第4話 俺っ娘の先輩マネージャー

 その日の放課後。


 野球部にマネージャー志望として、部室まで正式な参加届を出しに行くと、そこには、一人の女子高生の先輩がいたわ。


 軽い天然パーマがかかっている、ふわっとした、ほんのりと茶色の混ざった黒髪が美しく、顔立ちはクリッとした大きな目が可愛らしい、いかにも青春漫画に出てきそうな可愛いマネージャー、というルックスの先輩。

 可愛らしいのに、どこか沈んだ表情を浮かべてため息をついているのが、また年相応の大人っぽさを醸し出している。


 これは、私と涼をめぐって競うライバルになるかもしれないわね、と少し警戒しながら、私は彼女に声をかける。


「あの、野球部のマネージャーとして入部しに来たのですが…」


 すると、彼女の顔が、何故かパアッと明るくなったの。


「マジか?おう、良かったぜ。これで、今年は何とか野球部女子マネージャー部の廃部危機は免れたようだな」


 あの、口調とルックスとのギャップがすごいんですけど。


 という言葉は飲み込んで、それ以上に気になったことを尋ねる。


「野球部女子マネージャー部、ですか?」

「おうよ。野球部ってのは、いつ・どの時代でも俺のようなかわいい子がマネージャーとして入るのが相場って決まっていた。だから、事実上、女子マネージャーそれ自体が、野球部の部内部活のようなものなのさ。

 それにもかかわらず、近年は汗臭いだの、チアの方が華があるだの、そもそも野球部よりサッカー部のイケメンキャプテンの方がタイプだのというしょうもない理由で、学年トップクラスの美女が軒並み別のところに奪われてしまうことが続いてきた。

 俺の一つ上の代の先輩は、そのことを憂慮していた。

 俺の下の代で、これまで何とか二番手クラスのそれなりさんを引っ張ったり、俺のような気まぐれ美女が入ったりしてぎりぎり保っていた入部者が、遂にゼロになっちまったからだ。

 今年も、今の今まで誰も来なかったんで、このまま俺たち野球部女子マネージャー部がなくなっちまうんかなと思うと、もう少しで夕焼けが目に染みるところだったぜ」


 なんか、私が目指していた、涼との夢のような青春恋愛から一歩外れた気がするんですけど。

 なんで先輩が俺っ娘なんですか?

 普通、もっと、こう、可愛らしい口調で、「○○君すごーい!」とか言うのが野球部のマネージャーなんじゃないの?

 ってか、夕日が目に染みるって何?そんな表現で泣くなんて、今どきキザ男でもしないと思うんですけど?


 ツッコミどころが多すぎて、はあ、とため息が漏れる。

 そんな私の顔を、この俺っ娘先輩はジロジロと見つめてから、言った。


「だが、残念ながら、今のままでは、今年の新入部員は三流のようだ」


 いきなり三流宣言?

 少なくとも私はどこかの俺っ娘よりはおしとやかだと思うんですけど!


 という言葉をぐっと飲みこんで、私は言う。


「三流…ですか?」

「おうよ。お嬢様ルックスすぎるんだよ。色白だし、清楚っぽいし、黒髪ストレートが葉だと見事なコントラストをなしていて、綺麗すぎる。

 こんな、すぐ手折ってしまえそうな花のような娘の中に、無骨な男子部員を支えられるたくましさが入っているなんて、単細胞な野球部の脳筋部員には想像もつかないからな。

 要するに、可愛すぎるんだよ、お前は」

「えっ!?さっき学年トップクラスの美女がどうのとか言ってませんでしたか?」

「美貌の評価基準が、この野球部女子マネージャー部では、一般と大きく異なるのだ。まずは、お前も一人称を『俺』に変えて来い。そして、少し日に焼けて来い」


 いや、あの、何その要求。

 俺っ娘とか、マジで青春崩壊ルートにしか見えないんですけど?

 失敗したら、私の青春を返してくれるんですか?


 私が、あぜんとして返事もできないでいると、彼女は、私の手を握って、一気に言い切った。


「俺も、そこから始めた。結局、将来的な肌へのダメージコントロールを意識して日焼け止めを塗っちまったせいで、あんまり肌を焼くことはできなかったが、何とか部員と同じように抵抗なく『俺』と言えるようになった。

 分かるよ。一般には間違いなく一流の美女で通用するはずの俺だって、先輩に三流と言われたからな。自分に自信があるから、抵抗が強いんだろ?

 そんな、ちっぽけな自尊心を捨てて、新しい宇宙へと一歩踏み出すのだ。できるな?」


 もう、いや。

 この人、怖いよ。


 そう思っていると、ガラガラと部室のドアが開いて、練習の合間の休憩を取りに来た部員たちが、次々と入ってきた。


 これは、助かったのかしら?

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