第10話 デュエット「HATSUKOI」と…

「僕は~あーの日~願っていた~」

「私は~あーの日~願っていた~」

「きみと~一緒に~なるこーとを~」

「貴方と~一緒に~なるこーとを~」

「「そーれは~H.A.T.S.U.K.O.I.、初恋」」


 どちらかというと陳腐な部類の歌詞であるにも拘らず、不思議と心に残るメロディーを、私達は歌っていく。


「夕方の~路地裏で~重なる唇~」

「『愛しーてる』と~貴方は~言うのね~」

「『私もよ』と~君は~応ーえるんだね~」

「「そーれは~H.A.T.S.U.K.O.I.、初恋」」

「Oh yeah...」

「Oh yeah...」

「「切ーない~切ーない~初恋」」

「二度ーと~」

「戻ーらない~」

「「ささやーかな~青春」」


 曲が終わる。


 涼が、ボソッと呟く。


「俺も、この歌のように、二人だけで唇を重ねたいな。世界で一番好きな人と」


 気になったので、私は拾ってみる。


「誰か、いるの?」

「ああ…。君も、良く知っている人、そして、恐らくは君にとても良く似ている人なんだ」

「そうなのね」

「だから…君と、練習しても、いいかい?ここで」


 明らかに「その人」は私であることぐらいは、こういわれてしまえば分かるわ。

 恐らく、涼としては、もっといい場所で告白したくて、こんな下手なごまかし方をしているのね。

 でも、ここは少しだけ言ってみる。


「私は、練習台でしかないのかしら?その人との関係を持つための」


 涼を、ただ、見つめる。

 涼は、みるみる赤くなる。


「本番以上にいい練習台はない、って書いてある本を読んだことがあるから…だから、君に頼んでいるんだ」


 そこまで言えるなら、さっさと告白してほしいものなんですけど。


「あくまでも練習台としてやるのなら、お断りするわ。涼に、それを本番としてできる覚悟があれば、考えてもいいけど」


 脈ありげだが、素直には応じない返事。我ながら、上出来だと秘かに思う。


 涼は、戸惑ったようだが、やがて、元通りの爽やかな笑顔を、顔だけ赤いまま浮かべて、言った。


「そうだよな。俺は、告白するときは、大事な試合に勝った時にしようと決めている。だから、それまでは、お預けにしよう」

「なら、それまでは、友人ということにしとくわね」

「せめて、友人以上…」

「恋人未満?それは、違うかな。私は、恋愛と友情は全く違うものだと思っているから」

「それなら、仕方ないな」


 そして、涼は、こぶしを握って、今日一番の笑顔を浮かべて言う。


「よっしゃ!絶対試合に勝ってくるから、待っててな、夢子!」

「了解」


 熱い好意。明らかな両想い。

 本当は、私自身もドキドキしているべきなのに、どうもそうはならないのね。不思議なものだわ。


----


 実は、デュエットを流すように頼んだのは俺だ。

 健と花の二人は、それだけ済ませると、もう帰ってしまう手はずになっている。


 代金については最初に集めているから、心配はいらない。


 全ては計画通り。だが、いざ二人になると、どうも恥ずかしい。


 夢子の方は、最初こそ恥ずかしそうだったが、いざ歌い始めると、思いもかけず楽しんでいるようであった。


 俺は、花をマックのおごりで釣って、何とか夢子のレパートリーを聞き出し、その中でデュエットで歌えるこの曲を事前に練習しておいたのだが、短期集中で練習した俺の声は、アニソンを歌い慣れている夢子の声ほどの質は出せない。


 つくづく、俺は釣り合わないな、と思いつつ、願望も込めて、うっかり本音を漏らしてしまう。


「俺も、この歌のように、二人だけで唇を重ねたいな。世界で一番好きな人と」


 しかし、流れに乗って、うっかり深追いしすぎてしまった。


「私は、練習台でしかないのかしら?その人との関係を持つための」


 ただ純粋に俺を見つめる瞳に、俺は勝てない。


 心臓がバクバクなる中、何とか答えを返す。


「本番以上にいい練習台はない、って書いてある本を読んだことがあるから…だから、君に頼んでいるんだ」


 殆ど告白してしまった。だが、俺としては、まだ告白のポーズは取りたくない。


「あくまでも練習台としてやるのなら、お断りするわ。涼に、それを本番としてできる覚悟があれば、考えてもいいけど」


 これは、脈ありなのか?脈ありだよな?


 そう思って、内心狂喜乱舞する。

 だが、ふと夢子を見ると、彼女は、楽しんで吐いても、さほど緊張していないように見える。


「なら、それまでは、友人ということにしとくわね」

「恋人未満?それは、違うかな。私は、恋愛と友情は全く違うものだと思っているから」


 この二言で、夢子が、俺をまだ友人として扱っているがゆえに緊張していないことを悟る。


 ならば、俺は、自分自身を鼓舞しなければならない。


「よっしゃ!絶対試合に勝ってくるから、待っててな、夢子!」

「了解」


 そんな俺を見た夢子は、今日一番の、しかし、やはり俺の何かを物足りなく感じるかのような笑顔を浮かべるのだった。


 切ない、切ない、初恋である。

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