第4話 リサの闇としのぶ影

 その後は、サトル先輩が淡々とサークルの活動の内容を説明し、私達に仮入部の登録名簿が回され、新歓コンパの場所と日程が配られただけなので、特別話すべきことはなかったわ。


 そんなわけで、私とリサは、新歓の説明を聞き終えて、一通り他のテント列も見てから、帰路についたの。


 テント列の中には、レゴブロックを使って作った精巧な建物模型を展示しているサークルや、ミカンの皮投げなるスポーツを文化祭でやった結果を公開しているサークルなんかもあって、なかなか興味深かったけど、サトル先輩以上のイケメンはいなそうだった。


「とりあえず、一人見つかったわ。これで、私の大学青春恋愛デビューも間違いなしね。待ってなさいよ、サトル先輩!」

「ミカ、落ち着いて。恋愛は受験とは違うのよ。いくらコマ大生でも、対象が見つかったから即刻付き合えるということにはならないわ。

 私だって、ショウと付き合うまでに何人の女を蹴落としたことか…」

「リサ、笑顔が暗すぎるんですけど!」

「まあ、安心して。今は私にも彼がいるし、ミカのことは全力で応援するからさ」

「う、うん。その『今』が、いつまでも続くことを願ってるわ」


 私がちょっとリサを恐ろしく感じているのを悟ってか、彼女はふと明るい顔を浮かべて、口調まで切り替えて、言う。


「どっちにしても、私大のイケメンなんてタイプじゃないから平気よ」


 そして、また影を帯びた口調に切り替えて、続ける。


「どうせ、私大のイケメンなんてチャラチャラしてるのが相場だしね」

「リサ、あなた役者になれるんじゃないかしら?というか、それはものすごい偏見じゃないかしら?」

「ショウに比べれば、大体の男はチャラ男よ」

「いや、受験生時代に予備校で出会っちゃう方がチャラいと思うんですけど…」

「え?何か言った?」

「な、何でもないです」

「なら結構」


 全く、ラブラブなのはいいけど、あんな風に何かあったらすぐ化ける子にはなりたくないわね。

 いや、普段のリサは、これでもいい子なんだけど。


 ふと、リサがスマホを取り出して、画面を見て言う。


「もうこんな時間なのね。行かなくちゃ。ショウが待ってるから」

「行ってらっしゃい。いつか私達でダブルデートしようね」

「もう付き合った気になってるのね。ちょっと先走り過ぎだと思うわ…」


 何よ、目標は高い方がいい、っていうじゃない。

 だから意識の上では、既にリサ・ショウのカップルと私とサトル先輩のダブルデートは、既定路線以外の何物でもないわ。それがいけないことかしら?


 しかし、それを口に出す前に、リサは行ってしまう。リア充は、恋愛が絡むとすぐに極度のマイペースになるから、困ったものね。


 まあ、私もサトル先輩と付き合い始めたらそうなる自信しかないけどね。


 そして、一人取り残された私。これからどうしようか。


----


 俺は、タケル。文科三類に入ったコマ大生だ。


 俺は、今、重大局面にいる。


 人生で初めての恋。

 そう、人々が瞳を潤ませた甘酸っぱい顔しながら、半ば自分に酔いながら昔話として語るのを好む、あの初恋の真っ最中だ。


 俺は、共学校出身者だったが、女の子と話すことがずっと苦手だった。服装も地味で、唯一できることは勉強だけだった。


 だから、この駒場大学を目指して猛勉強した。そして、無事に受かった。


 いよいよ青春だ。


 そう思った俺は、猛烈に恋愛の勉強を始めた。


 スタンダールの『恋愛論』から、コンビニの薄っぺらな恋愛心理学まで、徹底的に読みつくした。


 元々俺の愛はたった一人に捧げるつもりだったから、源氏物語はあまり参考にならなかった。


 源氏で一つだけ面白そうだったのは、和歌を贈るというアイディアだ。

 そりゃあそうだろう。仮にも俺は文科三類、未来の文学部の学生なのだから、和歌で恋文をしたためるぐらいの芸当ができた方が、きっと女の子も喜んでくれるに違いない。


 そして、今がその時だ。


 だが、その前に俺は、彼女、ミカとの出会いを話そうと思う。

 ああ、思い返すたびに思う。あれは、なんて美しい思い出だったのだろう、と。

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