第2節【魔王の手先と虹色の少女】
チェルブスの街に着く。
この国に属する街で王都を除き二番目に大きな町だそうで、商業に栄えた町だ。
王都の商店街と比べても違いが分からないくらいに活気がある。
「おい兄ちゃん、これ買ってかねぇか」
そう言ってタオルを頭に巻いたおじさんが差し出すのはサンマに似た魚。鮮度もよく、とても美味しそうだが、生憎生物は求めていない。
僕らにはこの魚の鮮度を保つ方法も無く、魚から鮮度を欠かしては意味がない。
インチーナがじーっと期待の眼差しで見つめてきているが、ここは断るしかない。
「ごめんなさい、僕らは旅をしている身で生物はちょっと」
そこでピロフォリアが駆け寄ってくる。
「トオルさん、道具袋の中には時の流れがありません。腐ってしまうことを気にしているなら…」
「だってよ!おじさん、四匹頂戴な」インチーナが突っ込んでくる。
「あぁ、勝手に…」
一匹四百レーボの為、合計で千六百レーボの出費。
道具袋の中なら物が腐らないことが分かったのは良かったが、もう少し考えて買いたかった。ほら、あっちでは少し大きいのが三百六十レーボで売っている。
と言うより、何か大事なものを失った気がした。
「何よ、文句ある?」
「いいや、別に」
まぁいっか。
魚を買ってしまったために、醤油を買わなくてはいけなくなった。まぁ、これは完全に僕の好みだが。
何だかんだ食べる気満々の僕であった。
「それで、米も買ったし、しばらくは食べ物に困りそうに無いな」
「そうだな。あとは馬車を借りるだけだが…ん?」
僕もそれに従って車借屋の方向を見ると、叫び声が聞こえてきた。
「キャー!魔物っ魔物よ!」
僕らは車借屋に駆けつけた。
「これは、まずいな」グラディオが背から剣を抜き、こちらに近寄ってきたスライムを狩る。
「何があったんですか!」
僕も周りのモンスターを狩りながら、車借屋のおじさんに聞く。
「どうやら気づかないうちに馬車の中にモンスターが入っていたらしい。それも、ぎゅうぎゅう詰に」
「それはこいつのことだな」グラディオが切っ先を向けた方向には紫色の猿に羽を生やしたような魔物がいる。「ディビジョンデーモン…どういう事だ」
「ディビジョンデーモンは分裂能力を持った厄介な魔物です。どんどん倒しましょう」
「いいや、こいつが厄介なのは分裂だけじゃねぇ。魔王が使役してる奴だってことだ」
「そんなヤツがなんでここにいるのよ」
「分からねぇ。ただ、今言えるのは一つだ。狩れええええぇぇッ!」
必死に剣を振るが、その紫色の毛皮によって力を吸われているようで、なかなかダメージが入らない。その上、ディビジョンデーモンを倒すスピードよりも早く分裂してしまう。
キーキーと言うディビジョンデーモンの声が鼓膜に張り付きそうだ。
「クッ、切りがないッですね」
「そうだなッ、トオルッ」
「も〜!やになってきたッ〜!」
一体一体は苦なく倒せるが、段々と押され気味になって来ている。
「クソッ、もうダメかッ」
――僕が弱音を吐いた、その時だった。
後方から飛んできた火の玉が巨大化して行き、巨大な炎がディビジョンデーモンたちを包む。
「ウガアァァ…ァ…」
ディビジョンデーモンの耳をつんざくような悲鳴と共に、炎は更に力を増しそこに本物の地獄を形成する。
「アァ…ァ……ァ…」
次の瞬間、そこには毛一本も落ちていなかった。
僕らは背後を振り向く。
「――え」
美しく虹色に輝く髪と美貌を持った、少女が立っている。
今まで見えていた虹色の空が、その娘が前に立つと何故だか
「あら、やりすぎちゃった」
少女は可愛らしくそう言うと、突然ふらつき始める。
「あれ、これ、あ…」
「危ないっ!」
地面に頭が付くギリギリのところで支える。
が、彼女はもう気を失ってしまっていた。
美しい容姿に見合わない強大な力。それは恐怖に値するはずだが、その時の僕はその事には気付いていなかった。
僕はただ、
――彼女に見惚れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます