第2話 大物ルーキーの涼
さて、付き合い始めたところから話そうかとも思ったけど、中間プロセスを全て省略して告白というのも、お話としては寂しいわね。
野球部を見に行ったところから、お話を再開しようかしら。
入学式の翌日、早速部活見学が行われたの。
私は、彼氏とデートするからとさっさと帰っちゃった花と別れ、グラウンドの隅に一人のんびりと座り、体験入部している男子たちを眺めていた。
「次は、お前やってみるか?」
先輩の一人が、涼を指名する。
「はい」
返事をした涼が、マウンドに立つ。
それを見て、別の先輩が、涼を指名した先輩を抑えて、打席に買って出る。
「ほう。ちょっとはできそうな雰囲気だな。この俺が本気で相手にしてやろう」
「光栄です」
涼が、ボールを投げる。
一球目は、ストレート。
球は、瞬く間にキャッチャーのグラブに吸い込まれる。
先輩は、バットを振ることすらできなかったようだ。
「ストライク」
球審の声が響く。
周囲がざわめく。
「おい、部長相手にストライクか」
「今年の新入生はやべえな」
そんなざわめきを気にも留めず、投げられる二球目。
変化球らしい。素人の私には、球種はよく分からないけど、ボールは部長だという先輩のスイングを避けるように動いて、キャッチャーの手に収まった。
「ストライク」
ざわめきがいよいよ大きくなる。
三球目。
今度は、また別の変化球だろうか。最初の方はさっきまでよりもゆっくり進んでいたのに、部長の近くで急速に速くなり、部長のスイングのタイミングがずれ、ボールはまたもやキャッチャーの手に。
「スリーストライク。アウト!」
球審の声が響く。
すると、部長が高笑いしながら涼に歩み寄り、その肩を叩く。
「ガハハ、やるな、新入生。ぜひ正式に入部してくれることに期待しよう。とはいえ、だ。この俺にも意地がある。攻守交代、俺の剛速球を打って見せろ」
周囲がまたざわめく。
「おお、あの部長が直に指導とは」
「余程の大物だな、これは」
涼は、爽やかにほほ笑みながら、言う。
「分かりました。参りましょう」
今度は、涼が打席に立ち、部長がマウンドに向かう。
さっきまで高笑いしていた部長の表情が、一気に引き締まる。
永遠のような一瞬。緊張をはらんだ静寂が流れる。
部長が、その剛速球と称するストレートを投げる。確かに、涼の投げたストレートよりも速いようにも見える。
が、涼は、それを見誤ることなく、バットを振りぬく。
カキーン。
特大ホームラン。球は、学校外のどこかに消えていった。
部長が、呆然とボールの飛んで行った空を見上げている。
涼は、淡々と、グラウンドを一周する。
そして、ふと私の視線に気付いて、振り向いたの。
目が合った一瞬。
彼が、爽やかな笑顔を浮かべて、軽く手を振った。
私も、つい釣られて笑みを浮かべ、手を振り返した。
知ってるわ。典型的な恋愛小説では、ここで私の心臓がトクンと跳ねたりしなくちゃいけないことぐらい。
だって、あんなにイケメンなんだもの。これは、そういうシーンのはずよ。
それなのに。
どうにも、私の心は、今一つ盛り上がらなかったの。
きっと、シラケだの新人類だのの冷めた世代の親に育てられた上に、「悟り」世代なんかに分類されているからこうなったんだわ。
ああ、私は、何かを気付かぬうちに悟ってしまったのね。だから、熱くなれないのね。
でも、いいわ。私は野球部のマネージャーとして涼に近づいて、絶対にときめく恋、青春の恋を味わってやるんだから。
その決意だけで、私は、野球部のマネージャーになることにしたの。
え、それはスポーツに対する冒涜だって?
私は、そうは思わないわ。
高校スポーツなんて、そもそも青春の小道具なのよ。プロスポーツでも、生涯スポーツでもないんだから、スポーツそのものが目的とは限らないのは当たり前。
それに、一度限りの青春がどこにあるかなんて、経験したことのない私には分かりようがないんだから、青春話がありそうだと人づてで聞く場に身を置くことぐらい、許されてもいいんじゃないかしら?
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