第8節【王都出発】

「王都を出る」

 そう言ったのは僕だった。

 目標を決めた日、サーシャと出会った夢を見た日から一月ひとつきが経った。

 必要な資金は集まった。

 装備もより上級の物を揃えた。

 金の鞘に入った、魔法の込められたグリーンサファイアのような輝きを放つ新しいつるぎは、風と水を操ることが出来る。

 スライムには倒されなくなった。空を飛ぶからす蝙蝠こうもりが合わさったような魔物――ヴェスペロウはインチーナの炎を纏った矢によって瞬殺出来る。ゴーレムはグラディオの前より一回り大きくなった大剣で一太刀。もし大きな怪我を負ってもピロフォリアの回復魔法があれば安心だ。

 ここまで来るにはそれなりの努力と物語があるのだが、ここでは割愛しよう。自慢話みたいで恥ずかしい。

 とにかく、そういうわけで王都を出ても大丈夫だろうという結論に至った。

 RPGでは最初の街を出るのは一瞬だ。

 王様から大量の資金をもらって、元々それなりに剣も魔法も使えるし、防具だって三人目のボス戦ぐらいまでは変えなくていいほどの物を元々持ってる。仲間だっているし、誰が付いてくるかまでパッケージで分かってしまっている。ついでに言えば、最初から美人の婚約相手も決まってるなんてことも良くある。羨ましい事この上ない。

 だが、いくら異世界でもここは現実だ。

 シナリオ通りに進むことも無ければ、シナリオ自体がそもそも無い。力も魔法も、武器も防具も、仲間も恋人も全て自分で揃えて、全て自分達の責任で行動しなければならない。

 そして今、恋人以外の必要なものは全て揃った。

「そろそろ言い出すたぁ思ってたが、いきなりだな、おい」グラディオがいつも通りの豪快な笑い声を上げた。「まぁ、行けるとは思うけどな」

「そうね、今の私達なら魔王だってチョチョイのチョイよ」とインチーナ。

「流石に魔王までは分かりませんが、私も尽力いたします」そうピロフォリアも賛成意見。

 これで王都を出る事は決定した。

 王都を出ると言う六文字には、大きな意味が込められている。

 先の見えない戦いの日々が続くという事。これまでに無く強い魔物と戦わなければならない事。最終的には魔王を倒すと言う事。

 ――生きている事自体が、君にとっては苦痛なのでは無いかな?

 サーシャの言葉を思い出す。

 確かに、元々生きている事は苦痛であった。周りの空気を読んで、周りの人々に強いられて、僕は僕らしく空気を演じていた。

 迷惑をかける事もなく、もはや他人と関わらない様にと生きてきた。

 ただ、今それをしてはいけない。

 僕は空気となることではなく、パーティのリーダーとして先頭に立つ事を強いられている。

 ここで僕がパーティから退いてしまったら、それこそ迷惑がかかる。

 グラディオと自分らしからず約束をしてしまった以上、僕は、僕らは王都を出て、更なる強敵と戦い、魔王を倒さなければならない。

 生きている事は苦痛だ。

 ただ、今のこの苦痛はそれほど悪くないとも思えてきた。

 魔王を倒してしまったら現世に戻されるということはあまり考えないでいよう。

 あの絶望の日々へ逆戻りなんて、考えたくもないのだから。

 ただ、あの時僕は確実に死んだのだ。

 死んだ者が生き返るなんて、神でもなければありえない。きっと、生き返ることなんて出来ないに決まってる。

 だから、心配しなくても良いだろう。

 どうせなら、地獄から天国にでも移させて貰えばいい。きっと天国はここよりも良いところだ。

 とにかく、まずは魔王を倒そう。

 旅の目的は、魔王に関する情報の収集とその討伐。

 王都の図書館ではあまり情報を得る事が出来なかったが、色々な地をめぐり、色々な人に話を聞けば、分かる事もあるだろう。

 特効武器や必須防具の在り処など、これがゲームだと言うならそう言うのもあって良いはずだ。

 これは僕が地獄から抜け出すためのゲーム。

 必要なのは、この世界で最も悪い奴を倒す事。

 そのための旅を始めよう。

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