第5節:Ⅰ【運――グラディオ❶】

 スライムにコテンパンにされたあくる日、僕らは初心者向けダンジョンの攻略に来ていた。

 ピロフォリア曰く、「一度それなりの力を持った旅人が攻略したダンジョンを、ギルドがモンスターの出現し易さ等を調整し、初心者向けに開放している」物だという。

〈それなりの力を持った旅人〉というのは余りにもあやふやな表現な気がするが、初回の一回のみ多額の報酬金が出る為に、人気で中々入れないダンジョンなのだそうだ。

 なんと僕らは本日分の抽選に選ばれ、幸運なことにそのダンジョンに入ることが許されたのだ。

 天然の洞窟に出来たダンジョンを、淡い光を放つカンテラ一つで進んで行く。横道は基本的に塞がれていて、殆ど一本道のダンジョンだが、光源が小さ過ぎるお陰でそれなりにスリルは味わえておりそこそこの楽しさは感じることが出来る。

「運が良いんだな、トオル。俺が前にいたパーティでは何回も抽選に参加したのに、結局一度も行くことは出来なかった」

 ダンジョンに入る前に、グラディオがいつも通り豪快な笑い声を発しながらそんなことを言っていた。

 その目が、どこか遠くを見ているように見えたのが少し気になった。

 ただ、それを突っ込んでいいのかも分からず、モヤモヤを胸の中に放置したままダンジョンを進んでいる。

 探索は、一度探索し終えているダンジョンだけあって、サクサク進んでいる。モンスターも低級の物しか出ず、戦いに苦戦することもない。

 ただ、作業になり過ぎていて会話が全くない。

「次は右です」とか「左です」みたいなピロフォリアの案内と、「分かった」という僕らの返事しか聞こえない。

 そこで僕は、何とは無しにダンジョンに入る前にした話の続きをする。

「そう言えば、そんなに入れないんですか、このダンジョン」

「そうだなぁ、ギルドに所属しているパーティは今のところ大体三百だ。その内このダンジョンに入った事があるパーティは三十位って聞いた事がある。十パーティあったら一パーティしか入った事がないって事だ」グラディオが頬を掻きながら答える。

 それなりの確率だ。ただ、何度も抽選に参加していたら当たらない数字でもない気がする。ひょっとして、グラディオって相当運がないのではないだろうか。

 いや、それとも――

「何度も抽選に参加してたなら、そのくらいの確率じゃここに一回くらい入ってても良さそうよね」インチーナが僕が思った事と同じ事を言う。

 インチーナも深い意味があって言ったのではないだろうが、なんとなくそれは言ってはいけなかった気がしていた。

 僕しか気付いてはいなかったようだが、さっきの遠くを見るようなグラディオの目のことは、ここに深く関わる気がしたのだ。

 なるべく人に迷惑をかけたくない。人が嫌だと思うことはしたくない。ずっと僕の生活の指針であったのはそういう考えだ。いっそのこと、人と関わらなければ良いのではないかとも思っていた。

 ――いや、実際に実践していたではないか。

 ずっと染み付いていたそんな態度が、彼への疑問を問う事を制止させていた。

 だが、インチーナは言った。言ってしまった。正直ヒヤッとした。

 グラディオの歩みが、止まる。

「そうだよな…」いつもの態度とは打って変わって、グラディオの表情はとても弱々しいものだった。「それっぽく言ったつもりだったが、バレたか」

 小さくハハハと力無く笑うグラディオを見て、インチーナもやってしまったと言う顔をする。

「いや、別に当たらない人は当たらないとは思うから…」

 どうやらインチーナは勘違いをしている様だ。グラディオが運の悪さを指摘されて落ち込んだと思っている。

 ただ、そこまで彼が貧弱でないことはもう分かっている。

 それは、彼の過去に、彼の元いたパーティに関わるのではないか。

 そもそも疑問であった。彼がなぜ僕らみたいな新人冒険者しかいないパーティのメンバーにいるのかという事が。パーティリーダーをしていた男が、何故パーティメンバーになっているのかを。

「実はな、俺がここに居るのには訳があるんだ」

 僕の疑問に答える様に、グラディオが口を開く。

「俺が元々、他のパーティのリーダーだったって話はしたよな。ある夢の為に作った、小さい頃からの友達と、それに賛同してくれた仲間との五人のパーティだった。」

 すでにダンジョンを進む足は止まっていて、全員がグラディオの方を向いている。

 その全員の目を見ながら、グラディオは続ける。

「俺らの夢は大商人になる事だった。小さい頃に金を稼ぐ方法を考えた時に商人しか思い浮かばなかったんだな。馬鹿だよな。今考えるともっと他の良い方法がある様には思える。ただ、俺らにはそれしかなかった。約束って言って指切りをした。金の使い道までは…そうだな、考えてなかった。とりあえず金があれば良いと思っていた。やっぱり馬鹿だな。ただ、商人に成る為には、金を稼ぐ為には金がいるとは知らなかったんだ」

 グラディオの自嘲交じりの告白はさらに続く。

「一二の時に中等学校で商人に成る為には金がいる事を教わった。教わってすぐに冒険者になって金を稼ぎたいと考える様になった。ただこの国では、一五に成らないと冒険者にはなれないだろ、だから俺らは一五に成ってすぐにそいつらと一緒にギルドに冒険者登録をしたんだ。俺もその時にはお前らと同じ初心者だったからな。我武者羅がむしゃらにそこら辺のクエストばっかりやってた。装備を揃えてからは王都を出たこともある。もちろん、スライムにボコボコにされた事もある」

 そして彼は仲間の自慢を始めた。

 その自慢は、とても愛のこもったものであった。

「このダンジョンが出来たのは三年前だ。手っ取り早く金が稼げると聞いて、俺らは目を光らせた。本当は装備を強化してもっとモンスターを倒せって事なんだろうけど、夢を叶える為ならその金を使っても良いと思っていた。それで三年間毎日このダンジョンの抽選に参加してた。」

 ここで僕はおや、と思う。そしてそれはインチーナも同様だった様で。

「やっぱり運が無かったんじゃない」

 ピロフォリアとグラディオがが少し驚いたのが見えた。容赦が無いと思ったのは僕だけではない。

 そして、その容赦の無い意見の回答にインチーナは、否、僕ら全員が驚く事になる。

「確かに、運はねぇな」グラディオが下を向く。「――だって、やっと抽選に当たった日に仲間を失っちまうんだから」

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