第十三幕 武士道な告白

「――なあ、近藤。俺はいったいどうしたんだ? なんで、こんな夜中にこんな所にいるんだ?」


 真琴がようやく泣きやみ、だいぶ落ち着きを取り戻したところで、すでに起き上がっている松平が改めて彼女に尋ねる。


「…グスン……えっ?」


「いや、まるで記憶がないんだよ……今までにも記憶が途切れることは何度かあったけど……それに、なんだかやけに体がだるいし……」


「そ、それは……」


 その核心を突く質問に、真琴は不意に口籠ってしまう。


 さすがに、これまでの経緯をありのまま彼に話すことはできない……。


 霊に取り憑かれていたとはいえ、もし辻斬り魔となって何人もの人達を傷つけていたなんてことを松平が知れば、彼はきっとひどいショックを受けてしまうだろうし、また、その霊から彼を救った方法を説明しようとすれば、真琴にも侍の霊が取り憑いている(しかも、こっちはまだ取り憑いたまま…)なんてことまで彼に話さなければならなくなってしまう。


「それはそのう……そ、そうです! あ、あの、先輩が買ったその刀! 実はその刀には〝眠ってる間に素振りをさせられる〟という恐ろしい呪いがかかっていて、先輩はその呪いのせいで毎夜毎夜、ものすごくヘトヘトになるまで素振りをさせられていたんです!」


 真琴は必死になって考えを巡らした結果、話しても差しさわりのない部分をつなぎ合わせ、さらに適当な嘘も付け加えて、虚実ない混ぜにそう松平に説明することにした。


「そこで、及ばずながらこのあたしが、その呪いを解かせていただいたっていうかなんといか……あ、ああ、最近あたし、そういうオカルト系のものにちょっと縁があったりするもので……あの…それで呪いを解く際に、先輩の刀、折ってしまったんですがぁ……」


 まあ、大方は合ってなくもないし、完全な嘘ではないから許される範囲だろう……それにこんな状況、他にどう言っても真相を全部隠しては説明のしようがない。


「そうか……時々記憶が途切れてるのもその呪いのせいだったのか……それで、いつもこんな風に体も怠く……」


 今回もかなり無理のある言い訳であったが、どうやらその嘘の説明に松平もとりあえずは納得してくれたようである。


「……でも、どうしておまえは、こんなにまでして俺を助けてくれたんだ?」


 ただ、松平は目を赤く腫らした真琴の顔を真正面から見据え、その唯一まだ合点のいっていない問題を真剣な口調で問い質す。


「え……?」


「こんな危険を冒して……体を張ってまで、どうして俺なんかのために……」


 自分の握っている折れた刀や、座り込む真琴の傍らに置かれたもう一本の刀、それに先程の彼女の態度を見れば、記憶のない松平にだって、真琴がどれだけ危険な目に遭いながら自分を助けてくれたのかは一目瞭然である。


「どうして、おまえは俺なんかのために……」


「そ、それは……」


 その一番触れてはほしくなかった疑問への問いに、真琴は再び口籠る。

 

 でも、本当は真っ直ぐな瞳で自分を見つめる松平に対して、彼女は思わず……


〝それは、あなたが好きだからです!〟


 ……と、そう告白してしまいそうになっていた。しかし、恥ずかしさというもう一つの気持ちが、その正直な言葉を喉から出る寸前のところで止めていたのだ。


「そ、それは……」


 真琴は俯き、頬を真っ赤に紅潮させる。


 今まさに目と鼻の先では、憧れの松平が、真剣な眼差しで自分のことを見つめている……誰もいない夜の校庭……二人っきりで見つめ合う静かな蒼い月の夜……。


 これは、愛の告白をするのにはまたとない絶好のシチュエーションである!


「そ、それは、あなたが……」


〝好きだからです!〟


 そう、勇気を出して言ってしまいたい……だが、気恥ずかしさや、もしも振られてしまったらという恐怖心が彼女の口を無意識に震わせ、その言葉を飲み込ませてしまう。


「そ、それは……あ、あたしが……せ、先輩の、こ、ことを……」


「ええい! じれったいでござるな。武士たる者、そういうことは勇気を持って、はっきりと言ってしまうものにござる!」 


 すると、そうして心の葛藤に苛まれる優柔不断な真琴の姿を傍で見ていた喜十郎が、いい加減もどかしくなったのか割り込んでくる。


「もう見てはおられん! 真琴殿、ここはそれがしにお任せくだされ!」


「え? ちょ、ちょっと…」


 そして、なんとも歯痒い様子でそう叫ぶと、喜十郎は無理やり真琴の体へと乗り移る。


 そ、そんな、ま、待ってよ! 喜十郎……。


 心の中で慌てて制止し、そのお節介な行為を迷惑がる真琴であるが、その反面、不可抗力にも彼が代わりに言ってしてしまうことへの淡い期待というものも抱いてしまったりしている。


「それはでござるな……」


 そんな真琴の気持ちを知ってか知らずか? 喜十郎は同意を得る間もなく彼女の口と声を借り受けると、目の前の松平を彼女の瞳でしっかりと見据え、秘めたる思いを告げ始める。


 キャアぁぁぁ~っ! そんなあぁぁ~っ…!





「それは、あなた様を我がお仕えすべき主君として、心よりお慕い申しているからにござりまする!」





 …………え?


 真琴は、乗っ取られた体の中でポカンと口を開けて固まる。


「しゅ、主君……?」


 松平も、真琴の口をついて出た喜十郎のその言葉に目をパチクリさせている。


「フフン。どうでござる? 真琴殿の秘めたる思い、それがしがちゃんとお伝え申してあげましたぞ」


 予想外の展開に呆然と佇む真琴に対し、憑依を解いて現れた喜十郎が自信満々にそう述べた。


「……ア、アハ…アハハハ……せ、先輩、ちょ~っと失礼しまーす……」


 ヒクヒクと痙攣する顔に苦笑いを浮かべた真琴は、やはり唖然としている松平に断りを入れると、傍らに置いてあった刀を拾って立ち上がる。


「喜十郎、ちょっと、こっちに来なさい!」


「ん? なんでござるか? 今のは武士の情け。礼ならいらんでござるよ」


 潜めた声で自分の名を呼び、少し離れた場所へと誘う真琴の手招きに、「いいことしたな~」的なドヤ顔をして喜十郎は着いて行くのであったが……。


「な・に・が、礼よ! あんた、先輩になんてこと言ってくれるの!」


「ハハハ、なーに、今さら隠すことはござらん。声に出して言われずとも、それがし、これまでずっと真琴殿の様子を拝見させていただくに、真琴殿が松平殿をそのようにお慕い申していること、よーく存じており申した。やはり、真琴殿は立派な武家の娘にござりまするなあ~」


 そう言って満足げに腕を組むと、喜十郎はうんうんと頷く。


「慕うっていっても、そういう慕うじゃないわよ! この朴念仁がっ!」


 武士がゆえの発想なのか? それとも天性の鈍感なのか? そのまるで勘違いに気付いていない態度が真琴の怒りをさらに逆撫でする。


「ん? 違うのでござるか? なれば、どのような慕うなのでござる?」


「それは! あたしが先輩のことを好き…」


 思わず真琴がそう大声を上げそうになった時。


「おーい近藤~! そこで誰としゃべってるんだあ~?」


 背後から、不審に思った松平の声が聞こえてくる。


「ああ、いえ、なんでもありませ~ん! 先輩、それじゃ、あたしはこれで~……」


 一瞬、ドキリとして肩をビクつかせる真琴であったが、笑顔を振り向かせて挨拶をすると、まるでその場から逃げ出すかのようにくるりと踵を返して歩き出す。


「真琴殿? いきなりどうしたでござる? もう帰られるのでござるか?」


 松平に背を向け、そそくさと立ち去ろうとする真琴の後を、怪訝な顔で追い駆けながら喜十郎が尋ねる。


「ええ、そうよ! あんな変なこと言っちゃって……もう恥ずかしくて、これ以上先輩に会わす顔なんてあるわけないじゃない!」


 真琴はひどくイライラとした声で、そんな乙女心のまるでわからない朴念仁なバカ侍にそう答える。


「うーむ……よくわからんでござるが、それがし、そんなに間違ったこと言ってたでござるか? なれば汚名返上のために、今度こそ真琴殿の本心を松平殿に…」


「ああああっ! もうこれ以上、余計なことしないでっ!」


 訝しげに小首を傾げ、再び憑依しようとするお節介な喜十郎を、真琴は思わず声を上げて大慌てで阻止する。


「真琴殿、なにやら怒ってるでござるか?」


「ええそうよ! なにやらじゃなくて、か・く・じ・つに、怒ってるわよっ!」


「うーむ。やはりわからんでござるな……何をそんなに怒ってるでござる?」


「何って……あんたのことに決まってるでしょうがっ!」


 真琴は喜十郎とそんな遣り取りを交わしながら、ドシドシと乱暴な足取りで夜の静かな校庭を後にして行く……。


 そうした二人を…いや、他人には喜十郎が見えていないので真琴一人を、いまだ呆然と立ち尽くしたまま見つめている松平がぽつりと呟いた。


「主君としてお慕い申してるかあ……なんか、武士みたいでカッコイイ……」


 そんな時代劇ヲタの呟きが耳に届くこともなく、二人はなおも噛み合わぬ会話を交わしながら、月影に蒼白く照らし出された夜の街を家路目指して歩いて行く……。


「真琴殿、ほんとにこのまま帰ってよろしいのでござるか? やはり、ここはもう一度、それがしが…」


「ええい! うるさい! もう余計なことはするなって、さっきから何度も言ってるでしょう! これ以上ややこしくなったら堪まったもんじゃないわよ!」


「まあ、真琴殿がよいのなら、それでよいでござるが……ところで、今回のそれがしの働きの褒美といいまするか……やはり、これからはそれがしに自由に剣術の稽古をさせてくれるということで……」


「はあ? 褒美だあ? そんなもん、あるわけないじゃない! 今の失態で全部チャラよ! チャラ!」


「そ、そんなご無体な……」


 怒りに任せ、これまでの彼女だったらぜったい口にしないような荒々しい言葉を、どこまでも無神経で鈍感な侍の霊に真琴は浴びせかける。


 自分ではいまだに気付いていないようであるが、このどこか滑稽な武士道バカの霊に取り憑かれてからというもの、内気だった彼女の性格は完全に変質してしまっている。


「無体も何もないわよ! むしろ今回の咎(とが)であんたを島流しにしたいくらいよ! ああ、そうだ。この刀、板切れにでも括りつけて海に流しちゃおうかしら?」


 真琴は不意に立ち止まると、握っていた黒鞘の刀を冷酷な瞳で見つめて言う。


「ぶ、武士の魂になんてことを……いくら真琴殿とて、無礼な言動は許しませぬぞ!」


「ええ。無礼は百も承知。許してもらわなくてもけっこうよ! こっちだってね、今度こそ凄腕の霊能者のとこ行って本気でお祓いしてもらうからね!」


「うう、それは……ひ、卑怯にござるぞ! そうやって人の弱みに付け込むのは!」


「いいのよ卑怯でも! あたしは武士じゃなくて、ただの女子高生なんですからね!」


 しかも喜十郎と言い争うにつれ、彼との息もぴったり合ってきているようだ。


「真琴殿……最近、性格変わってきたでござるぞ……」


「どこがよ! ぜんっぜん、変わってなんかないじゃない!」


「いや確かに変わってきたでござるよ。何か武家の娘らしい猛々しさが出てきたと申そうか…」


「ええい! うるさい! 変わってないって言ってるでしょう!」


「いや、それがしは別に悪く言ってるのではなく、褒めてるでござるぞ?」


「そんな風に褒められたってうれしかないわよ! もう、いいから黙ってて!」


 真琴と喜十郎はなおも言い争いを続けながら、時折、不審そうに振り返る往来の人々の目も気にせずに並んで歩いて行く……。


「ってか、あんたもあの霊みたく、無念晴らしてさっさと成仏しちゃいなさいよ!」


「いや、そう申されても、なかなかその無念だったことを思い出せなく……おお、そうだ! きっと、それがしも満足いくような相手と剣の試合をさせていただければ、玄蕃殿のように成仏できるでござるよ」


「あんたね、学習ってものをしないわけ? 同じような嘘はこの前も吐いてたし、だったら、さっきの真剣勝負であんたも一緒に成仏してるはずでしょう? どうせ、あたしの体借りて稽古がしたいだけなんでしょうけど、嘘吐くんならもっとマシな嘘吐きなさいよ」


「うっ…真琴殿、けっこう鋭いでござるな……」


「鋭くなくてもわかる…ってか、そうやって人を騙すあんたの方は、武士道にももとるダメ侍みたいね」


「うう……そう言われると心が痛いでござる……」


 この女子高生と侍の霊との奇妙な関係は、まだまだこれからもしばらく続きそうである。 


                           (武士道な彼女 了)

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武士道な彼女 平中なごん @HiranakaNagon

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