第8話 からかう花と、太郎「君」のラノベ

 休み時間に、花とこのカラオケの話をしていると、早速花は私をからかってくる。


「夢子もやるじゃないの。たった1週間で、カラオケデートに持ち込むなんて」

「花、からかわないでよ。デートも何も、四人組じゃない」

「本当にそうなのかしら?」

「え?」

「あたしと健がドタキャンして、あんたたち二人だけになるかもしれないわよ」


 確かにありがちだけど。


「花、最初からそれをすると予告されたら興も醒めるわ。だから、責任持って、ちゃんと来てもらうわよ」


 すると、花はため息をついて、言う。


「仕方ないわね、夢子は」


 そんなことを言ってると、幼馴染にして腐れ縁の太郎「君」がやってくる。


「夢子ちゃん、今日も楽しそうだね」

「あ、太郎君。もしかして、また紹介したいラノベでも持ってきたのかしら?」


 ちょっと扱いが雑な気がするけど、まあいいや。


「夢子、あんたたちって、ほんと、いつまでもちゃん付け・君付けなのね」

「腐れ縁だから仕方ないわよ、花」

「私は中学からだから、正直こっちの二人の世界はお手上げだわ」

「まるで、あっちがありそうな言い方ね」

「あるじゃないの。ほら、涼とのあっちが」

「四人でカラオケに行くだけだし、あっちって程のものでもないと思うけど」

「どうかしら?とにかく、ちょっとお手洗いでも済ませてくるわ。後は二人だけの世界ね」


 そして、私の耳元でささやく。


「やるじゃないの。本命にやきもち焼かせて気を引く手を使うなんて」


 全然そんな気はなかったし、このケースでは太郎「君」から近付いてきただけだと思うんですけど。


 しかし、それを口にする前に、花はさっさと行ってしまう。


 太郎「君」もいい子ではあるんだけど、オタク趣味の彼と、派手におしゃれしている花とは、どうもちょっとそりが合わないところがあるみたいなのよね。


 残された私を見て、太郎「君」は私に語り掛ける。


「夢子ちゃん。お察しの通り、僕は面白いラノベを見つけたんだ。せっかくだから、君にも読んで欲しくて。

 学園物の切ない青春物語で、主役は女の子なのに、男の僕でも共感できるようにできている。お陰で昨日はボロボロに枕を濡らしてしまったよ」


 素直なのはいいことだけど、正直同級生の男子が泣いたなんて話、私はあまり聞きたくないのよね。

 どちらかというと中性的な顔立ちで、繊細なところがある太郎「君」が、眼鏡をかけたまま涙を浮かべている姿は、かれこれ11年も一緒だと、何度も見てきているし。

 とりあえず、適当に受け流すか。


「そうなんだ」

「うん、久しぶりに、気付いたら声まで出してた。このサイトで連載されている、『あの日、私は想いを届けられなかった』っていう小説なんだけどね…」


 そして、スマホの画面を見せてくる。

 あらすじを見ると、それは、確かに切ない片想いのお話のようだった。


 ヒロインが、想う人に告白する機会を逸する。

 その結果、想い人とすれ違うようになり、最終的には、想い人に彼女ができてしまう。


 その想い人が、彼女ができたと知らせたときに一緒に届けたメッセージには、短い言葉が添えられている。


『僕は、あの頃確かに君が好きだった。だから、あの日は、本当は、君からの告白を心の底から期待していたんだ…。

 でも、もう、ダメみたいだ。僕は、彼女を君よりも好きになってしまった。この先はないだろう。

 君は、君で、君のままで、幸せになってくれよ』


 そのメッセージを読んだヒロインが、涙ながらに学園生活の回想に入るという構成の叶わぬ恋を描いた物語らしい。


 太郎「君」が好みそうだな、と思うと同時に、一人の時にじっくり読んだら、多分私も泣くだろうな、後で、太郎「君」には内緒で、こっそり読もうかしら、と思う。


「面白そうだわ。でも、この頃私はマネージャーのお仕事で忙しいから、いつ読めるかは分からないかも」

「そっか。でも、本当にいい話だから、時間ができたら読むといいと思うよ」


 そう言った太郎「君」の顔を見ると、あらすじを見ただけなのに、もうちょっとばかり潤んでいる。

 ここだけの話、こういう太郎「君」の姿は、結構かわいいのよね。つい、守りたくなっちゃうわ。


 でも、ここは受け流すことに決める。


「考えておくね」

「ありがとう」


 太郎「君」は、そんな適当は返事でも、可能性があると捉えたのか、嬉しそうだ。

 いい子なんだけどね。これで、地味じゃなかったら、本当に良かったのに。


 キーンコーン、カーンコーン。


 そう思っていると、鐘が鳴る。

 休み時間は、雑談しているとあっという間に過ぎてしまうものね。

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