的なレーベンの家庭料理を振舞っていただいたけれど、一人の時は……お菓子が多かったわ」
エリカは確かに偏食なのかもしれない。あまり普段と違うものを口にしたいとは思わない。
「チョコレートとか、カスタードクリームとか、そういうものを使ったものが好きだけど、そればっかりじゃよくないからって、そうね、ドロテアが、人参や南瓜を使ったケーキを作ってくれることもあったわ」
「……一日中果物やケーキを?」
「ええ。陛下にお招きいただいたときくらいしか、お肉やお魚をいただくことも無かったわ。私、お魚は少し苦手で……小骨が多いのが苦手なの」
ロペルス王子を見れば、彼は少し呆れたような顔をしていた。
「エリカさんは、思っていた以上に偏食のようですね」
「……でも、あなたみたいに、変なものを食べて食中りになったりはしないわ」
「しかし、そのような食生活を続けていては、病気になってしまいますよ?」
彼は本気で心配しているようだ。
しかし、エリカも変なものばかり食べて食中りを起こす王子にそんなことを言われるのは少しばかり納得がいかない。
「肉はどんな肉を食べていましたか?」
「……トリ? 元の姿なんて分からないわ。あとは、ウシと言っていたかしら。ヒツジもあったような気がするけれど……ヒツジって、あの毛のもこもこした生き物? 前に私の帽子がヒツジの毛で出来ているって聞いたことがあるけど……あの毛の生き物を食べていたのかしら?」
エリカは急に食欲が失せていく。
食べるものの原型なんて考えるものじゃない。
「肉料理は美味しくいただけますか?」
「……いえ……今の会話で一気に食欲が失せちゃったみたい……」
そう告げれば、彼は少し困った顔をする。
「食べているものがどのように作られているか、気にしたことは?」
「無いわ。だって、料理をするのは料理人の仕事だし……そりゃあ、私も、王族の務めとして病院の手伝いに行ったりはしたけど……料理に使ったお肉は、もう、ただの塊だったもの」
生きて動いている動物と、食卓に運ばれるお肉が結びつかない。
「エリカさんは、優しい人なので、きっとその過程を見れば、何も食べられなくなってしまうでしょうね。ですが、我々が生きるということは、他の生物から命を頂いているのだということはしっかり理解しなくてはいけません。植物にも、命はあるのです。だから、愛情を込めて育てて、全て残さず活用するのが我々の礼儀です」
優しく笑む彼は少しだけ怖い。
エリカの知らない世界に居るように思える。
「植物も、死ぬのは痛いのかしら?」
「さぁ、どうでしょうか。私は、植物ではありませんので、わかりません。ですが、仮に痛みを感じないとしても、無理に傷つけるべきではないということは、あなたも知っているでしょう?」
優しく、諭すような声。
彼がとても優しい人だということは分かる。
けれど、それがどうしてとんでもない悪食になってしまうのだろうか。
「ロペルス王子は、なんでも食べるのに、そんなことをお考えになるのね」
「なんでも食べてしまうから、かもしれません。お説教みたいになってしまいましたが……私は、いえ、クリーヒプランツェの人間は、全ての生き物に等しく感謝しています。どうか、これだけはエリカさんにも理解していただきたいのです」
そう言う彼は、とても優しくて、思わず涙がこぼれてしまう。
気持ち悪い、不気味だと思った人は、不思議なほど優しくて美しくて、エリカでは手が届かないほど遠い人だった。
それなのに、彼は、エリカを好いて、愛していると言ってくれる。
「ああ、エリカさん……すみません、私は、あなたを傷つけてしまったでしょうか」
不安そうな彼が近付いて、エリカの涙を拭う。
違うのと首を横に振るけれど、涙が止まりそうに無い。
「エリカさん、あなたに泣かれると……私はとても苦しくなります……もっとあなたの笑顔が見たいのに……どうして……」
優しく抱きしめられて戸惑う。
細長い身体は、意外にも逞しくて。
もう少しだけ、このままでいてくれないだろうか。そう、思ってしまう。
「エリカさん……どうか……嫌わないでください……帰るなどと言わないでください……あなたのためならなんだって捧げます。ですから……」
不安そうな、縋るような瞳。
(馬鹿な人)
エリカには勿体無いほど、優しくて美しい人なのに、驚くほど自分に自信が無い。
「行かないわ……」
そう言うのが精一杯で、素直になれない自分に腹が立つ。
馬鹿みたい。もう、惹かれてる。
もう少し、傍に居てと、彼の方を掴めば、驚かれてしまう。
「エリカさん?」
「……もうちょっとだけ……このままで居て……その……目が腫れてるとこ、見られたくないの」
ただ、彼の温もりをもう少し感じたいだけなのに、こんな言い訳を口にしてしまう。
本当に、素直じゃない。
こんな自分がどうしようもないほど嫌いで、また、涙が溢れてしまった。
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