逃れることなんてできそうにない


「エリカ、目覚めの時間ですよ」

 

 優しいお茶と美味しそうな朝食の香りと共に、鳥の囀りよりも心地よい声が聞こえる。

 ゆっくりと瞼を上げると目の前に暗い緑色の瞳がエリカを観察するようにじっくりと見つめていた。

「……ロペルス様……寝顔を観察しないでくださいと何度伝えたらわかってくださるの?」

 挨拶より先に苦情が出てしまうのも仕方がない。あの夜から毎朝のやりとりなのだ。

「何度声をかけても目を覚まさないエリカがいけないのですよ。愛らし過ぎて食べてしまいたい……」

 ロペルス王子は変わらない。

 優しく頬に口づけ、手を取る。彼はエリカの世話を焼きたくて仕方がないといった様子だ。

「……ロペルス様、ドロテアの仕事をとらないでください。私の世話は彼女の仕事だわ」

 一緒に過ごせるのは嬉しいけれど、毎日このやりとりは少し疲れてしまう。そもそも彼は一国の王子なのだから、本来ならこのようなことをする立場ではないし、研究者だ。他にたくさんするべきことが有るはずだ。

「エリカ、私と過ごすのは嫌ですか?」

 哀しそうな瞳でそんな風に問うのはずるい。彼はわざとエリカが断れない訊ね方をするのだ。

「……嫌じゃないけど……婚約者とは言え、毎朝通われてはまた叱られてしまうわ」

 ロペルス王子と共に夜を明かした日、ドロテアにきつく叱られた上、ロペルス王子もかなり放任主義なご両親に叱られたらしい。おかげで正式に結婚するまでは二人きりになることを禁じられてしまった。

「監視を我慢しているのですから、このくらいは妥協して頂かないと。エリカ不足で狂ってしまいそうです」

 まるでドロテアに見せつけるかのように額に口づけるロペルス王子に呆れてしまう。

「着替えるから出て行って」

 最初の数日は、温室の件もあり、少し遠慮していたが、そうすると彼は相当しつこくエリカに纏わり付く。そして、多少の暴言は気にしないようなので、エリカは遠慮せずに強い口調で意思を示すようにしている。

「着替えでしたら私が手伝います」

「ロペルス様? 私の着替えはドロテアの仕事です」

 当然のように腰に回された手をぴしゃりと叩く。

「つれないですねぇ。しかし、そんなエリカも愛らしい」

 ちっとも気にした様子がないのは少しばかり気がかりだが、それでも素直に離れてくれたのでよしとする。

 ドロテアに押し出されるように部屋から追い出される姿を見送ってため息を吐く。

 寝起きから心臓に悪い。

 美しすぎる彼に見惚れるよりも、その行動に呆れる方が多いのはいかがなものかと思う。普通、婚約者と言えば、もう少しときめいたりするものではないだろうか。

 そういう意味ではロペルス王子はどう考えても普通ではない。供給過多でときめきが呆れに変わってしまっている。

 けれどもエリカはそんな彼を好きになってしまった。

「……ドロテア、本当にこれでいいと思う?」

 一時の感情に流されすぎてしまったのではないかと不安になる。

「まぁ、結婚前は何かと不安になるものですよ。ロペルス王子は言動は気持ち悪いですが、お美しいですし……お美しいですし、学もありますよ?」

 相変わらずドロテアはロペルス王子の外見くらいしか褒めるところが見つけられないと言った様子だ。

「あの綺麗なお顔でかなり騙されている気がする時があるわ」

 優しく口づけられるのも、抱きしめられるのも好きだ。けれども、人前でも構わずべたべたされるのはどうもエリカの性に合わない。

 ドロテアの手を借りてドレスに着替える。ふわりと花の匂いがする。きっとまた彼が持ってきてくれたのだろう。

 ロペルス王子はとても早起きだ。エリカを起こすずっと前から起きて、毎朝欠かさず温室の植物の世話と朝食の指示を済ませ、花を摘んでからエリカに朝食を運んでくれる。

 彼曰く、習慣なので気にしなくていいとのことだが、エリカも少しくらいは早起きをしなくてはいけない気がする。しかし、どうも朝は苦手だ。レーベンに居た頃だって目覚めは昼近かった。

「クリーヒプランツェで暮らすなら、私も温室の管理をしなくてはいけないのかしら?」

 この国の人はなにかしらの研究をしている。ロペルス王子のお母様である王妃陛下でさえ温室の管理をしているというのだから、エリカも土に馴れる必要があるだろう。

「エリカ様が温室の管理……とても続くとは思えませんが」

 ドロテアははっきりと言う。エリカ自身それは自覚しているところだ。

「レーベンとは何もかも風習が違うのですから、無理をする必要はありませんよ」

 いつの間にか部屋に戻ってきたロペルス王子が言う。

「エリカもなにか興味が持てることを研究するのは良いことだとは思いますが、無理をする必要はありません」

 エリカの機嫌をとろうとしているわけではなく、彼が本心からそう考えているようで、少し驚く。

「それでいいの?」

「勿論。心から惹かれるものを研究してこそ研究者ですから。研究は義務ではありません。生き甲斐です」

 力強く見つめられ、目を逸らせない。彼は穏やかに見えてとても情熱的だ。いつだって真っ直ぐな心で全てに向き合っている。

 彼の美しさの本質は外見じゃない。彼の軸というのだろうか。そう言った部分に美しさを感じ、憧れを抱く。

「……でも、私も役に立てるようになりたいわ」

 真っ直ぐな彼に寄り添って支えたいと思うようになった。この気持ちは嘘じゃない。

「エリカ……焦る必要はありません。今はただ……私の側にいてください」

 優しく抱き寄せられ、首筋に口づけられた。

「……本当に私で後悔しない? 私は気が短いし、怒りっぽいし、すぐ暴言を吐いたりしてしまうわ。それに、まだ、ロペルス様の趣味を受け入れられそうにないの」

 好きな気持ちに嘘はないけれど、それと同じくらいあの悪食はおぞましいと思う。どうしてもあれだけは受け入れられそうにない。

「今更私がエリカを逃がすとでも? 実は昨夜、レーベンに正式にあなたとの婚約を申し込みました。レーベン王はきっと歓迎してくださると思うのですが、エリカは今更私から離れようと言うのですか?」

 腰に回された腕に力が込められる。

 彼は食虫植物よりもずっと厄介だ。用意周到にエリカの逃げ道を塞いでいた。

「それに、エリカも私が必要でしょう?」

 親指で唇を撫でられ、ぞくりとする。

 魔力のことを言っているのだとはわかっていても、別の意味も込められているように感じる。

「……ずるい」

 恨めしくロペルス王子を見上げる。

「諦めてください。先に私を惑わせたのはあなたです」

 ロペルス王子がこんなことばかり言うから妖魔などと呼ばれてしまうのだ。

「シャルルが私を妖魔なんて呼ぶのはロペルス様のせいだわ。とても不名誉よ。私は別に……惑わそうなんて思ってないもの」

 レーベン王まで侮辱されて我慢できずに魔力を暴走させたのはエリカの非ではあるが、そもそもの原因はロペルス王子のような気がする。

 思い出して少し苛立つとロペルス王子はわずかに不満そうな顔をする。

「……エリカ、あなたの意識がシャルルに奪われるのは気に入りません」

 まるで子供が拗ねるような言い方で、先程までの苛立ちを忘れてしまう。

「あの温室のことは悪かったと思ってるわ。でも、そもそもの原因はロペルス様じゃないの? ロペルス様が人前であんなにべたべたしなかったらシャルルだってあんなことは言わなかっただろうし、私もあそこまで魔力を暴走させずに済んだと思うの」

 過ぎたことを言っても仕方がないのはわかってはいるが、それでも口に出してしまう。

「シャルルは口が悪いですから……」

 ロペルスは言い淀む。

「彼をとても怖がらせてしまったわ。でも……私から謝るのは納得がいかない」

 少なくともエリカはレーベンに居た頃、兄と叔母にしか謝ったことがない。謝罪というものは身分の低いものが行うものだ。ロペルス王子はともかく、シャルルに謝るのは納得がいかない。そもそも彼が挑発したのが原因だ。

「エリカ……かなり根に持っていますね」

 一番傷ついたのは間違いなく大切な温室を失ったロペルス王子だと言うのに、彼はエリカを気遣う。

「……ロペルス様には本当に悪いことをしてしまったわ。大切な温室を焼き尽くしてしまったし、怪我までさせてしまって……」

「過ぎたことです。それに、おかげであなたと気持ちが通じた。でしょう?」

 優しい声に安堵する。彼の声はエリカを落ち着かせてくれる。

「それと……これはできれば言いたくはなかったのですが……シャルルがあなたに謝罪したいと。しかし、私としては……シャルルがまたエリカを怒らせないか激しく不安でして……」

 普段は穏やかなロペルス王子でさえ時に殺意を抱くことがあるというシャルルだ。彼が素直に謝罪するとは思えない。

「……彼なりにロペルス様のことを大切に思っていることはわかってるわ。でも、彼と仲良くなれるかはわからない。今後もきっと私の魔力は暴走すると思うわ」

「絶対にエリカとシャルルを二人きりにはしません。さすがにこれ以上貴重な植物を焼き尽くされては我が国への損害が……」

 慌てた様子のロペルスに驚く。

(ここで心配するのは植物の方なの?)

 呆れるが、彼らしいとしか言えない。

「私が暴走しそうになったら、ロペルス様がなんとかしてくれるのでしょう?」

「ええ」

 倒れるように体を委ねれば、包み込むように抱きしめられる。

「私は、私の方法でエリカを守ります」

 額に優しい口づけを落とされたかと思うと、朝食の並ぶ椅子に運ばれる。

「冷めてしまいましたので、温め直しましょう」

 エリカを椅子に座らせた彼は慣れた手つきで魔術を使い、料理を温める。

「食事は生命の要です。しっかり食べてください」

 今日の朝食は、果物ではなくパイのようだった。

「これ、何が入っているの?」

「エリカが食べられる食材ですよ。虫は使っていませんので安心してください」

 明確に中身を告げないところに不安を感じる。

「……怖い」

 先にドロテアに毒味をしてもらおうかとも考えたけれど、彼女はエリカの命令なら何でも従ってしまう。食の好みなんてものもないだろう。

 期待した視線を向けられ、居心地が悪い。ここで食べなければまたとんでもないものを出されそうだ。

 エリカは覚悟を決め、フォークを手に取り、一口放り込む。

「……美味しい……」

 未知のものを食べるのは恐ろしかったけれど、さくさくとした生地に甘い何かが入っている。

「良かった。エリカが食べられるようにレシピを考えた甲斐がありました」

 彼は嬉しそうに言う。

「これ、何が入っているの?」

 未知の食材が入れられていた可能性が無ではないので恐ろしい。

「エリカの苦手なほうれん草が入っています」

 まさか。

 エリカは驚く。全く気づかなかった。独特の匂いは感じなかったし、あの苦手な苦みも感じなかった。

「あとは魚をもう少し食べやすい調理法を考えようと思っているのですが、柔らかく煮ても骨は苦手なようですし、調理方法が限られてくるのが悩みどころですね。折角クリーヒプランツェで暮らすのですから、食事を楽しんでいただきたい」

 食べることは生きること。ロペルス王子の軸はぶれない。

「……川魚は匂いも苦手だけど……ロペルス様がそんなに頭を悩ませてくれるのなら、もう少し、頑張ってみるわ」

 さすがに虫や猿の脳やよくわからない生き物の目玉は食べたくないけれど、一般的に食べられる食材くらいは譲歩しよう。

「ええ。勿論。それに、エリカには少し太っていただかないと」

「え?」

 いきなり何を言い出すのだと驚いて彼を見る。

「いえ、その……エリカは細すぎます……こんなに細くては出産に耐えられるか心配で……」

 思わず赤くなる。気が早いにも程がある。まだ正式に結婚もしていないのに。

「ああ、コルセットも骨格に悪影響を与えるのでできれば避けていただきたいのですが、レーベンではやはり外せないものなのでしょうか?」

 つまりロペルス王子は既にエリカの出産のことで頭がいっぱいなのだ。

 エリカはめまいを覚える。

 恥ずかしさと呆れをごまかすように無言でパイを口に運んだ。




 焼き尽くされた温室の跡は新しい土で整えられ、また新しい温室に生まれ変わろうとしている。まだ、植物はそんなに植えられていないが、シャルルが土を調べていた。

「ここで何を育てるか、まだ決めていないのですが、シャルルは早くここを埋め尽くしたくて落ち着かないようです」

 ロペルス王子が笑う。

「前と同じようにはしないの?」

「折角ですから、違う何かを植えようかと。レーベンの植物を入手できると良いのですが」

 そういえば、彼がエリカとの婚姻を望んだのはレーベンの植物が目当てだったと聞いた。レーベンにはそれほど貴重な植物があるのだろうか。

「陛下にお願いすればなんでも揃うとは思うけど……そんなに珍しいものはあったかしら?」

 そもそもエリカは植物自体にはそれほど興味がなかった。だから価値がわからないのだろうか。

「少なくとも我が国では入手が困難な希少な植物が数多くあります」

「ロペルス様にとってそれが大切なら、一覧にしてくださったら兄に頼んでみるわ」

 陛下に直接頼まなくても、きっと兄ならなんとかしてくれるだろう。

「エリカの背丈よりも長い一覧になりそうですがよろしいでしょうか?」

「……そんなにあるの?」

 考えもしなかった。

「レーベンはクリーヒプランツェと何もかも違う。希少な植物や昆虫が非常に多く生息しているにも関わらず、生態系が崩れそうになっている」

 土いじりに夢中だったはずのシャルルが口を挟む。

「レーベンの人間はどれだけ恵まれた環境に居るのが理解していない」

 力説され、呆れる。

「シャルル、その前にエリカに謝罪があるのでは?」

 ロペルス王子でさえ、呆れを見せた。

 そもそもエリカがここに来たのは温室の復興を見届けるためではない。シャルルがどうしても謝罪したいとロペルス王子経由で伝えてきたからだ。

「……悪かった。けど……ロペルス王子の研究を妨害してるのはお前だからな!」

 ビシッと指を向けられ、呆れを通り越し哀れに思える。

「……シャルル、あなた……ロペルス様が私に夢中だから寂しいのね?」

 わざとからかうように言えば、シャルルは顔を真っ赤に染める。

「なっ……そんなわけあるか! 大体ロペルス王子は多少変だが研究者としては非常に優秀なんだ。お前のような発火女が一緒では研究の妨害にしかならない。全世界に損益を与えている自覚をしろ」

 あまりにも必死な形相でそのようなことを口にするので、エリカは思わず笑ってしまう。

「ロペルス様、愛されてるのね」

「嬉しくありません……」

 ロペルス王子はうんざりした様子で溜息を吐く。

「エリカに嫉妬されるのであれば大変嬉しいのですが、シャルルが嫉妬しても全くときめきません」

 きっぱりと言い切る王子にシャルルは哀しそうな表情を見せる。

「ロペルス様の一番弟子は俺でしょう?」

「エリカを弟子にしたつもりはありませんし、これからもそのつもりはありません。くだらないことで私の婚約者の機嫌を損ねないでください。時間の無駄です」

 ロペルス王子がこんなにもきつい物言いができたことにエリカは驚いた。弟子の好意を時間の無駄と……。

「あら、私はシャルルの意外と可愛い一面が見られたし、面白いから多少は許してあげることにするつもりだったのだけど」

 勿論、半分はシャルルへの嫌がらせだ。あんな暴言を吐かれたのだからこのくらいは許されてもいいはずだ。

「シャルルとばかり仲良くしないでください。嫉妬でおかしくなってしまいそうだ」

「あんたがおかしいのは最初からだ」

 シャルルの呆れた声が響く。

 彼はロペルス王子を尊敬はしているのだろうが、いまいち敬意が足りなさすぎる。

「シャルル、ロペルス様はこんなでもこの国の王位継承者なのよ? もう少し敬いなさい」

「あんただって今はっきりこんな呼ばわりしただろ」

 それを指摘されると痛い。だが、どんなに見た目が良くても、どんなに優れた研究者でも、残念なものは残念である事実は変わらない。

「私は良いの! ロペルス様の婚約者だから」

 昆虫食と味見癖さえなくなってくれればかなりマシにはなる。多少の欠点はお互い様だ。

「少しでもエリカの理想に近づけるように努力はします。しかし……もっと触れたいという気持ちは抑えられません」

 人前でも構わず抱き寄せようとするロペルス王子の手を払う。

「未婚の男女が人前でべたべたするのははしたないことです」

「エリカ……一年も我慢しろと?」

 ロペルス王子の言葉に驚いたのはエリカだけではない。シャルルまで目を丸くする。

「婚儀の日取りが決まったのですか?」

「ええ、まだレーベンからの返答はありませんが、エリカの支度も考えると次の春が良いかと陛下が」

 エリカの知らないところでどんどん話が進んでしまっているようだ。

「ああ、結婚式には是非、カルト王子にもお越しいただきたい。エリカのお兄様に一度お会いしたい」

 ロペルス王子は興奮気味だ。

「私も是非、兄にロペルス様を紹介したいけれど、ロペルス様、兄は研究者ではありませんよ?」

 なにかをものすごく期待されているような気がして落ち着かない。

「いえ、エリカのお兄様でしたら、きっとエリカとよく似て……美味しい方なのではと」

 そっちか。

 なんとなく予測はしていたが、頭が痛い。

「兄を味見しないでください。レーベンの民が気絶します」

 レーベンの王族は民を照らす太陽だ。特に兄は国民からの支持も厚い。そんな彼が他国の王子に味見されるなどということがあって良いはずがない。

「食べ尽くしたりはしませんから」

「だめです」

 やっぱり結婚は間違いかもしれない。

「んふっ、エリカが嫉妬してくれるのでしたら我慢しましょう」

 ロペルス王子は嬉しそうに笑んで、エリカを抱き寄せる。

「ロペルス様……からかわないで」

「すみません。あなたがあまりもかわいらしいのでつい」

 優しく髪を撫でられると、怒りなど忘れてしまう。

 先のことなんて不安だらけだ。

 クリーヒプランツェに慣れることができるか。ロペルスの困った趣味を受け入れられるか。民の期待に応えられるか。民を失望させないか。

 なにより、ロペルス王子がこの先も、エリカと共にありたいと思い続けてくれるか。

 そんな不安に気づいたのか、優しい口づけを額に落とされる。

「私のこの、【困った性格】は治りそうにありませんが、エリカ、あなたを何よりも大切にします。ですから……見捨てないでください」

 エリカよりもずっと大きな彼の不安そうな声に驚く。

 ずるい。こんなことを言われてはもう腹を括るしかない。

「ロペルス様ったら、私よりずっと大きいくせに……ほんっと、私がいないとだめなんだから」

 こういうとき、かわいらしい女性がどんな言葉をかけるのかなんてわからない。素直じゃないエリカにはこれが精一杯だ。

「私なんか食べ続けて食中りになったって知らないわ」

 そう、告げると、ロペルス王子もシャルルも目を丸くする。

 そんなに予想外だっただろうか。

「ああ、食べ尽くしてしまわないか本当に心配だ……」

 ロペルス王子は口元を抑える。

 シャルルが溜息を吐いて背を向けたかと思うと、頬に柔らかい感触があった。

「珍しくシャルルが気を利かせたようですねぇ……」

 耳元で艶やかな声が響く。

「エリカを味見する分には構いませんよね?」

 魅惑的な緑色の瞳に覗き込まれ、逃れることなんてできそうにない。

 エリカは観念して彼の口づけを受け入れた。

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