第15話 麗先輩の恋愛戦略
麗先輩が目をつぶっている。
私は、言い出すしかないことを悟りながら、何を、どう話せばいいのか、よく分からずにいた。
こういう時は、とりあえず最初の一言を発することから始めるといい、ってどこかのサイトで見たことがあったっけ。
「あの…麗先輩は、部長のこと、どう思っているんですか?」
「恋煩いか。俺の目に狂いはなかったようだな。そんな気がしてたよ」
後出しなら、いくらでも言えるわよね。しかも返事になっていない気がするんですけど?
何となく麗先輩らしいその返答は、私を精神的に脱力させた。
「…なんてな。質問に答えると、俺は、部長のことは世界で一番の男だと思ってるぜ。そして、それにふさわしい女になるべく、もっと自分を磨かなきゃとも思ってる。
俺は、部長の全てが好きだ。
本当は、可愛いとコンスタントに言われ続けて、すごく嬉しかった。メスゴリラ先輩のようなパワフルなマネージャーに慣れていないんだなと思うと、どうしても食って掛かっちまってたけど、俺だって女だからな。可愛いと言われて嬉しくない女なんてのは、言われ慣れてる嫌味な奴ぐらいのものだ。
だから、すごく嬉しかった。この人になら、ってずっと思ってた。
今では、それが叶っている訳だから、俺は幸せの絶頂だぜ?
冬の日、既に夜になったグラウンドのナイター用照明が作る夜景にかこつけて、部長への届かぬ思いの苦しさに秘かに袖を濡らしていたあの頃ですら、切ないけど、結果オーライで今となってはいい思い出さ。
それで、夢子は、何か涼に物足りなくなったりしているのか?涼からの愛が足りないとか、俺の部長、世界一の男が本当に世界一だと気付いてしまったとか」
冗談めかして言う麗先輩。
「涼にはいつも親しくしてもらっていますし、どこからどう見ても典型的な青春カップルの組み合わせになっているので、自分では、何が足りないのか、よく分からないんです。
でも、私は、何故か涼のことが十分には好きになれていないんです。魅力的な男子であることは知っているし、少なくともいいお友達だとは思っています。
にもかかわらず、どうしても、キュンとなったり、心臓が高鳴ったりする、いわゆる恋愛感情が持ち切れないのです」
「なるほどなあ…愛しきれないことを悩んでいるのか?」
「はい」
「じゃあ、別れちゃえば?俺が涼だったら、それを感じ取ったら、絶対陰で枕を濡らしたり、夜の星の寂しい光が急にぼやけたりしているぜ。そんな状態なら、夢子だけでなく、涼にとっても苦しいだろう。
愛し合っていないのなら、別れるのも一つの手だぞ」
「…嫌です」
何が嫌なのか分からないけど、心の底から声が出た。自分なのに、自分自身よりも生々しい何かが声を出した気がした。
「嫌なのか?それは、エゴじゃないのか?愛してもいない男を引き留めるなんて」
「嫌です」
「そういうことなら、お前には、最低水準の涼への愛はあるはずだ。だったら、無理にでも予定を作って、どこかにデートに行くといい」
「デート?」
「別に出かけなくても構わない。学内でもいい。ただ…」
「ただ?」
「相手の唇を、奪って来い。唇の味を感じれば、少しは情も深まるはずだ」
そんな計算ずくの行動で、気持ちが深まるほど単純なものかしら?
「有名な心理学の問題でな、悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのか、というものがある。人間の行動と心理とは密接に結びついているから、愛しきれないけど離れたくないというのであれば、自分から近付いていくよりほかに方法はないだろう
だからこそ、デートに行って、唇を奪うのだ。愛するからキスするということができないのなら、キスするから愛するようになればいいのだ」
尤もらしいこと言っているけど、恋愛慣れしていない私には、結構ハードルが高くないですか?
「不安か?それなら俺がキスの方法を教えてやる。まずは男の前に立つ。『おはよう』でもなんでもいいから、挨拶する。
『やあ』とかなんとか返事をする男に、有無を言わせず抱き着く。
そして、そのまま勢いに任せて唇を重ねる。その数瞬に流れ込んでくるはずの奔流に、身を明かせる。
落ち着いたら、声に出して、好意を伝える。
やることは、随分とシンプルだろう?」
確かにシンプルだけど、そんなに積極的になれるかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます