喜ばずにはいられない

 いつも自分の魔力に怯えていた。

 エリカ・リヒトの魔力はレーベンの王族として異質だ。レーベン王家はレーベンの民を照らす太陽であるべき。民を支え、導くための星の瞳を持つはずだった。しかし、エリカにはそれがない。兄のカルトは瞳の中に幾千の星を輝かせ、民を照らす完璧な太陽であるのに、エリカの瞳は晴れ渡る空のように星など一つも見当たらない。

 つまり、エリカには太陽の素質がないと言うことだ。強大すぎる炎の魔力は度々暴走し、エリカ自身をも傷つけてしまう。これでは民を導く前に壊滅させてしまう。ずっとそう思っていた。

 まだ、口づけの熱が忘れられない。

 鏡の前で唇に触れてしまう。

 ロペルス王子の不思議な魔力がエリカの暴走を止めてくれた。そして、これから先もきっとそうであってくれる……。

 陛下がエリカの為に選んだ見合い相手は本当に運命の人であったと感じる。

「まだ、夢を見ている気分だわ」

 髪を結わせているドロテアに言う。

「そうですね。あんなにお小さかったエリカ様がついに正式な婚約を……」

「そこじゃないわ」

 王族だ。婚姻の覚悟はしていた。

「ロペルス様は私の魔力の暴走を止められる方なのよ? これって、本当に素晴らしいことだと思わない?」

 魔力だけはとんでもない量だが使いこなせないならただの危険物だ。使役を増やして発散する方法もあるが、それではドロテアが満足しない。

「そもそもエリカ様が魔術の講師を毎度追い返してしまいまともに魔力制御の勉強をしなかったのがいけないと思いますが」

 ドロテアは褪めた目のままエリカの髪を編み込んでいく。

「違うわ。私は真面目に講義を受けるつもりだった。でも、講師たちは全く制御ができないと言っているのに無理に魔力を使わせようとして、服に火がついて逃げ出していたのよ。かなり大火傷をした人も居たけど……魔術師なんだから防御くらいしなさいよ」

 思い出してむかむかするわと頬を膨らませる。

 いけない。こんな不細工なところをロペルス王子に見せるのはレーベン王族として、それ以前に一人の女性としていかがなものか。

 今夜ばかりは医者たちも王子を帰したりはしないだろう。あんなに酷い火傷だったのだ。いくら王子が優秀な薬の専門家であっても……。

 そう思っていたのに、窓の外から呼ぶ声がする。

「エリカさん」

 幻聴だと思った。会いたいと、心の底で考えていたから居るはずもない彼の声が聞こえてしまうのだと。

 けれども、期待してしまう。

「ロペルス王子? ど、どうしたの? お医者様はもういいの?」

 振り向いて窓を見れば、彼の姿があったので、慌てて近付く。

「ええ。エリカさんと一緒に過ごしたくて……私のほうが専門知識が優れていると主張して追い返しました。まぁ、傷や病に関しては彼の方が専門なのですが、私の調合した薬を疑うのかと問えば、怯んでしまったようです」

 とんでもない人だ。

 エリカは呆れる。それと同時に、幻聴でも幻覚でもなかった彼に喜ばずにはいられない。

「おや、もう、お休みになられるのですか?」

 彼はエリカの服装を見て訊ねた。

「……ええ。今日は、あなたはお医者様のところにお泊まりかと思ったものだから。少なくとも、レーベンでは王族に何かあると、ほんの小さな怪我でも、お医者様は一晩様子を見ようとするの」

「それは、過保護というものです。その、お許しいただけるのでしたら、中に招いてくださいませんか?」

 彼は遠慮がちに訊ねる。けれどもその瞳はエリカが断ることを考えても居ないようだった。

「ダメよ。表から入ってこないと」

 少し意地悪を言ってしまう。けれどもあの怪我の後に窓枠を登らせることに不安も感じていたから、間違ってはいないと思いたい。

「おや、私としては、隠れた逢瀬を楽しみたかったのですが」

 ロペルス王子は全く気にした様子もなくふわりと笑む。それだけでときめく。

 本当に、綺麗な人。あんなに酷かった火傷は既に跡形も無かった。

「仕方の無い人。いいわ。その代わり、靴は脱いでね」

 エリカはそう言って、ドロテアを呼ぶ。

 靴を片付けさせる為だ。

「あなたは、使用人を使うことに本当に慣れていますね」

「あら。ロペルス王子は、王族なのに、使用人を使わないの?」

「いえ、そういうわけでは……しかし、自分の身の回りのことは自分でした方が気に入るようにできますから」

 その言葉で、彼はとても拘りの強い人なのだと思う。

「ドロテア、お茶を用意してくださる?」

「エリカ様、結婚前にそのような格好で殿方を部屋に招くなんてことが陛下に知れては大事ですよ」

「彼は私の婚約者よ? 問題ないでしょう?」

 ねぇ、と王子を見れば彼は笑う。

「いえ、ドロテアの言うとおりだと思いますよ。私も、下心がありますので」

 そう言う彼は、とても優しくエリカを抱き寄せる。

 もう、軟膏の匂いは無い。微かに花の香りがするのは、香油だろうか。

「……その匂い、好き」

「それは良かった。エリカに気に入っていただけるのでしたら、たまには悪くありませんね」

 優しく笑む彼に、胸が高鳴るのを感じた。

 どうかしている。

 エリカは必死に平常心を取り戻そうとする。また、発火させてしまっては大変だ。

「怯えないでください。エリカの魔力が暴走した時は、私が鎮めますから」

「え?」

「……私の魔力は、解毒が主ですが、それは、私の体内でも毒を精製できるからです。なので……エリカの魔力を鎮める毒を、流し込みました。私の考えでは、魔力自体が一種の毒ですから、解毒できないことはありません」

 よくわからないが、やはり彼は、エリカの魔力を抑えることができるらしい。

「……じゃあ、普段から暴走しないようにできないの?」

「ですが、魔力がなくなってしまっては、エリカも困るでしょう?」

 彼は優しく笑んで、エリカの髪を撫でる。

「別に、無いなら無い方がいいわ」

 制御できない魔力なんて怖くて堪らない。

「あなたはとても臆病で可愛らしい人だ」

 優しく、額に口づけられる。

 見つめてくる少し暗い緑色の瞳に魅入られてしまう。

 彼がいる、ただそれだけで、安堵する。

 優しく抱きしめてくれる腕が、髪を撫で、頬に触れる手が。

 このままこの人と共に居たいと思わせてくれる。

 この人と一緒なら、きっとずっと幸せ。

 エリカは確かにそう、確信した。


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