第8話 食堂という名の戦場

「とりあえず、行くわよ」


 私が思案していると、リサは迷わずそう言った。


「この状況でどうやって、どこに行くっていうの?」

「よく見て。確かに席は殆ど埋まっている。でも、埋めているのは、人じゃなくて、荷物よ。そして、座席は人のためのもの。だから、適当にどこかの席の荷物をどかしてしまえば、それでおしまいよ」


 ちょっと、発言が過激なんですけど?

 なんでこのゆるふわルックスのリサは、こういう時影のある微笑を浮かべるのかしら?

 普通に、怖いんですけど?


 しかし、そんなことを考える私のことなど構わずに、彼女はぐいぐいと列へ私を引っ張っていく。


「カツカレーを一つ、お願いします」

「私は、味噌ラーメンで」


 リサの勢いに押されるようにして、私はとりあえずラーメンを頼んだ。

 さすがに人慣れしているからか、店員さんの対応は素早い。


「お待たせしました。カツカレーと、味噌ラーメンでございます」


 それぞれを盆にのせた後、私達は、レジまでの間にあるサラダバーから、少しばかりのサラダを更に取って盛り付ける。


 栄養バランスも、頭を働かせるのには大事だからね。


 そうしてサラダとメインディッシュを盆にのせた私達は、レジでさっと支払いを済ませ、ウォーターサーバーの水を手に取ると、開いている席を探す。


 案の定、見回しても見つからない。

 横を見ると、リサが暗い微笑を浮かべている。


「よく分かったわ。食堂は、弱肉強食の熾烈な戦場みたいね。だから、狩りに行くわ」

「リサ、あの、言ってること怖いんだけど?」

「だって、座らなければ、食べられないじゃないの。その席が少なすぎる以上、これは席取りゲーム。立派な戦いの場じゃないかしら?」

「見方次第では…」

「そして、私は、陣取りして勝った気になっているイカコマどもを、ここに蹴散らすのよ。ヒロインだからね」

「もしかして、リサ、自分に酔ってる?」

「法改正の結果18から飲めるようになったのに、わざわざ自分自身に酔う必要があるかしら?」

「質問に質問で返されても困るんだけど?」


 リサがどこかに向かって行くのについていきながら私が追いかけると、リサは、あろうことか、10人席の大テーブルに狙いを定めたようだ。


 ゆるふわなルックスの癖に、その目はもはや獲物を狩るライオンのようで、正直ちょっと引くんですけど。


「よし、ここを獲るわ!10人席なのに、テーブルの真ん中にリュックを一つ置いただけ。空間当たりのハンティングコストが最もいい。

 だから、やるわよ。それい!」


 そして、ためらいなく、そのリュックをどこかに放り投げる。


「着眼点が怖いんですけど」

「どけやすい置き方したのが運の尽きよ。さあ、食べましょ、ミカ?」


 周りの白い視線を感じながら食べる飯は…、食べる飯なのに、ラーメンはうまいわね。

 廉価な生協食堂で売っている分、そこらのラーメン屋ほどですらないけど、それでも十分うまい。

 視線など我関せずのリサは、思いっきり楽しそうにカツカレーの活を頬張っている。


 ふと外を見ると、ガラス窓の前で、下手なダンスを踊っている人たちが目に入る。


「ダンスサークルね」


 いつの間に私の視線を追っていたのか、リサが言う。


「インカレのはずだけど、あそこにはあなた好みのイケメンは、いるかしら?」

「うーん…、正直、派手すぎるわね。性格がどうであれ、チャラそうに見えるから、ないわ」

「まあ、ミカは既にあのテニサーの、サトル先輩だっけ、三田ボーイのイケメン先輩に心を奪われているものね」

「そうね。今日のサークル初参加、楽しみだわ」


 サトル先輩の名が出たおかげで、私も白い視線を忘れて舞い上がる。


 その時。


「あ、あの…」


 来るべきものが来てしまったようだ。


 見ると、八人組で、いずれも眼鏡をかけたもやしっ子の男子学生が立っている。


「ここは、僕ら文芸サークルが取ってた席なんですけど…」


 リサが、反応する。


「え?何か言ったかしら?」


 もやしっ子の一人で、先頭に立っているベレー帽をかぶった学生が、言う。


「ですから、ここは僕ら文芸サークルが取っていた席なのですけど…」

「は?どうやって席を取ったっていうの?」

「ここに、僕らの一人が原稿を入れたリュックを乗せていたはずなのですけど」

「え?そんなもの、私が来た時にはなかったわよ」


 しれっと白けて見せるリサ。

 リサ、もしかして本当に食堂を戦場にするつもりなのかしら?

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