第5話 俺っ娘先輩とかわいさと

 入ってきた部員たちに、俺っ娘先輩は、素早く立ち回ってタオルを差し出す。


 部員たちは、それを受け取りながら、口々に言う。


「いつもお疲れ様」

「今日もかわいいね、麗ちゃん」

「いつも最高っす、麗先輩」


 すると、俺っ娘の麗先輩は、何故か青筋を立てて、部員の一人の襟首をつかんだ。


「かわいいって言うな、っていつも言ってんだろうが?ああ?

 俺は、かわいいのは当たり前で、その上に更にカッコいい、たくましい、頼れるを積まなきゃいけねえんだよ。

 そうじゃなきゃ、いつまでも先輩に追いつけない。かわいいって言われるたびに、俺はまだかわいいだけなんだな、って思うと、悔しくて、悔しくて、…」


 麗先輩が、泣きそうになりながら、それでもグッとこらえている。

 うん、やっぱり表情は可愛いのよね。あんな口調じゃなければ…。


「ほれ、よしよし。そんな麗ちゃんもかわいいよ」


 襟首をつかまれた部員は、やたら余裕そうで、麗先輩の頭を撫でる。


「だ、だから、俺のことかわいいなんて言うなって。特に、今日はせっかく入部しに来た後輩の前なんだぞ?後輩の前で見苦しい姿晒したら、もう、二度と来てくれなくなるかもしれないんだぞ?」

「そっか。やっと麗ちゃんも先輩になれるんだね。思えば、もう麗ちゃんも高三だもんね。それなのにずっと一人で、大変だったよな。

 でも、やっぱり、頑張ってる姿も含めて、とにかくかわいかった」

「や、やめろって!」

「いや、かわいかったよ。誰が、麗ちゃん自身が何と言おうともね。でも、それでいいんだ。

 だって、麗ちゃんは、ただかわいいというだけで、その中に十分なカッコよさやたくましさを含む存在になれたんだから」


 麗先輩の目が大きく見開き、いよいよあわやというところまで潤んでいく。


「お、おい、マジでここではやめてくれよ…。俺は、もう持たないぞ…」


 麗先輩の声が震えている。掴んでいる襟首に込められた力が抜けていく。

 が、その部員は続ける。


「麗ちゃんは、俺たちが汗臭くても嫌な顔一つしなかった。一人称が『俺』に変わった時はびっくりしたけど、やっぱり明るい表情の麗ちゃんは、口調によらず、かわいかった。

 タオルや水筒を差し出してくれて、更には、スランプに苦しんでいる部員には、彼が思うところを存分に吐き出せるまで優しく背中をさすってくれて。時には、苦しさのあまり、無謀にも抱きつく部員がいても、嫌な顔一つせずその汗と涙を受け止めてくれて。

 麗ちゃんは、いつも、何があっても嫌な顔一つせず、かわいいという状態を崩さないことで、カッコ良く、頼れる存在になってくれてるのさ。

 だから、毎日でも言う。麗ちゃんはかわいいね、と」


 レベルの高い殺し文句を考え付くなあ、と思って、改めてその部員を見つめて、気付いた。

 そういえばこの人、この前、涼に投打どっちでも負けてた部長じゃん、って。


 麗先輩の相手が涼だったら、私も入った嫉妬三角関係シーンにもなりそうだけど、関係ない人の恋愛シーンは、ちょっとつまんないなあ。


 私がそんな冷めたことを考えているとも知らないで、麗先輩はうつむく。

 歯を食いしばって、震えているのが見える。意地でも、声は出したくないのね。


 でも、身体は素直で、全身が、そして、頭も、震えている。


 ポトリと、床に落ちるしずく。


 そんな麗先輩を優しくなでながら、部長は言う。


「だから、俺はお前のことが好きだ。付き合ってくれるか?」


 ああ、やっぱり麗先輩は超絶かわいい。

 けどムカつく。

 主役の私を差し置いて恋愛シーンなんて。

 泣き顔を見せまいとしながら、それでも泣いちゃって、それがまた可愛らしいなんて。

 私は、涼と付き合っても、こんなに熱くなれる自信はないのに。


 麗先輩は、掴んでいた袖口から手を放し、涙をぬぐうと、飛び切りの笑顔を作って言った。


「いいぜ。俺もお前のことがずっと好きだったからな。今日から可愛い後輩も入って来る以上、俺も安心してお前の専属になれるからな。

 ただ、勘違いしないでくれ。俺だって人は選ぶ。泣きながら抱きついてきた高二のお前を受け止めたのは、お前が好きな人だったからだ。

 他の人がそんなことしたら、まずボコボコにしてたぞ?」


 部長は赤面する。


「誰とは言ってないのに、あれ、俺一人だけだったのか?」


 麗先輩は、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「そうだ。だが、立派な部長様が女の子に泣きついたなんて話は、俺だってネタにはしたくはない。何せ、俺の彼氏でもある人の、恥ずかしい話だからな。

 だから」


 麗先輩が、部長を見つめて話を止める。

 部長が反問する。


「だから?」

「お前も、今日俺が見せた姿のことは忘れろ。これはお前ら全員だ。漏らした奴には、引退までずっと、俺のかわいい後輩も行かせねえからな」


 部員たちの顔が引き締まり、皆がそろって返事する。


「「おう!」」


 やっぱりマネージャーって、男子からの需要は根強いのね。

 女子の供給が薄れてる分もあってなのかもだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る