第3話 イカコマのフミオとイケメンのサトル

「ぼ、僕は、今年駒場大学理科一類に入学した、フミオと申します。き、君は?」


 何、このイカコマ。無駄に大胆に話しかけてきたんですけど?

 ってか、席変えようとしていたの気付いて、引き留めてきたように見えるんですけど?

 何なの?


 とはいえ、天下のコマ大生は、安易に「キモイ」などとは言わない。

 だって、それは、ちょっと頭がいいというだけで、結構な割合の子が幼少期に言われてきている言葉だから。

 その痛みを、自分たち自身、分かっているから。


 でも、それにしても、このチェック柄のイカコマの謎の大胆さには、殆どパニックになりかけたわ。


「わ、私は、文三のミカです。あなたもこのサークルに?」


 ほら、私までどもっちゃったじゃないの。


 しかし、ブタオ、いえ、フミオは、そんな私の言葉を最後までは聞いていなかった。


「ブヒッ!ついに僕の前に天使降臨か?ブヒヒッ、愛してるよ、ミカ!これからよろ…」


 何かぶつぶつ言っていたと思ったら、いきなり告白して、抱きつこうとしてきたからだ。

 それを、背後からの拳骨で沈めたのは、いつの間にか席を立っていたリサ。


「いいかい?フミオだかブタオだか知らないけど、私のミカを怖がらせたら、そのツケはしっかり払ってもらうからね?分かったかしら?」


 普段のかわいいルックスを保ったまま浮かべるダークな笑顔。


 あれ、リサってこんな子だったっけ?

 まあ、お陰で助かったからいいんだけど。


 しかし、そんなことをしてたから、目立ちすぎたようだ。


「ハハハ、どうやら今年の参加希望者は、にぎやかなようだね」


 声がした方には、私の目を付けたイケメンが苦笑している姿が。


 NOOOOOOOOO!


 これじゃあ、私の第一印象は、豚もどきに逆ナンされてバカ騒ぎして、先輩の話も聞けないおバカ変態娘になっちゃうじゃないの。


 私の青春を返してよ!フミオ!


「でも、大人しすぎるよりはいい。そういうの、嫌いじゃないよ」


 私は、生き返る。


 イケメンから嫌いじゃないといわれれば、とりあえず結果オーライだよね、うん。


「俺は、三田大学経済学部二年のサトル。君は?」


 しかも、何故か声をかけてきたんですけど。

 フミオの大胆さが、この先輩にもうつってくれたのかしら?

 フミオ、やっぱり、ありがとうね!


「文科三類のミカと申します」


 硬くなってしまった。ああ、もうどうしてこうなっちゃうのかしらね。

 女子校で六年過ごして、男子を見るとおかしくなるようにでも調教されてしまったのかな?


「なるほど。綺麗だね。将来のミスコマ大候補になるんじゃないかな?出会えて光栄だ」


 え、何このイケメン。

 今、サラリと私のこと、綺麗って言ったよね?

 き・れ・い。

 どういう意味だっけ?

 思考回路がパンクしそうだわ。

 そうか、赤面って、脳に足りない血を回すために起こるのね。

 違う、何考えてるんだろう。

 ここは、落ち着かないと。


「そうかしら?それなら、先輩はミスター三田一直線ですね」


 何か違う。

 これが言いたかったんじゃないのに。


「ハハ、そうか。そう言ってくれると嬉しいよ。新歓コンパで待ってるな」


 サトル先輩のウィンク。


「…夕べに死すとも可なり」

「ミカ、何言ってるの?まだ、道は愚か、恋も知らないじゃないの。戻ってきて!」


 リサに揺られて、何とか落ち着きが戻ってきた。


 ああ、もう、サトル先輩、最高過ぎるじゃないの。


 落ち着いたのに、またサトル先輩のことですぐ頭が満たされていく。


 厄介なミームウィルスに取りつかれたようね。私の脳内ミームプールには、一定の容量しかないのに、すぐにそれを埋め尽くそうとする破壊的な増殖力。


 ああ、これが、恋なのね。


 美しい毒。


「ブヒッ!…痛かった。一体何が起こったのだろう?こ、後頭部に衝撃を感じて、しばらく気絶していた気がするんだけど、僕」


 え、もう復活したの?何それ。

 何かがむくむくと起き上がって来るんですけど。

 というか、私と合った目が、怪しく光ったんですけど?


「あ、まだいた。やっぱり夢じゃなかったんだな。ブヒヒッ!愛してるよ…!」


 ゴンッ。


 抜かりなくプレゼントされるリサの拳骨。


 やっぱり、さっき秘かに感謝したの、取り消すわ。これは、やり過ぎよ。

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