第12話 試合と涼の告白
そうして、麗先輩にも一目置かれるようになって、早くも一月が経った。
今日は、涼が出る初めての試合の日である。甲子園に向けた県大会の予選の第一戦でもあり、重要な試合だわ。
強豪校ではない私たちの学校は、余程のことがない限りは県大会優勝すら現実的ではない。
とはいえ、涼たち部員はみんな本気で取り組むから、必然的にマネージャーである私や麗先輩も忙しくベンチで立ち回ることになる。
「んじゃあ、行ってくるわ」
先発投手と四番を任された涼が、一回表、マウンドに立つ。
遠く離れた座席から、応援ソングを演奏したり、チアリーディングをしたりしている人たちの音声が、ベンチまで届いてくる。
顧問の先生が何やらサインを出す。
イケメン目当てでマネージャーになった私にとっては、その意味は、さほど重要なことではないから、正直分からないわ。
だが、マウンドの涼は、それに微かに頷いて返す。
バッターが構える。
涼が、投球フォームを取って、投げる。
矢のようにまっすぐ飛んでいく球をバッターは見切れず、虚しく空振ったバットの下に出されているキャッチャーのグラブに、ボールは突き刺さった。
「ストライク!」
涼は、やはりしっかりした実力があるようだ。
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いくつかの三振を奪うなど、涼は確かに好投していたが、打線がそれには答えてくれなかったようね。
涼自身が放った第二打席のツーベースヒットもホームに変えれず露と消え、試合は、両者ゼロ点のまま、試合は、9回裏に。
「アウト!」
前の打者がゴロに打ち取られ、ツーアウト、ノーベース。ここで決まらなければ、延長戦になってしまう。
チームの緊張感が私自身にも伝わる中、バッターボックスに立ったのは、四番、涼。
これは、青春恋愛のテンプレですよね?
なら、多分大丈夫だわ。
私は、根拠のない自信を持った。だって、試合に勝ったら告白してくれることが分かっているんだもの。
ここで負ける涼なら、私はマネージャー辞めてもっといい男を探すわ。
そんなことを考えていると、相手のバッターが一球目を投げた。
涼は、その球にバットを当てるが、球はあらぬ方向へと飛んでいく。
「ファウル!」
ここを見せ場にしたいのは、涼も一緒のようだけど、どうもこの打席に入ってから、ちょっと硬くなっている気がする。
さすがに緊張しているようね。
そう思っていると、二球目、変化球が飛んでくる。
涼はこれにもまたバットを当てるが、球はやっぱりあらぬ方向へ。
「ファウル!」
ツーアウト、ツーストライク。涼は、追い込まれた。
「おい、涼。俺の部長を甲子園まで連れていけるのは、お前だけなんだ。頼むぜ!」
脇から、麗先輩が叫んでいた。
「いつも通り、やってくれるよね、涼!」
とりあえず、私も叫んでみる。
場内は応援ソングが大音量で流れているため、涼に届くことはないと思っていたのだが、彼は私達に気付いたらしく、ニッコリと笑って、グーサインを出した。
ピッチャーが投球フォームに入る。
三球目は、速さ勝負のストレート。
カキーン。
本日一番の綺麗な音とともに、涼はバットを振り抜く。
打たれた球は、どこまでも遠く、高く上がっていき、やがて、見えなくなった。
逆転場外ホームラン。私が狙っている男にふさわしい姿だった。
応援席でキャーキャー騒いでる同級生の声が聞こえる。
「やったぜ!さすがは涼だな。投打ともに俺の部長と争うだけの力があるというのは、伊達じゃないな」
麗先輩も喜んでいる。
選手たちが集まり、試合終了の礼を交わすと、地元新聞の記者らしき人が、涼のところに駆け寄っていった。
「本日は見事な逆転ホームランでした。先発投手としても、完封勝利。お見事というほかありません。
さて、本日の試合はいかがでしたか?」
インタビューの音声が球場全体に響き渡り、バックモニターに、アップされた涼の顔が映る。
涼は答える。
「自分としては、もっと打つべきところで思い切って打てなかったのがちょっと心残りです。投手としてはまずまずでしたが、そちらも含め、次からはもっと精進し、より実力を高めていければいいな、と思っております。」
「試合を終えて、何か言いたいことはありますか?」
「そうですね…。ずっと、試合に勝ったら言うと約束していたことを言わせていただこうと思います。
夢子、いつもマネージャーとして俺を支えてくれてありがとう。俺は、お前のことが、世界の女の中で一番好きだ。
だから、俺と、付き合ってくれないか?夢子」
遂に、来るべきものが来たようね。ちょっと早すぎる気もするけど、まあ、試合は全て大事なはずだし、それはいいとするわ。
でも、やっぱりドキンとも何とも言わない。
客観的にはどうみてもベストシーンのはずなのに、何か、物足りないわ…。
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