第11話 負けず嫌いの麗先輩
「おはよう、夢子」
「おはよう、涼」
何気ない挨拶だが、今日は教室の中ではなく、登下校ルートの途中で交わす。
あの後、二人だけで何曲か歌った私達は、帰り道に自分たちの登下校ルートが一部被ることを互いに知って、以来こうして二人で落ち合うようになったのよ。
最初は、会うたびに真っ赤になっていた涼も、今では慣れてきたようで、赤み一つささない爽やかな笑みを返すようになってきたわ。
「今日も朝練、頑張るぞ。夢子は、マネージャーとしていつも通りサポート頼むね」
「了解」
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部活にも慣れてきた。
相変わらず俺っ娘の麗先輩は、私に機会があれば一人称「俺」を試してみるといいと勧めて気はするが、少なくとも強要することはなくなったから、まあよしとできるぐらいにはなった。
「夢子ちゃん、いつもありがとな」
「麗ちゃんといい勝負になるぐらい、可愛いよね」
「イヨッ、期待の新星マネージャー、夢子!」
タオルや出納を渡す私を見て盛り上がる部員たちを見て、麗先輩が苦笑しながら言う。
「俺もまだ若い後輩には負けてられないな」
「麗先輩も可愛いっすよ」
「だ、だから、可愛いはやめろって…」
かわいいと言われると激しく照れる麗先輩も、結局は可愛らしさを増しているんだよね。
「おいおい、麗ちゃんは俺の専属マネージャーになったんだから、手出しはするなよ?」
入ってきたのは、部長だ。涼ほどではないが、中々にカッコいいところはなくはない。
麗先輩とは、お似合いのカップルだな、とつくづく思う。
「だが、俺の方がこれじゃ物足りないな。みすみす後輩に人気を奪われたままでは、部長の彼女の名が廃るだろ?」
「麗ちゃんは、無理はしなくていい。
夢子ちゃんも随分と慣れてきたようだし、世代交代は、ある意味では自然なこと。
俺の中で一番であれば、それで十分だ」
「お前な…」
「ん?」
「とりあえず、カッコつける前に、涼に勝って来いよ」
照れている麗先輩。しかし、言っていることは、筋が通ってはいる。
体験入部のあの日からずっと、ルーキーの涼は、投打ともに野球部一のままひた走っている。
部長の彼女である麗先輩としては、そんな涼に勝つ部長が見たいのも、無理はないわよね。
まあ、私としては、涼に勝ってほしいけど。
その涼がやってくる。
「いつもありがとな、夢子。俺のパフォーマンスが維持できるのも、夢子のサポートのお陰だから」
嬉しいけど、今はタイミングが悪かったわ。
案の定、それを聞いた麗先輩が、私達を睨みつける。
「ほう。つまり、部長が勝てないのは、俺のサポートが足りねえからだって言いたいのかな?」
「麗先輩も、確かに一流のマネージャーだと思います。俺が言ったのは、絶対的な意味でのサポートの話であって、誰かと比較するつもりは毛頭ありません」
「そうだとすれば、今度は暗にお前の方が、部長よりも実力があるということになるよな」
「投打に限って言えば、確かに俺の腕の方が勝っていると思います。が、部長は経験が違いますから、広い視野でチームをまとめ上げるという点では、俺はまだまだですよ」
麗先輩が、涼に顔を近づける。
ジロリと睨みつける麗先輩。
それにおじけづくことなく、見つめ返す涼。
麗先輩が、フッと笑った。
「素直でいいな。気に入ったよ、お前のことは。だが、俺は、部長なら、今はまだ投打でも十分お前に勝てると信じている」
「麗先輩は、部長の彼女さんですもんね」
「そ、そういうことではない…。あまり先輩をからかうもんじゃないぞ」
麗先輩が、涼に軽くデコピンする。
「すみません」
「分かればよろしい。
俺は、まだまだ『俺』とすら言えないひよっこ後輩マネージャーには、負ける気はない。俺と部長は、必ずお前らを越えて見せよう。
せいぜいその日まで、お二人で仲良くすることだ」
そして、麗先輩は、涼の耳元で何やらささやく。
「そ、そんなこと…」
赤面する涼を放置して、彼女は続ける。
「聞いてるんだぞ?既に二人でカラオケに行ったりしたこともな。だから、もう時間の問題だろうに」
「俺は、その件については、試合で勝ってからと決めていますから」
「部長みたいに何もないときにナチュラルに告白してもいいんじゃないか?」
「先輩こそ、あまり後輩をからかわないで下さいよ」
「…悪かった。とにかくだ、夢子、俺もお前にはまだまだ負けないから、覚悟してろよ!」
私は麗先輩と恋路で競っていない以上、どこでも競争する必要性を感じないんだけど、これはマネージャーとしての腕を認められたということで、喜んでいいのかしら?
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