第3話 照れ屋の涼と盛り上がれない私
翌朝。
異様に陽光のまぶしい教室で、私は花と部活の話をしていたの。
「それで?夢子は何部に入るか、決めたの?」
「ええ、私は、野球部のマネージャーになるわ」
「はあ?」
花が、驚いた声を出す。
「まあ、夢子らしいけどさ。今時、あんなところに入るのは少女漫画に溺れすぎた子ぐらいのものよ。
スポーツイケメンを見たいだけなら、チアリーダーかブラスバンドあたりに入っても、全く問題なくできるしね。
いい?マネージャーなんてのは、どんなイケメンも汗臭いということを知るだけの仕事よ。漫画に描かれる夢のような青春なんて、そこにはありはしない。それでもいいの?」
「分かってないわね。イケメンの汗臭さも含めて、全てを知ってこその青春でしょ?
泥臭い練習シーンから一定の距離を置いて、試合だけ見に行くようなチアやブラスバンドの子でも、確かにある程度の感動は共有できるかもしれない。でも、それじゃあ、テレビで見る安っぽいお涙頂戴ものに毛が生えた程度でしかないわ。
全てを知ったうえで、ともに泣き、ともに笑うからこその青春なんじゃないの」
私がそう答えると、花は、ため息をついて言った。
「そんなの、私には無理だわ。イマ彼と遊んでいて結構楽しいし、帰宅部でいいかな」
「楽しければ一番。花も十分、らしいわよ」
「そうね。結局、お互い自分の個性からは逃れられないのね」
ガラガラ、とドアを開ける音がする。
振り向くと、涼が入って来る。
涼は、私を見て、爽やかな笑顔を浮かべて言った。
「おはよう、夢子。昨日は見に来てくれてありがとな」
「うん。涼、すごかったね」
やっぱりキュンともトクンともしないけど、いい笑顔だなとは思う。
すると、花が横から口をはさんでくる。
「ちょっと夢子、もうこんなイケメンな未来のボーイフレンド見つけちゃったわけ?早速青春し過ぎじゃないかしら?」
涼が、何故か真っ赤になって、口早に言い返す。
「ち、ちげえよ。そんなんじゃねえ。俺は、見に来てくれた夢子に、礼を言いたかっただけだ」
「うひょー、カッコいいわね」
花がそうはやし立てると、涼は、ぼそりと言う。
「カッコなんかよくなくても、俺の心が相手に伝わればそれで十分なのだが…」
「おや?これは既に、誰かいるのね?」
「別に、いねえよ」
「嘘ね。女の勘は、ごまかせないものよ」
「…夢子、こいつ、何とかしてくれないか?二人で話したかったのだが」
涼は、何故か私に振ってくる。
二人で話したいって、口説きながらなら無茶振りしても許されるとでも思ってるのかしら?
まあ、イケメンだし、私の青春には重要なキャラなのは間違いないから、今は許してあげるけど。
けど、こうなった花って、私でも止められないのよね。
いったん恋バナに火が付いた花は、まるでマシンガンだから。
「無理ね。今は諦めて。私、野球部のマネージャーやろうと思っているから、またその時でいいんじゃないかしら?」
涼は、私の言葉に一瞬戸惑ったが、やがて言った。
「おう。じゃあ、放課後、よろしくな」
「ええ」
そして、彼は、他の男子のグループに混ざる。向こうでも何かからかわれているからか、どこか照れ臭そうだ。
はあ、もう、全て決定的な青春シーンじゃないの。何でこんなにドキドキのかけらも感じられないのかしら?
そんなことを想っていると、花が私の手を握って、言う。
「夢子、やるじゃないの。これで、第一ラウンドは突破ね」
「第一ラウンドも何も、普通に話しただけだけど?というより、花が恋バナを無理に振るからこうなっただけだと思うんだけど」
すると、彼女は、ため息をついて、急にきりっとした表情に切り替えて、言う。
「分かってないわね。私がはやし立てたのは、それであなたたちの接近を助けるためだったのよ」
「絶対嘘でしょ」
「バレた?」
「むしろバレないと思ってたの?」
「夢子、ひどいわ、そんなこと言わないでよ」
「わざとらしすぎるわ」
「そうね」
キーンコーン、カーンコーン。
鐘が鳴る。
私の机の前でしゃがんでいた花が、立ち上がる。
「じゃあ、また後で」
「授業中にこっそりラインする気満々の癖に」
「あはは、だって夢子と話していると、楽しいからね」
「後でテストの時、ヒイヒイ泣いても、知らないからね」
「大丈夫よ。赤点だけは回避できる自信はあるから」
「全く」
彼女は笑いながら、自席に戻る。
ちょっとだけ、楽しそうでいいなと思っていると、先生が入ってきた。
授業の場面は、涼と席が近いわけでもないし、今のところ青春シーンにはならないわね、と秘かに思いつつ、私はバッグから教科書とノートを取り出し、開いた。
何はともあれ、お勉強も大事だからね。
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