第9話 カラオケの日

 四人で行くカラオケの日になったわ。


 さすがに最初からすっぽかすようなことはなかったようで、私が駅前広場の待ち合わせ場所に着いた時には、既に花と健は、もう待っているようだった。


「待ったかしら?」

「いいえ、私達も着いたばかりだから」


 まあ、そういうよね。実際どっちだったとしても。

 いずれにしても、まだ時間にはなってないから、問題はなさそうね。


「そういえば、涼はまだなのね」

「電車が遅れてるから、10分ぐらい遅くなるって、さっきラインが来てたぞ」


 言ったのは、涼の親友だという健。

 そういえば、この前話した時、涼は電車通学だって言ってたっけ。


 私はこの辺の地元だけど、高校を基準とすると、駅と自宅は同じ方角にある。だから、登下校ルートも少しは重なるんだよな、とその時思った記憶がある。


 暇なのでスマホのグループチャットを確認すると、確かに涼は遅れそうだと知らせて来ていた。


 なるほどなあ、と思っていると、花が声をかけてきた。


「さすがは全ての主役ね。最後に、遅れて来ようだなんて」

「電車が何らかの理由で遅れているだけでしょ?」

「そんな下手なウソ、今は運行情報を調べればすぐ分かるのよ」

「まあ、それなら、寝坊でもしたのかもね」

「分かってないわね。これは、相手を待たせることで緊張感を高める演出よ。誰もがデートの時にはよくやる手ね」

「これは、デートではないでしょ?」

「ダブルデートのようなものでしょ?」

「どこがよ?四人の中で、誰も付き合っている人なんていないのに…」

「やっぱり、何も分かっていないのね」

「えっ?」

「まあ、その方が夢子らしくていいわ」

「何よ、それ」


 花が笑い出す。思わせぶりな言い方だけして、挙句笑われても、ちょっと困っちゃうわね。


 そんなことを考えていると、涼が小走りしながらやってきた。


「悪いな、遅れて。待ったか?」

「そんなことはないわ。私達も来たばかりだし」


 結局、私も同じことを言うのだ。


 だが、涼は、それが本音か建前かなど勘繰ることなく、爽やかな笑みを浮かべる。


「そうか。なら良かった。みんな既に揃っているようだね。行くとしよう」


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 カラオケでは、みんなでワイワイ盛り上がった。

 花は、女性アイドルの歌を、私は、この頃気に入っているアニソンを、そして、涼は、青春ソングを中心に、様々な曲を歌った。

 意外だったのが、健の選曲で、懐メロと洋楽が中心だった。


「健は、随分とマニアックな曲を選ぶんだな」


 笑いながら、涼が健の肩をポンと叩く。


「まあね。この辺の曲を抑えていると、親戚付き合いでカラオケに行くとき、年上の人たちが喜んでくれるんだよ」

「なるほどな。俺も歌えるようになろうかな?」

「涼は、爽やかなイメージそのままの青春ソングで、十分似合ってるだろ」

「いや、そこは、そろそろ夢子とのデュエットでも歌えばいいんじゃないかしら?青春アニメソングの一つでも」

「はは、花ちゃんは、グイグイ涼と夢子ちゃんをくっつけたがるんだね」

「だって、どう見てもお似合いじゃない?」

「それもそうだな」

「そんな、俺は夢子には釣り合わないよ」


 テンポよく進む会話に、私が口を挟む隙はない。


 というか、涼、「釣り合わない」という表現を用いるってことは、さりげなく私に気があること告げちゃってるよね?

 まあ、いいけど。


 そこで、花がさっとカラオケのコントローラーのパネルを何やら操作する。


 テレビ画面の表示に、「HATSUKOI~アニメ『僕と私のささやかな青春』 1期OPソング~」の文字が表示される。


「あ、手が滑ってデュエット予約しちゃった。夢子、後は任せるね。

 ちょっとオレンジジュース取って来るわ」


 そう言って、花は、そそくさと部屋を出ていった。


 あの…ドリンクバーに向かうはずなのに、グラス持って行ってないと思うんですけど?


「俺もちょっとジュース取りに行ってくるわ。俺はこの曲を知らんから、後は任せた、涼」


 追随するかのように、健も立ち上がる。同じくドリンクバーに行くはずなのに、やっぱりグラスを忘れている。


 露骨すぎる演出、恥ずかしいわ。


 そう思っていると、涼も同じことを想っていたようで、顔が真っ赤になっている。


 涼が口を開く。


「実は、運悪く、俺、この曲歌えてしまうんだ…。夢子は?」


 精一杯歌いたくなさげな表情を作って照れ隠ししながら、本当は歌う気満々な涼を見て、私は、それに乗ることとした。


 何にせよ、これは距離を詰めるいいチャンスだからね。


「私も、歌えるわ。アニソンだし…」


 私達は、それぞれマイクを持つ。前奏が終わり、歌詞に入っていく。

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