第16話 二人きりの部室

「今日の放課後、部室でちょっと話がしたい」


 私が涼からそう言われたのは、麗先輩に呼び出された三日後の、昼休みのことだったわ。


 学校にもよるのかもしれないが、うちの高校の野球部は、雨の日は練習を行わないことになっている。

 気付いたらうっすらと校庭に水たまりが張る程度の、決して大雨ではないが、昨夜から降り続ける雨のお陰で、今日は練習はないはずなので、もし部室で話すとしたら、必然、二人きりになる。

 涼も、それを知っていて、二人だけの時間を作ろうとしているのだろう。悪い気はしなかった。


「分かった。楽しみにしているわね」


 そうはいったものの、ふと思う。


 二人きりの部室で、私は何を話したらいいのかしら?


 これが、デートスポットなどだったら、デートの場そのものを話題にして、そこから何か膨らませるだけでも、気まずい沈黙はあらかた回避できるだろう。

 だが、決してデートの場には向かない、どちらかというとむさ苦しいだけの部室で二人。部活のことは、マネージャーとして動いているときは話題にしてもいいけど、正直課外のプライベートな時間では、あまり話そうとは思わない。

 元々、涼に惹かれてマネージャーになったってだけで、マネージャーになることで得られる青春には興味があっても、マネージャーそのもの、あるいは部活そのものに興味がある訳でもないしね。


「…でも、麗先輩の言うとおりにしてみるのも、いいかもしれないわね」


 独り言ちていることに気付いて、何となく手で口元を塞ぐ。


 少なくとも、自分から積極的に抱き着いてキスすることには、ためらいがあった。


 それで、私が求める「真実の愛」の扉を開けられるのなら、やってみた方がいいには違いない。


 だが、愛は、悲しみなどとは質の異なる、複雑な感情だと思う。仮に泣くから悲しくなるということがあるとしても、キスするから愛しくなるというのは、ともすればセックス依存症に片足突っ込んでいるようなにおいがする。


 麗先輩のアドバイスしてくれた姿勢は本気だったと思うが、だからと言って、中身まで本当に信じていいとは限らないんじゃないかしら?


 そんなことを考え、何となくボーッとしながら、私は午後の授業をやり過ごした。


 キーンコーン、カーンコーン。


 放課後の始まりを知らせる鐘が鳴った。それが、私にとっても何かの始まりになることを願いながら、私は身支度をした。


 気付いたら、涼は既に先に行っているようで、この場にはいなかった。支度を終えた私は、後を追うつもりで、部室へと向かった。


 まあ、追いかける気持ちも、恋愛感情に近いにおいを時としてまとっているからね。好きになるべき人を追いかければ、少しは…、いえ、やっぱり、少しもそんな気分にはなれない。

 急いで向かったから、走ったことによる動悸はあるにはある。だけど、それは、私が恋愛という言葉から想像する、あの苦しそうで、しかし甘美なはずの何かではなく、ただ疲労を伴うだけのけだるい動悸だった。


 それでも、なるようになるだけよ、と割り切って、私は部室に入る。


 中にいる涼は、良く差し込む西日に照らされていて、その表情が見えない。だが、心持ち、うつむいているように見えた。


「来てくれたか。良かった」


 涼は、そう言うと、そのまま黙ってしまった。


 私から促すか。


「うん。それで、話って何?」

「なあ、夢子は、本当に俺のことを愛してくれているのか?」


 いきなり、核心を突く質問で、私は戸惑う。

 客観的に見れば、理想的な青春恋愛そのものなのに、私は愛していると自信を持っていうことはできなかった。

 涼は、魅力的で、少なくとも意識的なレベルでは、愛せない理由なんでどこにもないはずなのに。


 私は、ゆっくり言葉を選んで、言った。


「嫌いじゃないのは確かかな。むしろ、好きだと思っている。でも、恋愛に特有という、あの高揚感がどうしても持てないでいるのよね。

 涼の問題じゃなくて、私の側に、何かを受け入れる能力が足りていないのかもしれない。恋愛の大きな一歩を後押ししてくれる、この心臓の鼓動が、なってくれれば、私は文句なしで漁のことを愛しているといえるようになるんだと思う。

 でも、どうすればそうなるのかが、分からなくて悩んでる。こんなところかな」

「愛してるといえなくても、愛したいとは、思っているということでいいのかな?」


 涼が、じっと私をのぞき込む。

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恋愛?それ、友情と何が違うの? 如空 @joku_novel

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