第14話 マネージャーと笑顔
付き合い始めたといっても、学内では特別なことがそれほど増える訳ではない。せいぜい、学食に一緒に行ったり、登下校を共にしたりする頻度が上がるぐらいのことだ。
学校という場は、デートスポットには向いていないとつくづく思うわ。
まあ、その気になれば学内でキスしたりハグしたりすることも可能ではあるんだけど、冷やかしたい人のための見世物にする気もなかったし、マネージャーとしては部員と平等に接する必要もあったので、そんなことができる機会もなかなか得られなかった。
なかなか?全くじゃないの?
うん、あれから一か月で、実は一度だけ、そういう機会があったのよ。
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「夢子、お前どうも最近、部員への対応が雑になってないか?本来部長専属でいいはずの俺が、随分と尻拭いさせられている気がするのだが」
練習がない日の放課後、話したいことがあると言って部室に呼び出した麗先輩は、開口一番にそう言ってきた。
「いえ、そんなつもりはありません」
「あのなあ、俺のところに、随分と苦情が寄せられているんだよ。最近の夢子は、どうも上の空でいけない。
昔のような笑顔を見せてくれることもない。涼と付き合っているからかとも思ったが、その涼に見せる表情すら、どこか上の空で、本当に笑っているようには見えない。
おかげで、どうもこの頃自分たちが野球をやる楽しみまで減ってきた、というたぐいの苦情が、これだけ俺のラインに来ているんだよね」
そう言って、麗先輩は、自身のスマホの画面を見せる。ひどいことが散々書かれていて、私は、つい目を背けてしまった。
「…確かに、色々考えることがあって、上の空になりがちだったかもしれません。ですが、対応をおろそかにしたつもりはありません」
物足りない恋に、試験が重なってなかなか取れないデートの約束。
自分が何を欲しているのかよく分からず、悩む日が重なっていたのは事実だ。
それが、はたから見れば上の空に見えたのかもしれない。
でも、それでも私は、マネージャーとしての仕事はちゃんとこなしてきたつもりだったわ。
「分かってねえな、お前は」
麗先輩は、机をドンと叩いた。
「マネージャーの笑顔も、重要な仕事のうちだ。お前に悩みがあるのなら、俺がしっかりこの胸で受け止めてやる。
だから…、表情で大体分かったが、胸がないとは言わせねえからな?」
別にそんなこと考えていたつもりはないんですけど?
「これは、マネージャー活動にふさわしいコンパクトサイズというのだ。分かったな、夢子?」
「あの、それよりも…」
「分かったな、夢子?」
「はい」
有無を言わせぬ調子に気おされて、つい頷く私。
それを見て、麗先輩は言う。
「よろしい。で、言ったとおり、悩みがあったら俺が、この胸でしっかり受け止めてやる。だから、少なくとも部員の前では、笑顔を保ってくれ。できるな?」
ドンと胸を拳で叩く麗先輩。やっぱり、口調は粗暴なのに、可愛い。
「はい」
「よし、じゃあ早速始めよう。お前の悩みを聞いてやる。何を悩んでいるんだ?」
「今すぐですか?」
「ほら、善は急げというだろ?」
「そんなに唐突ですと、私も悩みをなかなか話せませんよ」
「俺が信用できないのか?」
グッと顔を近づけてくる麗先輩。
「そ、そういうことではありません。ただ、独りで抱えている悩みには、吐き出す苦しみもあるのです。
だから、吐くまでには、ちょっと勇気と覚悟が必要なんです。それらがないときに、急に言われてしまうと、話したいことも、話せなくなってしまいます」
「そうか…。なら、待つとしよう」
「え?」
「俺は、こうして目をつぶってしばらく瞑想でもしようと思う。自然に耳を傾けることは、部員の呼吸を感じ取る訓練になるばかりではなく、理科の受験勉強にもなるからな」
「後半、こじつけのような気しかしないんですけど?」
「そうでもないぞ?科学は自然科学と言われているように、自然を対象にしている。
頭でっかちに知識だけ覚えても、実感が持てなければ知識は定着しないだろう?」
「はあ、そうですか…」
正直、そんな演説をぶっている麗先輩の成績は、中の下ぐらいだと聞いたことがある。
瞑想している暇があったら、受験勉強なりテスト勉強なりした方が良さそうなものなのに。
「と、とにかく、俺は、お前が悩みを打ち明ける気になれるまで、ずっとこうして待っているから、その気になったら言ってくれよ?な?」
そうして、麗先輩は、部室の椅子の上に胡坐をかいて、目を閉じる。
綺麗に靴を脱いで椅子の下に置いているあたり、意外としっかりしているな、と思いつつ、私は自らの悩みを話すことを促す、無言のプレッシャーをも感じるのだった。
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