第4節【友情には信頼を】

「――んぅ」

 揺れる馬車の荷台の中、窓から差し込む太陽の光に起こされる。

「あぁ、おはようございますトオルさん」

「おはよう、ピロフォリア」

 チェルブスを立ってから一晩が立ち、ずっと御者台に座っていたのであろうピロフォリアの顔には疲れが滲んでいる。

「一晩中、悪かったな」

「いえ」

 前から思っていたが、ピロフォリアはやけに僕らに献身的過ぎる気がする。とても助かっているし、このパーティの癒しでもあるのだが、あまり頑張り過ぎられるとこちらが悪い事をしている気になって来る。

 ――いや、僕に付いて行けと言ったのはサーシャであるから、彼女への献身なのか。

 まぁ、どちらにしても、このままでは彼はじきに身体を壊してしまう。少しでも、休ませてあげたい。

「なぁピロフォリア、提案があるんだ」

「提案?何でしょう」

 僕は考える。どう言ったら彼を傷付けずに、彼を休ませてあげる事が出来るだろうかと。

 彼のしたい事は、恐らく僕らに付いてくる事だ。ただ、僕のこれからする提案はそれを断る事になる。当回しに言うべきか、直接言うべきか。

「ルクースタに着いたら君は休んでて欲しいんだ」

 結局直接言う。ピロフォリアの反応が怖い。

 こんな時にグラディオだったらどう言うだろう。彼ならばもっと情という物を感じる様な言い方をするのだろうな。

 そんな事を言っても、グラディオもインチーナも眠ったままだ。起こしてもいいが、それこそ不快に感じられたら嫌だ。

 あの時みたいになりたくないと、嫌われてしまったらと、そう思う自分がいる。

「分かりました。では、ご三方で情報集め、頑張って来て下さい」

 ピロフォリアの答えは普段通りのものだった。良かったと胸をなで下ろす。

 こうやって他人と話す時にごちゃごちゃ考えてしまうのは僕の悪い癖だ。治したいと思ってもなかなか治りはしない。

 しばらく馬車は走り、そしてピロフォリアが再び口を開く。

「そうだトオルさん。僕からも提案があるんです」

「ん、なんだい」

 ピロフォリアからの提案とは珍しいなと驚く。彼は僕らに付いて来てくれるが、なかなか自分の意見を言う事はなかった。

 だからこそ、彼の提案は意外なものだった。


「――僕らに、そんなに気遣わなくて良いんですよ」


「ど、どう言う事?」

 何となく意味は分かっていた。けれど、それを拒む自分がいた。

「僕らはもう、すでにトオルさんの仲間なんです。僕らの事を考えてくれるのは嬉しいですけど、そこまで悩まなくても、僕らは拒絶したりしませんよ」

 ピロフォリアの言葉が、胸に染みる。

 ずっと、仲間を信じたいと思っていた。それは本当だ。ただ、そうでいながらまた裏切られるのではないかと言う思いもまた、あった。

「そうだぞ、トオル」

 いつの間にか起きたグラディオが言う。

「お前がすっごく悪い事でも言わない限り、お前を嫌いになったりしないし、すっごく悪い事を言ったとしても、多分嫌いにはなれない」

「グラディオ…」

 グラディオはインチーナを指して続ける。

「こいつもそうだ。お前がリーダーでいる限り、しょうがないって言って付いて来てくれるさ。ま、俺は何の話か知らんけどな」

 ガッハッハと馬車を揺らしグラディオが二度寝に入る。

 多分、ピロフォリアには人の気持ちを読み取る能力がある。彼にはきっと敵わない。

 そうか、そうだったのだ。僕は恐れる必要など無かったのだ。

 あの薄暗い空間で彼らとパーティになったその日から、共に戦うと決めたあの瞬間から。

 僕らはパーティ、仲間なのだ。


「――そうか」


 思い出した。

 こちらの世界に来た時に、スマートフォンに表示されていた番号。

「あれは、ウッチーのだ」

 内山とおる。僕と同じ名前の読み方を持つ、かつての大親友であった。

 家が近所という事もあって、ずっと一緒に遊んでいた。一緒に東京観光した事もあった。

 そんな彼に僕が裏切られたと思っていたのは、誤解だったのだ。


 中学二年の夏。周りの男子はもうすぐ来る夏休みに浮かれていた。僕もその一人であり、内山通と旅行へ行く話もしていた。

 行く所も、日時も、持って行く金額も全てを決めてあり、後は行くだけであった。

「俺もう、お前とは関わらねぇから」

 その全てを、彼の一言で覆された。

 休み時間、彼と話しに彼の教室に行った時の話であった。

「えっ、どうして。そ、そうだ、旅行は」

「行くわけないだろ」

 そう、ピシャリと言われた。

 大親友だと思っていたのは、僕だけだったのか、とその時は思った。友達だったのかさえ怪しいな、とそうも思った。

 もう、友達は作らない。そんな決心をした時にはとっくに僕の周りに人は居なかった。

 いつの間にか、僕は世界に取り残されていた。――そう、思い込んでいた。


 あの時、薬を飲んだ後、メールが来た。

『今までごめん』とだけ書かれたメール。

 送信者はウッチー。

 そして僕は、腹痛に耐えながら電話をかけた。

「助けて」

 ずっと忘れていたが、僕はそう言った。

 それでどうなるとも思っていなかったけれど、言ってしまった。


 何故忘れていた。


 こちらに来てから、どうも現世での記憶があやふやだ。

 一部の記憶だけはやけにはっきりと思い出せるくせに、それ以外はふわふわとしていて全く思い出せない。

 これも、と言うこの世界の管理者――サーシャの所為せいか。

 でも、何のために――?

「付きますよ」

 ピロフォリアの声が思考を遮る。

「おはよぅ」

「早いなぁ、まだ寝れてねぇよ」

 インチーナとグラディオが目を覚ます。

 窓から前方を見ると、確かに街が見えた。

 情報の街、ルクースタ。


 魔王討伐の要となる街であった。

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